◇◆ 十 ◆◇
夢は記憶の断片がつながり合ってできる。あくまでもその人の記憶によって構成されるものだ。すなわち、夢が過去を変えるということは、時系列的な意味で矛盾している。そうなると、過去を改変できる夢というのも、どうも説得力が出てこない。
この不思議な現象に対する考察は、私を取り巻く環境が変化して以降、ずっと続けていた。しかし、確定的なものが出てくることはなく、今一度考え直さなければならないのではないかと思っていた。そして、改めてこれまでのことを整理して考えていると、新たな仮説が浮上してきた。
「私は過去の夢を見ているのではなく、本当に過去に行っているのではないだろうか」
いわゆるタイムリープというものだ。通常ではありえない話なのだが、そもそも既にありえない体験をしている時点で、その議論は不毛だ。そして、このタイムリープなら、夢による過去改変よりも幾分かは分かるように思う。
タイムリープとは、過去の自分自身に戻る現象のことだといわれている。確証はないが、それが起こるきっかけは恐らく就寝なのだろう。だから、私は「過去の夢」を見たのだ。もしそうだとするならば、あの生々しい感覚の説明も付く。リアルも何も、当時に自分自身が戻ったのだから、その瞬間は過去のリアルそのものなのだ。
そして、何が起こるかを知った上で、私は適切に行動を変える。その結果、私は私の望む現実を手に入れることができたわけだ。ここまで聞くと、このタイムリープは良いこと尽くめな印象を受ける。しかし、これには一つの反動が伴うと推察される。つまり、私にとってプラスに感じることが新たに起こると、それと同時にマイナスに感じる何かが起こるということだ。例えば、会社での成績が上がる代わりにお世話になった先輩が退職するだとか、子供を授かる代わりに別の親族が死ぬだとか。この世界では幸福と不幸のバランスがしっかりと保たれており、偏ることがないように調整されているのかもしれない。そう考えると、大きな幸福を得ようとすることは、大きな不幸を誘い込もうとしている行為でもあるといえる。
しかし、改革に痛みは付き物だ。もしタイムリープが私の思うままにできるのであれば、多少の犠牲を払ってでも、過去を改変したいというのが本音だ。言ってしまえば、もちろん池田さんには感謝をしているが、実績を上げている現在にとってみれば、先輩の助けなんて無くても生きていける。義父さんが亡くなっても、私と明子の生活には大きな影響はない。強いていえば、義母さんが寂しくなるだけで、それは私にとっては大きなマイナスであるとはいえない。
つまり、過去の改変によって私が得るものは私の主観でプラスに感じるが、失うものは必ずしも私の主観でマイナスに感じるものではないということだ。そう考えると、タイムリープを続ける方が私にとってメリットが大きいということになり、このまま続けるべきであるという結論に達する。
あくまでも推測の域を出ないが、こう考えてみると、「過去の夢説」よりも筋は通っているように感じる。もちろん、先ほども言ったが、普通に考えてこういう能力を持つこと自体があり得ないことなのだが。
「あの、今田さんですよね?」
職場の休憩室で物思いに耽っていると、知らない同僚に声をかけられた。フレッシュマンらしく、若さとパワーに満ちた雰囲気を漂わせている。
「ええ、そうだけど。君は?」
「渡辺といいます。今年、入社しました」
「私と部署が違うのに、よく私のこと知っていたね」
「さすがに知ってますよ。今田さん有名ですから」
「有名…?君、部署どこだっけ?」
「企画部です」
「あー、そうなんだ。そんなところで私が有名だなんて想像もつかないな」
「今田さんって商品について熟知してから営業に行かれるから、企画側としてもクライアントにしっかりと商品の意図を伝えられるのがありがたいみたいで…」
「なるほどね」
「しかもそれで結果を出しているんですから、僕達としては、自分達の企画を世間に認めさせてくれた人っていうことで、そりゃ有名にもなりますよ」
「そんな大げさなものでもないと思うけどね…とにかく、ありがとう」
「今何されてたんですか?」
「いや、ちょっと考え事を」
「仕事のことですか?」
「まあ、ちょっとね」
「昼休みなのに、一人で佇んで仕事の構想を考えてるって、なんか格好いいです」
「そんなことないさ。ただ一人寂しくコーヒーを飲んでただけで」
「いえいえ…あっ、そろそろ会議なので戻ります。もし機会があったら飲みに連れて行ってください!」
「うん、いいよ」
「ありがとうございます!失礼します!」
軽く手を振ると、渡辺君は去っていった。
今の段階まで全く気にしていなかったのだが、思っていた以上に私の名前は知れ渡っていたようだ。この現実に変わってから、私の業務実績は社内で一位を獲得していた。彼が言っていたように、その背景には私自身の商品熟知によるプレゼンテーション能力向上や、他部署とのつながりなどがあったようだ。元々の現実では、そんなこと、気にしたことが無かった。そのため、結果も散々なものだった。しかし、この現実での一位を今後も維持していくためには、私から積極的にそういった動きも入れていかなければならない。そうでなければ、再び最下位周辺をうろつくことになりかねない。
缶コーヒーを全て飲み終えると、私は自分のデスクへと戻った。
「渡辺君…か」
とても感じの良い子だった。ああいうタイプの人と一緒に仕事をすると充実していい。
この歳になって改めて思うのだが、仕事というものは「何をするか」ではなく「誰とするか」で判断するものだ。互いにリスペクトし合って、前向きに仕事をしていくのが一番いい。できる限り同僚を大切にして、距離感を気にしながら上手く付き合っていく。そうやって退職までの長い時間を生きていくのだ。本来、それが仕事をしていく上で非常に大切になってくると思う。




