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番外編 「youth」

俺の名前は樫本カシモトイサム

27歳、独身。

今のところ結婚する予定もまったくない、いわゆる独身貴族ってやつだ。

最後に付き合った彼女というのも、悲しいかな。かれこれ2年前のことになる。


いや、誤解を解いておくが別にモテないってわけじゃないぞ?

ただ過去に俺と付き合ってきた女はどうも合わなくて、結局「自然消滅」ってパターンが一番多かった。


大学時代はサークルとか合コンとか出会いの場はいくらでもあったけど、教師という職業を選択してしまってからは、そういう機会もめっきり減ってしまい。


気付けば、この有様…というわけだ。

俺も年とったよなぁ、なんて変な感動を覚えてしまう。


まあ、そりゃいつかは結婚したいと思うけど。

でも今はいわゆる「教師」としてそれなりに楽しんでいるし、別に不満があるわけでもない。


最近では顧問をやってるバスケ部が男子も女子も力をつけてきてそれなりに大会で勝ち進むようになっている。おかげで何故か俺が校長に呼び出されて、お褒めの言葉まで頂いてしまった。


別に俺のおかげって訳じゃないんだけどな…


仮に俺のおかげというならば、もっと前から大会で名を連ねるようになっていてもいいはずだ。だが、はっきりと成長が目に見えるようになったのは今年あたりから。

きっと…いや。間違いなく、アイツら二人が部長になってからだろう。


楠原ナンバラ コウ波風ナミカゼ カオル


…つーか。

アイツらって一体どうなってんだ?


―――俺の目下の関心事。


それは今名を挙げた、まさにその二人にある。


てっきり付き合ってるかなんかだと思っていたんだが…


昨日昼間に偶然見てしまった光景を思い出し、思わず眉間にしわが寄る。


ちょうどトイレを済まし、廊下に出た時のこと。

部屋に戻ろうと自販のところを曲がろうとした時に、いきなり眼前に飛び込んできたものに驚いた俺は咄嗟に身を引いていた。


なにやってんだ?こんなとこで…


一瞬しか見えなかったから自信はない。…が、もう一度確かめる勇気もない。


だが…。

今のは確かに―――昂とマネージャーの櫻坂だったよな?


俺の見間違いでなけでば、ふたりは抱き合っているように見えた。

自販に寄りかかって、思わずため息を零す。


おいおい…

合宿中に随分と余裕なこった…


昂のことは教師陣でも噂になっていることは知っていた。

そりゃあ、あの容姿だから当たり前と言っちゃ当たり前なんだが……

噂と言っても悪い噂ではなく、もちろんいい噂。

もはや伝説と化してしまっているなんて、本人ですら知らないだろう。


ラブレターは毎日靴箱から滝のように流れ出てくるとか…

モデルや芸能人にならないかと何度もスカウトされてるとか…

老若男女問わず逆ナンされてるとか…いや、さすがにこれは大げさなんだろうが。


だが、ほとんど事実に近いものがある。


アイツより10近く離れている大人の俺ですら憧れに近いものを覚えてしまうほど。


少年のように楽しそうな笑顔を浮かべる時もあれば、ドキッとするほどアイツはたまに大人の顔をする。


あれはいつだったか…アイツがまだ一年の時だったな。

当時の二年の最後の引退試合かなんかで、唯一昂だけがレギュラーとして試合に出ていたことがあった。二年を抑えて試合に出るわけだから、昂に圧し掛かるプレッシャーは相当なもんだったと思う。


試合は最後までどっちに転ぶか分からない状況で、周りもますますヒートアップしていった。

完全にアイツからは笑顔が消えていて。

残り8秒というところで、俺は流れを断ち切るためにタイムをとった。

点差はわずか1点という僅差でうちの学校が負けている。


プレーヤー達だけではなく観客席にまで広がる重々しい緊迫した空気。


「くそっ…」


試合に出ていた二年のひとりがそう呟き、悔しそうに唇を噛んだ。

他の選手たちもどこか半ば諦めモードに入ってしまっている。

だが、そうなってしまうのも仕方がないのかもしれない。


時間もあと少ししか残ってないし…

その上、相手はかなりの強豪チームだ。今から逆転するのはほぼ不可能といって等しい。

奇跡が起こらない限りありえないだろう。


ここまで粘れただけでも大健闘じゃないのか?


だが、そう思ったのが間違いだと気付かされたのはアイツの表情を捉えた時だった。


―――アイツだけは、唯一諦めてなんていなかった。

それどころか、闘志の炎は瞳から消えることはなくむしろ強まっているように思える。


見たことのないような真剣で固い眼差し…


あっという間にタイムの時間が終わり、残り8秒の試合が再開された。

昂のもとに回ってきたボールは、次の瞬間、ゴールを目掛けて放たれていた。


会場にいる誰もがボールの行く末を息を呑んで見つめる。


―――――そして。

どっと沸きあがる会場内。

大歓声に押されるようにして、試合終了の笛が鳴らされた。

耳を塞ぎたくなるほど会場に広がる歓声を背に、俺はただ呆然としてコートを見つめる事しか出来なかった。


アイツは見事やってのけたのだ。

奇跡というヤツを―――……


「信じらんねぇよなぁ…」


あの時…大人のプライドとかそんなもん関係なく、まだ俺にとってガキだと思ってた高校生のアイツを男の自分ですら羨ましすぎるほど格好良いと思った。


そりゃ女も惚れるワケで…


昂の傍に寄ってたかる女は山ほどいるはず。

だからアイツに女がいるのは、当然といえば当然の話なのだが…


俺は―――アイツは波風のことが好きなんだと思っていた。

ふとした瞬間、アイツの視線はいつも彼女を追っていたから。


彼女…波風だったら何となく分かる気がした。


波風は昂と同様、女子バスの方のキャプテンをしていて、教師の俺としても頼りがいのあるヤツだ。

男子に見間違いそうになる容姿は、よくよく見ると顔立ちも綺麗だし、線も細く女らしい身体つきをしてると思う……。―――って俺が言うとセクハラっぽいが。


波風も波風で、昂の姿を意識しているのが分かったし、二人はいわゆる「両思い」って奴だと思っていた。

この二人なら周りも納得するだろう…と。


だが櫻坂と抱き合ってたって事は……俺の勘は外れていたってことなのか?

アイツ…実は櫻坂のことが好きだったってことなのだろうか?


「……わっかんねぇ……」


思わずぽつりと呟きを漏らす。


まぁ、そうは言っても…所詮『生徒』の色恋沙汰だ。

『教師』の俺としては黙って見守ることぐらいしか出来ない。


吸い込まれそうなほど果てしない夜空をじっと見つめながら、小さく息を吐き出す。


―――そういや、さっき波風と暁が凄い勢いで階段を駆け上ってたな…


こんな夜だってのに忙しい奴らだな…なんて鉢合わせたときは呑気にそんな事を考えていたが。あれは相当焦っていた様子だし、何かあったのだろう。


何も起こらず無事に済むといいんだが……


「勇?」


突然背後から声をかけられ、我に返った俺は現実に意識を引き戻した。

振り返ると、俺の長年の悪友とも言える拓弥の姿がそこにあった。


「…お前か」

「そんな縁側に座って…風邪引くよ?」

「…ばーか。夏だし平気だろ」

「馬鹿は酷いな…。一応これでも僕としては心配してるつもりなんだけど」


拓弥は苦笑すると、俺の隣にゆっくりと腰掛けた。


―――訪れる静寂の間。


心地よい夜風がふたりの間を通り抜けていく。


「なあ…」

「ん?」

「俺たちってさ…若い頃、どんなだっけ」

「なに、藪から棒に」


クスクスと小さく笑い声を上げてから、拓弥は昔を懐かしむように空を仰いだ。

それに倣って、俺も空を見上げる。


夜空に散りばめられた星たちは奔放に煌いていた。


「あの頃はさ…早く大人になりたいっていつも思ってたけど。いつのまにか僕たちこんなにオジサンになっちゃったよねぇ…」


隣で拓弥はそう小さく呟くと、微かに微笑んだ。


「バカ…言うなってそういうこと。つーか、お前なんて結婚したしな」

「…早く勇もそういうひと見つかるといいね」

「うっせ」


小さく二人で笑い合う。


ポケットから煙草を取り出し、火を点けようとライターを探っていると、拓弥が自分のライターを差し出してきた。


……コイツって昔からさり気無く気がきくよな……


サンキュ、と礼を言って有難くライターを受け取る。


本人は何も言わずに自然にやってのけるから、意外とそれに気付けないことが多い。

だが振り返ってみるとそういう事が幾度となくあったように思える。


拓弥との付き合いも長えもんなあ…

かれこれ10年以上になるのか?


ゆっくりと吐き出された白い煙は、たちまち夜空に紛れこんでいった。


「でもま…ホント、アイツら見てると俺も年とったよなって実感するよ」

「ああ…分かる分かる。なんかあの子達見てると、青春してるなぁって感じだよね。ちょっと羨ましいかも」

「生意気だけどな」

「若いうちは皆そんなもんだって。けど勇は何だかんだ言って可愛いと思ってんだろ?」

「……まぁな」


素直に認めた俺のことが珍しかったのか、拓弥がきょとんとして見返してきた。

ちょっとばかし照れ臭くなって、拓弥を肘で軽く小突いて視線をまた空に戻す。

そんな俺に気付いたのか、拓弥は笑いを耐えるように小さく身体を揺らした。


決まり悪さを隠すように拓弥を睨み付ける。


「…あんだよ」

「クスクス…べつに?」


意味ありげに微笑む姿を見て、ちっと思わず舌打ちする。


素直に認めるんじゃなかったか…


―――でも、ま。


あの二人のこともそうだけど…

青春してる奴らを遠くから見てんのも悪くはねぇよな。


『教師』としての醍醐味…存分に楽しませて貰おうか。


目を細めて、煌く夜空に思いを馳せる。



―――――後日二人が付き合っているという噂がたちまち学校内に広がり、それを耳にした彼が首を傾げるはめになったのは、また別の話。


                                      *END*



                                   



本編ではあまり活躍することのなかったかっしー視点でした(笑)いかがでしたでしょうか?

実は彼、意外にも勘が鋭かったみたいです(変なとこで鈍いけど…)

本当は彼の学生時代のときのバスケの話も入れる予定だったのですが、そこまで盛り込むと延々と話が続いちゃいそうなので、あえてきっぱりカットしちゃいました。ごめんね、かっしー(苦笑)


あとこの場をお借りして…

コメントを下さった皆様、本当の本当にありがとうございました!!(;□;)感動のあまり思わず泣きそうになったほど。。忙しくてなかなか返信することが出来なかったのですが、これからぼちぼち返信させて頂きたいと思っています。遅くなってしまい本当にごめんなさい;;



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