第百六十七話
「……」
…ここは?
僕はどこか懐かしい儚げな機械音で目を覚ました。辺りの様子を見ると、カーテンは閉められて部屋は暗かったが、そこは紛れもなく僕がこの世界で初めて泊まった場所だった。
「……白猫の宿か…」
寝ぼけながら音の鳴る方に手を伸ばすと、そこには目覚まし時計ではなく、猫の王国で手に入れた携帯ゲーム機が置いてあった。壊れていたはずなのに今はメロディーが流れて画面になにか映っている。
「……うるさいな…」。
なんなんだこれ……。…セーブしますか?…か……。
アイコンが薄っすらと表示され、二つのセーブデータがあった。赤色のセーブデータは文字化けしていてよくわからないが、エンディングマークらしきものが付いている。青色は最近始めたようだ。プレイ時間が短く、セーブデータにエンディングマークが付いていない。
「…これでいいだろ」
僕は新しくセーブデータを作るとオレンジ色のデータが浮かび上がった。セーブが終わるとゲームが進み出し、主人公と予言者と名乗るキャラが話しだした。
『………信念を貫く者にだけ道は開かれる。信念なき力に未来はない…。あるのは破滅だけだ…』
……これ…昔やったゲームだ。よく思い出せないけど…このセリフだけは覚えてる……。
『…生きていたのか!? お前は俺が…!』
『…貴様に私が殺せるわけがないだろう……。…それより…それから手を離せ……。…それは…お前が制御できる代物ではない。…たった一つの命を救うために世界を壊す気か?』
『…お前になにがわかる!? 僕にとって彼女は…。…お前にだって大切な人は一人ぐらいいただろ!?』
『……何事にも終わりはある…』
『…黙れ』
『彼女は世界の敵だ…。生きているように見えるが、実はそうではない。すべての時と次元を超えて、広まっている。それが彼女の正体だ…』
『…黙れ…黙れ!』
『…始まりと終わりはこの場所ではない。そんな事をすれば世界の連続性は崩壊する…』
『黙れ…黙れ…黙れ! …なら…俺も世界の敵になってやるよ!』
『…やめ……!』
白い光が画面を覆いつくし、黒い画面が映し出された。そして、ゲーム機は動かなくなってしまった。僕はゲーム機を枕元に置いてしばらく天井を見ていた。
…信念を貫く者にだけ道は開かれる。信念なき力に未来はない…。あるのは破滅だけだ…か……。
「…っ!」
僕は起き上がろうと力を入れたが全く動けなかった。怪我をしてるわけじゃないのに動けない。体が動く事を拒否しているようだった。
「まあ、いいか…」
なにかしなくちゃいけない。そうは思うが、なにもできなかった。僕は視界がぼやける中、おもむろに唱えた。
「……ステータス。スキルを見せてくれ…」
「了解しました…」
目の前に現れた画面を確認したが、見間違えなどではなかった。やはり、全てのスキルが消えていた。ただ、一つのスキルを残して…。
なにもない…。俺にはメランコリーライフだけか…。
「…くそっ、くそっ、くそっ! …なんで、なんで、このスキルだけなんだよ…」
僕は後悔していた…。この世界を救いたい…その気持ちに嘘はない。今だって救いたいと思ってる。
「……」
でも、こんな僕になにができるというのだろうか? 強力なスキルも、魔法も使えない…。レベルが上がり辛いだけの…ただの…ザコに…。
「……ん?」
コンコンと扉を叩く音が聞こえ、横を向くと白猫が白いタオルを持ってきていた。僕と目が合うと白猫は二度見して僕を見ていた。
「びっ、びっくりした…。あっ、あんた、起きてるんなら起きてるっていいなよ…」
「今…起きたんだ…」
「そうかい…。…なにか食べるかい?」
「…いや、今はなにも食べたくない……」
「食べたくないって…。…あっ、あんた、一週間食べてないんだよ?」
白猫は心配そうに僕の顔を覗いた。僕はそれを避けるように布団の中に入った。こんなときだけはスッと体が動いた。
「…もう少ししたら起きるから、寝かしといてくれ」
「わかったよ…。なにか食べたいときは遠慮なくいっておくれ」
「…ああ……」
「…そういえば、姫様から聞いたんだけどね。あんた、猫の国…助けてくれたんだってね。本当にありがとうね…」
「…いいよ。気にしなくて…」
「それに闇の王も倒しちまうなんてね。全く…私達がこの国にきた意味なくなっちまったよ」
「…それは…悪かったな」
「はははっ、嬉しい誤算ってわけさ…。まっ、案外あんたが勇者なのかもしれないけどね…」
「それ…どういう意味だ? …ん? ふぐぅっ…!」
僕は布団から顔をだすと、空中に浮いたパンが口に突撃してきた。僕は口をこじ開けようとしているパンを手にとった。
「続きが気になるなら食べな…」
「別に気になんか…」
「いいから食べな!」
「ちょっ、なっ、なにするっ!? やっ、やめ…! …モゴモゴ……」
白猫は僕からパンを奪って、口に突っ込んできた。僕は起き上がり、口の中に入ってきたパンを一口カジッた。すると、小麦粉の甘みが口の中に緩やかに拡がっていった。
うまい…な…。くそっ…。こんなときでも…うまいんだな…。
「食べながらでいいから聞きな…。実はね、この国に来たのは勇者を探すためなんだ…」
「…勇者を?」
僕は運ばれてきたスープをゆっくりと飲んだ。体が完全には受け付けず、あまり飲むことはできなかったが、少しだけ体に温かさが宿り、ホッとした気持ちになった。
「そう…。今でも思いだすよ…。あれはすごい戦いだった。本当に死ぬかと思ったよ」
「…その話なら大体聞いた。確か…ノスクの父親が倒したんだろ?」
「ああ、そうさ…。でもね、ノスクの父親は勇者でもなんでもないただの剣士…。剣は光ったのにこなかったんだ…。勇者はね…」
「…勇者が戦うほどじゃなかったとか?」
「…確かにそうかもしれないね……。でも、私達はあの戦いが終わったあと、一つの仮説をたてたんだ…」
白猫は指をクイッとやると、今度は牛乳のようなものがでてきてた。僕はそれを飲んでいると、白猫は厚手のカーテンを開け、薄っすらと入ってきた日差しに目を細めた。僕にはまだ眩しすぎるようだ。
「…っ!」
「ああ…ごめん。ついクセで…。はい…閉めたよ…」
「…それで…一つの仮説って……」
「…繋ぐというのはもしかして、勇者を目覚めさせなければならなかったんじゃないか…ってね。だから、勇者伝説の色濃く残る…ここエルフの国に調べにきたってわけさ…」
「…でも、それがどうして宿屋の店主なんだ?」
「…生活と情報収集を一度にできる宿屋を選んだんだ…。最初はね…。でも…調べても結局わからなくってね…。調べられる事にも限界があるし、もうやめて、国に帰ろうかとも思ったんだけど…」
「…だけど?」
「宿屋が儲かりすぎてやめれなくなったんだよ。近々四号店もだそうかと思ってるくらいさ…。…そうだ! あんた店主にならないかい? 考えておいてよ」
僕はそんなバカバカしい理由だとは思わなかったので、つい笑ってしまった。ただ、自分自身がまだ笑えるくらいには元気だということに内心驚いてもいた。
「はははっ、なっ、なるほどな…。まっ、まあ、考えとくよ…」




