第百六十五話
目が覚めると僕は寝汗でびっしょりになっていた。ヒンヤリと体が冷えていたが、それとは別に妙な冷たさを感じた。
「なんだ…。今の…。…っ!」
ソファーから起き上がると、視界の端になにか黒いものがボンヤリと映り込んだ。僕はすぐさまソファーから立ち上がり、それと対峙した。
「やあ、この世界で会うのは初めてだね…」
そこにいたのは黒騎士だった。とんでもなくドス黒い凶悪なオーラを放ちながらそれは存在していた。そいつを見るだけで酸素がなくなってしまったかと思うくらい息をするだけでも苦しくなっていった。
「…その声…あの暗闇にいたやつか? …黒騎士…お前だったのか!?」
なんてやつだ…。足が震えて動かない…。今までこんなものを僕は楽しんで使っていたのか?
「いや、俺は黒騎士じゃない…。この体は君の裏スキルをすべてを奪った結果さ…」
「…なにっ!?」
ステータス画面を一瞬開こうとしたが、すぐにその行動をやめた。こいつから目が離せない。少しでも目を離すと殺される。
「エンディングは俺が選ぶよ…。君の罪を背負ってね…」
「なにをいってるんだ…?」
「この世界はたぶん滅びるだろうがね…。まぁ、まだマシなエンディングなんだ…。さて…やりたくないが…君には死んでもらおう…」
「…させません!」
黒騎士が黒い大剣を抜こうとすると、目の前の空間が歪み、そこには以外な人物が立っていた。僕はその姿をみると安心してしまい、腰が抜けてしまった。
「…かっ、神様!?」
「なるほど、お前が神か…。お前を殺すと流石に私がでてきた意味がない…。…だが、お前にも見えているのだろう? …あの未来が?」
「あっ、あれは、不確定な未来のひとつです! それに、まだ複数の未来が…」
「なってからでは遅いんだよ…。私は運命に抗わない…。これを選択した…。…お前は介入しないのだろう? …運命の女神よ」
「…っ!」
神様は唇を噛みしめて黒騎士になにも言わず、ただただ見ているだけだった。僕が黒騎士の方へ視線を移すと、黒騎士もまた僕の方を向いた。
「まぁ、そういうことだ…。君はそこの女神にさっさと元の世界に返してもらえ…。どうせ、ただの君にはなにもできないのだから…」
「……」
僕は無言で黒騎士を見続けた。怖くてなにもいえなかった。
「……お前とのゲーム…楽しかったぞ…」
「…おっ、おい!」
黒騎士は空間を歪めて消えていった。僕は殺されなかったが、まるで生きた心地がしなかった。でも、妙だった。おかしな事に黒騎士は僕を殺そうとしていたのに、仮面の奥に見えた瞳はなぜか悲しそうみえた。
「…なっ、なあ、神様……。一体、どうなってるんだ? あいつは…一体?」
「彼は恐らく…あなたを救う為にでてきたのです。少し待ってください…。未来をみます」
「はあっ!? おっ、俺を救う!?」
神様は深呼吸して目をしばらく閉じると、呪文のようなものをブツブツと唱えて金色に輝き出した。しばらくして、その光が消えていくと神妙な顔をして淡々と話しだした。
「あなたには元の世界に帰ってもらいます…。少し待っていてください…」
「おっ、おい…。なっ、なに、いってるんだよ…。神様…」
僕はソファーで体を支えながらなんとか立ち上がり、呪文を唱えている神様の肩をガシッと掴んだ。
「わかっています…。ここまで頑張ってくれたので、あなたの願いは叶えます」
「…この世界を救ってないのに帰れっていうのか?」
「はい…」
「…俺だけハッピーエンドになれってことか?」
「はい…」
「残されたやつはどうなるんだ!? まさかあいつのいったとおり…。みんなっ…みんな死ぬのか!?」
「はい…」
「…なっ!」
神様は僕の目を見ずに下を向いたまま、機械のようにハイとしか返事をしなかった。なにか文句の一つでも言おうとしたが、あまりの衝撃に言葉が出てこない。
「あなたは元の世界に帰ってください。あなたはこの世界には必要ありません…。…帰りなさい」
そんな事ってないだろ…。そんな…そんな……。
冷たい目をしながら命令していたが、彼女の目から一筋の涙が流れていることに気づいた。そんな姿を見たときに僕の心の奥底にあった願いは揺るぎないものとなった。
「…っ! そんなハッピーエンドならお断りだ! 俺は戻らない…。神様、一つだけ願いを叶えてくれるんだったな…。俺の願いはこの世界を救ってみんながハッピーエンドで終わる事だ!」
「……その願いは叶えられません」
「じゃあ、叶えなくっていい! 俺がこの世界を救って叶えてやる!」
神様は歯を食いしばり、悔しそうな顔をしながら下を向いた。僕は声を荒げて神様に反論すると、段々と表情が崩れていき、今にも泣きそうな顔をしながら僕の方を見つめてきた。
「あなたには戦う力もないんですよ…。…それでも、残るというんですか!?」
「…ああっ!」
「あなたは更に辛い思いをするかもしれません…! もしかしたら、本当にあなたは死んでしまうかもしれません…。…それでも、本当に残るというんですか!?」
「…神様、最初にいっただろ? 俺はハードモードしかやらないって…。俺がこの世界を絶対に救ってみせる!」
「……」
「…神様!」
「……最初、あなたを選んだ時…どうなるかと思ってました…。魔法も使えないし、強そうでもないし…」
「わっ、悪かったな…」
「でも、今ならいえます…。あなたを選んで本当によかった。改めてお願いします…。この世界を救ってください…!」
「…ああ、任せとけ!」
元気よく答えると、神様は金色の光を放ちながら、宙に浮かび上がり僕の頭に触れた。キラキラと鏡のようなかけらが舞って、そこには無数の僕が映っていた。
「あなたには消えてしまった未来を見せます…。本当に悲惨な未来です…」
「…なんで未来を?」
「今の運命に抗うためです…。あなたにこれを見せることで、未来を不確定な状態に戻すことができるようです…」
「なら、早く…」
「……ですが…見た事を後悔するかもしれません…。…それでも、本当にいいですか?」
「…ああ……」
「それではいきます…。…無事に帰ってきてください」
眩く輝き出し、目の前が真っ白になったかと思うと、眠るように意識がスッと消えた。その一瞬、白い世界で、水の中で聞くようなボヤッとした女性の声が聞こえた。ただ…神様の声とは違うから…きっと…気のせいだろう。だって…時を超える魔法…そんなことをいっていたんだ。そんなものあるはずがない。




