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推しを幸せにしたすぎて、漫画の中まで押しかけてしまったみたいです  作者: えくれあ


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第24話

 

「凌空くん、しばらくは学校通うの大変でしょう?おばさんが車出してあげるわね」


 それは、凛の母のこんな一言からはじまった。


「えっ?いや、そこまでじゃ……っ」


 松葉杖に慣れない様子の凌空を、心配してのことだろう。

 しかし、凌空からすればすぐに慣れる予定だし、なんといっても凛が通いやすさから選んだ学校だ。

 松葉杖であったとしても、通学がそこまで大変だとは思っていない。

 何時間も電車に揺られるわけでもないのだし、なんて考えるととてもそこまでお世話になる気にはなれなかった。


「あら、凛だって、たまには車で通う方が楽でいいわよね?」

「うん」


 電車での通学が、それほど大変ではない学校を選んだとはいえ、家から学校の門の前まで車で運ばれるのと同じほど楽な通学というわけではもちろんない。

 それに、何より凛は、母の意図がよく理解できている。

 凛のためでもあると告げれば、凌空は間違いなく折れてくれるのだ。

 凛も、凛の母も、経験上よく知っている。

 だからこそ、凛は二つ返事で頷いた。


「凌空、いいよね?」

「まぁ、そういう、ことなら……」


 渋々、といった様子で受け入れる凌空を見て、凛は母と顔を見合わせて笑った。


「じゃあ、結芽にも連絡するね。しばらくはみんなで車で行こうって」

「ええ、そうしてあげて」


 2人が車で行くなら、結芽ももちろん一緒である。

 これも、ごくごく当たり前のことだった。

 2人乗っても、3人乗っても、同じである。

 待ち合わせ場所だって、各自の家の前で問題ない。

 この状況でむしろ一緒に行かない理由なんて、どこにもないのだから。


(3人で車で通学するの、なんかちょっと楽しみかも)


 記憶を遡れば、3人で母の車に乗った経験など多々あるようだったけれど、凛にとってははじめてみたいなものである。

 特別なことが起こるとも思えなかったけれど、それでもわくわくする気持ちを止められなかった。






「凌空の怪我に感謝しなきゃ」

「あのな……」


 乗り心地のよい車のシートに背中を預け、凌空の怪我を心底ありがたがる様子の結芽。

 凌空はもちろん、凛も、凛の母も、苦笑せざるを得なかった。


「帰りもちゃんと迎えに行くから、安心してね。今は3人同じ部活で、帰り時間が同じだから助かるわね」


 中学の時はバラバラだった。

 一緒に帰るとなると、誰かが待つ必要があったりもしたものである。


「あ、でも、凌空、部活出るの?」

「まー、一応。見学とかはするんじゃね?」

「そっか」


 凌空1人待ちぼうけ、にはならなさそうで凛は安堵する。


「凌空、松葉杖いつまで?」

「1週間くらいだって」

「えーっ、もうちょい長ければよかったのに」


 そうすれば、もっと長く車で通えたのに。

 そんな理由から、凌空の怪我が長引くことを願ってしまう結芽。

 そんな結芽の様子に、くすくすと楽しそうな笑みを零したのは凛の母だった。


「大丈夫よ結芽ちゃん、松葉杖がなくなっても、ちゃんと完治するまでは送り迎えするから」

「やった!!」


 両手をあげて嬉しそうな結芽に、車内ではどっと笑いが起こる。

 そんな些細な会話ばかりだったけれど、凛はこの空間にいられるだけで楽しいと感じていた。

 しかし、そんな楽しい気分は、車を降りるまでしか続かなかった。




(やっぱり私は、この二人が並んでいるのが、お似合いだと思ってしまう)


 二人の少し後方から、並んで階段を登る二人の背中を見つめながら、凛はそう思う気持ちを止められなかった。


 原作漫画を読んでいた時もそうだったのだ。

 少女漫画の特性上、きっとこれは結芽と悠が結ばれるまでの物語だと、そう思う瞬間は多々あった。

 それでも、凛はいつだって凌空と結芽が両想いになって欲しいという願いを、捨てられなかったのだ。


「転ばないよう、気をつけて登ってよね」

「わかってるよ」


 気心知れた、幼馴染ならではの会話。

 一見、心配なんかしていないようで、その手には自身の荷物に加え凌空の荷物まで全て抱えた上で、凌空が転ばないよう寄り添う結芽。

 ぶっきらぼうながらも、結芽にはなんだかんだ頼っている様子の凌空。

 2人ならではの、この空気感が凛は好きだったのだ。


 遡ること少し前、車を降りる時だってそうだった。


『ほら凌空、しょうがないから荷物持ってあげる』


 そう言った結芽に、凌空はあっさりと自分の手荷物を全て預けた。

 一方で半分持つと申し出た凛には、凌空も結芽も何一つとして持たせてはくれなかったのだ。


(怪我だって、あの時結芽は気づけてた……)


 凛はただ、その事実に呆然とするしかなかった一方で、早くから気づいていたらしい結芽は、てきぱきと手当てをしてみせた。


(もし、私が、本当の幼馴染の凛だったら、気づけたのかな……)


 いくら記憶を辿ってみたところで、それだけは答えが出てこない。


(本当の幼馴染だったら、今この瞬間も、もっと凌空の役に立ててたかな)


 そんなことを考えていると、ほんの数歩で埋まるはずの二人との距離を、凛は縮めることができなかった。






「凛、元気ないね。凌空が怪我しちゃったから?」

「え?そんなことないよ。いつも通りだよ」


 それは、部活の時間に、かけられた声だった。

 声の主は、すぐにわかった。

 けれど、凛は妙な気まずさを覚え、作業中なのをいいことに顔をあげないまま返答した。


(正直、今、悠には会いたくなかったかも……)


 いずれ、結芽は悠と結ばれる。

 それをわかっていながら、やはり凌空と結芽がお似合いだと考えてしまったことが、悠に対して後ろめたさを覚えさせる。


(そもそも、悠は、いつから結芽を好き、だったんだろう……)


 結芽が悠に出会った瞬間に恋に落ちたのは、漫画でしっかりと描かれていた。

 それよりも前から、漫画の中の凌空は、結芽が好きだった、少なくとも凛は読みながらそう思っていた。

 けれど、悠は徐々に結芽に惹かれているような描写はあったものの、明確にいつなのか凛にはわからなかった。


(もし、悠と出会っていなかったら、結芽は凌空を選んだのかな)


 そんなことを考えながら、凛はただ悠が早くこの場を立ち去ってくれることを願っていた。

 しかしながら、悠は立ち去るどころか、その距離を詰めてくる。


「それ、大変なの?手伝おうか?」

「え?だ、大丈夫だよ。これ、マネージャーの仕事だし」


 やはり、凛は悠の方を見れないままだった。


(お願い、早く練習に戻って)


 凛が、そう強く願った時だった。

 ダンっと大きな音が真後ろから聞こえ、凛はびくりと肩を震わせる。


「わ、凌空!?びっくりさせないで、っていうか、ちゃんと座ってないと」


 音の発生源は、凌空の松葉杖だった。

 見学用に用意された椅子におとなしく座っていたはずの凌空が、いつの間にか凛の真後ろにいたのである。


「暇」

「え?そ、そんなこと言われても……」


 見学に飽きたのだろう。

 しかしながら、だからといって暇つぶしできる何かを凛は持ち合わせていない。


(暇だから、こんな不機嫌なの?だからって、松葉杖であんな音出す!?)


 よほど力いっぱい地面を叩かなければ、出ないのではないか、そんな音だったのだ。


「それ、俺もやる」

「や、でも、これは……っ」

「二人でやった方が早いだろ、暇つぶしにもちょうどいい」

「えっと……、うん、じゃあ、ここに座って。椅子、もう一個取ってくるから」


 椅子から離れてしまった凌空は、当然松葉杖をついて立ちっぱなし。

 一方で、椅子に座って作業中だった凛は、慌ててその席を凌空に譲る。

 これに関しては断らず、おとなしく従ってくれた凌空を見て、凛はほっとした。


「凛、椅子なら、俺が持ってきてあげるよ」


 凌空の座っていた椅子を隣に持ってこよう。

 そうした凛の行動を制したのは、悠だった。


「ここで、待ってて」

「あ、うん、ありがとう」


 自分で持ってくることもできたのだけれど、悠の笑顔の後ろに何か圧を感じたような気がして、凛は気づけば頷いてしまっていた。


「あいつ、何なの、マジで」

「え?」

「凛にちょっかいかけすぎじゃね?」

「そう、かな……?」


 凌空が座っていた椅子の方へ向かう悠を見ながら、凛は首を捻る。


(たしかに、ちょっと、原作と違う感じはあるんだよね……)


 原作で読んだままの悠だったら、これほど凛には話しかけてこないのではないか。

 少なくとも、凛はそう思っている。


(でも、それなら凌空も……)


 漫画で読むのと実際に対面するのでは、印象が変わるのかもしれない、という思いもあるけれど。

 凛は、凌空に対しても、悠に対しても、時折違和感を感じずにはいられなかった。


「何?なんかついてる?」

「ううん、なんでもないよ」


 まさか本人に、原作とは違う、だなんて告げられるはずもなく。

 凛はただ、曖昧に笑ってその場をごまかした。

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