寝正月によってもたらされる健康上のメリット・デメリットは賛否両論分かれており、明確なエビデンスは出ていない
朝、目を覚ましたら、橋本の顔のドアップが出迎えた。
「須加ー! あけおめことよろー!」
「……人が起きるまでずっと待ち構えてんのはちょっとどうかと思うよ……。明けましておめでとう……と、おはよう」
橋本は朝が強い。
おそらく恰好から推測すると、起きてからランニングも終わり、シャワーも済ませているようだ。
まさか新年早々朝ランするなんて……僕には真似できない。
「ねー、須加ー、タミフルOTC化の協議中だってさ。どう思う?」
僕は寝ぼけた頭で、橋本の会話発端のリソースについて思考する。
手にはスマホ。僕にも見覚えのある画面。
新年から医療情報の収集とは……まあ配信メールを開いただけなんだろうけど。
「ああ、次の診療報酬改定の話か……」
まさか新年に寝起きと同時に仕事の話をされるとは思わなかった。勘弁してほしい。
「おそらくねー。前回は特定の調剤のチェーンを痛めつける気満々の改定だったからなー。いくら薬剤師が医療界のサンドバッグだとしてもあれはひどすぎだったなー。被害がなかったチェーン以外の薬局からもありゃひどいって声が上がってたし。相当に痛手だったんじゃないか?
さすがに今回も同じ相手を攻撃するのは、人としての心があるやつならやらないだろう……と、薬局薬剤師の立場としては切に願う」
「医療自体に終わりのカウントダウンが始まってるからね。調剤だけ泣かせても焼け石に水だって気づいたんじゃない? 根本的に医療そのもののシステム変えないとダメなところまできてるってさ。
じゃあ風潮的に、今年改定ターゲットはOTC関連ってことになるのかな? はあ……また算定が複雑になるんだろうなあ。
とりあえずタミフルがスイッチで流れてくるのは当分先だろうけどね。緊急避妊薬もだいぶ時間がかかったし。
タミフルを悪用する人はいないだろうけど、異常行動のリスクはあるからね。
ただタミフルなんて5日間真面目にみんな飲まないから、僕はスイッチ化するならゾフルーザの方がいいと思うけどなあ。その方が薬が無駄にならないし」
「それな! でもおれは怪しいと思ったら麻黄湯で退治する派〜」
「僕だったら早めの葛根湯かな。銀翹散も効くっていうけどね」
「なんかすげーOTC叩く記事が増えてるけど、みんな知識がないせいか、ただ不安で騒いでるだけな気がするよな。おれらが職業柄詳しいからそう感じるだけかもしんないけど。
おれ昔、風邪こじらせて医者行ってさ、そこで出された処方箋見て全部ドラッグストアで買えるじゃんかよ! って思ってから医者行かなくなったんだよねー」
処方内容はなんだろう。
メジコン、カロナール、トランサミン、ムコダインってところだろうか。確かに全部ドラッグストアで手に入るな。
「コロナで対症療法で出される薬もドラッグストアで同等のものが手に入るしね」
「まあさすがに肺炎くさいと思えば受診は必要だろうけど」
「つまりそこでしょ論点は。
医者に行かずに我流でOTC使って体調崩す人が増えるからってことで反対意見が出てるんでしょ?」
「そんなんさ、登録販売者が仕事すればいいわけじゃん。そういう資格なんだろ? 薬使ってても治らなかったりこういう症状出たら受診してくださいとか一言いえば済む話じゃん。なのにあいつらレジ打つだけで全然薬の説明なんかしやしねえ」
「それ世の中の人が思ってる薬局薬剤師への言葉と同じだよ橋本」
「おれは説明してるよ! 勉強もしてるし専門資格だって二つも取ってるよ! 一部の自販機薬剤師どもと一緒にすんな!
そもそもこっちは仕事してんのに、文句はあいつらが言うんじゃん! 『医者でもないくせに口挟むな!』とか『薬剤師ごときがでしゃばんな!』とか『黙って薬を袋に詰めてりゃいいんだよ!』とか!
ああいうモンペどもが圧力かけてくるから、大人しい若手が萎縮して対人恐怖症になってくんじゃねえか! 去年も新人がビビって休職しちまうしさ! 貴重な人財損失をカスハラ野郎に請求する権利をくれよ! フルタイムで働く貴重な人員を潰すんじゃねえよ! パートと時短ばっかじゃ現場の業務負担は減らねえんだよ!」
ああ、新年早々橋本がヒートアップしている……。
僕の平穏な寝正月計画は見事に崩れ去ってしまった。
仕方なく僕はベットから出ることにする。
「橋本、走ってお腹減ってるんじゃない?
餅食べようよ餅。橋本は餅は何派? 僕は磯辺派だけど」
橋本の顔が明るくなる。機嫌が直ったらしい。
「おれ、砂糖醤油も好き。
甘いのとしょっぱいので交互で攻めようぜ」
「はいはい」
僕が切り餅の袋を開けていると、薬局からの転送電話がなった。
うわ……患者さんからの電話だ。
年末年始は医療機関は休みだし、急患センターもごった返している。
対応困難なタイプからの電話じゃないといいけど……。
僕が薬局のスマホを手に取ると、着信の反応はない。鳴っているのは僕のじゃないらしい。
「あ、おれのやつだわ。
須加ー、おれ餅5個ね、焼いといてー。
……はい、大変お待たせしました。〇〇薬局××店、薬剤師の橋本が承ります。どうされました?
……はい……はい、頭痛がひどい……家に家族が買った常備薬があるんですね? それを飲んでもいいか……分かりました。飲み合わせ確認しますね、今飲んでる薬の名前教えてください」
橋本の口から次々と復唱される薬の名前を後ろで聞きつつ、僕は切り餅を並べてレンジに入れる。
かなりたくさんの薬を飲んでる患者のようだ。
まあ、頭痛なら市販薬がたくさんあるから大丈夫だろう。元旦から営業しているドラッグストアも増えている。
餅が焼ける前に解決しそうだな。
寝起きから騒々しいスタートだ。
でもまあ、いつも通りといえばいつも通りだ。
こうやってまた慌ただしく一年が過ぎていくのかもしれない。
また一年、頑張ってやっていこう。




