接触
捕物事件から数日後。
どうやら魘されているイグサです。
何かから逃げようと必死で走っている。
異世界渡りに初めての暴力、慣れない生活、暗殺未遂とかあり得ない事の連続で、私の心はがっつり疲弊していたらしい。
全力で走るのに、脚を動かしているのに全く進んでいない。
追ってくるのは黒マントの多分、男。
あぁまたこの夢。
誰かに馬鹿にされたり裏切られたりすると出てくるヤツだ。
伸ばされた真っ黒な手をはたき落とし逃げるのだが一向に脚は言うことをきいてくれない。アレに捕まると心が痛いし苦しくて辛くなる。
変な事にこちらに来てから、夢で捕まった日は必ず現実でもバカに捕まり嫌な思いをして来たので、例え夢の中といえど捕まってはならない。
《側に来ないで痛いのは嫌い》
いつもの様に喚き手足をバタつかせ伸びてくる黒い手を叩き弾いた時に妙な質感が有った。
あれ、手に当たった?
当たって避けられたから良かったんだけど?手に感触あってそれが生々しい?
夢なのに感触ー!?
とうとう身体にまで実感として認識してきちゃったよ、重症だよね。
幻視とか?
いや寝ているのだから感触は幻触だ!
頭が勝手に作り出した偽物だ!
あっやばい逃げなきゃ!
これ現実でアホ騎士にまた何かされるんだ。
それは嫌だ、ここで回避すれば捕まらずに済むんだよ、逃げろ!
痛いのはイヤ、あぁお腹が痛い、息が苦しい、やめて触らないでそばに来ないで〜
けらないで、斬らないで!
必死で逃げたのに、熱くて大きな手が私の右手首を握った実感にビックリして、声にならない息が漏れるだけの叫びをあげた。
誰か誰か、タスケテ‥捕まったらコロサレル。
「大丈夫だ」
「?????」
耳元に注がれたその声に、何故か全身に入っていた力がふわりと抜けた。
頭を撫でられたり、ほんのり温かい手で頬に触れられる、ビクリと震えてしまったが、不思議と恐怖は無い。
逆にこの手を離してはダメだと思った。
え?なんで?でも‥
空いていた左手に触れた布地を手繰る様に掴み返すと、びくりとした振動が伝わる。同時に温もりが離れた。
え?拒否。
置かれていた手を剥がされ、慌てて掴み直そうと伸ばした手が宙を掴む。目尻に溢れたものが耳に入り込み、闇に溺れる…また、また一人で沈むっ。
「置いて‥いか‥なぃ‥で」
「‥ッ泣くな」
テノールの心地いい声が聴こえた。
手を離された時の喪失感に涙が溢れ動けないでいると、目元にふっと何かが触れて大きな温もりに包まれた。
温かい‥
詰まって吐き出せなかった自分の呼吸がゆっくり漏れ出ていく。
少し落ち着いてきたので意を決して暗がりの中を薄く目を開けたがよく見えない。夢か現実か?確かめたいのに。
見えるのは黒い布? あっ匂い…
森の匂い‥?なんで部屋の中なのに森の匂いに包まれた?
背中を大きくゆっくり撫でられ力が抜けて行くのは何でだろう?
おデコに熱を感じた。
あぁこれは夢だ。
私の願望が夢になって出てきたんだ。
逃避、とも言うか。
私の作り出した幻である強い何かに抱きしめられ、守ってもらっている夢。
こんなマンガのような都合良い事が私に起こるわけがない。
だって何でもないと言われた女が、異世界でも要らないと言われた女が、こんな都合良い状況になるわけがない。
でも、幻でもいいや。
あったかいから、今だけでもそばにいてほしいな。
子供の様に抱き込まれ、背中をトントンされ、こっちに来て初めて深く息を吐き出した気がする。
意識が吸い込まれるように深い寝りの中へ落ちていき、抗えない心地よさに沈み込んだ。
夢を見ているのに深く寝るって可笑しい。
*** ***
目覚めた時は今までに無いほどスッキリしていた。
こっちに来てから初めての熟睡かも。
生命の危機をヒシヒシと感じて、思った以上に神経過敏になって熟睡していなかったかもしれない。
だって刃物で斬りつけられ、脅されていたのだから変にならない方がおかしいよね?
冷静なつもりでいたけど体に精神にかなり負担が掛かっていたんだ。
精神のテンションを緩める様に脳が無理やり変な夢を見せたのか?
あれから何度か同じシチュエーションで、私の夢なんだけど、夢の中で幻影に抱きしめられて熟睡すると言うのもなんか変‥?
うん、変よね?
でもぐっすり眠れる日々を手に入れられたのは精神的にもとても助かった。
やはり限界が来ていたのだろう。肉体的にも精神的にも‥。
目覚めると、私の中の自制心さんがムクリと起きてはふと我にかえり(この年で乙女か!)と大きなベッドの全部を使って一人ゴロゴロと朝からのたうちまわる程には、はずかしかったけど、まだまだ浸っていたいステキな夢だった。
今日も追われ、うなされ、苦しくて息が吸えないと覚悟した途端に、ギュッと後ろから抱きしめられた。
私の夢想は感触までリアル!
見えないのが怖くてゴネて身を返すと囲が解けてしまった。
熱い手と森の香りで何時もの影だと納得できたので、身を捻り対面に移動してポスッとそこに入り込む。
頭の置き場の丁度良い位置を探してから見上げる。
月明かりにチラリと見えたのは銀色に光るサラサラな髪と深いブルーいや青紫?の瞳が綺麗だぁ、あぁ良い夢。
そこに見えたのは、一見冷たく見えるのに温かく優しい瞳の持ち主だった。顔の半分は黒い皮?のマスクで隠れているから顔全部は未だ見れてない。でも多分イケメン。
私面食いだったんだ〜夢でもイケメンってやばすぎる。
サラサラ素敵髪に少し触れてからより力を入れて抱きついたら、一旦緩んだ腕が戻りギュってしてくれる。
‘‘あぁ、安心する’’
幽霊では無く幻夢、私がみている幻だからわたしが作り出したと言って良い幻だ。だから私に都合良く物語は続くのさ。
私を守ってくれているらしい味方で、私の心を守ってくれる夢の中の男には、実態の影と識別するために"ブルー"と前より親愛の情を込め呼ぶ事にした。
侵入者を倒してくれたのは影さんで、夢の中の悪者から助けてくれる彼はブルー。
影さんを元に作り出したから似ちゃったのは勘弁してね。私の中の妄想だから被害は無いのでご安心を!
いつしかバカ騎士なんて関係なしで夢でブルーに逢いたくて
「今日もぐっすり寝れますように。ブルーに今日も会えます様におやすみなさい」
そんな願いを込めて就寝するようになった。
か〜乙女か!
セルフツッコミは虚しいので早よ寝よっと。
今日も会えるかな。




