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妖精カフェ  作者: 星村直樹
魔王の巫女
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シャンテワール

 4月終わりの連休前日の夜、お台場は、人でにぎわっていた。シャンテワールもそうで、高級店にも関わらず満席。しかし、京爺たちが好きなカウンターは空いていた。殆ど予約客であろう店内をラフな4人がカウンターに座った。

 注文を取りに来たボーイは、こういう客も普通ですと対応してくれた。


「いらっしゃいませ、ご注文は?」

「酒じゃ」

「わしも」

「ぼくは、ジンジャエール」

「黒ビールかな」

「お酒はどのような銘柄になさいますか。私どもの店で得意なのはワインですが、ウイスキーも各種取り揃えております」

「ジャパニーズウイスキーも?」

「もちろんでございます」

「じゃあ、黒ビールをやめてモルトにしてくれる。ストレートで」

「かしこまりました」

「わしもじゃ」

「わしもそれそれ」

 ボイルは、最近どんどん日本通になっている。

「うまい酒なんじゃろな」

「そりゃあもう。あっ、ボーイさん。ピアノを弾きたいんだけど、いいかな」

「店長に聞いてみます」

「よろしく」


 今夜にゃんこ先生は来ない。なんとなく妖精カフェを気にしてもらっている。

 客は、ぼくたちのことを気にしていないみたいだけど、店の人たちは違う。店長が直々、最初のボーイを連れてぼくたちの席にやってきた。


「ようこそシャンテワールに、ピアノを弾きたいというのは?」


「私です」


「では、吟遊詩人の方で」


「そうです。1曲は、あいさつ代わりにタダで弾きます」


「では、こちらの方々もその筋の」


「そうじゃな。わしらに看板を出している割には敷居が高いの」


「そんなことはございません。今夜は、連休前日とあって、予約が殺到しただけです。皆さんを歓迎いたします。黒田君、宗谷君に、私はカウンターに入ると言ってくれ。忙しくなるが、頑張ってくれ」

「承知しました」


 店長は上着を脱いでカウンターに入った。ここが店長の定位置らしい。


「皆さん、1杯おごらせてください」

 店長がロックを3杯とジンジャエールを出してくれた。


「私は、大和タケルです」

「奈良のおさか!」

「今では影のですよ。なぜ、お分かりに」

「いやすまん、話が合っているのに、わしが驚いたわい。わしゃ京極我次郎じゃ。京都生まれなんじゃが、木の国(紀伊国)で育った」

「和歌山県でお育ちになった。それなら、見知っているはずなのですか・・」

「京爺、知り合いか」

「そういうわけじゃあないんじゃ。世が世なら、マスターは、大和(奈良)の偉い人ということじゃ。わしゃ、庶民じゃからのう」

「遠い時代の話ですよ」


 大和とは奈良県の事。タケルとは、その大和の県知事の事。マスターは、古の奈良県知事の末裔だ。京爺は、奈良時代の人。ダイレクトに、マスターの立場を感じてしまった。


「して本名は?」


「古臭い名前で嫌なんですけど秋津野ウマシマテと申します。変な名前でしょう。なので、隠れ蓑にもなるので、敵方の大和タケルと名乗っているんです」


 秋津野も奈良県の事(平野側)


「ピアノ、いいですか」


 京爺とマスターが盛り上がっているのをしり目に、ボイルがピアノに向かった。ジャズの夜っぽい曲を演奏しだした。


 サイモンが、店自体は、まともな店なんじゃないかと、トニーに目配せした。


「ええ、そう思います。ここにもたまに来ようと思いましたけど、メニューを見てください。学生じゃあ、たまにしか来れないですよ」

「たまに付き合うさ」


「ここは、どういう店なんじゃ?」

「私の家は、山彦側で、精霊信仰の末裔です。豊国が世界の交差点であったころ精霊と交信していました。日本は、今また世界の交差点となりました。何かしたいと思って始めたのが、この店、シャンテワールです。たまたまフランスで修業をしていたので、高めの店になったのは、すいません」

「いやいや、六本木で安い店を見つけた」

「リークスBARですか。あれは、海彦側で、日本というより百済ですよ」

「百済も日本になったじゃろ」

「まあ・・・」

「ものは見ようじゃよ。海彦側は、出雲系じゃろ。彼らが海外に出たのは、仕方ないこと。戻って来たんじゃ。それでいいじゃないか」

 マスターは、邪馬台国に滅ぼされた当時の奈良県の長だった家の末裔。日本人の侵略は、敵をせん滅しない。敵方も、こうして生きながらえているのである。

「はい・・・」


 京爺とマスターの話は、古い日本の話だ。古すぎてよく分からない。


 ボイルの曲が終わりそうだ。打ち合わせ通り、サイモンが魔力を上げた。


 ガタッ!

「お客様!!!」

「すまん、いい酒だったものだからついな」

「脅かさないでくださいね」


 店の者2人がこちらを凝視した。魔法使いだろう。しかし、店長が何もしないので、平静を保った。しかし、客の中にいるメキシコ系アメリカ人たちは、ものすごい形相でサイモンをにらんだ。サイモンは、トッポイ顔をして、そいつらをにらみかえした。それを一瞥したボイルが、曲を終えてサイモンと話し始めた。そして、サイモンからチップを貰って店長に断ってもう1曲弾きだした。


 トニーは、このメキシコ系アメリカ人4人全員の顔を覚えた。そしてトニーは、サイモンに、収穫ありですねと目配せした。


「そうだな。あいつら、ボイルに1曲頼むと思うか」

「そうするでしょうね」


 我々と良い付き合いをしようが敵対しようが、そうするだろうなと打ち合わせした。ボイルは、吟遊詩人だ。狂信者集団は、魔王の卵の話をリークしたい。必ずボイルと接触すると話し合った。


 案の定、怪しい4人組は、ボイルを席に呼んだ。そして思ったとおり、魔王の卵の話をボイルに吹き込んだ。ボイルは、情報を貰ったのに3万もピアノ代を貰っていた。その夜、シャンテワールは、一時間ほど、ボイルのリサイタル状態になった。




 癒しの水衣が、なぜ妖精の衣制作最難関と言われているかというと、息吹きの蓑衣のように実物がないからだ。それも、あったとされるのは、人魚族が、まだ水中でしか生息できない時代。太古の時代の話だった。今でこそ両性の人魚が存在するが、当時の人魚は、海面から数刻顔を出して指をくわえて陸を見るしかなかった。

 時の人魚姫は、陸の男に恋をした。陸に上がるために使った衣が、癒しの水衣と言われている。この衣を着ていれば、水棲人でも陸で生活できる。その特性上、着ている者を癒し続ける。

 癒しの水衣は、着ていることを相手に感じさせない衣であった。そんな衣なのだ。陸で一生を終えた人魚姫と共に消息を断った。

 しかし、作ったのは、水の妖精族。まったく手掛かりがないという話ではない。

伝承によると、透明で、表面は、すべすべのさらさら。裏面は、肌に吸い付く作りで、第二の肌のようだったそうだ。


 これら話を総合すると癒しの水衣は、ごく薄いスライムのような肌触りであるにもかかわらず丈夫で、破れることがないぐらい丈夫か修復され続ける衣で、着ている人間をも癒し続けるものだったことになる。


 妖精カフェのマスター大海博史は、トレジャーハンター。親友でムシキングのデビットと、この癒しの水衣の素材を追っている。協力してくれているのは、水陸両棲で海洋生物のタガメ族。タガメ族と水妖精が、癒しの水衣の素材の糸口を発見した。それは、何の変哲もないマナ藻ではないかという。マナ藻は、日本人でいうところのお米のように水中生物に食べられているポピュラーな食べ物。ここから抽出される繊維は透明で湿気を帯びていることが分かっている。問題は、これに風妖精の魔力が織り込まれないと、外界、つまり陸の空気を肌呼吸できないとのこと。更に、当然だけど、水妖精の魔力も織り込まれていないと、湿気を維持できない。更に土妖精の増殖魔力もないと、修復機能は望めない。もっと言うと、火妖精の魔力がないと表面は、サラサラにならないと思われる。

 でも、こんなに魔力頼みなのはおかしいというのが、マスターとデビットの見解。適切な素材があるはずだと、今も捜査をタガメ族に依頼している。


 とりあえず私たちは、この旅で、マナ藻の繊維を抽出してもらって、それを全員で糸に紡いでみる予定。現地で、いっぱい繊維を抽出してもらえば、絹糸の金糸のように、特別な繊維が出てくるかもしれないし、いろいろ試したいと思う。用は試しなので、実際は、みんなでのんびりするつもり。それがゴールデンウイークの予定だ。


 実は1度、マナ藻の繊維を送ってもらって、全員で糸をつむごうと試したことがある。だけど、みんな、こんな無茶な話はないと怒るぐらいの惨敗。何より、癒し効果が見られない。これらは、マスターもアンナも賛同してくれた。今は、前よりみんな糸を紡ぐのが上達している。マナ藻繊維の理解が深まれば、マナ藻を糸にする成功率も上がる。だから、マナ藻の繊維を抽出するところから見学しようと気を取り直している。

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