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番外編

番外編になります

あの白い光に包まれて現実世界リアルで目を覚ましてから、季節は一つ巡り、秋風が心地よい時期になっていた。


「……っ、ふぅ、はぁ……っ」

「晴翔、ストップ。今日はもうそこまでにしておきなさい。理学療法士の先生にも、やりすぎは禁物って言われてるでしょ」


病院の中庭。リハビリ用の平行棒にしがみつき、滝のような汗を流す俺に、美桜みおが呆れたような声でタオルを差し出した。

16歳の体のまま眠り続けた俺の筋肉は、26歳の骨格に全く追いついておらず、自分の足で歩くことすらまだおぼつかない。


「ありがとう、美桜。……でも、早く歩けるようにならないと。みんな、すっかり立派な大人になってるのに、俺だけ置いてけぼりだからさ」

俺が苦笑いしながらタオルで汗を拭うと、澪の表情が少しだけ曇った。


「置いてけぼりなんかじゃないわよ。……私たちが、勝手に大人になっちゃっただけだもの」

彼女はぽつりと呟き、俺の隣のベンチに腰を下ろした。


大人の女性になった美桜は、本当に綺麗だ。

仮想空間で見せていた「冷酷ないじめっ子」の面影はどこにもなく、今の彼女は、デザイン会社で働く立派な社会人だ。仕事が忙しいはずなのに、彼女はこうして毎日のようにリハビリに付き添ってくれている。


俺もベンチに座り、秋の夕暮れ空を見上げた。

仮想空間あっちの世界で見た、バグだらけの不気味な赤い空とは違う。どこまでも透き通った、本物の夕焼けだった。


「……なぁ、美桜」

「ん?」

「本当に、よかったのかな」


俺の言葉に、澪が首を傾げる。

「何が?」

「俺、中身は16歳のガキのままだろ? 10年間もみんなの時間を縛り付けて……その上、大人になった澪に、こんな風に毎日世話焼かせてさ。……なんだか、すごく申し訳なくて」


俺が俯き加減でそう言うと、不意に、トンッと肩を小突かれた。


「痛っ」

「バカ。あんたってば、現実に戻ってきても相変わらずそういう変な自己犠牲ばっかりなんだから」


美桜は少し怒ったような顔をした後、ふっと表情を和らげ、自分の左腕に視線を落とした。

そこには、あの仮想空間でも彼女が身につけていた、銀色の腕時計が光っている。文字盤のガラスは新しいものに交換され、ピタリと止まっていた針は、今は確かなリズムで時を刻んでいた。


「……10年間。長かったよ、すごく」

美桜は、夕日を見つめたまま、静かに語り始めた。


「みんなで話し合って、あんたを助けるためにあの仮想空間システムにダイブするって決めた時、怖くてたまらなかった。もし失敗したら、あんたの意識は本当に消えちゃうし、私たちも帰れなくなる。それに……あんたを傷つける『いじめっ子』を演じるのは、想像以上に心をえぐられる作業だったから」


「……うん」


「でもね、一番怖かったのは……あんたが本当に、私たちを心から憎んで、拒絶して、現実こっちの世界に帰ってきても、二度と笑いかけてくれなくなるんじゃないかってことだった」

美桜の声が、微かに震える。


「あの時、屋上で飛び降りようとしたあんたの手を掴んだ時……私、システムが崩壊してもいいって本気で思ったの。あんたに憎まれて目覚めるくらいなら、一緒にあの箱庭で壊れてもいいって。……それくらい、私は……」


美桜は言葉を切り、ゆっくりと俺の方を向いた。

夕陽に照らされた彼女の瞳が、潤んでキラキラと光っている。


「私たちが10年間、毎日欠かさずあんたの机に白いアネモネの花を生けていた理由、覚えてる?」


「『真実』『期待』……そして、『あなたを待っています』だろ?」


俺が答えると、澪は優しく微笑んで、ふるふると首を横に振った。

「それは、クラスのみんなとしてのメッセージ。……私個人の理由は、少しだけ違うの」


「え?」


美桜はベンチから立ち上がり、俺の目の前に立った。

そして、あの仮想世界で俺のボロボロになったノートを修復していた時のように……あるいは、俺の頬を平手打ちして抱きしめてくれた時のように、両手で俺の右手をそっと包み込んだ。

彼女の手は、とても温かかった。


「10年前のあの日。あんたが平野兄妹を庇ってトラックに撥ねられる直前、本当は私、放課後にあんたを呼び出してたの。覚えてない……よね」

「えっ……あ、」


俺の脳裏に、パズルのピースがはまるように、10年前の記憶の切れ端がフラッシュバックした。

そうだ。あの日、俺は美桜に「放課後、裏山の神社で話があるから来て」と言われて、そこに向かう途中の交差点で……。


「あの時から、私の時計の針は止まってた。あんたが目を覚ますまで、絶対に他の誰かを好きになったりしないって、神様に誓ったの」

美桜の頬を、一筋の涙がツーッと伝い落ちた。


「罪悪感からじゃない。……ただの、執着でもない。10年前の16歳の私も、26歳になった今の私も、あんたに対する気持ちは、たった一つだけよ」


彼女は、俺の手をギュッと強く握りしめ、真っ直ぐに俺の目を見つめた。


「好きよ、晴翔。10年前からずっと……あんたのことが、誰よりも好き」


秋の風が吹き抜け、彼女の黒髪がふわりと揺れた。

止まっていた10年という途方もない時間を飛び越えて、今、彼女の本当の想いが俺の心に届いた。

今回こそ最終回になりました!

長い間このシリーズにお付き合いしていただきありがとうございました!

晴翔くんと美桜ちゃんはどうなったんでしょうかね〜

その後はあなたのご想像にお任せします

それでは晴翔君たちはここで解放させてあげましょう!

ありがとうございました!

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