#02 美しい生贄
こんにちは!走れ馬です!
みなさんって暗殺教室見てますか?暗殺教室実写版は見たことあるんだけど、アニメの方はなくて一週間で見まくってたら2期の24話ちょっと感動しちゃったw
そのほかにも感動するところあるので見た方がいいよ!
それではどうぞ、
おはよう」という言葉は、この教室には存在しない。
ガラガラと引き戸を開けて2年A組の教室に足を踏み入れた瞬間、空気が一変した。ざわめいていた29人のクラスメイトたちの視線が、一斉に俺——瀬戸晴翔に突き刺さる。
それは、汚物を見るような、あるいは得体の知れないバケモノを見るような、射殺すような冷たい視線だ。
「……うわ、来たよ。朝から気分最悪なんだけど」
「マジで空気読めないよな。なんで学校来れんの?」
クスクスという嘲笑と、わざと聞こえるように放たれる悪意の言葉。俺はそれに返す言葉を持たず、ただ小さく息を吐いて自分の席へと向かった。
教室の最後列、窓際。俺の聖域であるはずのその場所は、今日も無惨な有様だった。
机の上には、黒板消しのチョークの粉が山のようにぶちまけられ、マジックで『消えろ』『死ね』『余計なことすんな』と乱ぐい歯のような文字がびっしりと書き殴られている。椅子の上には、どこから持ってきたのか泥だらけの雑巾。
そして、机のど真ん中には、ご丁寧にも水がなみなみと注がれた花瓶がひとつ。
生けられているのは、真っ白なアネモネの花だった。
「……また花瓶か。毎日ご丁寧にどうも」
俺は誰に言うでもなく小さく呟き、鞄から自分の雑巾を取り出して机を拭き始めた。
怒りはない。ただ、どうして白いアネモネなのだろうと、それだけが不思議だった。いじめの標的といえば菊が相場じゃないのか。
「ちょっと、いつまでそこに立ってるわけ? 目障りなんだけど」
背後から、氷のように冷たく、しかしどこかピンと張り詰めた声が降ってきた。
振り返ると、腕を組んでこちらを見下ろす如月澪如月美桜が立っていた。艶やかな黒髪に、誰もが振り返るような端正な顔立ち。このクラスの中心人物であり、俺への「指導」の主犯格でもある。
「おはよう、如月さん。ごめんね、今すぐ片付けるから」
俺が微笑みかけながら言うと、如月さんの形の良い眉がピクリと跳ね上がった。
「おはよう? どの口が言ってんの? あんたみたいな人間に挨拶される私たちの身にもなってよ。……吐き気がする」
彼女の言葉は鋭利なナイフのようだ。けれど、俺はふと違和感を覚える。
彼女は「吐き気がする」と吐き捨てながら、制服のスカートを握りしめるその両手は、関節が白くなるほど強く握り込まれ、かすかに震えているように見えたからだ。
「おい瀬戸、お前さっさと席座れよ。ホームルーム始まんだろが」
如月さんの背後から、大柄な吉井健二が凄みのある声で割り込んできた。彼はクラスの男子のリーダー格だ。
「それとも何? 誰かが片付けてくれるの待ってんの? お前みたいなクズのために、誰かが動くとでも思ってんのかよ!」
吉井くんが俺の胸倉を乱暴に掴み上げる。彼の顔が間近に迫る。
「ううん、自分でやるよ。教えてくれてありがとう、吉井くん」
「……っ!」
俺が抵抗せずにそう答えると、吉井くんの顔がふいに蒼白になった。彼はまるで触れてはいけない猛毒に触れてしまったかのように、バッと俺から手を離した。
その手は、先ほどの如月さんと同じように、いや、それ以上に激しく小刻みに震えていた。吉井くんは舌打ちをして顔を逸らすと、口元を押さえて少しだけえずくような仕草を見せた。
「吉井くん? 大丈夫? 気分でも悪い——」
「触んな!!」
吉井くんが血走った目で俺を怒鳴りつける。
「お前……っ、マジでなんなんだよ! なんでそんな……っ、クソッ!」
彼は何かを言いかけて、そのまま自分の席へと逃げるように戻っていった。彼の広い背中が、なぜかとても小さく、怯えているように見えた。
「瀬戸。君の存在は、このクラスの和を乱すノイズでしかない」
今度は、眼鏡を押し上げながら久保島亮が冷淡な声で告げてきた。彼はいつも理路整然と俺を追い詰める。
「論理的に考えて、君がこの空間にいるメリットはゼロだ。さっさと自主退学というバグフィックスを……いや、僕たちの前から消えてくれないか」
「バグフィックス……? 久保島くんは難しい言葉を知ってるんだね。でも、ごめん。俺、まだここを離れるわけにはいかないんだ」
俺がそう答えると、隣の席の斎藤結衣が、うつむいたままボソリと呟いた。
「……あなたなんかいなければよかった。あなたのせいで、私たちは……っ、ずっと迷惑してるのよ。だから、もう……」
斎藤さんの声は、後半になるにつれて鼻声になり、まるで泣き出すのを必死に堪えているように聞こえた。
バシャッ!!
突然、頭上から冷たい感覚が襲ってきた。
驚いて顔を上げると、バケツを持った平野奈央が立っていた。俺の髪から、制服から、冷たい水が滴り落ちて床に水たまりを作っていく。
「あっ……ご、ごめーん。手が滑っちゃったぁ……」
平野さんはわざとらしく高い声で笑った。周りのクラスメイトたちも同調して「うわー、水も滴るなんとやらじゃん」「きったねー」と囃し立てる。
けれど、俺の目の前に立つ平野さんの顔は、笑っていなかった。
彼女の瞳孔は揺れ、唇はわなわなと震え、今にも大粒の涙をこぼしそうなほど顔を歪めていたのだ。
水がポタポタと落ちる中、俺は自分のハンカチを取り出し、まず机の上の花瓶についた水滴をそっと拭き取った。
「冷たくて気持ちいいよ。平野さん、花瓶のお水、新しくしてくれようとしたんだよね? 重かったでしょ、ごめんね。ありがとう」
俺が彼女の目を真っ直ぐに見て微笑むと、平野さんは「ヒッ」と短く息を呑んだ。
「な……んで……っ」
彼女はバケツを取り落とし、両手で顔を覆うと、そのまま弾かれたように教室を飛び出していってしまった。廊下から、嗚咽のような足音が遠ざかっていく。
「ちょっと! なんであんたが泣いてんのよ奈央!」
如月さんが苛立ったように叫び、そして再び俺に向き直った。彼女の瞳には、明らかな怒りと、それ以上の「絶望」が渦巻いていた。
「あんたって……っ、本当にバカじゃないの!?」
如月さんが俺の濡れた胸倉を、今度は両手で強く掴んだ。彼女から、高校生らしからぬ、どこか大人びた香水のような、それとも煙草の残り香のような不思議な匂いがした。
「怒りなさいよ!! なんで怒らないの!? なんでヘラヘラ笑ってんのよ!!」
「如月さん……」
「水かけられたのよ!? 毎日毎日ゴミ扱いされてるのよ!? なんで『ありがとう』なんて言うのよ! あんたが全部一人で背負う必要なんてないのよ! 私たちを憎みなさいよ!!」
彼女の叫び声は、教室中に響き渡った。
他のクラスメイトたちは誰一人として止めることなく、ただ俯き、耳を塞ぐようにして耐え忍んでいる。
如月さんの目から、ついに一筋の涙がこぼれ落ちた。それは俺の頬に落ち、なぜか一瞬だけ、重力を無視して下から上へと逆流するように弾けた気がした。錯覚だろうか。
俺は、胸倉を掴む如月さんの震える両手を、自分の両手でそっと包み込んだ。
「……っ!」
如月さんがビクッと肩を震わせる。
「如月さんの手、すごく冷たいね。それに、いっぱい震えてる。……大丈夫だよ」
俺は、心からの真実を口にする。
「俺は怒ってないよ。みんなが俺を嫌いでも、俺はみんなのこと、絶対に嫌いになれないから。だから、もうそんなに無理して、自分を傷つけるようなこと言わなくていいよ」
「……っ、最低。本当に、最低……!!」
如月さんは俺の手を振り払い、後ずさりした。彼女の顔は、まるで世界で一番大切なものを自分の手で壊してしまった罪人のように、深く絶望していた。
彼女はそれ以上言葉を紡げず、唇を噛み締めながら自分の席へと戻っていった。
ガラッ。
そのタイミングで、教室の前方の戸が開き、担任の早乙女先生が入ってきた。
白衣の上にヨレヨレのジャケットを羽織った早乙女先生は、ずぶ濡れの俺と、異様な沈黙に包まれた教室を見渡し、深く、ひどく疲れたようなため息をついた。
「……席につけ。ホームルームを始める。瀬戸、お前は風邪を引く前に着替えてこい」
早乙女先生の声は無感情だったが、俺を見るその目は、まるで重病の息子を見守る父親のように、痛ましい色を帯びていた。
「はい、先生。すぐ戻ります」
俺は机の上のアネモネを一瞥し、教室を出た。
嫌がらせを受けているはずの俺の心は、不思議なほど穏やかだった。
むしろ、彼らが苦しそうに顔を歪めるたびに、胸の奥が締め付けられ、無性に「彼らを助けなければ」という強い衝動に駆られるのだ。
それがどんなに滑稽で、異常な感情だとしても。
俺は、この狂った箱庭のような教室で、明日もまた彼らに笑いかけるだろう。彼らが本当に心から笑える日が来るまで。俺の全てを奪い尽くしてでも、彼らが許される日が来るまで。
それが、俺——瀬戸遥人の、唯一の生きる意味なのだから。
スクロールお疲れ様です!
次回も出します!




