家出の夜道
いつも街灯で眩しい都市が暗闇に包まれる。
街が深い眠りについた夜、又賀柊華は家を出た。
又賀は家の暗い廊下を歩き、玄関前に到着し、僅かな光を頼りに扉に手をかけた。
いつも何気なく開けていた扉が何か重く感じた。
ボロボロのアパートの扉からは軋んだ音が響いて、家族にバレないか心配になった。
これほど家に母しかいなくてよかったなんて思ったことはない。
父はかろうじて存在はしているが、随分と遠くに住んでいると聞いた。
「ふぅ…。」
又賀は初めての家出で緊張から息を吐いた。
夜の静かさとは対照的に自分の心臓の音がうるさく感じた。
夜空に光る月は満月から少し欠けて不恰好な形をしていた。
真っ暗な道をかすかな月明かりだけを頼りに歩いていった。
家出の理由は人間関係のいざこざ。
又賀は高校でいじめを受けており、先生に見向きもされない学校生活を送っていた。
そんな生活に嫌気を差していた又賀だったが3日前にとある事件が起きた。
いじめの主犯格だった生徒が、何者かによって殺された。
放課後から夜遅くまでカラオケで遊んで、そこからの帰り道だったことは確かなようだ。だが、犯人の足取りは警察も追えておらず、見当もついていないらしい。
又賀は不謹慎ながら心の中で喜んだが、又賀がいじめの復讐で殺したのではないかという憶測が学校に広まり始めた。
そして徐々に学校内で又賀は恐れられるようになった。
又賀としてはいじめてきた生徒が大人しくなったので勝手な憶測など気にも止めてなかったが、その、いじめ加害者が殺害された事件のことは、又賀の母の耳にも届いてしまった。
それは事件発生から2日後、つまり前日の夕方。
又賀の母は学校から帰ってきてすぐの又賀をリビングに呼び出した。
「前、あんたの高校の生徒が殺された事件、あの生徒ってあんたのこといじめてたって本当なん?」
今日も母はきつい香水をかけて長い金髪を結び、厚い化粧をしていた。
母は遠くにいる父親が養育費を払っていることをいいことに最近は又賀を置いてけぼりで夜な夜な遊び回っている。
「うん、本当だよ。」
「あんたが…あんたその日の夜何しとったん?」
「…私を疑ってるの?」
又賀がそう聞いても母は無言だった。
母の目はいつも又賀に向ける興味のない視線とは違った。
「…そう。そっか。」
又賀は無言で、逃げるように自分の部屋に入っていった。
又賀は自分の部屋の椅子に座って、様々な考えを巡らせた。
自分はいじめの被害者なのになぜこんな思いをしなければならないのか。
生徒からは恐れられ、親にも疑われ。
そんな生活に嫌気がさし、又賀は家出する決意をした。
いつもは気にも留めていない、すれ違う車一台一台が又賀のことを見つめている、そんな感覚がした。
人と出会うたび、心臓の音が大きくなっていき、何度も引き返すことを考えた。
しかし今更家に帰ってもあの生きにくい生活が待っている。
自分のお小遣いとバイトの収入が入った財布を握りしめてそそくさと最寄駅まで向かった。
最低限のお金を残し、手持ちから出せる最大限の額を片道切符に費やした。
もう終電は過ぎていたので切符を買い、始発を待つために無人駅のホームのベンチに座り込んだ。
厚着はしてきたが、手袋を家に置いて行ってしまったので手が冷えてしまった。
始発まで少し時間があったのでスマホのアラームを午前5時ごろに設定し、ベンチで目を瞑った。
目を閉じると様々なことが頭をよぎり、眠りを妨げたが、家出のために家ではずっと起きていたので、しばらくすると眠りにつくことができた。
~♪
しばらくしてからアラームが鳴り、又賀は目を覚ました。
いつも自分のベッドで聞いているアラームの『フクロウ』のサウンドで目を覚ましたはずなのに、目を開けるとそこにはいつもと違う景色があった。
寝起きの頭では少し状況が呑み込めず、又賀は混乱した。
又賀は眠い目を擦りベンチから立ち上がった。
晩秋といえど、朝早くはまだ暗く、少し肌寒かった。
昨日から冷えていた手は指の関節から中心に赤くなっていた。
数十分経って電車が駅に停まった。
乗客が少ないガラガラの電車だったのでとても落ち着いた。
又賀は席に座り、膝で支えた腕に顔を乗せてぼんやり外を見つめた。
電車の窓の外は薄暗く、民家の光は灯っていなかった。
変わり映えのない景色に飽き、睡眠が足りてなかったのでもう一度寝ることにした。
しかし、その静けさを破るように、又賀に危機が訪れた。
「君、一人かい?」




