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第二話   しろくまさんとお昼ご飯

「こんにちは!」


「ああ、どうも」


「しろくまさん!暗い!」


「それは、どうも」


 あれからほぼ毎日、彼女こと諏訪芽依さんは、この公園でお弁当を広げている。

 

 どういう訳か、俺の隣で。


 しかも、身体をぴったりとくっつけながら。


 ある意味で、器用だと思う。


 俺では、無理だ。


 いや、違うか。


 俺は彼女の身体に触れないように気を配っているけど、彼女はそんなことお構いなしだ。


 腕や股が当たるのも、本当にお構いなしだ。


 正直、少しぐらい気を使ったらどうだと、俺は声を大きくして言いたい。


 面倒だから、言わないけど。


 正確に言おう、どうせ何を言っても無駄だからだ。


 でも、何でだ?


「あ!猫ちゃんだ。こっち、おいで」


 諏訪さんは猫を手招きするけど、猫は歩みを止め、その後は微動だにしない。


「しろくまさんといい、猫ちゃんといい、私に対して冷たくないですか?」


 何を勝手な。


 あなたが勝手にしていることに、何で俺や猫が付き合わなけりゃいけないんだ。


 うん?


 もしかして、俺と猫は同列なのか?


 そうか、だからしろくまか。


でも本物のしろくまだったら、手を差しだしたりしないだろう?


 怖いし。


 いや、俺なら怖くないということか。


 結局、舐められているんだろうな。やれやれ。


 こんな子供に舐められる俺って、どうよ?


「しろくまさん。今日のおかずは、何ですか?」


「さあ?」


 鮭だけど、可能な限り無視することにしている。けれども、彼女は勝手に人の弁当の中身を見てくる。


「お魚ですね?猫ちゃん、喜びそうですね」


「猫は関係ありません。それにこれは、私の大事なおかずです」


「ふ~ん」


 さて、彼女の視線が俺の弁当から自分の弁当に向いた一瞬、鮭の切り身の一部を落とすことにした。


「あ!ほら、落としたじゃないか」


 この際、彼女のせいにしよう。アリバイ作りの為に。


「ええ?ひっど~い。私のせいにするんですか?」


「君が私の身体に、必要以上にぴったりとくっついているからです。食べにくくて仕方がない。もう少し、離れてください」


 諏訪さんはプンプン怒っているけど、これもいつもの予定調和だろう。


 実際、彼女は以前、猫にエサをあげようとして、俺がそれを咎めたからだ。


 動物に、食べ物をあげてはいけないと。


 だからこれも、いつものことになる。


 いやいや、ダメだろう。


 そう、ダメなんだ。これを、いつも通りにしてはいけない。


 そんな俺たちを尻目に、猫はのそのそと近づいて魚の切れ端を加え、どこかに去って行った。


 大物だなあ、俺もあやかりたい。


「じゃあ、お詫びです!」


 彼女は自分の弁当箱に入っている、たこさんウィンナーを差し出してきた。


 というか、いちいちウィンナーに切り込みを入れるのって、面倒じゃないかな?


「ああ、どうも」


 俺は弁当箱を差し出し、そこに入れるように促したけど、彼女はまたプンプンしている。


 ホント、いちいち面倒だ。


「ああ、分かったよ」


 直接、俺の口に入れたいようだ。これも、いつものことだ。


 きっと、猫に手づから食べ物をあげることが出来ない不満を、俺で解消しているんだろう。


 彼女から見たら、俺も猫も違いが無いのだろう。


 きっと、同じなんだろう。


 つまり、人間扱いされていないと。


「はい、あ~ん」


「はい、どうも」


 最初は抵抗したけど、彼女はしつこくあ~んをする。


 だから段々面倒になってきたので、彼女のお遊びに付き合うことにした。


 その方が、結果として時間短縮になるし。


 いちいち抵抗しても、喜ぶのはむしろ彼女の方だから。


 だから、合理的に行動することにした。早くメシを、食い終わりたいし。


 つまり、これも彼女のペースと言うことだ。


 一応、それで彼女も満足したようだし。


 どこか、嬉しそうだし。


 いかん、いかん。弁当に集中しないと。


 俺はちゃっちゃと弁当を食べ終わると、本を取り出した。いつもここで、読書をすることにしているからだ。


 最近は彼女のせいで、あまり読書がはかどらなくなった。


 気になる本が、どんどん増えてくる。


 まさに積ん読だ。


 そんな俺の気も知らない彼女は、俺がいくら集中して本を読んでいても、そんなのはお構いなしに、色んな質問をぶつけてくる。いや、質問ならまだいいか。芸能関係やファッション関係を振られたら、それだけで俺は変な汗を出してしまうから。


 とは言え、やれ、年は幾つだ、やれ、結婚しているのか、やれ、彼女はいるのかと。


 果ては女性の好みまで、色々と聞いて来る始末だ。


 俺はもちろん、質問には一切答えない。


 答えたら、会話が成立してしまうから。

 

 会話を成立させないためには、相手にしないこと。


 無視し続けたら、いつか彼女は諦めるだろうから。


 俺は最初は、そう思っていた。


 だけど彼女は、中々諦めてくれなかった。


 気が付くと、彼女のペースにはまっていた。


「しろくまさん。私って、可愛いと思いませんか?」


 もちろん、スルーする。


「しろくまさん。私を彼女にしてくれませんか?」


 もちろん、スルーする。


「しろくまさん。私と結婚してくれますよね」


 もちろん、スルーって、してくれますよねって、その表現、少しおかしくないか?


「そんな約束を、した覚えはありません」


「ええ?まさか、私のこと、遊びだったんですか?ひっど~い!」


「人聞きが悪い。君と私とは、知り合いですらないんですよ」


「だから、これから知り合うんですよ。結婚を前提に!」


 まずい、頭が痛くなって来たし、本の中身が全然頭に入ってこない。


「普通、結婚に至るまで、長い長い付き合いが必要です」


「大丈夫です。私、平気です」


 人の話し聞いている?


 だいたいさ、俺が平気ではないんですけど。


 ああ、ダメだ。会話をしたくなる。


 まずい、この娘のペースにまた乗ってしまった。立て直そう。


「ああ、もうお昼も終わりだ。君もそろそろ、学校に戻りなさい」


「ああ、そうでした、今日は創立記念日です。だから、いつまでも平気です」


 ああ、そうですか。じゃあ何で、制服姿なんですかね。


 というか、学校が休みなのに何しにここに、しかも弁当まで用意してここにいるんだ?


「ああ、制服の方が、可愛いと思って。カワイイ?」


 彼女は顔を少し傾け、にっこりともにやりとも判断が付かない不思議な表情で、俺を見ていた。


 心を読まれたのか、適当に返事をしてきたのか判別が付かないけど、正直、彼女は苦手だ。


 そのにっこりともにやりとも笑う顔は、ついカワイイと思ってしまうからだ。


 情が移ったようだ。


「君は・・・」


「芽依。そう呼んでって、言ったじゃないですか?」


「私は、女性の名前を呼んだりしません」


「ええ?じゃあ、結婚したら私のことを、どう呼ぶんですか?」


「知りません」


「妻?夫人?奥様?ああ、子供が出来たらお母さんか。いいですよ、私のことを、お母さんって呼んでも」


 ダメだ、どんどん深みに嵌まっているような気がしてきた。


 だいたい、子供をお母さん呼ばわりって、もうおかしくなりそうだ。


 しかし、俺の内心なんかおかまいなしに、彼女は実に楽しそうだ。いつも、ニコニコしているし。


「読書の邪魔は、しないでください」


「しろくまさんは、何を読んでいるんですか?」


「エッチな本です」


「ええ?私と言う女性がありながら、妻として悲しいです」

 

 誰が妻だって?


「没収です!」


 いきなり、本を取り上げられた。


「おい!」


「返してほしければ、芽依って、呼んでください」


 ええい、仕方がない。 


「諏訪さん」


「芽依です」


「まずは、諏訪さんです。名前を呼ぶなら、もっと時間を掛けてからにしてください」


「仕方がないなあ、しろくまさん、我儘ですよ?」


 どっちがだ。


「でも、しろくまさんがどんなエッチな本を読んでいるのか、妻としては気になりますので、この本は預かります」


「おい!」


「じゃあ、芽依って呼んでください」


 ああ、もう!


「芽依・・・さん」


「芽依で、いいですよ」


「芽依さんで、勘弁してください」


「他人行儀ですよ」


「いや、他人だから」


「む~、他人じゃありませんよ」


「他人です」


「じゃあ、しろくまさんは、奥さんをさん付けするんですか?」


「さん付けで呼ぶ、夫婦も居ますよ」


「分かりました、それで手を打ちます」


 だから、何で妥協になる。いいから、本を返しなさい。


 俺が彼女から本を取り戻そうと手を伸ばすと、彼女は少しだけ真剣な表情をした。


 俺は、それを見たら動きを止めてしまった。


 少し、彼女を見つめてしまった。


 やっぱり、この娘は美少女だと、改めて認識した。


 どういう訳か、動くことが出来なくなった。


「もう、一度」


 ああ、心がどこか遠くに行ってしまっていたようだ。


 落ち着け、俺。


「え?」


「もう一度、名前を呼んでください」


「芽依さん」


「しろくまさん!」


 だいたい、私の名前はしろくまではないけどね。


 でも、どうでもいいか、名前なんか。


 正確に言おう、俺の名前なんかだ。


 彼女は本を返してくれたけど、中身が気になるようだ。


「18歳になったら、内容を教えてあげるよ」


「私はもう、18歳ですよ?」


 え?


「だから、いつでもしろくまさんの、可愛いお嫁さんになれるんですよ」


 18歳なのか?本当に18歳なのか?


 18歳と言われれば、確かにそう見えなくもないけど。


 この年頃の子の年齢って、本当に分からないなあ。もっと、若いかと思った。


 でも、感覚では判断しては行けないし、根拠もない。


 彼女が勝手に、自分は18歳だと嘘を吐いている可能性もあるし、以前も似たようなことがあった。


 俺はそれで、痛い目を見たはずだ。


 だから、確認しないといけない。


「学生証を見せて」


「私との結婚の約束をしてくれたら、見せてもいいですよ」


「じゃあ、いいです」


「ひっど~い!それって、私と結婚したくないって、そういうことじゃないですか?」


 ああ、もうどうでもいい。頼むから、そっとしておいてくれ。


 俺は彼女の年齢を知らない、彼女は18歳と言い張っている。


 今はそれで、いいはず。


 それ以上、今の俺ではどうにも出来ないから。


 まあ、正直面倒でもあるし。


「悪いけど、もう時間だ。私は社に戻るから、ゆっくりしていなさい」


「お仕事終わったら、一緒に帰りませんか?」


「帰りません。残業になるかもしれないので、早く帰りなさい」


「それって、私のことを心配してくれているんですよね?」


「一般的に、君らのような児童を心配するのは、大人の義務です」


「むっ!私!もう大人です!」


「大人は大人を困らせたりしません。大人を困らせるのは、いつも子供です」


 本当にムッとしたようだ。


 いつもの、怒っているんだか怒っていないんだか、よく分からない可愛い表情とは確かに違う。


 意外に効いたみたいだ。よし、ダメ押しだ。


「君が本当に分別ある大人なら、私や世間に迷惑にならないように、ここは大人しく帰るべきだと思うよ?」


「ちぇ。でもいいや。また明日ね!」


 おや?意外に素直だ。何が効いたのかな?


 子供扱いされたことが、効いたのだろうか?


「明日は雨の予報ですから、私は外に出ません」


「でも、もしかしたら晴れ間もあるかもしれませんよ。屋根のある場所で、あいびきしましょうね」


 誤解を産むようなことを言うなよ、このガキが。


 お尻を叩くぞ。


 いや、それはまずいか。


 でも、どこを叩けばいい?


 全部、ダメか。

 

 最初から、分が悪いなあ。


 もう、諦めよう。俺だって、大人だし。


「気を付けて帰りなさい」


 大人な私は、社交辞令という便利なツールを使用することにした。


 そんな彼女は俺の気を知らずか、手をフリフリしながら俺を見送った。


 余計な一言を付け加えて。


「あなた、いってらっしゃい!お仕事、頑張ってね!」


 誰があなただ。


 いい加減、このお遊びから解放されないものだろうか。


 

 しかし、彼女と俺のこの奇妙な関係は、今後益々深まっていくことになる。

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