第一話 しろくまさんと女子高生
お昼休みは、いつもこの公園で過ごしている。
工場の敷地内に併設している、一般に開放している公園だ。
俺はいつも、ここで昼メシを食べている。
いつもなら工場内の食堂で済ませるのだが、ちょっと色々と面倒なのと、気分転換も兼ねて、この公園で過ごすことにしている訳だ。
静かでいいから。
仕出し屋から届けられる弁当が、いつもの俺の昼メシになる。
今日は、唐揚げがおかずだ。
「今日もいい天気だ」
外で食べるのは、意外に気持ちがいいものだが、雨の日はさすがに外に出る訳にはいかないけど、雨の日は雨の日なりに風情があると思う。
濡れなければだ。
「お?」
最近、よく見かける野良猫だ。もしかしたら、昔からいるのかもしれない。そうだとしたら、ここでは俺の先輩だろう。
野良猫は決して近寄らず、距離を取ったままジッとしている。以前女子社員が、エサをあげようと招き寄せようとしたが、猫は微動だにしなかった。
そのうち、女子社員は諦めたようだ。
俺はというと、一見猫に関心が無いように振る舞うが、その実、撫でたいなあと思っていた。
可愛いしね。
「あ!しまった!」
唐揚げを一個、落としてしまった。もちろん、わざとである。
猫はのそのそと唐揚げに近寄り、パクッとその唐揚げにかぶりついたら、のそのそとどこかに行ってしまった。
人が見ている目の前で、モノを食べることはしない猫だった。
孤高の猫と、俺は勝手に思うことにした。
「強く生きろよ」
ぽつりとつぶやいたが、まあ気持ち悪いおっさんの独り言に過ぎないだろう。
「最近、独り言が増えたなあ」
猫を見送った俺は、食事を再開することにした。お昼休みの時間は限られているから、有効に使わないと。
さっさと食べて終えて、本を読まないと。
本が溜まって、仕方がないし。
そんな時だった。
突然、爽やかな風が吹いたと思ったら、甘い匂いと共に何かが、俺の耳元で囁いた。
まるで、音楽のように。
「やさしいんですね」
俺は思わず、耳元を押さえながらのけ反ってしまった。
だれ?
俺は、気配のする方を見た。
そこにいたのは、長い黒髪と制服がよく似合う、可憐な美少女だった。
女子高生のようだ。
少女は、クスクスと笑っていた。実に華やかだったが、自分が笑われていたと思うと、内心は複雑だったけど。
俺は取りあえず、無かったことにした。きっと、気のせいだろう。こんな美少女が、俺なんかを構うはずもない。何かの偶然だろう。
俺の座っているベンチに、少女が顔を突き出している格好なので、俺は席をずらして体制を立て直すことにした。
いつまでも、のけ反っている訳にもいかないし。
俺は中断していた食事を再開することにしたが、少女はいきなり俺の隣に腰掛けてきた。それも、身体をぴったりとくっつけてきた。
「え?」
俺は驚いたが、取りあえず身体を横にずらし、少女との距離を取った。譲り合いは、大事だと思うけど、何でここなんだ?
でも少女は、俺が横に離れた分、また距離を詰めてきた。
「ええっと、何か用かな?」
ここまでされたら、さすがに人違いとか勘違いのレベルでは、ないだろうから。
俺の疑問に答える前に、少女は身体を斜めにし、俺の顔を見上げてきた。そして、にやりと笑った。そう、分かりやすいぐらいに、にやりと笑った。
美少女が、そんな笑い方をするモノではないよと、心の中でつぶやいた。
そんなことを考えたら、俺は急に恥ずかしくなった。
子供相手に、何をしているのやら。
だから、この場をやり過ごすことにした。お昼休みは、無限にある訳ではないし。
「猫ちゃんに、ごはんをあげたんですね?やさしいですね」
ああ、そうか。猫に食べ物をあげたことを、抗議していたのか。なるほど、現場を押さえたということかな?合点がいった。
なら、やりようはある。
「あげてませんよ。何かの誤解です」
「ええ?だって、猫ちゃんはおかずを、パクっとくわえていったじゃないですか?」
「偶然です」
「偶然ですか?」
「はい、偶然です」
「説明を求めます!」
また面倒な。
「私は貴重なおかずである唐揚げを、うっかり地面に落としただけです。それを猫が、盗んでいった。それだけです」
「ふ~ん」
少女はまた身体を斜めに傾け、俺を見上げながらまたニヤリと笑った。
「そういうことにしておきます」
何がそういうことなのか分からないが、これで疑惑は晴れたに違いない。違いないのに、少女はここから離れてくれない。相変わらず、身体をぴったりとくっつけたままで。
どうする、俺?
「他に用がないようでしたら、私は食事中ですので、邪魔をしないでください」
「ええ~?邪魔なんかしてませんよお?」
いや、思いっきり邪魔をしてますよ。そんなに身体をくっつけられたら、箸を動かすこともままならないじゃないか。
つまり、あなた自身が邪魔なんです。
なんとか意識を弁当に集中したいけど、少女の身体の柔らかさと温もりと、華やかな匂いにくらくらしそうだ。
本当に、この感じは久しぶりだった。
「お名前を教えてください」
ああ、やばかった。
一瞬、意識が飛んでいた。
声を掛けてくれて、本当に助かった。
というか、俺の名前を知って、どうする気だ?通報でもするのか?猫にエサをやっていましたと?
まさか、変質者とは言わないよな。
身体を触られましたとか、まさか、みだらな行為をされましたとか言うのか?
無いとは、言えないだろう。
とりあえず、邪険にしておこう。
「教える理由がありません」
「私、諏訪芽依って言います。芽依って、呼んでください!」
だから何?というか、人の話を聞きなさい。だいたい、名前を呼ぶ理由がない。
「私は、知らない人の名前を呼んだりしません」
少女改め、諏訪芽依さんは、クスクスと華やかに笑っていた。この年頃の子は、よく笑うと聞いていたけど、ホント、よく笑うなあ。
「だ・か・ら、これから知り合うんじゃないですか?」
「私は、あなたと知り合う気はありません」
「ええ?私って、女子高生ですよ?JKですよ?知り合いに、なりたくないんですか?」
女子高生なら、尚更知り合いになりたくありません。
面倒ごとに向き合うには、俺は年を取りすぎたから。
そういうのは、昔散々ひどい目に遭ったから。
もう、そういうのはいいんだ。
もう、いいんだ。
「じゃあ、もういいです」
はい、もういいんですよ。やっと、諦めてくれたようだ。まあ、子供の気まぐれに、いちいち付き合っていたら、身が持ちませんし。
「しろくまさん!」
「はい?」
「これからは、しろくまさんて呼びますね」
「え?ちょっと待って」
「じゃ!私、学校に戻りますね。また明日!」
少女改め女子高生改め、諏訪芽依さんは颯爽と走り去った。去りかたも、実に華やかだった。
翻ったスカートが、まるで花びらが舞うように見えた。
「バイバ~イ、しろくまさ~ん!」
いや、いいからさっさと行けよ。声大きいよ。
「でも、明日って、どういうこと?」
よく分からないが、公園内に設置してある時計を見ると、お昼休みは終わりの時間になっていた。
「やば!」
俺は慌てて、残った弁当をかきこみ、お茶で流し込んだ。
「いったい、何だったんだ?」
しかし、悪い気分でも無かった。
なるほど、世間が女子高生、女子高生と騒ぐ訳だ。華やかだし、癒し効果もある。
「まあ、俺には関係ないか」
でも、なんでしろくまさんなんだ?
これが彼女からしろくまと呼ばれた俺こと、城田国彦と諏訪芽依との、不思議な出会いだった




