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*第22話 それぞれの情念

許せない!


殿下に恥をかせた!

平民上がりの小娘の分際で、私の愛しい殿下に!


招待客の一人一人に主賓の退席を詫びていた殿下。

あぁ・・・おいたわしや。

何度も駆け寄って抱きしめて差し上げたいと、

許されるならそうしていた。


「ネフェル、この手紙と見舞いの花を届けておくれ。」

「承知いたしました。」


なんとお優しい。

あれほどの無礼にお怒りもせず、

勿体なくもお情けをお示しになられる。


あぁ、殿下・・・

その尊きお心に寄り添えるのは、あの小娘では無く私なのです!


私は知っている。

あれは体調のせいなどでは無い。


聞いたぞ小娘!

男に捨てられたと。

浅ましくも忘れられずに泣いたのだろう。


殿下の高貴な御手みてに導かれ、その腕にいだかれて踊りながら

他の男の夢を見るとは、ふしだらな娘よ!


生娘かどうかも妖しいものだ。


私は清らかなままぞ!

殿下にみさおをお捧げしているのだ!


王太子に御成りあそばされたら、側室を迎える事が許される。

それまでの辛抱だ。


御寵愛ごちょうあいを頂けるのは、この私だ!

その時こそ思い知るが良い!

その罪の重さを!


**********


テオルコイント王国首都モラン。

トリオゴ子爵邸を訪れていたユバルは、

掌を返す様な冷たい言葉に唖然とした。


「話すさげぇでねが、今更ねがったごとすれだば、

すんでぇじゃねがやぁ。」


オバルト人の花嫁を斡旋あっせんする事は出来ないと告げられたのだ。


「おさ大聖女様ん気障きざわりすただべさ」

「そ、そでばぁ・・・」


ユバルがエルサーシアの怒りを買って、

多額の慰謝料を支払った事は世間に知れ渡っていた。

国家間の正式な斡旋事業だ。

契約書も交わされる。

ヘタな嫁ぎ先を紹介など出来ない。


「すこたま借金さあるべな。」

「ご、5年で返すだよ。」


確かに教会から借りた額は大きいが、返せない程では無い。


「はぁ~分かっでねべな。大聖女様さ所縁ゆかりの谷だはんで客さ来るべな。」

その大聖女に嫌われた観光地に誰が行く?


「舞姫も居らんべさ。」

ウーグス谷観光の目玉はケイコールの舞だ。

少女だったエルサーシアと一緒に踊った当人だ。

谷そのものは只の田舎に過ぎない。


んでいる。


「踊り子さ他にも居るべさ!」

まったく判っていない・・・


舞姫と呼べるのはケイコールと今は亡きヨウコールだけだ。


「公爵様ん当てさはんずれでお怒りだぁ。」

舞姫の娘を愛人に出来ると喜んでいた公爵は、

かなりの金額をつぎ込んで装飾品を買い込んだり、

別荘の改築を発注したりしていた。

全部がパァ~になった。


じぇんこさ!オラが渡すた銭んこさ返すてけろ!」

金貨300枚!

それがあれば暫くの間はやって行ける。

観光以外の新規事業も考えないといけない。


「そったらもん公爵様んお詫びに献上けんじょうすたわい!

んでねが今頃はぁ命さ無ぇべさ!」


「あ、あ、あんまりだぁ~」

「話すは終すめぇだ!帰ぇれ!」


すがりつこうとするユバルを使用人が取り押さえ、

引きずりながら屋敷の外へ放り出した。

挿絵(By みてみん)


大変な事になった、これからどうしよう・・・

トリオゴに言われて、やっと気が付いた。

そう言えば宿の予約が少ないと妻がぼやいていた。


畑は荒れ放題だ、まともに作物が育ち、

充分な収穫を得るまで10年はかかるだろう。

谷はもう終わりかも知れない・・・


失意のユバルは亡霊の様にふらふらと帰路を辿たどった。


********


さっきまで大声で喚いていた母が、今は落ち込んで項垂うなだれている。

父親は金目の物を集めて売る算段をしている。

幸いにも高価な調度品や宝石類が残っているので、

一切合切いっさいがっさいを処分すれば借金も軽くなるだろう。


両親には悪いが、こうなって正直ほっとしている。

罪悪感で気が変になりそうだった。

せっかくオバルト人の嫁御よめごを迎えても

夫婦として幸せになる自信が無かった。


「シオンさ達者だべか・・・」


思わずつぶやいてしまった。

リコアリーゼに不愉快だと言われてから、

その名を口にする事はつつしんで来た。


こんなにも大きな存在だったのか!


底知れぬ暗闇に小石を投げ入れて何時までも返らぬ水音を待つ様な。

せつなく、悲しく、そして恋しい。



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