元公爵令嬢の記録 第二十二話
レティシアです。
お腹が大きくなりました。私が情緒不安定なこともありリオの過保護がさらに酷くなりました。エディもですが、リオの過保護と比べれば可愛いもの。リオと一緒にいられることは嬉しいですが、これでいいのでしょうか?何度目かわからないため息をつくと、肩を抱く夫に頭を撫でられました。心地よい手に甘えて眠ってしまおうか悩みますわ。
「おはよう!!母様、眠い?」
「おかえりなさい。いいえ。眠くありませんわ。体は大丈夫ですよ」
目を開けると興味のあるものを見つけた時の顔をしているティアがいました。
いつの間にか寝室で眠っていたことにはもう驚きません。リオに運ばれ気づかないのはいつものこと。リアムがいないのはリオと修行をしているからでしょう。
二人の修行に置いてけぼりで、いつも拗ねていたティアはいつの間にか拗ねなくなりましたわね。ティアの成長に笑頬が緩んでしまいました。
髪を撫でると嬉しそうに笑うティアをお茶に誘い移動することにしました。
「母様はどうして父様を選んだの?」
ティアも女の子ですわ。学生の頃、多くのご令嬢が夢中になった恋の話。
ただ私が加わることはそれほど多くはありませんでした。
あら?
リオを選んだ?
若さというものもあるでしょうが、何か違うような…。
ですが、今があるのはどうしてかはわかっております。
「リオが一緒にいてくださる道を作ってくれたからでしょうか。リオと家族になったのはお互いに家名を捨てた時。その頃の私には利益のない婚儀の必要性がわかりませんでしたわ。ただいつももらってばかりの私がリオの願いを叶えられるのが嬉しかったと言いますか、いいえ、恋に溺れておりましたわ……」
「母様は恋に溺れたくなかったの?」
不思議そうな顔をするティア。ティアが淹れたお茶を飲みながら今も昔も変わらない答えが頭をよぎります。
「私は恋というものを好きになれません。貴族として生まれたからには義務とさだめがあります。理性を奪い、愚かな道にいざなう恋というものなど、知りたくありませんでしたわ。そして、恋に溺れ道をあやまった者を軽蔑していました」
「母様?」
子供の頃のティアには話せませんでした。私の価値観を押し付けるのはいけませんから。成長した今のティアになら話しても大丈夫。きちんと自分で考えることができるようになったティアがどんな価値観を持つかはティアの自由ですわ。判断するために情報を集めるのも大事なことなので、正直に話しましょう。
「私も恋に狂ってしまいましたわ。そして恋が叶うと麻薬のような作用があります。一時でも甘美なものを味えるなら全てがどうでもよくなります。依存性もあるので、自分の気持ち、心いえ、欲という言葉が一番正しいかもしれません。欲を満たすためなら、非常識な判断を平気でしてしまいますの」
「欲?」
私の恋はきれいなものでも、尊いものでもありませんでした。
思い返せばルーン公爵令嬢としては間違った思考と行動ばかり…。私の恥からティアなら学んでくれるでしょう。
「ええ。ティアがエイベルに恋した時、エイベルの幸せを考えられたでしょう?自分の気持ちを抑えて、恋した方の幸せを願えるのは尊いこと。でもそれができる方は少ないのです。欲に身を任せてしまうほうが楽ですから。たとえその先に明るくない未来が待っていても」
「俺からすれば、勝手に諦めて幸せを願われるなんて迷惑だよ。関係性にもよるけどな。選んだ先にどんな困難が待ち受けていても愛する人が隣にいてくれれば幸せに満たされる。どんな困難も打ち勝って、未来を切り開く。愛する人がいるから頑張れることもあるんだよ」
「リオ?」
「ごめん。あの頃、シアの選ぼうとした未来に委ねたら俺は幸せになれなかった。だから俺は俺の幸せのためにシアを捕まえた。後悔してないし、もしも過去に戻っても同じ道を選ぶ。今の俺は幸せを掴んでいる。この幸せを守るためならなんでもやってやる。まだまだ弱いし、力も足りない。だから、これからも強くなることを目指していくよ」
「父様?」
「恋というものは悪いものじゃない。俺はシアが恋した相手が自分であることは俺の人生の中で屈指に入るほどの幸運だと思ってる。難しいことは考えず、素直に身を委ねて構わないよ?」
いつの間にか現れたリオに抱き上げられ、強く抱き締められました。
子供とは染まりやすいもの。
私の恋はよくないものという考えとは相反するリオの考え。
両極端?の価値観を聞き、ティアはどう解釈するのでしょう。
色んな価値観を知るのは大事なことですから。
私も2度目の人生がなければ、恋が恐ろしいものだと知ることはありませんでした。
「難しいことは俺に任せればいい」と頼もしく笑ってくださるリオに全てを委ねてしまいたくなります。
リオが作ってくださった幸せに涙が溢れそうになります。過去の私は誰がいなくなっても前を向いて堂々とできた自信があります。でも今の私はできません。前を向いたフリはできても心は違う。恋に狂ってしまえば後戻りはできない。失恋の気持ちを思い出せば、痛い、痛いですわ。胸の鼓動もどんどん速くなり、視界が歪んでいきます。
「シア!?フウタ、セリアとエドワードをすぐに連れてこい」
「母様!?母様!?」
ティアの悲鳴とリオの見たことがないほど苦しそうなお顔。体が冷たい魔力に包まれ……意識を保つことは無理そうですわ。
*****
私はセリアとエディの力を借り、第四子を出産したそうです。意識がなくても出産できますのね。目が覚めると赤子を抱いているティアとリアム。心配そうな顔で手を握っているリオ、わくわくした顔のセリアと微笑んでいるお母様とエディ。
部屋の中に漂う明るい雰囲気に子が元気に生まれてきてくれたことに安堵します。
ですが…。
元気に生まれてきたことは嬉しいですわ。ありがたいことにルーンの特徴の青い瞳も持ってます。
ですが気になることが一つ。
髪の色がリオと同じ、濃紺です。
残念ながらルーン一族に濃紺の髪色を持つ方はいません。
「もう一人頑張ったほうが……?セリア、髪色ってどうすればいいの?」
「レティ、大丈夫?」
「お疲れ様でした。瞳さえ受け継がれていればいくらでも」
「でも、エディの子にするなら」
「大丈夫ですよ。お任せください」
エディが頼もしく笑いました。
この子は書類上ではエドワード・ルーンの実子になります。
お父様達が話し合い、私よりもエドワードの子とするほうが安全と判断されました。
ティア達にはまだ事情は話しません。
3歳までは別邸で一緒に生活し以降は本邸で教育を始めます。
「お疲れシア。後は任せて眠っていいよ」
「魔力をください」
「いくらでも」
水属性を継承するため、風属性を持つリオから魔力をもらうのは避けてました。久しぶりにリオの魔力を注がれ体がふわふわしていきます。
優しく笑うリオの言葉に甘えて休むことにしました。
***
第四子はお母様がレイリオと名付けました。リオの名前がそのまま入っているけどいいんでしょうか。
「レイは寝てるよ。叔母上は大胆だな」
「本当に。でもリオの子には変わりません」
「戸籍なんて今更だろう。それに父親役がエドワードだろうとシアと俺の子供だ。大事にするよ」
「エディに社交界は僕の十八番だからお任せくださいと言われるとは思いませんでした。レイリオはリアム達以上に自衛を覚えさせないといけません。苦労をかけますわ」
「大丈夫だよ。レイは強い子になる。俺達の子供だから」
「うちの子供達は優秀ですわ。リオの血が濃いんでしょう」
私の周りには頼りになる方ばかり。
クロード様の婚約者でルーン公爵令嬢だった過去の私ほど権力も人脈もありません。でもきっと大丈夫。昔から最大の味方のリオがいます。そして頼もしく成長したエドワード、おかしいけど博識なセリア、思い起こすと次々と頼りになる方々が浮かんできます。
物思いにふけっていると近づいてきた気配に笑みがこぼれました。
しばらくすると休養日に帰ってきたリアム達が入ってきました。
「「母様」」
抱いているレイリオを両手を差し出すティアに抱かせます。
リーファのおかげで二人は抱っこが上手です。
「お帰りなさい。レイリオです。仲良くしてあげてね」
「レイはまたティアとお揃い」
ティアは瞳の色が同じことが嬉しいみたいです。何度も同じようなことを言ってるようですが、ルーンの瞳を大事に想ってくれるティアはルーンの血が濃いのかもしれません。
レイリオを抱っこして放さないティアの横でリアムがふっくらとしたレイリオの頬を突っついています。
「ええ。二人とお揃いですわ。リーファと一緒で皆には内緒にしてください」
「うん。レイもティアが守るよ」
「頼もしいお姉様ね」
自信満々に笑うティアよりも、ティアの隣で苦笑しているリアムのが頼りになる気がしてしまうのは内緒です。女の子のほうが成長が早いと言いますが、うちでは逆…。子供の成長とは個人差があるもの。
どうか私の子であるがゆえに、危険なことに巻き込まれないように。
レイリオはもう歩む道が決まっています。
それでも、幸せが掴めますように。
体調が回復したら神殿にこっそり祈りを捧げにいきましょう。
ウンディーネ様の加護がありますようにと心の中で祈りましょう。




