第十四話 追憶令嬢8歳
ごきげんよう。レティシア・ルーンです。
目を開けると自室の天井が見えています。
「ご気分はいかがですか?」
シエルのいつもと違う言葉に首を傾げる。体を起こすとシエルの手が伸び支えられます。心配そうな顔で覗かれ、
「儀式の後に倒れ、ずっと眠られていました。ご気分はいかがですか?」
「大丈夫。おかしな夢を見た気がする」
「大丈夫ですか?旦那様がお呼びですが」
「行きます。準備を」
ぼんやりしながらシエルの手を借りて立ち上がり、テキパキと身支度を整えてくれる手に身を任せます。
昨日の記憶を思い出そうにも挙動不審な神官様と真っ青なお母様だけ。
シエルの話を聞くと無事に無属性をいただいたみたいですわね。呼ばれる意味も多忙なお父様がいらっしゃる意味もわかりましたわ。準備を整えたので、お父様の執務室に向かいます。
きっとこれからの話し合いですね。
「レティシアか。入りなさい」
「失礼します」
「気分はどうだ?」
「大丈夫です。昨日は申しわけありませんでした」
「儀式自体は無事に終わったから問題ない。御苦労だった」
お父様はいつもと変わらず感情の読めないお顔。ですが冷たい雰囲気もありません。
厳しく咎められると思っていましたが驚きましたわ。
倒れるなんて自己管理不足。しかもマール公爵家の皆様もいましたし、淑女としても失態を晒しましたのに。あら?いつも厳しいお母様の姿がありません。
「ありがとうございます。お母様は?」
「寝込んでいる」
お母様が寝込んだなんて初めてですわ。私の所為でお母様が倒れたのにお父様は怒っている様子はありません。
「私の所為で申しわけありません」
「ローゼの問題だ。レティシアには関係ない。これからの話をしよう。魔力のことは重要視していない。レティシアもエドワードもルーンの瞳を受け継いでいる。ルーンの血を守る方法もあるから気にしないでいい」
私がルーンの分家の方と子供を作ればいいんですよね。本当は魔法は使えますし、魔力の継承は問題ありませんとはお父様にはいえませんわ。お父様が魔力の有無を気にしないとは思ってもいませんでしたが。もともとお父様は私には無関心でしたわ。
「かしこまりました」
「内密にクロード殿下より婚約者にレティシアをと話があったが、無属性だから断ろうと思う」
危ないですわ。すでに婚約の打診がありましたのね。ここで感謝を告げられないのでお淑やかな顔で静かに話します。
「私の婚姻に関しては全てお父様のご判断にお任せします」
「そうか。殿下の申し出は断ろう。リオ・マールから婚約の打診があった。折をみて話を進める」
婚約の意味がわかりませんが答えは決まってますわ。殿下との婚約さえ回避できればなんでもいいですわ。危なかったですわ。
「わかりました」
「魔力がないと自衛が取りづらい。武術の名門ターナー伯爵家に預けようと考えている。あくまでも一つの案だ。レティシアがどうしたいか本心を教えてほしい」
お父様に意見を聞かれるのは初めてですわ。お母様は私が武術をすることに反対ですがお父様が許すなら答えは一つですわ。まさかの活路がありましたわ。
「私も身を守る力が必要だと思います。是非、行かせてくださいませ」
「魔力のない娘を田舎に追いやったと言われるだろう」
もしかしてお父様、心配してくださってます?
武術を習うならうちから近い同派閥の武術の名門ビアード公爵家でもいいはずです。ターナー伯爵家は王都から遠く、選民意識も低い。貴族令嬢達ともほとんど会いません。
私に酷い言葉を聞かせないためですか?
お父様の感情の読めないお顔。身を守る方法を授けてくれようとするのは生きていくのに大事なこと。
勘違いかもしれませんわ。どんな理由でもありがたいお話。そしてルーン公爵令嬢としての答えは決まってますわ。
「ルーン公爵であるお父様のお考えに従います。私はお父様の言葉を信じて、他の方々言葉なんて捨て置きますわ。ですが私の魔力がないことで、ルーン公爵家に迷惑をかけてしまいます。申し訳ありません」
「魔力があっても、誹謗・中傷を受けることには変わりない。私を追い落としたい人間は多く、貴族とはそんな生きものだ。お前は胸を張ってルーン公爵家令嬢としての務めを果たせばいい。身辺だけは気を付けなさい。殿下の婚約者候補でなくても、お前を狙う人間は多い」
自衛のできないルーンの瞳を持つルーン公爵令嬢。私を攫って売り飛ばせば相当のお金になりますわ。
「わかりましたわ。いつここを発つのでしょうか?」
「まだ先の話しだ。詳細が決まればまた伝えよう」
「わかりました。よろしくお願い致します」
「話は以上だ」
「わかりました。お父様ありがとうございました」
お父様と初めてこんなに話をしました。
全く興味を持たれてないと思っておりましたが違うかもしれません。お父様が大事に想うのはお母様だけと思ってましたが伯母様の言う通り、大事に思ってくれてるのかもしれませんわ。
とうとう強くなる手段を見つけましたわ。
殿下との婚約もギリギリ回避ですわ。魔力があれば危なかったですわ。
殿下、そんなにルーン公爵家の後ろ盾が欲しかったんですの?
お母様には申しわけありませんが、これで平穏人生に一歩近づけますわ。
さすがにお母様への罪悪感で胸が痛いのでお母様の様子を見に行きましょう。
「失礼します」
部屋に入るとベッドでお母様が寝ています。
お母様の寝顔は初めて見ましたわ。
「レティ?」
瞼が揺れて銀の瞳が見えました。ゆっくりと手が伸び、頬に触れられ、目が合いましたが焦点が合ってない気がしますわ。
「レティ、ごめんね。あなたが苦労しないようにって小さい頃から厳しくしたのに。私は社交界でも苦労したから、そうならないように。
全然遊ばせずに勉強ばかり厳しくしたのに。魔力がないなんてあんまりだわ。レティのお手本になるように慣れないのに公爵夫人でずっといたのに。
切り替えできずに、全然甘えさせてあげなかったのに。
レティが将来苦労しないためにって。令嬢達にいじめられないくらい、完璧な子にしなきゃと育てたのに」
「お母様?」
「レティ、ごめんね」
お母様が目を閉じて頬に触れた手が落ちたのでそっと布団の中に戻しました。
お母様はどうしたんでしょうか。口調も違いますし声のトーンもいつもより高い、愛称で呼ばれた記憶もありませんし、私は白昼夢を見たのでしょうか?
私に興味がないんじゃなくて、不器用なだけ?
まさか?
うん。よくわからないから忘れましょう。
人生知らなければ幸せなこともたくさんありますものね。本当に・・・。




