第十三話 追憶令嬢8歳
ごきげんよう。
レティシア・ルーンですわ。
今日はルーン公爵邸では朝から使用人達が総出で動いております。
生前の記憶はありませんがこんなに慌ただしかったんですね。今日はある意味運命の日ですわ。
昨日はルーン公爵領の泉で禊をしました。
朝起きると部屋で朝食を食べ、すぐに湯あみに連れて行かれます。
ルーン領の名産の爽やかな香りのする青い花がバスタブに浮かべられて私は浸かっているだけなんですが、侍女長とシエルの指示の下入念に体が磨かれています。
ここまで念入りにしなくてもいいと思うんですが。
湯あみをおえると体中に色んなものを塗られ、白いドレスを着ます。
属性には色があります。
儀式の時は属性の色を纏うことが多く、水属性を守るルーンの当主のお父様は青色を常に纏っています。お母様は風属性なのでルーンの青と風の銀色が混ざったものを。決まりではありませんが。
魔力測定の時だけは何にも染まっていない真っ白なドレスが用意されます。
フラン王国民は魔力測定を受ける義務があります。
貴族は8歳。希望があれば10歳でも検査を受けることができます。平民は10歳。希望があれば8歳でも検査はできます。また8歳の時に魔力なしなら10歳の検査は免除になります。
水晶に手を当てると属性色に輝き魔力量で光の強さは異なります。
水属性は青色、地属性は茶色、火属性は赤色、風属性は銀色と言われています。私は青色しか見たことありませんが。
着替えが終わるといつも結っている長い髪を降ろして、白い花が散りばめられ、軽く化粧をされ、ヴェールを被れば完成です。
久しぶりにきちんと着飾ったので少し疲れましたわ。
これから魔力測定が行われます。
魔力測定は無事に育ったお祝いでもあります。
属性を持てば、貴族として相応しく生きることを求められます。
準備を終えて、部屋を出ると儀式の正装に身を包んだ両親が待っていました。
「お父様、お母様、貴重なお時間をありがとうございます」
「しっかり務めなさい」
「レティシア、社交デビューはまだですが、今日から周りは貴方を淑女とみなします。ルーン公爵家の者として恥じないように行動しなさい」
無表情の両親の言葉に静かに頷き口を開く。
「はい。心に刻みしっかりと励みます」
「姉様!!女神様みたいです」
「エディ、ありがとう」
いつの間にか近づいてきたエディの愛らしい笑顔に笑みを返して頭を撫でます。
小さい手を差し出すので、そっと手を重ねて可愛いエスコートを受けます。こんなに小さいのにエスコートを覚えるなんて優秀ですわ。
広間に入るとマール公爵夫妻とリオがいました。
マール公爵家は三人とも風属性なので銀色の正装姿ですね。
「本日は貴重な場にお招きありがとうございます。ルーン公爵夫妻」
家格の高いマール公爵がお父様に挨拶をしました。
「いつもレティシアがお世話になっております」
「いつも有意義な時間を」
両公爵が話してます。止まらない話に痺れを切らしたのかリオが礼をしました。
「本日はお招きありがとうございます。レティシアおめでとう」
「リオ、立派になりましたね。どんどんマール公爵に似て、将来が楽しみですね」
「ありがとうございます。ルーン公爵夫人」
そういえばお母様とリオが話すのあまり見たことありませんわ。爽やかな笑みを浮かべるリオをお母様が褒めてます。お母様が誰かを褒めるの初めて見ましたわ。
「レティシア、おめでとう。綺麗ね。将来が楽しみ。殿方のアプローチのかわし方をそろそろ教えないとかしら?」
「ありがとうございます」
穏やかな笑顔の伯母様に笑みを浮かべて礼をします。
顔を上げるとリオと視線があったので頷きます。
決意は変わりません。もう決めました。どんなに非難を受けても構いません。平穏に生きるためには絶対に必要ですもの。他に殿下の婚約者を回避する方法が思いつきません。
「レティ、僕に任せて!下準備ばっちり!!主の計画にぬかりなし!!」
目の前に飛んでいる白い鳥。可愛らしくはしゃぐフウタ様の言葉に思わず笑みがこぼれますわ。
可愛い。大丈夫ですよ。これは前向きな決断ですもの。平穏に楽しく生きるための第一歩です。
視線を感じ見渡すと皆が固まっております。見えないフウタ様を見て笑ってしまったのがいけませんか?
「移動しよう。エドワードは部屋で待ってなさい」
「わかりました。姉様、お戻りをお待ちしております。がんばってください」
「ありがとう。エディ。行ってきますわ」
最後にエディの頭を優しく撫でて、リオが差し出す手を取り小神殿室に移動する。
小神殿室はフラン王国が信仰する四精霊の像が置いてあり、祈祷部屋として使われています。普段は使いませんが、儀式のときのみ開放します。
儀式以外で、入ることは許されていません。
特別な魔法がかかっているのか掃除をしなくても常に清潔な部屋です。
小神殿室には定期的に当主が魔石を収めているので何か魔法陣が仕掛けてあるんでしょう。詳しく調べるのは禁じられているので推測ですが。
当主にならない私は一生真実を知ることはないでしょう。
貴族は本邸に小神殿室を持っています。小神殿室は神殿の代わりなので、小神殿室を持たない貴族は神殿に行き儀式を受けます。
小神殿室を持たない貴族は信仰心が薄いと言われるので訳あり貴族以外はほとんど持っていますが。
魔力測定の儀式は高位神官と下位神官の二人で儀式を行います。
下位神官は荷物持ちですが。
小神殿室に入り神官様を待っていると扉が開きました。
「おめでとうございます。
これより属性の儀を行わせていただきます。
我らを見守る、誇り高き四精霊に祈りを」
皆で両手を組んで祈りを捧げます。祈る精霊は決まってませんが、私はいつもルーンの信仰するウンディーネ様に祈りを捧げます。
神官様がゆっくりと歩き教壇にあがられます。
「レティシア・ルーン」
「はい」
祈るのをやめて、神官様の前まで歩く。
神官様の正面に立ち礼をする。
「レティシア・ルーン。そなたは 自身に相違ないと誓えるか」
「我が家の信仰する水の精霊、ウンディーネ様の名のもとに誓います。私はレティシア・ルーンです」
本人確認のための儀式です。
フラン王国は4精霊を信仰しますが、各家は守るべき属性を王家より定められています。ルーン公爵家は水属性を守る一族なので水の精霊ウンディーネ様の名前を唱えます。
「精霊の名のもとにサインを」
誓約書にサインを書き、神官様に渡されたナイフで指を切り血判を押す。
精霊の名のもとの誓約は破ると誓約書は燃えて精霊の加護を失うと言われています。精霊の加護を失うと魔法が使えなくなると言われています。
「これより儀式を行う。
偉大なる四大精霊
地を司るノーム様
火を司るサラマンダー様
水を司るウンディーネ様
風を司るシルフ様
かの者に寵をお与えください。」
下位神官様が一礼して私の目の前に水晶を出すので、ゆっくりと右手で触れる。
何も反応しません。そっと手を離し顔を上げると神官様が固まっています。
下位神官様がもう一度と小声で囁く。
もう一度?
だ、大丈夫ですよね。
緊張を隠して、もう一度。そっと手を当てると何も反応しません。
手を離そうとすると下位神官様が首を横に振ります。
フウタ様すばらしいですわ!!安堵の顔は絶対に見せてはいけませんわ。
固まっていた神官様が何度か瞬きをして何度も水晶を確認しています。
しばらくして神官様が頷いたので水晶から手を外すと今度は何も反応されませんでした。
小神官様に気の毒そうに見られてますわ。顔に感情を出さない修行をしている神官様達を動揺させるほどの惨事ですよね。きっと前代未聞でしょう。ルーン公爵家直系の無属性は。
「レティシア・ルーンに幸多きことを」
ようやく大神官様が動いたので、両手を組み祈りを捧げる。
ウンディーネ様、申しわけありません。どうしても譲れませんでした。もしも咎があるなら私だけに。慈悲深く全てを包み込むウンディーネ様からの咎なら私の魂も体も差し上げますわ。どうか見守ってください。
きっとお優しいウンディーネ様ならわかってくださいますわね。
儀式は終わり、神官様が扉を出て帰っていく。
神官様は神殿に帰り、神殿と王家に結果を報告して儀式は終わりです。
終わりました。ふぅっと長い息を吐きそうになったのを堪えます。
安心してる場合ではありませんわ。これからが問題ですわ。
振り返るとお父様は固まり、お母様は真っ青、伯父様と伯母様は真顔、リオは真剣な顔を作っていますわ。
お父様達に向かって深く頭をさげます。
「お父様、お母様申しわけありません」
「レティシア、頭をあげなさい。立派だった」
お父様の声はいつもと変わりません。頭をあげるとお父様はいつものお顔。
「お父様、ありがとうございます。」
「ルーン公爵令嬢であることに変わりわない。相応しくあるように励みなさい」
「はい。お父様」
お母様の肩を伯母様が支えています。
「そんな、まさか、レティシアが…」
「ローゼ、落ち着きなさい。一番不安なレティが気丈にしているのよ」
「レティシアは子供だから、わからないのよ。事の重大さが」
「わかってるわよ」
「でも、でもこのままだと、レティシアの未来はどうなるの!!薄汚い貴族達に蔑まれながら、一生を過ごすのよ!!よりにもよって公爵令嬢に魔力がないなんて。伯爵家ならともかく、公爵令嬢なのよ!!」
見たことがないほどお母様が動揺して声を荒げて嘆いています。
お母様、ごめんなさい。本当は魔力があるのに隠して。
自分で選んだことなのに。
泣く権利も傷つく権利もない。
私が背負うべき咎…。
手に温かいものが触れ、いつのまにか握りしめていた指をリオが解いていました。
「大丈夫」と耳に囁かれます。
「ルーン公爵夫妻お願いがあります」
リオの声が響いて視線が私の隣にいるリオに集まる。
「私がレティシアを守ります。私をレティシアの婚約者に選んでいただけないでしょうか」
お父様がリオを静かに見つめる。
何か変な言葉が聞こえませんでした?
「リオ、自分の言ってる意味がわかるの?マール公爵家の令息は結婚相手が選び放題よ。魔力のない令嬢と結婚するなんて非常識よ。マール公爵家が許さないわ」
お母様が怖い顔でリオを睨んで、いつもは綺麗な言葉遣いも乱れています。
「ルーン公爵夫人、選びたい放題ならレティシアを選ばせて下さい。私は三男です。兄が跡をつぎますし、マールの血統も魔法も兄達が守ります。それに父上と母上には許可をもらっています亅
「リオからレティシアが殿下の婚約者候補から外れたら婚約を申し込みたいと話は聞いていた。無属性とは思わなかったが、二人なら大丈夫だと信じているよ。マール公爵家としては歓迎する。レティシアは異国語に明るく外交官の妻として申し分ない。リオを婿にと望むなら、領地経営を学ばせよう。マール公爵家としては良縁という判断だ」
「自覚したのは、最近ですが昔からリオはレティに夢中でした。レティを守るために強くなるって。身内贔屓でも兄弟の中でも同世代の中でも一番優秀ですよ。レティが無属性でもしっかり守りますよ。もちろんこれからも容赦なく鍛えますよ」
「リオよく考えなさい。まだ二人共子供だ。これからたくさんの令嬢と出会うだろう。レティシアにはありがたい縁だが、リオにとっては早い段階での婚約に利はない。もし婚約者となるなら、私はレティシアとルーン公爵家のために容赦なくリオを利用する。今なら子供の戯言で聞き流そう。レティシアに同情して婚約を望むならやめなさい」
「同情なんてしていません。レティシアの隣にいる権利と守る立場が欲しい。利用していただいて構いません。成人したレティシアが拒むなら、破棄してもらってもかまいません。どうかご検討いただけないでしょうか」
空気がピリピリしてリオとお父様の睨み合いが。お母様は切れ長の目を吊り上げお父様も冷たいお顔。ずっと体に冷たい汗が流れていきます。
「わかった。婚約の時期については、マール公爵夫妻と話し合おう。レティシアを裏切らないと誓えるか?」
「誓います。必ず、私を選んでいただいたことに、ルーン公爵家にご満足いただけるように努めましょう」
「君の誠意を信じよう。」
どーゆーことですの?先ほどからありえない会話が広げられています。
冷たい空気の両親と睨み合っているリオ。これはもしかして夢?そうですよね。強張る体の力がようやく抜け、
「シア!!」
リオが慌てる声が聞こえますが、目の前が真っ暗ですわ。




