第十話 追憶令嬢7歳
おはようございます。
レティシア・ルーンですわ。
いずれは脱貴族を目指しているルーン公爵家の令嬢ですわ。
どんなに時が経っても王家と関わることは断固拒否です。
昨日は夜遅くに帰ったためお説教を受けるためにマール公爵夫人と向かい合って座ってます。人払いされ、目の前にはお茶とお菓子があります。
反省しているフリをしないといけないので手をつけません。
嘘ばかりのリオの話に合せられるように朝早く起きて一生懸命考えました。
「体は大丈夫?」
「大丈夫です。ご心配をおかけして申しわけありません」
「良かったわ。さて申し開きを聞きましょうか」
怒っている感じも冷たい雰囲気もなく、いつもの穏やかな伯母様ですわ。それでも反省しているフリは必要です。
「ごめんなさい。殿下の手紙に耐えきれず。ご令嬢達の手紙は燃やして、一時心は晴れましたが殿下のお手紙はお返事しないわけにはいきませんし」
「待って、レティ、手紙を燃やしたの?」
「はい。燃しました。最近はお返事を書くのが辛いのでお返事してませんの」
あまりにも大量に送られてくるので、返事を書く時間が勿体ないとは言えません。代筆するわけにもいきませんし、読むだけでも貴重な時間が失われています。
「レティ、手紙はきちんと保管しなさい。今後必要になるから。手元にある手紙と新しい手紙が届いたら見せてくれる?」
「伯母様のお目を汚すことになりますわ」
「大丈夫よ。あなたの教育上、良くないものではないか確認するだけよ。場合によっては、然るべき対処をとるわ。大人が首を挟むのは良くないけど、社交デビュー前なら問題ないわ。お返事は?」
「読むに耐えないものは無視しました。何をおっしゃっているかわかりませんがお気遣いありがとうございますと丁寧に綴って送り返しましたわ」
「伯母様と一緒にお返事を考えましょう。大変だけど一緒にお返事を書きましょう。無視していいものかの判断基準も確認するわ。絶対に燃やすのはいけませんよ」
確かに冷静になるといけませんね。
一応礼儀として返事も書かないと。面倒ですわ。
量の多さに頭が痛くなりそうですわ。
伯母様の教えには逆らうつもりはないので頑張りましょう。ため息を我慢します。
大事なのは令嬢達の手紙の件ではなくリオが怒られないようにしないといけませんわ。
「わかりました。ありがとうございます。最近はお勉強も忙しく、殿下との噂も消えず・・。殿下の婚約者候補に選ばれたらと思うと不安で。社交界も怖く気づいたら、湖に足を進めていました。リオ兄様を巻き込んでしまい申しわけありませんでした」
「そんなに…。レティ、私から両親に話してもいいかしら?」
「お父様は私に興味がありませんし、お母様も公爵家の令嬢として相応しくあることしか興味はありません。お父様に不敬罪として裁かれるかもしれませんわ」
伯母様が頬に手をあてて、苦笑しています。私が非常識なのはわかってます。本来なら殿下からの誘いは喜んで受けて、婚約者を目指すのがルーン公爵家のためであり正しい道とわかってます。
「親は子供が思うより子供を大切に思ってるのよ。私達もね」
「リオを巻き込んでごめんなさい」
「私達もレティが大事なのよ。ルーン公爵もわかってくれるから心配しないで」
ここは伯母様にお任せしましょう。両親のことはよくわかりません。それに何を言われてもお父様に命じられたら従うしかありません。
「ありがとうございます。伯母様」
「ねぇ、レティ、リオのことは好き?」
「もちろんですわ」
「周りにいる殿方の中で一番?」
一番?
エディにケイトにダンに・・・、幸せになってほしい。でもお役に立ちたいと思うのはリオが一番ですわね。
「リオ兄様が一番ですわ」
「あの子とずっと一緒にいたい?」
いつまでも一緒に?そしたら心強いですわ。楽しそうなお顔の伯母様の言葉に頷く。
「ずっと一緒にいれたら、幸せですね」
「そうなの。レティは特別に好きな殿方はいないの?」
この聞き方は、
「いません。いずれはお父様の選んだ方に嫁ぎますので、恋など不要ですわ」
恋に振り回されて、家も人も平気で傷つける。
生前は慕っている婚約者に婚約破棄され悲しんでいる方もいましたわ。
王家第一のエイベルさえも・・。
それなら不要ですわ。それに私は自分で選べませんもの。
もしも脱貴族できないなら、ルーン公爵令嬢の務めを果たすだけですわ。
貴族の令嬢には選ぶ権利はありません。
「まだレティに恋の話は難しいわね。うちの息子は優秀だから、遠慮なく連れ回して頂戴。リオはレティに振り回されるのが一番成長に繋がるから」
どーゆーことですの?
「レティはわからなくていいわ」
伯母様が気にしなくていいというなら気にするのはやめましょう。
余計なことは知りたくありません。世の中は知らなくていいことに溢れてますわ。
「わかりましたわ。伯母様、私はどんな罰を受ければいいですか?」
「いらないわ。自分の命を粗末にすることはやめて。レティが大人になっても貴族社会が辛くて、耐えられないなら、逃がしてあげるから」
ごめんなさい。湖に飛び込んだの嘘なんです。
リオ、どうしてそんな嘘をつきましたの!?
水遊びは好きですが入水自殺なんてしませんわよ。泳げますし水の中でも呼吸できますよ。
「約束します」
「約束よ。レティ、決して一人で行動してはいけませんよ」
「わかりました。気をつけます」
いつもの穏やかな伯母様。王子殿下に見初められ、婚約者候補になっているなら暗殺者が送られても仕方ありませんね。過激な令嬢もいますし。
外に出る時は常に護衛が一緒です。結界で覆われているルーン公爵邸でも常にシエルか家臣の誰かと一緒です。自衛ができないので仕方ありませんね。一人になれるのは自室だけ。
伯母様に礼をしてリオの部屋に行きましょう。今回の件で伯母様からリオにこれ以上お説教はしないと言ってもらえたので一安心です。
リオの部屋の扉をノックすると入室許可があり、中に入る。
「伯父様は大丈夫でした?」
「いつものことだから、気にするな。勝手に事情を話してごめんな」
「大丈夫です。むしろ嘘をつかせてごめんなさい。それに伯母様には話してたから、伯父様も知っていたかもしれません」
「レティシア、そこに座って」
リオが視線を向けた正面に椅子に座る。非常にまずい予感がしますわ。背中に冷たい汗が流れていますわ。
「フウタ、俺達の話が誰にも聞こえないようにできるか?」
「お安い御用だよ」
「頼む」
「これで大丈夫。もし誰か来たら教えてあげる」
「ありがとな」
リオが一人で話してますが、もしかして
「フウタ様と話してますの?」
「ああ。レティシア、俺に隠してることあるよな?」
じっと見つめられ探られていますがどれのことでしょうか。
魔法のことでしょうか・・・。一応、言い訳は考えてありますが。
「説明してくれないか」
これはごまかせませんね。昨日の出来事でリオに怪しまれるのは魔法のことだけですもの。
「実は水の魔法が使えます」
「なんで?」
「経緯は恥ずかしいから話したくな、話します。その顔やめて。聞いても笑わないでね」
ごまかそうとしたらリオが涼し気な笑顔を浮かべて目が怖くなりました。
これ以上怒らせてはいけません。リオも恐怖のお説教をするんです。物凄く長くて心が折れるような。
「笑わないよ。嘘ならわかるからな」
「本の魔法使いの真似をしたら使えました。他の人の真似をしたり、本で読んだのを試したり。色々したら、ある程度使えるようになりました」
「お前の周りで水魔法を使えるやつがいるのか?」
ケイトは火、ダンは地。両親は私の前で魔法を使いません。
「水魔法で水をかけられたことがありまして。いいお手本でしたわ」
嘘ではありませんよ。水をかけられましたもの。
うん?リオが微笑んでますが、寒気がしますわ。
「相手は?」
「忘れましたわ。」
「今度、誰かに何かをされたら、教えて」
「切りがないので、無理です」
「紙にでも書いといて。わかったな?」
「無理です。名前がわかりませんもの」
「わかった。後で手紙を書くからシエルに渡して。あと魔法の本って?」
「ダン達が買ってきた本やセリアの家の魔導書です」
「いつから魔法を使えた?」
「お、覚えてないですわ」
「隠してた理由は?」
「怒られるかなっと」
「知ってるのは?」
「リオとケイトとダンだけですわ。魔法を練習する時は失敗したら危ないのでケイトかダンに側にいてもらいましたの」
私が魔法を使ってるのを見られるわけにはいきませんので、周囲を見張っていただきました。本に書いてあった魔法が使えるか試したかったのも理由ですが。二人は私の隠し事には慣れているので疑問に持たずに協力してくれました。お友達ですから。
好奇心と探究心を我慢するのは辛いですもの。おかげでいくつか新しい魔法も覚えましたわ。
「一応、気をつけてたんだな。過ぎたことは仕方がない。他にも隠してることあるよな?」
疑われてます。リオに隠してるのは生前と魔法のことだけのはず。
隠し通せる自信はありません。
生前も一度もリオに隠し通せたことなどありません。
リオと殿下の二人に問い詰められたことを思い出すとまた寒気がしてきましたわ。
違いますわ。ぼんやりしてる場合じゃありません。
社交用の憂いの表情を作ります。
一応、考えておいてよかったです。
「夢を見ます。殿下の婚約者として学園に通ってる夢を。結末はいつも同じです。
殿下には好きな娘がいて、その子と殿下のために邪魔な私は監禁されて、殺される夢。
殿下に興味もないし、邪魔もしないと叫んでも信じてもらえない夢を。
こんなこと、言っても信じてくれないでしょ?
夢なのに、現実みたいで・・。
予知夢だったら、どうしようかと思うと恐ろしくて仕方がないんです」
信じてくれませんかね。
さすがに15歳の私が気付いたら5歳になってましたとはいえません。
ずっと下を向いていた顔を上げて、恐る恐るリオの顔を見る。
あれ、真剣に考えてる?
疑われているときの顔ではありませんわ。
「信じるよ。現実味あるしな。俺も協力するから殿下の婚約者にならない方法を考えよう」
リオが私の頭に手を置き優しく撫でる。
私はリオに初めて嘘をつきました。優しいリオを騙してごめんなさい。
「シア、泣くなよ。大丈夫。俺がなんとかしてやるよ、夢みたいにはさせないから。な?」
腕が伸び、抱き上げられて胸に顔を押し付けられる。ゆっくりと背中を叩いてくれる優しい手。
リオの優しさと罪悪感に涙が溢れて止まらない。
むかしから一番安心できるのはここだけ。
王妃教育が辛くても、リオが甘やかしてくれたから頑張れた。
よくやったな、頑張ったなって頭を撫でてくれる唯一の人。
私が王妃なんて望んでなかったと気付いていたたった一人のリオ兄様。
でもそんなリオに初めて嘘をつきました。
学園に入学するまでは今世も甘えさせてもらおう。リオ兄様、ごめんなさい。
私は優しさを利用します。怖い夢を見た時に抱きつくと抱きしめてくれる腕。
もう少しだけ傍にいてください。そしたらまた一人で立ち上がれる。今だけは。
「落ち着いたみたいだな。シアが泣くのは久しぶりだな。すっきりした?」
涙が止まりしばらくするとリオに顔を覗かれ優しく笑いかけられました。リオの肩が濡れてますが一言も文句を言いませんのね。涙のあとを指でぬぐわれ、美しい銀の瞳に笑い返します。
「ありがとうございます。リオ、フウタ様とお話したい」
「フウタ、シアと話してくれるか?」
白い鳥のフウタ様が突然目の前に現れ飛んでいます。
「フウタ様、ごきげんよう。フウタ様に教えてほしいことがありますの」
「主。僕は嘘がつけないから、お嬢様に教えたくないことがあれば、途中で止めて」
「わかった」
リオとフウタ様が見つめ合って何かを話してますわね。
「できれば三人でいるときは、フウタ様がリオに話す声も聞こえるようにしてほしいですわ」
「フウタ頼めるか?」
「わかった。お嬢様、どんなことが知りたいの?」
フウタ様の声が聞こえましたわ。お嬢様?
「フウタ様、レティかシアで構いませんわ」
「フウタ、レティって呼んであげてくれ」
「わかった。レティはなにがしりたいの?」
「フウタ様は魔法について詳しいですか?」
「うーん。僕も長く生きてるからレティよりは詳しいんじゃないかなぁ」
「フウタ様、自分の持っている魔力を他人に隠すことはできますか?」
「人には魔力の属性を見抜く力はないよ。でも数百年に一度生まれる愛し子は、精霊が見える。だから、人についてる精霊を見れば属性はわかる」
「ついてる精霊とは契約した精霊のことですか?」
「うーん。僕のことも見えるけど。精霊は同じ属性の気に入った人の傍にいることがあるの。気まぐれだからいつまでいるかはわからないけどね。その精霊を見れれば属性がわかるよ」
「フウタ様も見えますの?」
「精霊同士はもちろん見えるよ。他の精霊の存在を話すのは禁忌だから主にも教えられないよ」
「愛し子は今はいますの?」
「僕が生まれてからは、愛し子が生まれた話は聞いたことがないけど。最近は眠っていたからよくわからない」
「愛し子以外は他人の属性はわからないとうことですか?」
「うん。」
「魔力測定については、知ってますか?」
「なにそれ?」
「水晶に手を当てると、魔力の属性がわかりますの」
「うーん。本物を見てみないとわからないけど、水晶に触らなければ反応しないんじゃないかな」
「水晶に触らずに、周りには触っているように見えるようにすることはできますか?」
「水晶の周りに風の膜で覆うからその上から触る?でも魔封じされた場所だとできないかな」
「魔封じされた場所だと難しいですか?」
「うーん。事前に仕掛けをしておけば大丈夫。どこでするの?」
「ルーン公爵邸。私の家ですわ」
「神殿と王家じゃなければ、仕掛けられるよ」
「わかりましたわ。ありがとうございます」
活路が見えましたわ。
リオをじっと見つめます。
「リオ兄様、儀式の日にフウタ様を貸してくれませんか?」
「僕を借りても、主の願いしかきかないよ」
「シア、まさか」
リオに真剣な目で見返されてます。
「想像通りだと思います」
背中に回っていた手が肩に置かれ
「本気?公爵家令嬢が魔力の適正なしになることの意味わかってる?」
「殿下の婚約者になるなら、蔑まされて生きていきますわ」
「お前のお母様が倒れるぞ」
「かまいませんわ。うちには優秀な跡取りもいますしね。私はルーン家の瞳の色を受け継いでいるので、お母様の不貞が疑われることもありません。」
リオが無言で考え込んでます。
優しいな。
選民意識が強い貴族が多く、魔力が貴族の証と思っている者も多い。
魔力がないだけで、貴族として相応しくないと言われます。このままだとクロード殿下の婚約者に選ばれるのは私でしょう。国内で一番力を持つルーン公爵家の令嬢が記憶通りに選ばれます。逃れる方法は一つだけ。もうすぐ殿下との仮の婚約が決まる年も近づいてます。
それに婚約者に選ばれまた15歳で死ぬならルーン公爵家の役にも立てませんわ。
魔力がないと嫁ぎ先が限定されますが魔力がなくてもルーン公爵令嬢の駒としての価値は高い。
平凡な容姿の私でも、ルーン家の後ろ盾がほしい貴族はたくさんいる。
魔力がないなら他国との友好のために縁談を結ぶのには特に丁度いい駒。
話せる外国語の種類を増やしましょう。
貴族としても逃げるとしても外国語は必要ですもの。
まずは優しい従兄を説得しなければいけませんね。
「魔力がなくても貴族の令嬢の生き方は変わりませんわ。もしこのまま貴族として生きるなら、お父様の選んだ方に嫁ぎ、家を守り後継を作るだけですもの。魔力がなくても駒として充分でしょ?」
「そこまで覚悟が決まってるならわかったよ」
苦笑してます。ただこれはリオにも迷惑がかかります。
ごめんね。優しいリオを巻き込んで。
「ありがとうございます。ただ同じ血縁のリオにも迷惑がかかります。ごめんなさい。魔力のない従妹がいるって非難されるかもしれません。それなら責める側に」
「バカ。返り討ちにするから心配するな。後悔させてやる自信はある。全部は無理だけど、できるだけ守ってやるよ。俺は何があってもシアの味方だ」
「ありがとうございます。頼りにしてますわ。リオ兄様」
肩に置かれた手が離れて、リオの胸に顔が押し当てられる。ゆっくりと頭を撫でられ、気持ちが良くて目を閉じる。
「できる限り優秀な令嬢を目指せるか?社交では気が弱い令嬢を演じるのがいいかな」
楽しそうな声。きっと企んでいるお顔をしてますわね。
「同情を誘えますし敵も減らせますわ。そんな公爵令嬢に手を出せば、非難をあびるのは加害者。さすがリオですわ」
「ケイトとダンには、シアの結果が出てから俺が話すからシアからは絶対話さないで。シアが魔力を持ってることは二人の秘密だ。フウタの存在もな」
「わかりましたわ」
「魔法も二度と使うな。魔法の練習は俺が付き合う時だけ」
リオには感謝しかありませんね。いつでも頼りになりますわ。
「フウタ、人に見られないように、シアに魔法の練習をさせることはできる?」
「結界の中でやってくれるなら、大丈夫!!」
「ありがとう。そのときは頼むな」
「任せて!」
私に魔法の練習の場まで作ってくれるなんて。
リオの優しさに泣きたくなりましたわ。
「リオ兄様、大好きですわ」
頭を撫でる手が止まりました。
「私は従妹に生まれて幸せですわ。もう少しだけシアだけのリオ兄様でいてください」
今後の方針が決まりました。
一番、難関だった魔力問題が解決しましたわ。
これで殿下の婚約者候補から、外れますわ。
ただ殿下は腹黒なので、油断は大敵ですわ。
これからも殿下を避け続けますわ。
救いなのは殿下に対抗できるリオが私の味方についていること。
社交デビューまでは甘えさせてもらいましょう。眠くなってきたのでこのまま目を閉じてしまいましょう。悪い夢を見ずにすみそうですわ。
お話はレティシア視点で進みます。風の精霊フウタの言葉はお話には書いてありますが、レティシアには聞こえません。レティシアはリオが命じている時のみ、風の精霊フウタの言葉を聞くことができる設定です。