第七話 後編 追憶令嬢6歳
ごきげんよう。レティシア・ルーンです。
私は正妃アリア様主催のガーデンパーティに来ています。
先程パドマ公爵令嬢と騒ぎを起こしたので、トンズラして用意されている休憩室に向かっています。
休憩室の中には、黒髪の令嬢がいます。
同じくらいの年齢ですかね。ここにいるならアリア様とクロード殿下に興味を持たない方だと思いますわ。もしも何かあったら嫌なので目撃者として傍にいましょう。
「お隣に座っていいですか?」
「どうぞ」
「パーティは始まっていますが会場に行かなくてもいいんですか?」
「うん。本当はお家にいたかったんだけど、お父様の命令で来たの。会場には怖い人がいっぱいいるし、同じくらいの子もいない。怖くて」
私は心が16歳なので平気ですけど、幼い彼女には脅威ですわよね。
子供相手に容赦ないですわ。
私はともかく、こんな幼い少女を怖がらせるなんてありえませんわ。
「怖いですよね。あなたも何か言われました?」
「ドレスが使用人みたいで滑稽ねとか、貴方にはまだ早いですわとか」
ドレスの裾を握って下を向いている少女は綺麗な黒髪と赤い瞳に整った顔立ち。将来絶対に美人になりますわ。伯母様の話していた令嬢の潰し合いに巻き込まれたんでしょう。
「ひどい。貴方は可愛いから嫉妬ですね」
「ドレス、おかしくない?」
彼女のドレスはよく見ると凄いですわ。
私のドレスよりも価値が高そうですわ。このドレスを使用人みたいなんて見る目の無さに同情しますわ。薄い紫の上等な生地に繊細な草花と鳥の刺繍。鳥は自由の象徴で草は成長への祈り。花々は幸せの花言葉を持つものばかり。慣れないパーティに足を運ぶ彼女への心の籠ったドレスですわ。
「上品で素敵ですわ。刺繍も繊細で、可愛いく羨ましいです。このような素晴らしいドレスは初めて見ましたわ」
「これね、叔母様がくださったの。叔母様は刺繍が得意で、このドレスもお誕生日に贈ってくれたの!!でも私のドレスを可笑しいって言うから、自信がなくて・・・」
「センスのない下品な人の言葉を信じては駄目です。貴方が好きだと思うなら自信を持って、笑い飛ばせばいいのですよ」
「笑い飛ばすのは、難しい」
「貴方の叔母様はあなたに酷いことをする人ですか?」
「そんなことない。中々会えないけど、お手紙と贈り物をくれる優しい人」
「尚更、叔母様が贈ってくれたドレスが素敵でないなんてありえませんわ。叔母様が貴方に似合うように作ってくれたドレスだもの。それにこのドレスはすごく手がかかってますわ。生地も最高級だし、刺繍も繊細。オーダーメイドの一点ものよ。ここまでの針子はそうそういませんわ」
「本当?ありがとう。ドレスを褒めてくれて嬉しい。貴方と叔母様を信じて堂々とする。私もこのドレス、素敵だと思うから。」
顔を上げて笑った顔が可愛いです。子供らしい話し方に、厳しい教育をされてる様子もないから家格は高くないはず。
でも最高級のオーダーメイドのドレスが贈られる財力のある家って・・・。繊細な刺繍・・。
「その意気ですわ。ところで、あなたの叔母様ってどなたですか?」
「サラ様」
「サラ様ですの!?あなた、お名前は?」
「セリア・シオン」
ビンゴですわ。奇跡ですわ。パドマ様に感謝しますわ。
「セリア様、お友達になってください!!私はレティシア・ルーンですわ」
「レティシア様、私でいいの?」
「貴方がいいのです!!お願いします」
「私と一緒にいるとレティシア様も笑われちゃうかもしれないよ」
「大丈夫ですよ。セリア様と一緒に笑い返してさしあげますわ。私は中々強いですのよ。ね?お友達になりましょう?」
「セリアでいいよ」
「私のこともレティで構いません。今度お家に遊びにいってもいいかしら」
「うち、貧乏だよ。お父様はすぐに研究に使っちゃうから」
「問題ありません。むしろお手伝いしますよ。教えてくだされば」
「レティはお手伝いしないの?」
「いつもお断りされますわ。公爵令嬢のすることでは、ありませんって」
「公爵?ごめんなさい。私、」
余計なことを言いましたわ。笑顔だったセリアの顔が曇りました。
「セリア、私達は友達ですわ。公爵や伯爵など爵位は関係ありません。せっかく仲良くなれたのに、距離を置かれたら悲しいですわ」
悲しい顔を作ります。
「レティ、泣かないで!!」
「友達?」
「うん」
「ありがとう」
笑ってるセリアが可愛い。強引に友達になった感じはありますが。
セリアと出会えたのはパドマ様のお蔭ですね。
先程のルーン公爵家への侮辱は許してあげますわ。
子供のしたことですもの。次は許しませんけど。
「そろそろお邪魔をしてもいいかな?」
聞き覚えのある声に背中に冷たい汗が流れますわ。幻聴であってほしいのに目の前にいるのは正装姿のクロード殿下。パーティの途中なのにどうしてここにいるんですか?
パーティを中座するには早すぎる時間ですわ。動揺している場合ではありません。
「セリア、第一王子殿下です」
セリアの耳に囁き、椅子から立ち上がり礼をします。
「楽にして」
「お初にお目にかかります。レティシア・ルーンと申します。お逢いできて光栄です」
「初めまして。セリア・シオンと申します」
「クロード・フラン。よろしくね」
穏やかな笑みを浮かべうクロード殿下を見て眩暈がしました。このまま立ち去るわけにはいきませんか?
休憩室から出れば、行先は会場。アリア様と対面。
どちらにしても最悪ですわ。
「私がここにいること驚くよね。母上主催のパーティで小さいお姫様達に嫌な思いをさせたと小耳に挟んでお詫びにきたんだ」
小耳?貴方はしっかり見てましたよね。
私と同じくきっとセリアの件も見てたんですよね?
私はともかくセリアのことも黙って観察していたのはどうかと思いますわ。
でも殿下が庇って目をつけられるほうが大変だから仕方ないんでしょうか・・。殿下ならうまく令嬢達を誘って治めますから同情はいりませんわ。
「お気遣いありがとうございます。私達は殿下のお心を傾けていただけただけで十分ですので、どうか会場にお戻りくださいませ」
「私がここにいたらまずい理由でも」
「このような場を見られたらお姉様方の嫉妬が恐ろしく」
「会場には母上がいるから、令嬢達は戻ってこないよ」
「殿下をお慕いするお姉様方との時間を大切にしてくださいませ」
「つれないね。今日のお詫びにサラ様に会わせてあげようと思ってるのに。君の友達、喜ぶんじゃないかな」
「レティ、叔母様に会えなくても大丈夫だよ」
健気でかわいいセリア。
殿下と過ごすのは嫌ですが、仕方ありませんわ。
私の出方を窺ってますわ。やっぱり腹黒ですわ。
「ルーン令嬢、どうかな?シオン令嬢と二人では行けないから、君に一緒に来てほしいのだけど。」
言ってる意味はわかりますわ。
殿下がセリアを選んだと思われますものね。
セリアの為です。腹をくくりましょう。
「お心遣いありがとうございます。ご一緒させていただきますわ」
王族の誘いを断るのは不敬ですし、受けるしか選択肢はありませんわ。
令嬢モードの笑みを浮かべると微笑み返されました。
わかっていても案内されるしか選択肢がないのが悔しいですわ。
殿下は今世も性格悪いんですね。絶対に婚約は回避しますわ。
殿下に案内される道を歩きながら戸惑います。
サラ様、パーティには参加しなかったのですね。殿下、やはりここ離宮ですわ。
離宮に足を踏み入れるのが許されるのは限られた者だけ。専属侍女と影と王族だけではありませんの?。
私達を連れてきていいのですか・・・。
美しい黒髪を持つサラ様は、草を見ていますが。
「サラ様、失礼してもよろしいですか?」
「殿下?どうしてここに」
殿下を見て慌てて立ち上がられました。驚いてますね。当然ですわ。
ただ生前の私の知ってるサラ様は冷たい感じでしたが今世は雰囲気が柔らかい気がしますわ。
クロード殿下と親しそうに話す姿は初めて見ましたわ。サラ様の姿は記憶にあるものと同じ。両親もマール公爵夫妻も若く見えましたがサラ様は変わらないんですわね。
「小さいお客様をお連れしました。挨拶できる?」
ぼんやりしている場合ではありませんでしたわ。
「お初にお目にかかります。レティシア・ルーンと申します」
「お久しぶりです。セリア・シオンです」
「はじめまして。サラです。セリア、大きくなったわね。ドレスも似合っているわ。ルーン令嬢はどうして?」
「セリア嬢の付添いですよ」
「貴方達パーティは?」
「休憩中です。二人の邪魔をしたくないので、あちらをお借りしてもいいですか?」
「どうぞ。自由に使って」
「ルーン令嬢こちらへ」
私は行きたくないです。空気になりますから、ここにいては駄目でしょうか。
「ルーン令嬢?」
にっこりと笑い私の手を一見自然な動作で強引に掴んでエスコートする殿下に言葉がでません。無理矢理でも優雅に見えるのは不思議ですわ。幼い頃から優秀でしたのね。記憶にある幼い殿下よりも小さいですが。エスコートされるままに椅子に座り、殿下が正面に座りました。
「シオン令嬢にはお詫びができたけど、君は何がいい?」
「お気持ちだけで十分です」
「例えば?」
「セリアの喜ぶ姿だけで十分です」
「寂しいな。レティシアと呼んでも?」
「ご命令ですか?」
「命令じゃないよ」
「でしたら皆様の誤解を招くので、おやめください」
「別に誤解じゃないけど。ルーン嬢、綺麗で興味深いからね」
先ほどから会話が成り立ちません。興味深いってどういう意味ですか?気にするのはやめましょう。
殿下の空気にのまれたらいけません。
「恐れながらご自分の立場をご理解ください。もしお詫びをしてくださるなら、距離を置いていただくことを望みますわ。私もセリアも殿下のお相手ができるほどの教養はありません」
「君の年齢でそれなら、十分だよ。いつか名前で呼ばせてよ」
絶対嫌ですと言えば不敬罪。
「私に自信がつくまでご容赦ください」
「君の自信がつくのを気長に待つよ」
「ありがとうございます。」
そんな日は一生来ませんけどね。私から情報をとるために探りをいれる殿下の話をかわし、延々と続く会話に心が折れそうになる頃にサラ様が声を掛けてくださりようやく解放されましたわ。
今世のサラ様は女神かもしれませんわ。
王家主催のパーティは幕を閉じましたわ。
無礼講なので、私の行動も問題にはなりませんでした。
殿下との遭遇は不幸な事故ですわ。迎えに来てくださった伯母様を見た瞬間に安堵で力が抜けましたわ。
セリアと友達になれたのは、良かったです。女の子の友達はこの人生では初めてなので嬉しいです。
社交デビューまでは殿下と顔を合わせることもありませんわね。
絶対に婚約回避してみせますわ。
すみません。前編で登場したアナベラ様の姓を間違いました。
アナベラ・ビアード嬢ではなく、アナベラ・パドマ令嬢に変更してあります。