第八十七話 それでも心をたぎらせる
上野動物園、東園。ビルダーレッドは笑う。この乱戦にすべてを賭ける覚悟を決めた。動物園内にまん延してしまった『アルファ』、そのウィルスによって変異してしまった怪物たち。それをここで止めなければならない。
策があるわけではない。ただ覚悟を決めただけ。その覚悟も、彼に力を与える訳ではない。少なくとも今は。
強化スーツに収納されていたプラスチック製のカードを取り出す。『レッド・ゾーン・グローブ』と刻印された真っ赤なカード。
「使わせてもらうよ。ゴトウダさん」
そのカードを手のひらに差し込む。そこに挿入スロットがあるわけではない。ただゴトウダのカードは、強化スーツで覆われているビルダーレッドの手のひらへと吸い込まれていく。
そしてカードが突き抜けたように、レッドの手の甲が光を放つ。粒子状の光がカードを差し込まれた手を包み、その光は広がりもう片方の手も包む。
深紅の光が両手を包み、その光が集約され物質化されていく。強化スーツの上に、ゴトウダの武器が形作られていく。
深紅の光はレッドの両手に新しい力を宿らせようとしていた。
アーマード・ゴリラが咆哮を上げる。両手から深紅の光を放つレッドを脅威と見なし、襲いかかる。
そのゴリラの顔面を思いっきり殴りつけるレッド。衝撃で手のひらを包んでいた粒子が拡散していく。
それを見て、レッドは息を呑む。強化スーツに比べて、ずっと遅い展開速度に眉をひそめる。
レッドが使用している強化スーツは二秒で装着を完了させる。だが、ゴトウダの武器は拳二つを包むだけにもかかわらず、一分以上も時間がかかる。
『ローラさんのハリセンは強力な武器だったが、これはそうでもないな……』
数日前。試しに装着した時の事を思い出す。何でもない金属製のグローブ。どんな金属が使われているのかは知れないが、軽い割に丈夫な素材のようだった。
オープンフィンガーグローブと呼ばれる格闘技用の物に近いデザインの金属製グローブ。
試しにジムでサンドバッグを殴った。確かに軽く使いやすい。だが、それだけの武器。
『なにもないよりはマシか……。そうだ、わずかでもいい。今はそのわずかな力にもすがりたい』
ゴリラが再び襲いかかる。それをチャンスと見たメジャーレッドも襲いかかる。
「なにを企んでんだ、動物園。これ以上、お前らの好きにはさせない!」
左右で見当違いの方向を見つめるメジャーレッドの目が、一回り大きくなった。ビキッという音が響き、自身の頭蓋骨を砕きながら眼球が肥大化する。
「完全に化け物じゃない……」
ビルダーピンクは恐怖に震えていた。メジャーレッドではなく、その変異を起こしたウィルスに対して。そしてそのウィルスが自分の身体にも這い寄っている事実に。
メジャーレッドの攻撃を、レッドは拳で受け止める。そしてまた拳を覆う粒子が拡散していく。ゴリラを再び殴りつける。いつまで経っても、グローブの装着が終わらない。
『くそっ! どうしてただのグローブがこんなに遅い!?』
『四次元ポケット的ななにか』から物質を取り出す時も、強化スーツを装着する時も、本来なら数秒で事は足りる。変身速度を売りにしているモデルなら、変身は一秒もかからない。
それに比べると、ゴトウダの武器はあまりにも装着に時間がかかりすぎていた。
「ああ……。私もバカだなあ……。すぐに逃げれば、もしかしたら助かるかも知れないのに……」
ピンクのぼやきが聞こえた。一瞬だけレッドは戸惑ってしまう。自分の覚悟はできている、だがピンクまで巻き込むつもりはなかった。
『お前は逃げろ』、その言葉が喉まで出かかった。だが、その言葉が口から吐き出される前に、ピンクがレッドの腕を掴む。そのまま腕をひねり上げ、ピンクは加速しながらレッドを投げ飛ばす。
レッドは動揺しながらも空中で体勢を立て直す。そして着地しながらピンクの背中を見つめた。
ピンクはレッドに向き直る事もなく、背中を向けたまま言った。
「その武器……、なんだか知らないけどまだ時間かかりそうですね。それなら私が時間を稼ぎます」
レッドはピンクの名を叫んだ。その声にピンクは背を向けたまま、顔を横に向ける。そして目線だけレッドに向けてピンクが笑う。
「私だけ逃げたら、イエローに笑われますから。アイツに笑われるのだけは、死んでも許せないもんで」
そしてピンクは閃光のように加速する。レッドはその後を追おうと考えた。ピンクの覚悟は分かった。だがこの状況の中で、頼りにならない武器のために仲間を犠牲にする事はできない。
「そこっ! 動かないっ!」
一歩足を踏み出したレッドに浴びせられた一喝。ピンクはレッドを怒鳴りつけた後、殴りかかってきたゴリラの腕を極め、再びへし折った。だが、その隙にメジャーレッドが襲いかかる。細長い腕からは想像もできない腕力でピンクの首を掴む。
「ピンクか……。そう言えばウチのピンクはもう戦えないんだ。こないだも会ったけど、手首ばっか切ってるよ」
「……なにそれ……、もしかしてメジャーマンってブラック企業なの?」
死の恐怖に襲われながらもピンクは軽口を叩いてみる。そうする事で自分を奮い立たせる。
あとわずかに力を込めるだけで、メジャーレッドはピンクの首をへし折る事ができた。だが、肉塊にしか見えない顔から突き出した巨大な眼球の視線は宙を彷徨う。
「僕たちには役割がある。それを演じきれなければ、すべてを奪われる……」
ピンクが眉をひそめる。だが、その隙に自分の首を締めつけるメジャーレッドの指を掴み、その親指を折る。それでもメジャーレッドの視線は定まらない。そして反応もない。
「だから僕は演じるんだ……。永遠に、僕が主役であるために……。ヒーローなんて要らないんだ、優れたアクターがいればそれでいい」
巨大な眼球の片方がピンクを睨みつける。
「なあ、ピンク。メジャーマンに入らないか。どうせ強化スーツを着たら中身なんて分からないよ」
まるで勧誘するような口ぶりだが、その言葉と同時にピンクの首を締め上げている手に力がこもる。親指をへし折っていなければ、そこでピンクは死んでいただろう。
その親指が小刻みにけいれんを始めた。少しずつ親指が力を取り戻していく。
「だから、それ反則だからっ!」
加速してメジャーレッドの手から逃れたピンク。追いすがる怪人の手を掴み、ひねり上げる。手首を折り、肘を砕く。
メジャーレッドに集中していたピンクにゴリラが襲いかかる。だが、それよりも少し早くレッドは武器を装着した。
レッドは拳を握る。一度は試しているはずの『レッド・ゾーン・グローブ』。だがその装着感がまるで違う。
見た目はただの金属製オープンフィンガーグローブ。実際にサンドバッグすら叩いてみた。それは明らかにただのグローブだった。
しかし今、そのただのグローブでしかないはずの『レッド・ゾーン・グローブ』が激しく振動している。
以前装着した時にはなかった挙動。その正体を、レッドは本能で理解した。
「参ったな……。考えてみれば、あのローラさんの仲間だ。まともなヤツのはずがない」
激しく震える深紅のグローブを見つめながら、レッドはつぶやいた。
***
ゴトウダ・ツネヨシという男。才能と幸運に恵まれた武器職人。武器を製作するためには高い技術と幅広い知識が必要になる。
例えば一振りの剣を作り上げるとする。そこには多様な専門知識と経験が必要になる。刃を鍛え上げる技術と、それを握る柄を作る技術はまったく別のモノだが、どちらが欠けてもまともな武器にはならない。
多くの場合、一振りの剣を一人の職人が作り上げたりはしない。専門知識や技能を持つ職人や専門家が集まって、ようやく実戦に耐えうる剣は作られる。
そしてその知識や経験は、職人にとって門外不出の叡智であり、簡単には学ばせてもらえない。
だが、ゴトウダは違う。そのオカマは異常なほどの才能と、超常現象クラスの幸運を従えて生まれ落ちた。
ゴトウダはあらゆる技術を容易く身につける。そしてあらゆる秘匿された叡智がなぜか集まってくる。
『近所に住んでるオッサンが、有名な刀鍛冶だった』
『行きつけのバーで、軍事機密を扱う政府高官と知り合った』
『道を歩いていたら、宇宙人の死体を見つけた』
『トラックにひかれたと思ったら、異世界にいた』
どこまで本当か分からないが、ゴトウダは真顔でそんな事を話す。それが冗談とは思えないほど、彼は常識外れの叡智を持っていた。
ゴトウダに関して一つの噂がある。
『あのオカマは宇宙人の技術や魔法にまで精通している』
その噂を聞いたヨシダさんすら、それを話半分に聞いていた。だが短い間の付き合いで、彼女もその噂が真実だと理解した。
チート集団ゴリレンジャーのドラ○もん。ゴトウダ・ツネヨシという男は、反則レベルの武器職人だった。
その彼がレッドのために製作した武器。格好つけて『レッド・ゾーン・グローブ』と名付けられたが、その名前と特性にはなんの関係もない。
その武器は物理法則すらガン無視するチート武器。その特性は単純明快ながら、ゴトウダ以外の職人には再現不可能だった。
『レッド・ゾーン・グローブ』に備わっている特性は一つ。
心を力に変える。
戦う意思が、グローブを通じて力に変換される。戦う意思のない平時に装着しても、その真価は発揮されない。
***
レッドの両手が激しく振動している。本能的にレッドは自分の身に起きている事を理解していた。意志がグローブへと流れ込んでいく、その意志にグローブが応えてくれる。そして彼に更なる力を与える。
心が力に変わっていく。ウィルスに対する『怒り』も、追い詰められた『絶望』でさえ力に変わっていく。
立ち向かう『勇気』が肉体を振るわせる、『苦悩』が流れる血潮を沸騰させる。
レッドの中に渦巻いていた様々な心の動きが、すべて彼の力に変わっていく。
レッドは弾けるように駆けだした。深紅の閃光が、ピンクを襲うゴリラを貫く。レッドの渾身の力を込めた拳が、ゴリラの腹部に突き刺さる。
レッドの心が爆発する。行き場がなかった感情の奔流が、彼に力を与える。無力だったはずの心が、彼に最強の武器を与える。
拳が深紅の光を放つ。アーマード・ゴリラは、その身を爆破されたように弾け飛ぶ。全身の硬質化した皮膚がすべて砕け散る。かつて自らと閉じ込めていた檻まで吹き飛ばされる。
「おい……、ビルダーレッド……。なんだよ、それ……」
メジャーレッドがつぶやく。その肉塊のような顔からは、もう感情を読む事もできない。
「さっすが、ゴトウダさん。訳分かんないけど、凄い武器ですね、それ」
ピンクが安堵の表情を浮かべる。そしてメジャーレッドに絞められていた首をさすりながら距離をとる。
赤く光る拳を見つめながら、レッドは言った。
「そうだな。確かに凄い武器だ。後で礼を言わないとな」
「じゃあ、さっさと片付けましょうか」
ピンクは笑う。だが、状況はまるで変わっていない。奇跡が起こるのはこれからだった。
「なんだよ、それ……。えぇ、ビルダーレッド……。おかしいだろ、こんなタイミングで新しい武器を出してくるなんて……。それじゃあ、まるでお前が主役みたいじゃないか! 僕だ! 主役は僕だ!」
既に元が人間だった事すら疑いたくなる異形が叫ぶ。眼球は顔から突き出して半分以上がむき出しになっている。その眼球も、見当違いの方向を見つめている。
レッドは拳を握る。より強く、万感の思いを拳にこめる。
ゴトウダ・ツネヨシは知らなかった。ビルダーレッドが常に熱望していた事を。彼は精神が肉体を凌駕する日を夢見ていた。
魂の存在を信じる男は、その魂を燃やすほどの戦いを待ち望んでいた。そしてその日がやってきた。
ビルダーレッドが叫ぶ。言葉にならない咆哮を上げる。彼の魂が力に変換され、その力が大地を振るわせる。
肉体の限界は容易く超えた。心が彼に力を与えた。魂を燃やすほどに心をたぎらせる。ゴトウダの武器が耐えられないほどに。
レッドは叫ぶ、力の限り。それだけで強くなっていく。グローブの振動が激しくなる。荒ぶるように拳を振るわせる。
レッドの心に、グローブが応える。そしてグローブから得た力が、更にレッドをたかぶらせる。
拳を包む光が大きくなっていく、そして炎のように荒れ狂う。深紅のヒーローは、激情の炎に包まれた。それでも、まだ止まらない。
そして『レッド・ゾーン・グローブ』は限界を超えた。
それはゴトウダすら想定していなかった現象。炎のような光が密度を高め、雷光のように弾ける。耐えられなかったグローブが崩れていく。しかし金属製のオープンフィンガーグローブは、自ら放つ光によって修復されていく。
『レッド・ゾーン・グローブ』はレッドの魂に触れて限界を超え、そして更なる進化を遂げた。
周囲を照らす光が、深紅から黄金へと変わっていく。黄金の光が、その男を包む。彼は自分の身に起きている事を理解していた。黄金の炎が、密度を高め電光のように集約されていく。そして電光は動物園内を駆け巡る。
電光はその男の体内でも暴れ回る。そして敵であるメジャーレッドの身体を貫き、味方であるピンクすら電光をその身に受ける。
「ちょっ、ちょっとレッドさん。これ、止められ……え!? レッドさ……」
そこで仁王立ちしている男は、全身を黄金のように輝かせていた。もう男はビルダーレッドとは呼べなかった。ピンクがおずおずと尋ねる。
「ゴールドさん?」
男は苦笑いを浮かべながら応えた。
「そうだな。それでいい」
クモのような姿の怪人は、肉塊にしか見えない顔を紅潮させて叫ぶ。
「なんだ、そりゃあっ!? ふざけんなっ! 覚醒したとか言うつもりじゃないだろうなっ! そんなの認めない。そんな主役みたいな真似、僕が許さない!」
口から唾液を撒き散らしながら、メジャーレッドが叫ぶ。
「そのふざけた真似を、今すぐやめろぉおおおおっ!」
ビルダーゴールドも叫ぶ。笑みを浮かべ、荒ぶる魂を吐き出す。
「止め方なんぞ知らんっ! 気に入らなけりゃ、止めて見ろっ!」




