第八十八話 みんなで叫ぼう、ビルダーゴールド!
上野動物園に雷光が駆け巡る。そこでなにが起きているのかを理解している者は誰一人いない。
その雷光の中心であるビルダーゴールドさえ理解していない。彼の激情が激しい雷光となり、『アルファ』を焼き尽くしている事にまったく気付いていない。
黄金をまとう男は、その全身から雷光をほとばしらせて吠える。魂を燃やすように激しくたかぶる。
「たとえここで死んでも、俺は後悔しないっ! メジャーレッド! 俺はお前を止めるためにすべてを賭けてやろうっ!」
メジャーレッド、変異した怪物たち、そして『アルファ』。勝ち目の無い戦いに見えた。少なくともビルダーレッドだった時は、絶望すら感じていた。
だが、今は違う。既にゴールドは勝敗など気にしていない。自分が倒れた後の事も考えていない。ただ、自分の魂を燃やしきる事だけを考えている。
その覚悟が彼に力を与えている。
『アルファ』の存在を許せないゴールドの怒りが、全方位に電光を放つ。
「いや、マジでレッ……じゃなかった、ゴールドさん。これ止められないんですか!? 」
ゴールドの身体から放たれる黄金の電光を、ピンクはまともに食らう。だが痺れる事もなく痛みも無い。ピンクすら気付かない内に、彼女を蝕む『アルファ』を焼き尽くした。
動物園の至る所で電光が駆け巡る。そして最後には動物園の外まで駆け抜けた。
***
表門前でローラさんを見送ったミドリ君を、黄金の電光が貫く。倒れたガネーシャも貫く。衝撃も痛みも無いはずだが、電光に貫かれたガネーシャはゆっくりと目を開けた。
「……なに、今の……」
突然動物園から放たれた電光に、ミドリ君は本気でビビっていた。ゴトウダは動物園に視線を向ける。
「まさか、ここまでとはね……」
自分が作り上げた武器に振り回された者を、ゴトウダは数多く見てきた。たとえ最高の武器を与えても、それを使いこなせない者を数多く見てきた。
ゴトウダの顔がほころぶ。作り上げた武器が、最高の持ち主に出会えた事を心から喜んでいた。
***
ゴールドの身体から放たれる電光は、『アルファ』とそれに感染したモノを追尾する。電光が弾け、ウィルスを焼き尽くす。感染した怪物の身体を貫いて、体内のウィルスすら消し飛ばす。
ゴールドの怒りによって、動物園から『アルファ』の脅威が消し去られていく。
「ふざけんな……、ふざけるなぁあああっ!」
メジャーレッドにも、なにが起きているのかは分かっていない。だが、彼は自分の身体が重くなった感覚に動揺していた。それまで彼を高揚させていた、正体の分からない万能感が失われていた。
体内の『アルファ』が焼き尽くされ、彼は感染者ではなくなっていた。当然、それ以上の変異は起こらなくなった。
アーマード・ゴリラやメジャーレッドの再生能力は、治癒ではなく変異によるもの。
身体が修復されるのではなく、破壊された部位が変異していただけ。その能力も消え失せた。
自分の力が消し飛ばされた。それを本能的に悟ったメジャーレッドは、その場から逃走する事を選んだ。
細長い腕でゴールドに襲いかかる。あえて視界をふさぐように目を狙う。ゴールドはそれを受け止める。自身の身を守るためのガードが、自身の視界をふさぐ。
その瞬間、メジャーレッドは嗤いながら後ろを振り返った。ゴールドから逃げ出すために。
だが、その退路を黄金の閃光がふさぐ。嗤いを浮かべたままメジャーレッドは凍りつく。
「嘘だろ……」
荒ぶるゴールドが、拳を振りかざす。それがメジャーレッドの見た最後の光景。直後に視界は黄金で満たされて、彼の意識は途絶えてしまった。
黄金の閃光と化したゴールドの拳が、メジャーレッドの顔面を打ち砕く。ゴールドの拳が直撃した瞬間、まるで拳が爆発したような衝撃波を生んだ。
細長い手足を持つ怪人が吹っ飛んだ。空中で風車のように回転しながら吹っ飛んで、それから何度も地面に叩きつけられながら転がっていく。
メジャーレッドはそのまま動かなくなった。メジャーレッドの肉塊のような顔面は更に醜く歪んでいる。
かつてはもっとも人気のあるヒーローだった男は、すべてを『作り話』にしようと画策した。すべての戦いを、ただのお芝居にしようとした。
『ヤラセ』によって人気を得たヒーローは、自分が空っぽだった事を自覚していた。
彼がそれを恥じていたのかどうかは分からない。ただ彼は言っていた。
『ヒーローなんてモンは、どこにも存在しないんだ』
その彼も、最後は本物の怪人となった。そして本物のヒーローによって倒された。
メジャーレッドとの戦闘の間に、ゴールドの力が『アルファ』を焼き尽くしていた。
『アルファ』が根絶された事で、ゴールドの身体から雷光がほとばしる事はなくなった。それでも身体は黄金の光に包まれている。
「やっと終わった……のかな?」
雷光がおさまり、メジャーレッドも動かない。ピンクはそれを見て安堵のため息をついた。そんなピンクを見て、ゴールドは眉をひそめる。自分の身体を見回して、いまだ収まらない黄金の光を怪訝そうに見ている。
「これは、どうやって止めるんだ?」
安堵したピンクは笑う。ケラケラと笑いながら答える。
「ゴトウダさんに聞きましょう。まあ、そのままでもいいと思いますけど」
さすがに身体から光を放ったままでは、日常生活もままならない。だが、そんな事を気にしている自分に、ゴールドも笑いがこみ上げてきた。
***
上野動物園、旧正門前。ピンクがナマコ男とその部下を相手に交戦した場所で、ローラさんとヨシダさんが話し合っていた。
「ピンクさんが見つけた怪しい建物ってこれですね」
ヨシダさんはスマホから目を離さずに、石造りの建物を指差す。
「この建物は以前、駅の入り口だったそうですが、今は美術館の倉庫になっているそうです」
スマホから顔を上げると、ローラさんが腕組みしたまま倒れている怪人を見つめている。少し前、ピンクによって倒された怪人たちだった。
それからローラさんも顔を上げて、ヨシダさんを見つめる。いつも通りのローラさん。
「じゃあ、行こっか」
紺色の作業着を着たゴリラが、片手にハリセンを持っている。それはとてつもなく奇妙な光景。
その隣には、どう見ても一般人にしか見えない女性がいる。白のブラウスとベージュのロングスカート。肩から少し大きめのバッグをさげている。そのまま上野駅周辺を歩いても、まるで違和感のない女性。
その二人が戦隊ヒーローだと言われても、誰一人納得しないだろう。それくらい奇妙な二人。
ゴリラは石造りの建物の正面にあるドアを開けた。建物の内部は、確かに倉庫として使われているようだった。
板張りの床に、スチール製の棚。棚には中身の分からない段ボール箱がいくつも積まれている。積みきれない段ボールがいくつか床にも置かれていた。
「さてっと。どっかに隠し通路的なもんがあるんだろうな」
ローラさんは辺りを見回す。そして面倒くさくなって、ヨシダさんに少し離れるように指示を出す。何度か軽くハリセンを振る。そしてヨシダさんに目で合図してから、ハリセンを床に振り下ろした。
板張りの床を破壊して、階下への道を強引に切り開こうとした。板張りの床は軋み、崩れていく。そして一度崩れ始めれば、建物内の棚や段ボールの重さが更に崩壊を早める。
そして床が崩れていく。ローラさんが立っていた足下すら。崩壊した床と、それを支えていた床下の太い鉄パイプ。それが崩れていき、ローラさんも落ちていく。
床下は階下へと続く大きな階段だった。そこに建築用の足場を作るような太い鉄パイプで床を支える土台が作られていた。
ローラさんの一撃は、その床と床下の足場まで壊してしまう。当然、ローラさんは自分が破壊した瓦礫と共に階段を転がり落ちる羽目になった。
建物同様に石造りになっている階段を転げ落ちる。更に上からスチール製の棚が落ちてきて、ローラさんの後頭部に直撃した。
そのスチール製の棚が直撃した部分をさすりながら、ローラさんは辺りを見回す。
「あれ!? ヨシダさん、大丈夫?」
階段の上からヨシダさんの声。
「ローラさんこそ、大丈夫ですか? なんか今、頭に棚が直撃しましたけど……」
ローラさんよりも後ろに下がっていたヨシダさんは、階段から転げ落ちずにすんでいた。足下を見ながら慎重に瓦礫が散らばる階段を降りるヨシダさん。
「ん? こんなのどうって事ないけどさ。でも、当たりだね。ここで正解っぽいよ」
ローラさんは崩れた床の瓦礫に潰されている怪人を指差す。ローラさんを待ち伏せしていたのか、崩れ落ちた瓦礫の下で呻き声を上げている。
慎重に階段を降りてきたヨシダさんが、その怪人を調べる。目を細めながら、遠い記憶を探る。
「……多分ですけど、以前ゴリゴリカレーを襲撃しにきた怪人ですね」
「あ、マジで!? じゃあ、手加減抜きで行くか……」
ローラさんは『スタン・ハリセン』の柄部分のスイッチを操作する。とりあえず景気づけに雷神モードの一撃。ただでさえ強力なローラさんの腕力に電撃が付加された一撃が、呻き声を上げる怪人を襲う。
巨大な風船が割れるような音と青白い光。ひっぱたいた後、ローラさんは『スタン・ハリセン』を見つめながら一言。
「結構えげつねえな、これ……」
足下では電撃を受けた怪人が、激しいけいれんを起こしている。
「ああ、泡吹いてますね。顔面も少し歪んでますよ」
「ところでコイツ、なんて怪人?」
「確か……イソギンチャク男だったと思います」
頭の悪そうな男の頭部をそのままイソギンチャクとつなげたような怪人。その可哀想な造形に、ローラさんは少し悲しそうな目を向ける。
「俺……、ゴリラで良かった……」
別に良くはない。ただ、確かにナマコやイソギンチャクに比べたら、少しはマシだった。
そんなバカな話をしている間、ヨシダさんは周囲を見回していた。
辺りはごく普通の地下鉄の入り口といった感じ。だが、長期間使われていないせいもあって、酷く寂れている。崩れかけ、色もくすんでいるコンクリートの壁。
使われていない廃駅のはずなのに、なぜか電気が通っているのか、照明が内部を照らしている。
「先に進みましょう」
二人は階段の踊り場にいた。そこから更に階段を降りる。降りた先には木でできた改札口の跡が見えた。その手前にはパーティションで区切られた小部屋があり、平仮名で『きっぷうりば』の文字。
「ずいぶん使われていないみたいですけど、電気もついてますし、意外と綺麗ですね」
駅構内はさすがに酷く古い。壁や床は薄汚れて時代を感じさせる。だが、無人とは思えない。明らかに人の手が行き届いている。廃墟特有のゴミが散乱した様子もなく、照明も使えるようにメンテナンスはしてあるようだ。
トンネル内を通る風の音が、駅構内に響き渡る。二人は改札口に向かって歩く。
「なんだか変な気分ですね。こうしてヒーローとして活躍する事になるなんて」
ヨシダさんの言葉に、ローラさんは思わず苦笑いしてしまう。ほんの少し前まで、二人は悪の秘密結社を営んでいた。
数人の戦闘員と共にささやかな悪事を働いていたが、お金がなくなって結社も潰れてしまった。
それが今では戦隊ヒーローをやっている。それでなにかが変わったかと言えば、二人はなにも変わらない。
「まあ、ヒーローも怪人も紙一重ってヤツなんだよ」
「そうですね。ヒーローになってからも、結構ローラさん悪い事してますしね」
二人は笑いながら改札口を通過する。その先は上り線のホーム。こうこうと照らされたホームでローラさんは仁王立ち。
その横でヨシダさんが深々と頭を下げる。
「お久しぶりです、クジョウさん」
そこにはスーツ姿に不釣り合いな首輪をつけたクジョウが立っている。その周囲には『ホワイト』の怪人たち。そしてマダム・クリマ―もそこにいた。
「久しぶりだね、お嬢ちゃん。アタシはこないだの礼がしたいんだけど」
マダムの言葉にヨシダさんは笑顔で応じる。
「お気遣いなく」
こめかみに青筋立てるマダムを、クジョウは無言で制した。そして一歩前に出て、ローラさんに語りかけた。
「なあ、『ローラさん』って呼んでいいか?」
ローラさんは口角を上げて答える。
「いいよ。でも、やるんだろ?」
「やるよ。怪人だからね。相手、してくれるんだろ?」
「ああ、ヒーローだからな」
相変わらず陰気な顔のクジョウも、ローラさんと同じように小さく口角を上げる。そしてブレスレットをつけた右手を掲げ、クジョウは変身した。
小さな呻き声をあげながら、クジョウはオランウータン男へと変わっていく。体毛が急速に伸びていき、身体は二回りも大きくなった。
奇声を発しながら、身体を軋ませる。頬が膨れあがり、そして垂れ下がる。身体全体の変化は収まったようだが、腕だけがまだ軋む音を響かせる。ブラリと下げた腕が、少しずつ伸びていく。そしてコンクリートの床まで届いて、ようやく軋む音は聞こえなくなった。
その長い腕で、首輪を掴む。改造人間としての変身から、更に強化スーツをまとう二段変身。だが、それを見守るローラさんは、どこか悲しげな目を向ける。
『やめておけ』
そう言ってやりたかった。だけど、言葉では止められない。それも分かっていた。




