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ローラさんは今日もゴリラです  作者: 吠神やじり
終章 ローラさんは今日もゴリラです
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第八十二話 ゴリラとヘタレの思い出話

 上野動物園表門前。体長七メートルの化け物同士の戦い。ミドリ君とガネーシャは、周囲のヒーローたちを唖然とさせるほどに常軌を逸した戦闘を続けている。


「でも、本当につまんねえな、これ……」


 ローラさんがぼやく。ミドリ君から見ていて欲しいと請われた以上、最後まで見届けるつもりでいた。だが、それでも三分後にはミドリ君の戦闘に飽きていた。

 その戦闘が始まった時はミドリ君とガネーシャも絶えず動き回り、大きな地響きを起こしながら周囲の木々をなぎ倒すような迫力のある戦闘を続けていた。

 だが、現在はミドリ君もガネーシャもすっかり疲れ切っていた。お互いに足を止めた殴り合い。確かに超重量級のガネーシャは、疲れ切っていてもその攻撃は重い。

 鼻パンチを浴びせた後、そのまま鼻でミドリ君の頭部を掴み、短い前足で殴りつける。その衝撃は常人なら軽く即死するレベルの破壊力を持っている。

 しかしその攻撃も、バカバカしいほどの打たれ強さを持つミドリ君には通じない。それならミドリ君が優勢かと言えば、そうもいかない。とにかくミドリ君は攻撃というものを知らなかった。


「アイツ、今までどうやってヒーロー続けてたんすか?」


 ハセガワの疑問にローラさんとヨシダさんは、揃って苦笑いを浮かべる。

 ミドリ君は十年以上ヒーローを続けていたが、実際にはアルバイトで生計を立てている。要するにヒーローを名乗っているフリーター、それがミドリ君の実情だった。


     ***


 ローラさんはミドリ君がかつて所属していた薬物戦隊アヘンジャーを、妙に気に入っていた。初対面からヘタレ全開のミドリ君や、どうしようもない雑魚だった他のメンバーに対して、なぜかクソ丁寧に『ヒーローとはかくあるべき』という指導をしていた。

 一度だけ、ヨシダさんはローラさんに尋ねた事がある。どうしてあんなへっぽこ戦隊を助けようとするのかと。


『俺たちだってへっぽこ秘密結社じゃん。ちょうどいいよ。俺たちの敵は、あの程度で』


 別に深い理由があった訳じゃない。初対面のミドリ君になにか可能性を見たなんて話でもない。そもそも初対面の時は、まだミドリ君もただのヘタレだった。ちょっと強めの筋肉増強剤を使用している程度の一般人だった。

 ローラさんは以前、色々な悪の秘密結社を転々としていた。その間には本人にとって思い出したくもない出来事もあった。

 その後、ローラさんは独立してゴリゴリ団を結成した。ささやかな悪の秘密結社を。その最初の敵が彼らだった。ささやかな悪をやっていく、へっぽこ秘密結社の敵。

 これまで所属してきた秘密結社なら、すぐにでも『ぶちのめせ』と指令が出る。だが、ゴリゴリ団ではローラさんがその指令を出す立場。

 あまりにも頼りないヒーローたちを見て、ローラさんは思った。


『こんなヤツらぶっ飛ばしてもつまんねえな。もうちょい頑張ってもらわないと』


 倒す必要のない敵は放っておく。それでも向かってくるのなら、容赦はしない。ローラさんはそう思っていた。だが、彼らはどうしようもないくせに、無駄に真面目だった。


『先日はウチのアヘンレッドがご迷惑をおかけして……』


 ゴリゴリ団とアヘンジャーが再び相まみえた時、ミドリ君の第一声は『お礼』だった。初対面の時、アヘンレッドのために救急車を呼んだり、それが到着するまで見ていてくれた恩人に、ミドリ君はとりあえずお礼を言った。

 その時点で、ローラさんはアヘンジャーを潰す気がなくなってしまった。


『あの子たち、いい子だよ。ちょっとポンコツだけど』


 こうしてゴリゴリ団とアヘンジャーの奇妙な関係が始まった。気が付けばアヘンジャーはローラさんを『兄貴』と慕っていた。

 だが、その『弟分』たちも薬物の不法所持で逮捕され、薬物戦隊アヘンジャーは消滅した。


     ***


「今にして思えばさ。アイツらとの出会いがあったから、俺はヒーローやる気になったと思うんだ」


 ミドリ君とガネーシャの戦闘は続く。そしてその戦闘をほぼガン無視の状態で、ローラさんは語り始めた。


「いや、偉そうに言ってたんだ。ヒーローとはなにかだの、戦隊とはどうあるべきか、なんて事をさ」


「その当時は悪の怪人だったはずっすよね」


「そうそう。悪の怪人のくせにさ、アイツらに説教したんだよ。『オマエら、ヒーローってモンが分かってない!』ってさ」


「懐かしいですね。あの時、ミドリ君がポカーンって口開けて……」


「俺が『口閉じろ!』ってビンタしてな。そのあと、延々と説教だよ。でもさ、俺もいい気になってヒーローってモンを語ってたらさ、なんかヒーローも悪くねえなって思い始めちゃってさ」


「すいません。意味分かんねえっす。ってか、アレっすか? もしかして『あのセリフ』、あのヘタレにも言ってるんすか? 自分、あのセリフ結構胸に来たんすけど。なんか使い回しだと思うと、ちょっとヘコむっす」


「ハセガワ君、なんですか『あのセリフ』って?」


「バカッ! お前、そんな事言うなよ。ああ、ヨシダさん。別になんでもないから、気にしないで」


 背後でミドリ君がダウンしているが、全員がチラ見した程度で誰も気にしない。


「いや、自分が落ち込んでた時にね、このゴリラが言ったんすよ。『ヒーローなら笑ってろ』って。自分、本気で気が滅入ってた時なんで、このゴリラがスゲえ頼りがいのあるゴリラに見えたんすよね。あの時は……」


「へえ。ハセガワ君にそんな事言ったんですか」


「話の前後が分からないけど、意味も無く笑ってたらヒーローって言うか、ただのサイコ野郎よね」


「まあ、ゴトウダの言ってる事も分かるっすよ。確かに笑ってどうすんだって話っすからね。マジでなんであんなたわ言を真に受けちゃったんだか……」


「もういいじゃねえかよ、その話は」


 ローラさんが頭を掻きながら話を変えようとするが、ヨシダさんがそれを許さない。


「それって私が入院してた時の話ですか? ちょっと詳しく聞きたいですね」


 ピンクがドンヨリした目でツッコむ。


「あの……、どうでもいいけど、オッサン倒れてますよ。もう無駄話やめませんか……」


 話をそらしたいローラさんは、ピンクの話に全力で乗っかった。


「あっ! 大変だっ! ミドリ君がやられてる! じゃあ、話はここで終わりね。ほら、みんな行くよ」


 そんなローラさんの小芝居も虚しく、ミドリ君が起き上がろうともがく。倒れた姿勢から、手をついて身体を持ち上げようと奮闘する。その最中に、腕立て伏せのような体勢のまま、ローラさんに顔を向けてミドリ君が言った。


「その話、僕も昔言われた事ありますよ……」


「お前、黙っとけ!」


 倒れているミドリ君に向かって走り出し、そのまま全力のゴリラビンタ。


「いいからお前はさっさとあの象ぶっ倒せ。むしろ殺せ! 二秒でやれ!」


 照れ隠しで思い切りビンタした上に、罵倒するゴリラ。苦虫を噛み潰したような顔で、後ろを振り返る。そこにはジト目でローラさんを見つめる仲間たち。


「使い回しは良くないですね」


「ゴリラにはガッカリしたっす」


「とりあえずサイコ野郎ね」


「お願いだから、真面目にやって」


 別に悪い事をした訳でもないのに、なぜか小さくなってしまうローラさん。そのローラさんの背後でミドリ君がぼやく。


「ホント、ムチャクチャだな、この人……」


 そしてミドリ君は立ち上がる。既にガネーシャも立っているのが精一杯に見える。倒れたミドリ君に対して追撃はなかった。


『でも、ホントにどうしよう……。どうやったらこんなヤツ倒せるんだろう……』


 ガネーシャが吠える。決着をつけるために、巨大な管楽器をデタラメに吹き鳴らすような咆哮を上げる。

 そして大地を振るわせながら、超重量級の体躯が前に出る。ゆっくりとだが、重く、そしてしっかりと大地を踏みしめるように歩き出す。

 ミドリ君は考える。ゆっくりと近付いてくるガネーシャに、どう対抗すればいいのか必死に考えた。そして、彼は答えを見つける。


「ピンクさん! さっきのもう一発できますか?」


 唐突に声をかけられ面を食らうピンク。一瞬、ミドリ君の言葉の意味が分からなかった。数秒後に意味を悟り、そしてライフルを雷神モードに切り替える。


「今すぐ?」


「僕が合図したら、お願いします!」


「オーケー! 今度こそ死ぬかも知んないけど、恨まないでね」


 ピンクが前に出る。超重量級の体躯が至近距離まで迫っている危険なエリアに踏み込んでいく。

 ミドリ君は足の位置はそのままに、大きく身体をひねりガネーシャに背中を見せる。そして思いっきり反動をつけて、まるで野球のピッチャーのように腕を振るう。


「必殺! ミドリビンタッ!」


 七メートルの体躯から繰り出される、規格外のビンタ。管楽器が狂ったように鳴り響く。


「技かぶってんじゃねえか! もっと別の技にしろよ!」


 ゴリラのツッコみをガン無視して、ミドリ君は一心不乱にビンタを繰り返す。


「ミドリビンタ! ミドリビンタ! ミドリビンタ! ミドリビンタ!」


 重い打撃音が辺りに響く。だが、ガネーシャの全身は止まらない。何度もビンタを繰り返すが、ガネーシャは止まらない。

 そして鼻パンチが繰り出される。ミドリ君の攻撃が止まる。鼻がミドリ君の頭を固定する。そしてガネーシャは短い前足で何度もミドリ君を殴りつける。

 ミドリ君は繰り返される打撃に身を屈める。そのミドリ君に、ガネーシャは超重量級の体躯でのしかかる。そのままミドリ君をねじ伏せ、圧殺しようと体重をかける。

 歯を食いしばりながら、ミドリ君はガネーシャの圧力に耐え、そして叫んだ。


「今ですっ!」


 返事もせず、ピンクは閃光のように駆ける。ガネーシャの圧力に膝をつきそうになっているミドリ君の背後まで駆け抜けて、そのまま尻にライフルを向けた。

 ピンクは引き金を引いた。ライフルから電光がほとばしる。そしてミドリ君は悲鳴を上げた。


「あひぃぃんっ!?」


 よく分からない悲鳴と共に、ミドリ君は更なる巨大化を果たす。その巨大化の勢いで、ガネーシャの身体すら持ち上がる。

 ミドリ君の足下のアスファルトが砕けて陥没する。すねまで地面にめり込んだ。ミドリ君の頑丈な身体が悲鳴を上げている。巨大化しようとする身体と、それを潰そうとする圧力。それがミドリ君の身体を軋ませる。それでもミドリ君は屈しない。


「うぁあああああああああっ!」


 叫びをあげる。悲鳴なのか、それとも気合いの現れなのか、それは誰にも分からない。恐らくミドリ君にすら分からない。

 ただ言えるのは、ミドリ君が耐えきったという事。叫びをあげながら、ミドリ君は巨大化する力を利用して、六トンのガネーシャを持ち上げた。


「ははっ、やるなあ、ミドリ君。って、そんな事言ってる場合じゃねえ!」


 ローラさんは走った。ヨシダさんとハセガワを抱きかかえて、その場から少しでも離れようと走り出した。

 ピンク色の閃光がゴトウダに向かっていく。そしてやはりゴトウダを抱えて、閃光はその場から離れた。

 ローラさんは周囲のヒーローに向かって叫ぶ。


「お前らも逃げろっ!」


 ガネーシャの巨体を持ち上げたミドリ君を呆然と見守るヒーローたちは、なにが起きているのか分からなかった。彼らの理解の限界を超えていた。

 ミドリ君の身長は八メートルまで巨大化した。そしてガネーシャを高々と持ち上げる。およそ十メートルの高さまで、ガネーシャの巨体を持ち上げた。


「はいっ! どーんっ!」


 最後の最後で気の抜けたかけ声。だが、そのかけ声と共に六トンのガネーシャが地面に叩きつけられた。

 圧倒的破壊力。ガネーシャの落下地点は大きく陥没した。そして周囲のアスファルトも波打つように破壊されていく。水面を広がっていく波紋のように、アスファルトが砕け、めくり上がり、その衝撃を周囲に拡散させていく。

 そのアスファルトの津波に巻き込まれた木々がなぎ倒され、逃げ遅れたヒーローたちが悲鳴を上げる。

 建物すら歪み、潰れていく。銅像が倒れ、動物園前の小さな遊園地も瞬時に廃墟と化した。ありとあらゆるモノを破壊していく。ミドリ君の周囲に地獄のような光景が広がっていった。


 敵だけでなく、周囲も完全に破壊する大技。『緑色のドーンハンマー』が誕生した瞬間だった。そしてその五秒後。

 安全なところまでヨシダさんとハセガワを運んだローラさんが、ミドリ君に襲いかかる。


「お前はバカかぁああああああっ!」


 大技を決めてひざまずいている巨大なミドリ君の、体躯の割には控えめなチ○コに後ろ回し蹴りを食らわせた。

 そして『緑色のドーンハンマー』は禁断の技として、永遠に封印される事となった。


     ***


 ミドリ君とガネーシャの戦いは終わった。そして上野動物園表門前は、まるで隕石でも落ちてきたような被害を受けていた。

 その光景を眺めながらピンクはつぶやく。


「ダメだ、コイツら……。『ホワイト』よりタチが悪い……」

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