第八十一話 全員集合?
台東区上野、上野恩賜公園。多くの場合、『上野公園』と略して呼ばれるその場所は、様々な施設が密集している。
広大な敷地の中には動物園の他、美術館と博物館が三つずつと文化施設が建ち並び、それだけでは飽き足らず徳川家康を祀る東照宮に上野大仏。そしてなぜかスターバックスと、『とりあえず面白そうなモンを片っ端からぶっ込んでみた』とでも言わんばかりのカオスな空間になっている。
だが、公園内を歩く者がそのカオスに気付く事はあまり多くない。上野動物園前の小さな遊園地に、荘厳な大噴水。そして豊かな自然。見る者を楽しませるものがあまりにも多く、そこに溶け込んだカオスにイチイチ注目している人間はほぼいない。
公園内を歩けば、そこら中に神社仏閣の看板や美術館と博物館のポスターを見かける。そうかと思えば動物園全体よりも広い不忍池の側には、スッポンに感謝を捧げる石碑が置かれている。
『スッポン喰って百までも、明るく楽しく、美しく』
スッポンへの感謝を捧げた石碑には、そう記されている。人に理解させる事を最初から諦めているとしか思えない空間。それが上野恩賜公園。
その上野恩賜公園の中心部と言える、上野公園噴水広場ではヨシダさんが人生で二度目の人身事故を起こしていた。
警官が封鎖している中を突っ切って公園に侵入し、そのまま公園の中心部へ。その勢いで投降したナマコ男をひいてしまう。
だが、その事故を気にしている者は公園内にほとんどいない。その噴水広場から目と鼻の先と言える距離の動物園表門では、ミドリ君とガネーシャの戦いが続いている。
ほぼ全員の目が、その戦いに集中していた。
「いやあ、しかしミドリ君も意外とやるっすね。あんなデカい相手に、泣き言も言わずに……」
全裸のミドリ君にハセガワが素直に称賛の言葉を贈る。
「そんな事より、ローラさんどこですかね? 電話してみようかな……」
ヨシダさんはミドリ君の戦いにほとんど興味が無かった。
「まあ、確かに凄いね。あのオッサン。他のヒーローも手出しできないよ、あの戦いには」
ビルダーピンクが指摘した通り、ミドリ君の周囲には大勢のヒーローがいたが、巨大化のための電撃攻撃以外で、この戦いに参加した者はいない。誰もが少し距離を置いて彼の戦いを見守っていた。
その戦いを横目で見ながら、ゴトウダがピンクへと尋ねる。
「それで現在の状況は? ミドリ君が戦ってるのは、分かったわ。それ以外の『主力』はなにやってんの?」
初代は公園の入り口に設営された指揮所で待機。今もピンクや他のヒーローと連絡を取り合いながら陣頭指揮を執っている。
ビルダーレッドは、つい数分前に単独で上野動物園へと突入した。
そしてローラさん。彼の足取りは誰も知らなかった。ビルダーレッドと共に公園に入ったのは間違いないが、それからどこに向かったのかは、誰も知らない。
「まさか一人で『ホワイト』の拠点に乗り込んだんじゃ……」
ヨシダさんが不安げにつぶやく。彼女の『不安』とは、ローラさんが危険だという意味ではなく、自分たちが置いて行かれたという事。
せめて敵の拠点に攻め込む時はみんな一緒に行きたかった。それはヨシダさんの少し無邪気すぎる願望。それが幼稚な考えだとヨシダさん自身も分かっていた。
「あのゴリラったら勝手よねえ。私たちだって仲間なのに」
ゴトウダが少しふてくされたように吐き捨てる。だが、ヨシダさんやゴトウダの予想をピンクが否定する。
「でも、ローラさんは『ホワイト』の拠点がある場所を知らないんじゃないですか? もしかしたら公園内で拠点を探し回ってるかも……」
「とりあえず電話してみますね」
そう言いながらスマホを取りだしたヨシダさんを、ハセガワが呆れ顔で止める。そして上野動物園表門の方角を指差した。
「あれ……、ウチのゴリラっすよね…………」
ローラさんは動物園前にある小さな遊園地の階段で、ノンビリと腰をかけて缶コーヒーを飲んでいた。
ニコニコ笑いながら缶コーヒーを手に、ミドリ君の戦いを見つめている。
「いや、手伝ってやれよ。あのオッサン、仲間じゃないの!?」
「まあ、ミドリ君ですし……。とりあえず負けはしないと思って見物してるんじゃないですかね……」
「どちらにしても酷いわね。あっ、立ったわ。ようやく加勢するのかしら……。あっ、もう一本缶コーヒー買ったわね…………、うん、飲み物が無くなっただけね……」
自動販売機で缶コーヒーを買ったゴリラは、また階段に腰掛けた。そしてノンビリと仲間の戦いを見つめている。呆れ顔のハセガワがため息交じりに言った。
「まあ、とりあえず全員集合って事っすね。とりあえずゴリラんとこ行きましょうか」
ローラさんは笑顔でミドリ君の戦いを見守っている。最初に出会った時から十年以上の付き合いになるヘタレのヒーロー。ローラさんにとっていつまでも『ヒーロー見習い』だと思っていたミドリ君の戦い。
思わず言葉にしてしまう。陳腐だと分かっていても、言わずにいられない。
「頑張れよ、ミドリ君」
「いや、加勢しろっす。なんで見てるだけなんすか」
やってきたハセガワのツッコみ。呆れ顔はハセガワだけでなく、一緒にいるゴトウダとピンクもすっかり呆れていた。
「あのね……、確かにあの象はバカデカいけど、ローラさんが加勢すればすぐ片付くでしょ」
「て言うか、ローラさん。ホント、真面目にお願いしますよ。レッドさんも中に突っ込んでいっちゃったし、あのデカいの片付けないと……」
ゴトウダとピンクの言葉をさえぎったのは、ヨシダさん。
「でも、頑張ってますね。ミドリ君。こっちチラチラ見てますけど、まだ『助けて』って言わないですね」
笑顔のローラさんが答える。
「うん。さっきから見てたけどさ、俺に気付いた時、『え!?』って顔してたけど、何にも言ってこないの。しかも逃げもしないし。アイツ、ヒーロー歴十年くらいだっけ?」
「正確には覚えてないですけど、初めて会った時が彼もヒーロー始めた直後だったはずですから、もうそのくらいになりますかね」
「あん時は笑ったよな。いきなりアヘンレッドが倒れちゃってさ」
「そうですね。救急車呼んであげて……」
ローラさんとヨシダさんの思い出話の最中、それをチラチラと見ているミドリ君は本気で困惑していた。
『えぇ、僕一人で戦ってるのに、誰も加勢してくれないの……』
それでも『助けて』とは言わない。そして単独で戦わなくてはいけない事に、どこか奮い立っている自分がいる。
既にミドリ君もガネーシャも疲れ切っている。一撃一撃の破壊力は落ちている。戦闘が始まったばかりの時は、ガネーシャの攻撃でミドリ君は何度も吹っ飛んだ。だが、今は耐えられる。
ミドリ君も攻撃した。パンチ、キック、チョップ。疲れ切ったミドリ君の攻撃も少し頼りない。
その戦いを見つめるハセガワが言った。
「アレっすね。弱小プロレス団体の地方巡業の前座って感じの戦いっすね」
「なんか分かる、それ。スッゲえ退屈な試合な」
ツッコむハセガワと、笑うローラさん。ヨシダさんもどこか楽しそうに『退屈な試合』を見つめている。ゴトウダは呆れかえり、ピンクはイラだっている。
「ローラさん。状況分かってます? これ、結構マズい状況なんですよ」
「ああ、それな。その状況ってのを教えてくれ。ここでなにがあったの? まず、それが分からん」
ローラさんにとって、今日はクジョウとの決着をつける日だと思っていた。だが、実際にクジョウの拠点だと思っていた場所では、ぱっと見関係なさそうな象が暴れている。
ピンクは事前に聞かされている事をすべてローラさんに話した。
「まず、昨日の時点でこの公園内のどこかに『ホワイト』の拠点がある事を突き止めました。その後、市街地に被害を出さないために突入よりも先に封鎖を優先させる事にしました。だけど、封鎖の許可が下りず、戦闘を始められなかったんです」
「うん。そこまでは知ってる」
「そこからですね。私たちにも訳が分からなくなってるのは。まず昨日の深夜、メジャーレッドが動物園になにか得体の知れない『ウィルス』をばらまいたようです。それで動物園の動物が怪物に変わってしまったそうです」
「そこが分からん。メジャーレッドってのはクジョウと同盟組んでたんじゃねえの?」
「拘置所を襲撃してきたヤツらを吐かせた結果、拘置所襲撃の時点で同盟は破棄寸前だと分かりました。拘置所に現れた怪人が、一人だけだったのもそれが原因だったそうです。『ホワイト』側の指揮官はまったくやる気が無かったって話です」
ローラさんは腕組みしながら沈黙した。そして深く息を吐く。
「この公園封鎖は『ホワイト』との決戦のためにやっている事なんですが、そこにメジャーレッドが割って入った格好って言えばいいんですかね。とにかく、レッドさんも訳が分からないって言ってました」
逃げたはずのメジャーレッドが、更なる混沌を引き寄せた。だが、結果としてはその混沌が封鎖の許可が下りる助けになった。
『ホワイト』の拠点が上野恩賜公園にあると推測されていたが、厳密に言えば証拠はまだ無い。それだけに都心の繁華街の一部を封鎖する事は難しかった。
動物園の中で動物が変異し暴れ回る事がなければ、恐らく封鎖の許可も下りなかった。
「で、『ホワイト』のために集められたヒーローと警官は、みんな動物園で暴れてる怪物の対応に追われてる訳だ」
「ですから! ローラさんにも少し頑張ってもらわないといけないんですよ! まず、動物園の制圧。それから『ホワイト』の拠点捜索。やる事はやまほどあるんですから、こんなとこでノンビリ缶コーヒー飲んでる場合じゃないですよ!」
「……あー、そうか。そうだな。でも、なにからやればいいんだ?」
「さっきこの近くで怪人を三人ほど倒しました。そこに怪しい建物があったんですよ。まずはそこの捜索から……」
ローラさんは立ち上がり、そして缶コーヒーを一気に飲み干した。
「じゃあ、そこ案内して」
ピンクは安堵の表情を浮かべたが、その直後に彼女の顔は凍りつく。ローラさんが立ち上がり、どこかへ向かおうとしたのを見つけたミドリ君が、ローラさんに叫んだ。
「ローラさん! ちょっと待ってください!」
ガネーシャの鼻パンチを食らいながら、ミドリ君が叫ぶ。それを聞いたローラさんは頭を掻きながらミドリ君に言った。
「キツい? 一人じゃ無理なら手伝おっか?」
だが、すぐに頭を掻くローラさんの指先が止まる。ミドリ君の目が違う。助けを求める普段のヘタレとは眼光が違う。
「もう少し……、待っててください。僕一人でコイツをやっつけます! それをローラさんに見ていて欲しいんです!」
覚悟を決めたようにも、ヤケになったようにも見えるミドリ君の叫び。それを聞いたピンクはツッコみを入れる。
「いやいや、オッサン。見てるだけじゃ意味ないでしょ。手伝うなり、さっさと他の事に対応するなりしてもらわないと……。時間ももったいないし……」
ピンクのツッコみも聞かず、ローラさんはまた階段に座り込む。満面の笑みを浮かべて、ピンクに小さく頭を下げた。
「ゴメン。もうちょっと待ってて。アイツが一人でやるって言ってるから」
ローラさんの言葉に呆然としてしまうピンク。周りに目を向けて、自分の味方を探してみたが無駄だった。
「すいません。ミドリ君が頑張ってるみたいなんで……」
「まあ、しょうがないっすね。ヘタレが珍しくやる気になってんすから。最後まで見届けてやらないと」
「諦めなさい、ピンクちゃん。この人たち、いっつもこんな感じだから」
誰もピンクの味方はしない。みんなピンクの言っている事の方が正しい事くらいは分かっている。だけど、正しい事より仲間の戦いを見届けたい。そんな不条理な連中は、みんなミドリ君の戦いを見守ろうとしていた。
「……なにそれ……。私が間違ってるの!?」
ピンクのつぶやきにゴトウダが応える。
「間違ってはいないと思うけどね。でもさっきの話を聞いた限りでは、ピンクちゃんも同じ事してない? レッドちゃんが一人で突っ込んでいったの、どうして止めなかったの?」
押し黙るピンクに、ゴトウダは笑う。
「ホント、ヒーローって面倒な連中よね。怪人相手に商売してた時の方がよっぽど楽だったわよ。……でも、まあ、面白いけどね」
ピンクはジト目でゴトウダを睨みつけた。
「貴方もその仲間なんですよ」
「それを言われちゃうとね……」
そんなゴトウダとピンクの会話を聞いたローラさんが口を挟む。
「ああ、そうだ。ゴトウダ。お前も今日は一緒にやれよ」
「え!? なんの話?」
「決めポーズ。『五人揃って!』ってヤツな。爆薬持ってきてんだろ」
ピンクは目眩がした。頭を抱えて叫びそうになった。
『お願いだから真面目にやってよ!』
そんな心の叫びは、ゴリレンジャーに届かない。




