第八十話 ありふれた話
上野動物園旧正門前。現在は使用されていない動物園の旧正門の並びに、『ホワイト』の拠点へと通じる出入り口がある。
外見は石棺を思わせる石造りの建物。その建物が駅への入り口として使われていた当時は荘厳な建物と言えたかも知れないが、現在のそれは奇妙なたたずまいを見せる。
当時使用されていた入り口はふさがれて、その上からプレハブ小屋を増築した姿は誰の目にも違和感を与える。
ここから離れた場所にあるもう一つの駅への入り口にはまるで観光地のように『博物館動物園駅跡』と表示されているが、こちらの入り口にはなにもない。なにに使用されているのかも、見た目からでは分からない。
そんな石棺を思わせる建物に付け足されたプレハブ小屋の扉から、ナマコ男は周囲をうかがっていた。
「なんかスゲえヤツらが戦ってんな……。なんだ、アイツら……」
入り口から遙か遠くにはミドリ君とガネーシャの姿が見える。クジョウから受け取った無線機で、簡単に報告を入れる。
「クジョウ。拠点の上でバカデカいオッサンと象が戦ってる。なに言ってんだか分かんねえけど。見たまんまだ」
ナマコ男が周囲を見渡すと、ほとんどのヒーローがミドリ君とガネーシャの戦いに注目していた。
「さて、とりあえず入り口周辺のヤツらは、さくっと片付けちまおうかな」
ナマコ男は部下と共に拠点入り口から飛び出した。それでもヒーローたちは拠点から飛び出してきた怪人に気付かない。
地響きを立てて暴れているミドリ君とガネーシャに注意が向いていて、近くの怪人にはまったく気付かなかった。
アッサリとヒーローたちを昏倒させるナマコ男。決して彼は強い訳ではないが、それ以上にヒーローたちは弱かった。
「ヒーローだからって強い訳じゃねえんだな……。不意打ちとは言え、アッサリ倒せちゃったよ。よし、コイツら中に入れとけ。このまま放置してたら、かえって目立っちまう」
倒れているヒーローたちを縛り上げ、拠点に放りこむように指示を出した。
ヒーローも不注意だった。なにが起こるか分からない状況の中で、ミドリ君とガネーシャの戦いに気をとられていたのだから。
だが、ナマコ男も不注意だった。彼がヒーローを襲撃し、そして拠点内に運び込んでいる姿をビルダーピンクに目撃されていた。
ピンクはナマコ男に向かって走り出す。強化スーツの力を最大限に活かし、一気に距離を詰める。
ナマコ男がピンク色の閃光に気付いた時は遅かった。至近距離でライフルを構えるピンクを前に、ナマコ男は動く事もできなかった。
「はい。動かないでね。動いたら撃つよ」
ピンクはライフルを構えたまま、辺りの様子を確認する。ナマコ男の後ろに二人の怪人。その二人は不意打ちで倒したヒーローを縛り上げている最中だった。
「ふーん。ここがアンタらのアジトって訳ね」
ナマコ男は棒立ちのままだった。ピンクを前に、ナマコ男は一歩も動けない。ただ小さな声でつぶやいた。
「アケミ……」
そのつぶやきに、ピンクも呆然とする。思わず後ずさりして距離をとる。
「……アンタ、何者? なんで私の名前知ってんの?」
その言葉にナマコ男は狼狽してしまう。どうやってごまかすかを必死に考えた。
「あっ、あれだよ。ヒーロー名鑑、あれを読んでさ……」
「私、本名公開してないんだけど……」
ナマコ男は咳払いをしてから身構える。
「よくぞ、ここまで来た。ビルダーピンクよ! さあ、かかってこい!」
「いや、ゴメン。ちょっと待って。アンタ、なんか無理に話進めようとしてない? いや、結局は戦うんだけどさ、その前にハッキリさせようよ。アンタ、私の事知ってんの?」
ナマコ男はピンクのツッコみを無視して話を進める。
「わはははははっ。我が名はナマコ男。秘密結社『ホワイト』の……」
強引に話を進めるナマコ男の言葉を、ピンクは最後まで聞かなかった。ナマコ男の背後にいた部下に動きがあったので、ピンクもとっさに動き出した。
閃光のようにナマコ男の背後に回り、そして彼の部下と倒されたヒーローに向かってライフルを撃ち放つ。
豪快な銃声が辺りに響き、そしてナマコ男の部下とヒーローが持っていた電子機器はすべて破壊された。
だが、外傷は無い。それだけに自分が自爆できなくなった事にも気付かない。体内にある起爆装置は破壊された。そして部下の片方が持っていた起爆するためのリモコンも破壊されている。
部下は自分の身体を見つめて、外傷を探す。だが、自分が無傷だと気づき安堵した。そして安堵は怒りに変わる。
二人の部下は一斉にピンクへと襲いかかった。その二人の怪人もそれほど強くは無かったが、使い慣れない武器を抱えているピンクは後れをとる。
怪人の攻撃をライフルで受け止め、そして距離をとる。ライフルをEMPモードから雷神モードに切り替えるが、その隙にもう一人の怪人から攻撃を受ける。
「ぐっ……」
呻き声を上げながらライフルを落としてしまうピンク。それを見て、二人の怪人はニヤリと笑う。だが、それはピンクも同じだった。
再び閃光のように加速する。今度はライフルも無く、本来の戦い方ができる。一瞬で怪人の一人の眼前に到達する、そして腕をひねり上げた後、更に加速。その勢いのまま関節を極めて、体勢を崩した怪人を地面へと叩きつけた。
倒された仲間に気をとられたもう一人の怪人の懐に飛び込み、タックルのように相手の腹に肩を食い込ませる。その体勢のまま加速して、動物園を囲う塀に怪人を叩きつけた。
「やっぱり使い慣れない武器はダメだね。便利と言えば便利だけどさ」
怪人二人を瞬殺したピンクは、軽く手首を振り関節をほぐしながら軽口を叩く。その間、ナマコ男は一歩も動かなかった。
まるで動こうともしないナマコ男に、ピンクは困惑する。
『なんだ、コイツ……。私の事知ってるみたいだし、今もなんか戦う気が無いみたいだし……。って、ちょっと待ってよ。なんでコイツ泣いてんの!?』
ピンクを見つめながら涙を流しているナマコ男。その涙を下手な芝居でごまかそうとしている。
「え!? これはアレだよ。えっと、そう心の汗だ! 仲間がやられてちょっと冷や汗をかいただけだ! だから心配するな!」
「いや、心配はしてない。て言うか、ホントにアンタなんなの?」
どう見ても怪人でしかないナマコ男。だが、明らかに戦意が無い。ピンクも困惑しているが、ナマコ男の困惑はそれ以上に見えた。
それでもピンクには戦いをやめる理由が無い。困惑を振り払うために、彼女は一気に勝負を決めに行った。
強化スーツが耐えられる最大の出力で大地を蹴った。その姿が閃光のように見えるほどの速度でナマコ男に襲いかかる。
一気に距離を詰め、手首を取り、そのままひねるように関節を極める。加速した勢いで投げ、地面に叩きつける。そのはずだった。
『…………!? なんだ、コイツ』
ピンクは速度でナマコ男を完全に圧倒していた。だが、その動きはナマコ男に読まれていた。手首を掴み、そのままひねるように関節を極めにいったが、ナマコ男は身をひるがえしピンクの関節技から逃れる。
加速した勢いを利用した関節技、そこから逃れられてしまったピンクは大きく体勢を崩す。ピンクはナマコ男の前で、無防備な姿をさらしてしまう。
だが、そこに追撃は来なかった。ピンクは体勢を崩した瞬間、敗北すら覚悟した。だが、ナマコ男はそのチャンスを活かす事無く、ただピンクが体勢を立て直すのを待った。
『速い? いや、違う……。コイツ、この技を知ってる……』
ピンクの戦闘スタイルは合気道。だが、稽古をサボっている上に、強化スーツに頼り切っているためかなり自己流になっている。
だが、それだけに読みづらいスタイルとなっているはずだった。ナマコ男はボソリとつぶやく。
「何度も見たからな……」
ピンクはその言葉に言い知れない不安を感じた。背筋が寒くなり、この戦いが圧倒的に不利な状況を悟った。それでも軽口を叩く、弱みを見せないために。
「へえ……。もしかしてアンタ、私のファン? 握手してあげようか」
全身の皮膚がチリチリと痺れる。虚勢を張ってみたが、相手の不気味さに圧倒される。だが、その不気味なナマコ男から出た言葉に、ピンクは更に困惑する羽目になる。
「うん。やめよう。投降するよ」
「……………………えっ!?」
「いや、だから負けを認めるって言ったんだよ。ほら、捕まえなよ。さっさと警官に引き渡しな。まだ仕事残ってんだろ?」
「いや、ゴメン。アンタ、本当になに言ってんの? 訳分かんないんだけど」
ピンクの困惑をよそに、ナマコ男は歩き始める。
「捕まえないんなら、勝手に投降するよ」
「いやいや、ちょっと待ってよ。アンタなんなの? ああ、もう!」
ピンクはヘルメットの通信機能で初代のいる指揮所に連絡を入れる。
「ああ、すいません。なんか怪人を見つけたんですけど、いきなり投降するとか言ってて。はあ、とりあえずそっち行かせますんで」
ナマコ男の後を追うピンク。ナマコ男の背に向かって問いかける。
「あのね、動物園の前まで行って、そのまま真っ直ぐね。公園の中央辺りでアンタの身柄を引き取る連中が来るから」
ナマコ男は無言でピンクに手を振った。その目にはまた涙があふれていた。小声で無線機に話しかける。
「ゴメン。クジョウ。俺、戦えなかったよ。これで終わりにさせてくれ……」
無線機からクジョウの声が聞こえる。
『構わないよ。でも名乗らなくていいのか?』
「はははっ、お前、無茶言うなよ。こんな姿になっちまって、今更どの面下げて……」
それはどこにでもある話。ヒーローの身内が怪人だったという、ありふれた話。
「最後の戦いだなんて格好つけたけどさ。俺は途中でリタイヤだ。本当に情けねえよ」
『気にするな。元から戦力としちゃ期待してない。まあ、しばらくは拘置所でノンビリしてろ』
「そうだな。でも、みんなが命かけてんのに、俺だけ逃げてゴメンな。でも……やっぱりよ……」
言葉に詰まる。気が付けば嗚咽を漏らしている。涙が止まらなくなって、前も見えない。すぐ側でミドリ君とガネーシャが戦っている。それがまるで気にならない。どこかからクラクションの音と軽トラックのエンジン音が聞こえる。それがまるで遠い世界の事のように思える。
「俺……。夢ができたよ。後、どのくらい生きられるか分かんねえけど。やりたい事ができた」
『なんだ?』
「しばらくしたら拘置所を脱走してよ、また秘密結社を作るんだ。ああ、オマエらも来いよ。今度はもっと上手くやってさ、デカい組織にするんだよ。
きっとその頃にはアイツも立派なヒーローになってるはずだ。立派なヒーローになったアイツがさ、俺の前に立ちふさがるんだ。そこで俺は言ってやるんだよ。『俺はお前の父親だ』ってな」
『別に今でもいいんじゃねえのか?』
「クジョウ。お前、分かってねえな……」
ナマコ男は苦笑いを浮かべた。コイツも半人前だ。まるで怪人ってもんが分かってねえ。そんな愚痴をこぼしたくなった。
立ち止まり、後ろを振り返る。ヘルメットをとって、ナマコ男を見つめているピンク。その素顔を見て、大声で叫びたい気持ちになった。お前の父親だと叫びたくなった。
『だけど、今はガマンしよう。お前も半人前だ。今度会う時には、立派なヒーローになってろよ、アケミ』
怪人ナマコ男。本名、オオツキ・ノブユキ。元警察官。ビルダーピンクの父。
それはどこにでもある話。ヒーローと怪人の因縁としては、ありふれている話。
「一体なんなのよ……」
事情を知らないピンクはただ呆然と警官が待つ公園の広場へと向かうナマコ男を見送っていた。
泣きながら自分を見つめていたナマコ男に、どこか懐かしいものを感じていた。だが、そう感じさせるナマコ男の正体までは、彼女も気付かなかった。
ナマコ男はゆっくりと歩く。警官たちが待つ広場へと。そこにクラクションが鳴り響く。だが、ナマコ男はその音に気付かない。
『そこのウ○コ! 退くっす、マジで道をあけるっす!』
幼女の叫び声。そして軽トラックのエンジン音。次の瞬間、ナマコ男は軽トラックと衝突した。公園に突っ込んできたヨシダさんの運転する軽トラックに。
ヨシダさん、人生二度目の人身事故だった。
***
倒れたナマコ男を見つめながら、ヨシダさんは少し落ち込みながら言い訳を口にする。
「私たちも一応は怪人を倒しに来たんですし……」
「いや、ヒーローは怪人を軽トラでひき殺したりしねえっす。それに、なんか聞くところによると、投降するつもりだったらしいっすよ」
ヨシダさんはハセガワから目をそらす。ナマコ男をはねた後、車から降りた二人はビルダーピンクと合流した。そして現在の状況を知る。
ゴトウダは軽トラックの荷台からゆっくりと降りてきた。さすがに体力的にはもう限界らしいが、それでもヨシダさんにツッコみは入れる。
「そうね……。ヨシダさんがいきなりひき殺したりしなければ、コイツにクジョウの拠点の場所を吐かせる事もできたのよね……」
ゴトウダのツッコみからも目をそらす。相変わらずのゴリレンジャーにピンクも呆れかえる。
「まあ、怪しい場所ならもう見つけましたけど。あと、ナマコ男死んでないから」
ナマコ男はけいれんしたまま担架に乗せられ、そのまま運ばれていった。その姿を見つめながらピンクは思った。
『結局、アイツはなんだったんだろう……』
それはどこにでもある話。敵だと思っていた相手が、自分の父親だったというありふれた話。




