第七十一話 叶わない夢
葛飾区小菅、東京拘置所。午前十時。いい加減愚痴にも飽きてきたローラさんは、普通にイエローと世間話を始めていた。
「そんで、レッドは辞めんのか……。じゃあ、お前らどうすんだ?」
「いや、俺はまだ決めてないよ……。なんて言うか、やりたい事が結構あってさ……」
「なあ、イエロー。ゴリラ舐めんなよ。面と向かって話してるヤツが、嘘ついてる事くらいは分かるぞ」
「兄弟、普通のゴリラにそんな能力は無いよ……」
「嘘ついてる事くらいは分かるよ。だけど、お前の考えまで読める訳じゃねえよ。だからアドバイスなんてできねえけどよ、俺には気ぃ使うなよ」
拘置所の職員からもらった総菜パンを食べるローラさん。ばつの悪そうな顔でそれを眺めるイエロー。
「……なんか、覚悟が決まらなくてさ……」
イエローの覇気のないつぶやきに、ローラさんは顔をしかめる。
「一人でやってくつもりか?」
ローラさんがサラッと言った一言に、硬直するイエロー。
「ゴリラってスゲえな。俺もそんな風になれるかな……」
「なれんじゃねえかな。お前もゴリラみたいな顔してるし」
***
東京拘置所一階。建物の西側に位置する庁舎エントランス。拘置所の正面玄関とも言える場所では、ビルダーピンクが待機していた。
ゴトウダから受け取った大型ライフルを抱えながら、表には出ないように外の様子をうかがう。
周囲には拘置所の職員の他に、拘置所の警備に残っていた特殊部隊の面々もいる。現在は、拘置所周辺の巡回は控えていた。通常時は職員による巡回が行われているが、さすがに襲撃が予想されている状態では、ただの巡回も命に関わる危険な任務になる。
「そろそろ追悼集会が始まった頃ですね……。なにか動きはありましたか?」
ピンクの質問に、職員の一人が答える。
「現場には予想通り、メジャーレッドが到着したそうです。ただ体調不良だとかで、壇上でのスピーチは断ったという話です」
「なにそれ……。出席はしてんのに、目立つ場所には立たないって事? なに考えてんだか……。まあ、そっちの方はレッドさんと初代さんがいるし、問題ないかな……」
「それともう一件、報告があります。『東ヒー』の技術開発部からの連絡で、クジョウが網にかかったと」
『東ヒー』の技術開発部は、クジョウのものと思われるアクセスに対して、逆探知を試みていた。その最初の一手として、最新の盗聴データにスパイウェアを忍び込ませていた。
「とりあえずこれでコッチの指先をクジョウの影に引っかける事ができたって訳ね。あ、ありがとうございます。すいません、連絡係なんてやらせて」
「いえ、この状況では仕方ありません」
現在、東京拘置所周辺では無線封鎖が行われていた。正確に言えば電子機器をすべて安全な場所に隠してある。そのため、現在は無線も携帯電話も使えない。
双眼鏡で外の見張り台を見つめていた職員が声を上げる。
「見張り台より伝令。不審な一団が接近しています。繰り返します……」
同じ内容を二度繰り返していたが、二度目を聞いていた者は誰もいなかった。即座に配置につく職員たち。そしてその中の一人がゴトウダの武器であるペール缶を手にしていた。
通常はオイルなどの液体を貯蔵しておく金属製の缶。容量はおおよそ二〇リットル。
だが、職員が手にしたペール缶の中身は、オイルではなく爆薬。その破壊力を即座に膨大な電力へと変換する爆薬発電機。そして電力を電磁波へと変換するバーカトール発振器。
ゴトウダからそれぞれの内容物について説明を受けていたが、ピンクにすらイマイチ分からなかった。
『覚えておく事は一つだけでいいわ。これは『EMPグレネード』っていうの』
電磁波によって周囲の電子機器を破壊、もしくは機能停止させる武器。ゴトウダは頑なに『武器』と呼称していたが、本来なら『兵器』のカテゴリーに入るような代物。
「つーか、あのオカマ……。蒲田の街中でこんなモン作ってたのか……。アイツから先に始末しないとヤバいんじゃないかな」
ゴトウダを知る人間は、必ずそんな考えに辿り着く。
ピンクは抱えていたライフルを持ち直す。ストラップを肩にかけ、そして薬莢と安全装置も確認した。
そのライフルは、玩具のようなSFチックな外見で、重量も実弾を使用するライフルよりずっと軽い。だが、サイズそのものはわずかに大きい。
銃口は無く、ライフルの先端には小さな六角形の穴が蜂の巣のように並んでいる。
このライフルもEMPグレネードと同じ原理の兵器、『EMPライフル』。銃弾の代わりに指向性の電磁波を放出する兵器。一発ごとに弾丸の無い火薬だけの薬莢を消費する上に、グレネードに比べると有効範囲が狭い。
ゴトウダ曰く、
『グレネードを使う時は十分気をつけて。周囲の被害が大きすぎるから。相手に接近できるなら、ライフルの方で対処しなさい』
もちろんピンクもイエローもツッコんだ。
『周囲の被害が大きすぎる武器とか作ってんじゃねえよ!』
二人のツッコみにゴトウダは笑顔で応える。
『でも、役に立つわよ』
えげつないほどのどう猛な笑顔に、ピンクはそれ以上のツッコみを控えた。イエローは少し足が震えていた。
その時の事を思い出すと、いまだにピンクも背筋が寒くなる。
***
東京拘置所の外。二〇〇メートルほど離れた団地の屋上では、人外の視力を持ったナマコ男が拘置所とその周囲を眺めていた。
「なんかおかしいよな……。あの見張り台のヤツ、手旗信号ってヤツか? 今時、あんな連絡方法は使わねえだろ……」
手にした無線のスイッチを入れ、待機している仲間へと連絡する。
「どうもヤバい雰囲気だ。撤収は早めになるかもな」
応答した相手は苛立ちを隠せない。
『待ってくれ、ナマコさん。これでダメなら、いつになるんだ。俺にはもう、時間がねえよ!』
自爆用のリモコンを勝手に自作したアンコウ男、その声に怒りと焦りがにじむ。
「あのな、クジョウも言ってただろ。使いどころを間違えるなって。死に場所は慎重に選べ」
その無線に、アンコウ男よりも苛立っている男の声が割り込む。
『お前ら、なに揉めてんだよ。いいか、メジャーレッドの指示通りに動け。まずお前らが先行して警備を突破するんだ』
拘置所へと向かっているメジャーレッドの部下の一団。つい先日まで、自分たちのボスがメジャーレッドである事すら知らなかった程度の雑魚。
『お前らは死ぬために呼ばれたんだよ。さっさと警備を巻き込んで自爆してこい』
***
拘置所地下。刑場入り口。
「兄弟。なんか始まりそうだってよ。数は二〇前後だって」
拘置所一階から職員が連絡にやって来た。その内容にローラさんが考え込む。
「どうした、兄弟?」
「少ねえな……。いくらなんでも二〇程度じゃ拘置所の職員だけでも止められるぜ」
「……おとり?」
「別働隊がいるぞ。ピンクだけで大丈夫か?」
今回の任務はナナフシの警護。そのため、襲撃者の確保や撃破は二の次になる。襲撃者を追うためにナナフシを無防備にしてはいけない。ローラさんはナナフシから離れる事ができなかった。
「……兄弟、ここは任せていいかい?」
ローラさんは笑顔で答える。
「別にここまでおびき寄せてもいいぞ。なんか暇だし」
「そりゃマズいよ。ここまで連中に侵入されたら、俺たち立場ねえよ」
笑顔を作ろうとするイエローだが、その表情は硬い。ため息を一つついてから、ローラさんはイエローに告げた。簡潔に、深刻な言葉を。
「イエロー。迷ってると、死ぬぞ」
数秒の間をあけた後、イエローは無言でうなずいた。そして踵を返し、そのまま刑場前から離れていった。
***
『どうなってんだよ! 早く自爆しろ!』
無線から男の声。その声を無視してナマコ男は仲間を呼び出す。その呼び出しに応じたのはアンコウ男ではなく、別の怪人。
『ナマコさん。アンコウのヤツ、行っちまった。俺たち止めたんだけど……』
『もうすぐ先遣隊が正門に着くぞ。さっさと死にに行け!』
ナマコ男は拘置所に目を向ける。そこにはフラフラと拘置所西側の庁舎エントランスへと向かっていくアンコウ男。本来なら正門の警備に止められるはずだが、その警備すらいない。
「罠だ! 戻れ、アンコウ!」
ナマコ男が叫ぶ。その叫びをかき消すように、無線の男も騒ぎ立てる。
『さっさと自爆しろ!』
***
アンコウ男は夢を見ていた。幸せな最期を遂げる夢を。彼は思う。
『もうすぐ夢が叶う。目的なんてなんでもいい。ただ最期を迎えたい』
アンコウ男も他の怪人と同様に、奇跡の噂を聞いた事がある。怪人なのに、肉体も精神も崩壊しない男の噂。
彼にはそんな奇跡は起こらなかった。だからリモコンを手に、最期の時を夢見る。
アンコウ男を確保するために、拘置所から特殊部隊が飛び出してくる。だが、近付いてこない。
『もっと近くに寄れ。お前らを犠牲にして、俺は怪人として死んでいく』
アンコウ男を囲む特殊部隊の一人が大きな缶を放り投げた。その缶はアンコウ男には届かず、彼より少し離れた場所に大きな音を立てて落ちる。
その缶にはゴリラのイラストが描かれていた。そしてイラストのゴリラの下には、汚い殴り書き。
『原始時代にようこそ』
アンコウ男がその殴り書きを凝視している間に、缶は爆発した。大きな音を響かせて。
衝撃がアンコウ男の身体を叩く。その衝撃が身体を貫いていくようにすら感じた。全身が痺れて、頭もふらついた。
だがアンコウ男は持ちこたえた。爆発の衝撃だけでは彼は倒れなかった。
彼は倒れなかった。だが、この爆発の衝撃でもっとも被害を受けたのは、彼自身ではない。
彼の手に持ったリモコンが異常な熱を発した。そして弾けるような音が、リモコンから聞こえた。手の中のリモコンから煙が出てる。
スイッチを押した。もう一度押した。何度も押した。
それを確認した特殊部隊の一人が叫んだ。
『自爆阻止、成功! これより確保に入る!』
地鳴りのような怒号と共に、アンコウ男へと特殊部隊が襲いかかる。
***
『なんで自爆しねえんだよ! どうなってんだ!』
ナマコ男は目をこらして拘置所の様子を見守る。さすがにアンコウ男の手元までは見えない。だが確かにアンコウ男は自爆用のリモコンを持っていたはず。
アンコウ男が特殊部隊に制圧されている。それでも自爆はしない。
ナマコ男はマダムの言葉を思い出す。
『これで三度目だよ。いい加減、相手もバカじゃないんだから対策をとられちまうよ』
ナマコ男は無線を手に、仲間へと連絡する。
「撤収だ。ヤツらは自爆を止める方法を見つけたらしい」
『おいっ! 待てよ! 俺たちはどうなる!?』
「知るか。メジャーレッドにでも助けてもらえ」
『テメエ、裏切るつもりか!』
「甘えんなよ、ヒーロー。俺たちは怪人だぜ」
無線を切り、そしてその場から離れようとした。相手は自爆を止める方法を見つけ出した。その方法までは分からない。
ナマコ男はどこか安堵していた。自爆という最大の攻撃手段を失ったにもかかわらず。その複雑な胸の内に、自分でも戸惑っていた。
「そうだよな。簡単には死なせてくれねえな……」
もう一度、拘置所へと目を向ける。制圧され確保されたアンコウ男を見つめる。
「まあ、少し拘置所でノンビリしてろ。また助けてやるから」
そんな独り言をつぶやいた。アンコウ男の後を追うように拘置所へと侵入していたヒーローの一団が、特殊部隊に囲まれていた。彼らの制圧も時間の問題だった。
拘置所の庁舎エントランスから、ライフルを構えたビルダーピンクが姿を現した。それを目にとめてナマコ男は戦慄した。
「なんでこんな場所に……。そうか……、お前が止めたんだな、アケミ」
***
庁舎エントランス。ピンクは周囲を見回して、現状を確認する。
「怪人が一人。それにヒーロー崩れが二〇人か……。少し簡単すぎるかな……」
独り言をつぶやくピンクに、イエローが背後から声をかける。
「陽動じゃねえかな。多分、別働隊が来る」
「アンタ、ナナフシはどうしたの?」
「兄弟に任せた」
ピンクはわざとらしく大きなため息をつく。そしてイヤミ全開で文句を言った。
「あのね、一番大事なのはナナフシの身柄なの! 分かってる? ゴリラ二人じゃ退屈だったの? まったく、私は飼育係じゃないんだからね!」
「ハイハイ、分かってるよ。そんで、EMPは通じるのか?」
「うん。自爆できなかったみたい。一応、対処法は見つかったね」
傍目にはのんきに見える二人のやりとりの最中、職員が慌ててやって来た。
「来ました! 今度は南側、面会所入り口です」
そしてもう一人の職員も悲鳴に近い叫び声を上げた。
「東側からも侵入者がっ!」
イエローとピンクは顔を見合わせた。
「最初の一団に加えて、二カ所同時に来たね。全部で三隊って考えていいのかな……」
「分かんねえな。あれ? その二カ所には何人くらい来てんの?」
職員は緊張した面持ちで答える。
「南側が推定二〇。東側は不明。怪人の姿は現在確認できていません」
「え!? 怪人って最初の一人だけ? それはないでしょ、いくらなんでも」
「とにかくEMPグレネードを一個持ってくよ。俺は南側に行く。東側の入り口は確か通用口一つだけだ。そんな大人数じゃねえだろ」
「私はここで待機してる。東側が抑えきれないようなら行くけど」
アンコウ男を確保した特殊部隊が威勢よく叫ぶ。
「それなら俺たちが東側へ応援に向かう! ここは頼んだ!」
襲撃者の侵入を許してしまった拘置所内で、ナナフシの命を巡る戦闘が始まった。




