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ローラさんは今日もゴリラです  作者: 吠神やじり
第十章 怪人のいない世界
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第七十話 声にならない悲鳴

 追悼集会の当日。午前八時。秋葉原テロ現場跡。


 秋葉原の中央通りは、午前六時から通行止めになっていた。普段なら日曜日の昼間だけ実施される歩行者天国のように、集会の準備と警備のための車両しか進入が許されていない。

 テロ現場跡は、たった一週間で平穏に戻るはずもなく、現在も総武・中央線の高架は途切れたまま。少し離れた場所に再建用の資材が用意されているが、工事自体は進んでいない。

 小さな献花台は犠牲者に捧げられた花束やお供えで山を築き、現在はその小さな献花台の場所が分からないほどだった。

 その側には、追悼集会のための舞台の設営が急ピッチで進められている。簡単な組み立て式の舞台は、数人のヒーローや政治家が犠牲者への祈りを捧げたり、テロと戦う決意を語る予定になっている。


 その舞台の設営を眺めているビルダーレッドは、数人の『東ヒー』職員に囲まれ小声で打ち合わせを続けている。

 時折、マスコミがビルダーレッドにコメントをもらおうとするが、周囲の職員が代わりに対応していた。

 これまではほとんどの困難を自分一人か、もしくはビルダーファイブの仲間と協力して乗り越えてきたが、これからは違う。彼はそれを実感していた。

 仲間ではなく、部下ができた。取り巻きや舎弟のような者は確かにいた。だが、それらが彼の助けになった事はない。むしろ人を助けてきた結果、人が集まってきていただけだった。

 彼自身、それを迷惑に思っていた事はない。だが、現在の彼は初めて部下を使う立場となり、その立場と責任を学んでいこうという決意を新たにしていた。

 そこにいつも通りのほがらかな笑顔で、初代が近付いてきた。片手を上げて、ビルダーレッドに軽く挨拶をする。


「よう。どうだ、調子は?」


 軽く一礼して、腕時計で時刻を確認しながら初代の問いに答える。


「今のところは問題ありません。ただ、そろそろ動きがあるはずです」


「そんな時間か? そうか、そろそろ敵の動きが見えてくる時間という訳か……」


 追悼集会には、多数のヒーローが出席する。その中でも注目されているのはゴリレンジャーのゴリターコイズブルー。つまりハセガワだった。

 ついで注目されているのは、依然もっとも知名度の高いヒーローであるメジャーレッド。その二人が到着する時刻が午前八時だった。


「メジャーレッドがこの場所にやってくるなら、この場所での騒ぎは起こらない。あの男は人気者だが、決して強い訳ではない。自分も巻き込まれるような惨事を計画したりはしないだろう。

 だが、やってこなければ我々の予想通り、この場所でなにかを仕掛けてくるだろう。レッド君。まだ油断は禁物だぞ」


「ええ、現時点では、まだどちらとも言えませんから」


 現在、テロ現場跡には、多数のヒーローたちが集まっていた。その中でも最強を誇る初代は、既に注目の的になっている。中には初代にサインをねだるヒーローまでいた。

 誰もこの場所で新たな騒乱が起こる事を予見している者はいない。そう考えると、初代もビルダーレッドも、少しばかり拍子抜けする思いだった。


「この場のヒーローで、辺りに警戒しているヤツはいませんね。みんな、祭りにでも来た気分なのか……」


「仕方が無いだろう。テロの実行犯は捕まっているんだ。その背後関係も、いい加減な予想があふれかえってメジャーレッドの影を覆い隠している。まあ、実際我々だって証拠を掴んでいる訳ではないがな」


 テロとメジャーレッドの関係を証言できるのは、現時点でナナフシ一人だけ。ヨシダさんは、そのナナフシの口封じを予想している。


「ゴリレンジャーか……。レッド君。彼らには気を許すな」


 初代の言葉にビルダーレッドは顔色を変える。


「初代さんは、彼らを信用していないんですか?」


 初代はいつも通りのほがらかな笑顔で答える。


「ああ、信用していない。あのゴリラ男は、自分の信念を決して曲げない。彼自身が、それを『正しい事』だと判断した時、ああいうタイプは誰にでも牙をむく」


「……なるほど。それは確かに言えてるかも知れません」


 ほがらかな笑いから、心底面白くてたまらないとばかりに高笑いを始める初代。そして付け加える。


「あれは昔の私や、君にソックリなんだよ。だから厄介だ。私も色んな人間に迷惑をかけてきたからな」


「俺もですか? ……いや、俺はそこまで他人に迷惑をかけた覚えは……」


 初代の高笑いが辺りに響く。その高笑いが更に注目を集める。何事かと目を向ける。その場の多くの者が、初代とビルダーレッドのやりとりに耳を傾ける。

 その最中、中央通りを封鎖している交差点に黒いワンボックスカーが到着した。誰もそのワンボックスカーには目もくれない。後部座席のスライドドアが開き、そこからメジャーレッドが現れる。

 それでも誰も目を向けない。かつてはもっとも人気のあるヒーローだった男は、誰からも目を向けられる事なく追悼集会の場に現れた。


 メジャーレッドは苛立っていた。誰一人、自分に目を向けない。集まったマスコミも、誰一人メジャーレッドの到着に気付いていない。

 ほんの少し前までは、彼が現れればマスコミやファンは群れを成して彼を取り囲んだ。それがいまや見る影もない。

 ポツンと一人たたずむメジャーレッドは、注目を集める初代とビルダーレッドに苛立ちを覚えていた。


 メジャーレッドは、苛立ちを表情に出さないように笑顔を作る。そして悠然と歩き、注目を集めている二人のヒーローへと近付いていった。まるで自分もその仲間であるかのように。


「やあ、初代さん。それにビルダーレッド。久しぶりだな」


 モデル出身の彼は、その容姿をことさらアピールするように笑顔を張り付かせた頭部を動かす。目の前で見るとかなり珍妙な動き。その動きの意味を初代とビルダーレッドは理解できないでいる。

 彼は自分がもっとも格好いいと思っている角度を、周囲の人間に見せつけている。顔を左右に振ってみたり、あるいは上下に動かしてみたり。そうやって、周囲の人間に『キメ顔』を見せつける。


 初代とビルダーレッドは、メジャーレッドがここに現れた意味を考えた。メジャーレッドがここにいる以上、この場でなにかを仕掛けてくる事は考えづらい。だとすれば、やはり狙いは東京拘置所なのか、二人はそう考えた。

 その考えを見透かしたのか、それとも単に虚勢を張ったのか。メジャーレッドは自分からその人物の話題を持ち出した。


「ナナフシ・ライダーでしたっけ? 彼はまだ意識が戻らないんでしたよね。早く回復して欲しいですね。そうすればテロの全貌が明らかになるのに」


 芝居がかった口調で彼は続ける。


「僕も許せないですよ。あのナナフシ・ライダーという男を。できる事なら僕の手で捕まえてやりたかった」


 二人の目の前で、メジャーレッドは自分の顔の前で拳を握りしめてみせる。


 周囲の目には、有名ヒーローが三人で談笑しているように見えた。初代、ビルダーレッド、そしてメジャーレッド。その三人のそろい踏みは、確かに人目をひいた。

 たとえ落ち目とは言え、メジャーレッドの知名度は依然高い。知名度だけで言えば、決して初代にも引けを取らない。

 だが、その三人に注目が集まっていた時間は、あまり長くなかった。誰かの声が、彼らへの注目をすべて奪っていった。


『オイッ! 来たぞ! ゴリターコイズブルーだ!』


 まるで潮が引くように、三人への視線がひいていった。そしてその視線は秋葉原駅から歩いてきた二人に集中する。

 少し派手なターコイズブルーのドレスを着たハセガワと、黒いシックなワンピースを着たヨシダさん。

 その二人が周囲の視線を独占しようとしていた。


「ヨシダさん、なんか超気持ち悪いっす」


「だ、大丈夫ですよ? ハセギャワ君。わたっ、私がついてますから」


 注目されている事に慣れていない二人。ハセガワは単純に居心地が悪そうにしている。そして付き添っているヨシダさんはド緊張の状態だった。


「メチャクチャ緊張してんじゃないっすか。そんな人についてるって言われても、スゲえ不安っす。ほら、行くっすよ。自分が手ぇ引っ張るからついてくるっす」


 ハセガワがエスコートするようにヨシダさんの手を引く。まったく知られていないヨシダさんは、ハセガワの姉か母親だと思われていた。


「おっ、初代さん発見っす。あっち行きましょう。とりあえず知ってる人の影に隠れとこうっす」


 近付いてくるハセガワとヨシダさんに軽く手を上げて挨拶する初代とビルダーレッド。そしてハセガワを前に、芝居も忘れて苛立ちを隠せなくなったメジャーレッド。

 そこに初代がつけいった。


「どうした、メジャーレッド。彼女が嫌いか?」


 苛立ちのまま、初代の挑発に乗ってしまうメジャーレッド。彼は抑えきれず、初代に挑むような口を利く。


「嫌い? いえ、別に。ただあんな子供まで戦わせる『東ヒー』は、もう必要無いんじゃないかと思いましてね」


「ははっ、そうなって欲しかったんだな」


「なんの話です? 僕が言ってるのは、あんなクソガキまでヒーロー気取りでいさせるアンタらの問題についてだ。大体考えても見ろ、テロの犯人は『ナナフシ・ライダー』だぞ。アンタの仲間じゃないのか? ライダーがこんな事件を起こしたのに、どうしてアンタはヒーローの代表みたいに振る舞ってる!」


「だから、いなくなって欲しいと? 責任とってヒーローを辞めろとでも?」


 メジャーレッドの顔が強張る。頬がけいれんを始め、傍目には理性を保っているように見えなくなっている。


「ああ、そうして欲しいね。お前たちは責任をとらないといけない。いいか、ナナフシから証言を引き出せなければ、お前たちは責任をとるべきなんだよ。そうだろ!?」


 笑顔のまま、初代はメジャーレッドに告げる。


「そうだな。君の言う通りだ。ナナフシにもしもの事があったら、私は責任をとらないとな」


 その言葉に、メジャーレッドは表情を歪ませる。それは一見笑顔のように見えた。その笑顔のように見える表情に向かって、初代はもう一言付け加えた。


「だから、私の知る最強のヒーローを警護につけたよ」


 メジャーレッドの表情は歪んだままだった。ただほんの少しの変化があっただけ。嗤っているように見えた表情は、驚愕に目を見開き、そして頬のけいれんは、より激しくなる。

 狂ったような表情のまま、メジャーレッドは辺りを見回す。そしてこの場において、誰よりも目立つはずの存在を探した。

 顔を紅潮させ、激しい息づかいのまま唾液を撒き散らしながらメジャーレッドは叫ぶ。


「ゴリラはどこだっ! あのゴリラはどこに隠れてるんだっ!」


 ビルダーレッドは、まるで初代のように笑顔で尋ねた。


「どっちのゴリラだ? ウチのゴリラか? それともローラさんの方か?」


 メジャーレッドの顔から血の気がひいていく。絶望したように表情から生気が失われていく。

 そのメジャーレッドの肩に手を置いて、ビルダーレッドは低い声でささやいた。


「覚悟を決めろ」


 メジャーレッドの口から、激しく息が吐き出される。それは悲鳴のはずだった。だが、声にはなっていない。絞り出すような悲鳴は、誰の耳にも届かない。


     ***


 同時刻。葛飾区小菅、東京拘置所。


「お前らなあ。ホント、人をバカにすんのもいい加減にしろよ」


 ローラさんは朝から不機嫌だった。午前六時に叩き起こされ、そのまま迎えに来たビルダーイエローのワンボックスカーに乗せられ東京拘置所へ。

 その車内で、初めてローラさんは拠点が盗聴されている事を知らされた。


「じゃあ、なにか? 知らなかったのは、俺一人だったの? みんな知ってて、俺だけ仲間ハズレ?」


 延々と二時間にわたって愚痴をこぼすローラさん。さすがに聞いているのが面倒になったのか、ビルダーピンクは少し離れた場所に逃げていた。

 東京拘置所にやって来たのは四人。ローラさんとミドリ君。そしてビルダーイエローとピンク。


 彼らの任務はナナフシの警備。だが、現時点では相手の出方も分からない。そもそもナナフシの口封じが本当に行われるかも分かっていない。

 だが、ローラさんはヨシダさんとゴトウダを信頼している。それだけにヨシダさんが予想したナナフシの口封じにも疑いを持っていないし、ゴトウダが考案したという怪人対策の武器についても説明を受けた。

 初代を通じて東京拘置所の関係者と秘密裏に交渉をして、グノーシスの襲撃を迎え撃つ準備を整えた彼らは、ただ待ち続けた。

 そしてその間、ローラさんはいつまでも愚痴をこぼし続けた。


 イエローは思った。


『どうでもいいから、早く来てくれねえかな……』


 東京拘置所の周囲は高い壁に囲まれている訳では無い。敷地内には、どこからでも侵入できてしまう。その上、建物自体も大小あわせれば出入り口は無数にある。建物への侵入を防ぐのも酷く困難だった。

 もっとも建物内への侵入を許したところで、ナナフシがいる場所への通路は一つしか無い。

 現在、ローラさんとイエローはその場所に陣取っている。複数の鉄格子と検問所をくぐり抜けないとやって来る事のできない、東京拘置所地下の刑場の入り口。

 彼らはそこでグノーシスの襲撃を待ち構えていた。


 いまだ意識のないナナフシは、自分が拘置所内の病院から、死刑が執行される場所に移送されている事をまだ知らない。

 もしも彼がこの瞬間に意識を取り戻したら、恐怖によってもう一度意識を失うだろう。

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