第六十九話 天国へと続く道
追悼集会前日、午後六時。
中央区銀座。日本屈指の繁華街であるこの街は、昼間から買い物客であふれていた。かつては高級店が軒を並べる街と知られていたが、現在は少しばかり趣を変えている。
辺りを歩いてみれば、確かに知る人ぞ知る高級店から世界的有名ブランドまで様々な店が並んでいるが、中には低価格を売りにしたファストファッションの専門店も店舗を構えている。
そんな銀座の街で、ビリオンは雑踏の中に紛れていた。待ちあわせの相手の要望で、ビリオンはこの街へとやって来た。人通りの少ない一角で、壁にもたれて辺りを見回す。
あまりにも人が多すぎた。本来なら追われている身であるビリオンが、いまや有名人となった人物と会うには少しばかり都合の悪い場所に思えた。
ビリオンは言った。もう少し人気の無い場所の方がいいだろうと。だが、待ちあわせの相手はあっけらかんと答えた。
『別にどこでもいいっすよ』
豪快なのかバカなのか。いまだにビリオンは待ち合わせの相手の事が理解できていない。だが、ビリオンにとって頼れる者はその相手一人だけだった。
「ああ、早いっすね。待たせたっすか?」
のんきな口調でやって来た幼女。ハセガワはごく自然にその場所にやって来た。
「じゃあ、私はちょっとお茶してきますね。なにかあったら電話ください」
ハセガワの後ろには、地味な容姿の女性がいた。近所の店の紙袋をいくつも持った、買い物客にしか見えない一般人。
その女性が、かつて自分の部下によって拉致された女性だという事はビリオンも知らない。もしも知っていたら、今の彼なら謝罪の一つもしたかも知れない。
女性は去っていき、そしてビリオンはハセガワと向き直る。
「悪いな。呼び出したりして」
「別にいいっすよ。なんか用があったんすよね。大丈夫、時間はあるっす」
ビリオンはハセガワを呼び出した。その呼び出しにハセガワは応じてくれた。だが、それでもビリオンは呼び出した理由を口に出すのをためらってしまう。
それがハセガワの立場を危うくする事は承知しているから。
「時間はあるんすけど、自分の忍耐力が持たなくなりそうっすね」
ハセガワは笑う。ビリオンは意を決して用件を切り出す。たとえ断られたとしても、それは仕方が無い。そう決意して無茶を頼む。
「初代と差しで勝負したい。アイツをどこか、人気の無い場所に誘い出せないか」
その言葉に狂気や殺意が含まれていれば、ハセガワはその頼みを断っただろう。だが、ビリオンの言葉にそれらは含まれていない。
悲痛な、あるいはすがるような思いが言葉に満ちていた。
「……予想以上に無茶な頼みっすね。だけど勝負する必要があるんすか?」
「そうだな……、戦う必要は無いのかも知れない。だが、俺は他の方法を知らないんだ」
「どっか遠くに逃げるってのはどうっすか?」
ビリオンはハセガワを見つめる。その目は少しばかり悲観にくれているようだった。
「……お前なら分かってくれると思っていたんだがな……」
ハセガワはビリオンの落胆にため息で応える。
「分かってはいるっすよ。だけど『友達』が自分から命を捨てようとしてんのは見てられないっす」
「………………そうか」
ビリオンは初代との戦いを求めている。だが、それは怒りや恨みといった理由ではない。ビリオンは自分を見失っている。そして答えを求めている。
かつてはビリオンもライダーと名乗っていた。もちろんそれには『元祖』と呼ばれる存在がいる。ライダーと名乗り、苦悩の中で戦い抜いた男が。
かつては憤怒のままに襲いかかった。その時は、なに一つ理解できなかった。あの男がくぐり抜けた修羅場を、あの男を追い詰めた苦悩を。
もう一度戦いたい。そして『ライダー』という存在の本質に触れたい。
だがビリオンにはハセガワの言葉も理解できていた。ビリオンは秋葉原テロに関与している。少なくともナナフシの指示で、警官隊の指揮官を殺害している。
初代に負ければ、そのまま逮捕される。初代に勝ったところで、無傷では済まない。きっと他の誰かに逮捕される。
そして裁かれる。判決の予想はつく。良くて無期懲役、最悪は死刑。
それでもビリオンは奪われ続けた自分を取り戻そうとしている。そのためなら死ぬ事すらいとわない。
かつてはハセガワもそうだった。自分を見失い。そして戦いの中で自分を取り戻した。だから理解できる。自分を見失う怖さと、取り戻したいという渇望を。
「俺は罪を犯しすぎた。軽い罪じゃない。一つ一つが重い罪だ。それはいずれ償うべきなんだよ。だが、その前に……。裁かれる前に、俺は自分を取り戻したい」
悲痛な表情のビリオンに、ハセガワは微笑みかける。
「ビリやん。あのゴリラが前に言ってたんすよ。『ヒーローなら笑ってろ』って」
「……もう手遅れだよ」
「そうでもねえっす。って言うか、そんなシケたツラしてたら、勝てるモンも勝てねえっすよ」
ビリオンはハセガワを見つめながら思った。
『ああ、そうだ。コイツはこういうヤツだ』
「ビリやんは確かに罪を犯したっす。それは否定しねえし、弁護もしねえっす。だけど、友達だから味方してやるっすよ。どうせなら勝って笑って、それから罪を償うっす」
「メチャクチャだな、お前……」
「そんな自分に頼ろうとしたビリやんも大概っすよ」
ビリオンは小さく口角をつり上げた。
「……ああ、そうだな。俺も大概だ」
「初代さんの行動は正直読めねえっす。どこでなにやってんだか、知ってる人の方が少ないっすね」
いきなり真顔になって本題に入るハセガワ。自分の知っている事をすべて話した。
「明日の予定は知ってるっすよ。だけど、その場には他のヒーローもやまほど来るっす。特にビルダーレッドは厄介っすね。あの兄ちゃんの性格からすると、初代さんの盾になって立ちふさがってくるっす」
「なるほどな。確かにアイツがいると差しの勝負にはならないな……。下手したら初代に近寄る事もできないか……」
「それと、どうも初代さんはビルダーレッドを自分の後釜にしようとしてるっすね。その後は、また世界中を放浪するかも知れねえっす」
「……時間がねえな」
「そうっすね。だからって短気起こして特攻するのはやめとけっす。最悪の結果にしかならねえっすから。自分の方でも情報は集めとくっすから、少し大人しくしとくんすね」
「分かった。恩に着るよ」
ビリオンは音も無く踵を返し、そして雑踏の中に消えていった。その姿を眺めながらハセガワはつぶやいた。
「不器用っすね……」
ハセガワの背後のビルから、ひょっこりヨシダさんが顔を出す。
「でも、あの人強そうですね。バッタ野郎といい勝負できるかも知れませんよ」
「いたんすか。て言うか、盗み聞きは趣味が悪いっす」
「普段は盗み聞きされる側ですから、たまにはね。でもハセガワ君の友達なら、私も協力しますよ」
笑顔のヨシダさんを、ハセガワはジト目で睨みつける。
「アイツがなにモンだか、知ってんすか? アイツに手を貸したら、ヨシダさんだって……」
「ビリオン・ライダー。本名、クボ・タカフミ。元『狼の巣』所属。ニホンオオカミの改造人間。所属していた組織を潰してライダーを名乗る。現在は……」
「すんません。自分が悪かったっす。分かった上で手を貸してくれるんなら大歓迎っす」
***
同日、午後八時。
上野恩賜公園の地下。博物館動物園駅。クジョウの前でナマコ男は頭を抱えていた。
「なあ、クジョウ。今回は自爆無しって事なんだけどよ。難しいぜ、そりゃあ。今じゃみんなが自爆したがってる」
ナマコ男の言葉は少し大袈裟だったが、確かに『ホワイト』内部では自爆した者を英雄視する動きがあった。
ナマコ男の言う『今回』とは翌日に控えた東京拘置所襲撃の事。その襲撃に参加を希望する怪人の多くは、自爆を期待している。
クジョウは呆れ顔でそれをとがめた。
「今回はメジャーレッドの保身が目的だ。お前らが命を捨てる価値なんて無い」
そう吐き捨てたクジョウも本当は分かっている。改造人間には二つのタイプがある。固定型と可変型の二つ。ここで問題になっているのは固定型の改造人間。
彼らは肉体の大部分をいびつに改造されている事から、身体の維持が困難になっている。そのために知能の劣化や肉体の崩壊が始まっている者もいる。
彼らは死に場所を求めている。崩壊していくまま、朽ち果てようとはしない。怪人らしく、華々しく死にたいと熱望している。
「不味い事になってんだよ。自爆用のリモコンを自作するヤツが出てきた。どうやって作ったのかは知らねえけどさ、いつもそれを持ち歩いてるヤツらがいる」
「取り上げろ」
「また作るだけだよ。意味が無い。それにな、自爆って言えば聞こえはいいけど、前はナナフシがスイッチを押してた。だけど、これからは別の誰かがスイッチを押さないといけない。お前がやるか?」
「…………………………」
「一応言っとくけど、俺だって嫌だよ。自爆するのを見送るのは構わない。だけど、俺がスイッチを押すのは嫌だ」
隣で聞いていたマダムが口を挟む。
「ねえ、ナオト。もう自爆はやめさせようよ。アンタは救済って言ってたけどさ、自分から命捨てたって誰も救われないよ」
もしもクジョウが『失敗作』でなければ、彼もマダムの意見に同意していたかも知れない。だが彼は『失敗作』だった。マダムとは違い、可変型にも関わらず知能の劣化が激しい。
可変型でありながら固定型の欠陥を持つ男。変身すれば知能はオランウータンと同レベルにまで落ちる。人間の姿に戻れば、知能も戻る。
だが、現在は変身前の状態でも知能の劣化が起こる。一時的な発作のようなものだが、それは自身が『失敗作』である事を突きつける。
そして、彼にはあまり時間が残されてはいない事も突きつける。
クジョウは決して自分から死を選んだりはしない。その前にやるべき事があるから。だが、その目的を果たした時は、死んでもいいと思っている。
より正確に言えば、目的を果たすためには自分も死ななければいけない。
ヒーローも怪人もいない世界。
自分自身を全否定する思想。それがクジョウを突き動かす。すべてのヒーローと怪人に『救済』を与える。
そしてすべての人間に、ヒーローと怪人が二度と触れてはいけない『禁忌』だと示す。
最後はヒーローも怪人もいない世界、『天国』を創り出す。
そのためには、戦う力が必要だった。
「分かった。リモコンは持たせておけ。だが、よく言っておけ。使いどころを間違えるなと」
「ナオト! アタシが言ってるのは、そういう事じゃないよ!」
「クジョウ。俺たちみんな死ねばいいって思ってんのか? なんでだよ、俺たちは仲間じゃないのか?」
ナマコ男の言葉を鼻で笑う。クジョウはなんでもない事のように言い放つ。
「安心しろ。俺も死ぬよ。お前らを見送った後、喜んで死んでやる」
「分かんねえよ。クジョウ、お前の目的はなんなんだ!?」
クジョウは目を閉じて、静かに言った。
「そうだな。『オオツキ』、お前には娘がいたよな」
「……今は……関係ないだろ…………」
「辛いか? 娘の話はしたくないか? なあ、『オオツキ』、俺はお前のような不幸なヤツを見たくないんだ。これ以上、そんなヤツを増やしたくない」
死に場所を失った怪人なら誰でも一度は考える。『怪人にならなかった自分』、ローラさんのように自分の意志で怪人になった者は決して多くない。
ナマコ男、オオツキ・ノブユキも決してナマコの仲間入りをしたいとは思っていなかった。彼もまた悪の秘密結社に拉致されて、改造された被害者の一人。
「俺たちの手で、すべてを終わらせよう」
クジョウの言葉にナマコ男は黙り込む。クジョウが正しいと思い始めている。だが、マダムはそれを認めない。
「違うよ。終わりなんて無い。アタシたちが生きてる限り、終わりなんて無い」
クジョウよりも先に、ナマコ男が答えた。
「だから、俺たちは死ぬ必要がある……。そうだな、クジョウ」
クジョウは無言でうなずいた。クジョウの『天国』へと続く道に、多くの仲間が集い始める。
***
そして追悼集会当日。最後の戦いの前哨戦となる一日が始まった。




