第二十五話 混乱は拡散し、混沌は集束する
クジョウは呆然とマダムを見つめる。彼女の意図は理解している。むしろ自分の事を、マダムが深く理解していた事に愕然とする。
「アタシはアンタみたいなヤツをたくさん見てきたよ。自分自身を必死に否定してるヤツをね。みんな壊れちゃったよ。当たり前でしょ? 自分を否定するヤツが、どうして自分を保てるのさ」
『ヒーローも怪人もいない世界』、それがクジョウの理想。そしてそれは自分自身の全否定。
「さあ、行こう。卑怯でも、姑息でも、怪人ってヤツを真剣にやってみな。そしたらアンタの世界が変わるはず」
クジョウはマダムの差し伸べた手を取れなかった。数分後、マダムは代々木公園の『ホワイト』から半数を連れ出して、ゴリゴリ団の拠点へと向かった。
クジョウは残った半数へと指示を出す。できるだけ傲慢に、できるだけ独善的に。
「明治神宮に、ヒーローや野次馬が集まりつつある。俺たちの任務は『一般市民の犠牲を抑える事』だ。それ以外は考えなくていい。騒動の中心には触れるな、集まってくる野次馬を遠ざける事と、騒動から距離をとったヒーローの排除を優先しろ」
迷いを隠し通そうとした。だが、クジョウの指示には『建前』しかない。クジョウのやるべき事、やりたい事、それは一つも含まれていない。ヒーローでもなく、怪人でもない彼は、騒動の渦中に飛び込んでいく事を拒んでいた。
***
「それで一体なにがあったんすか?」
ゴリゴリ団の拠点。ボコボコに顔を腫らしたヨシダさんに、ハセガワは呆れ顔。確かにヨシダさんを心配はしていた。顔を腫らしたヨシダさんに絶句した。だが、その彼女が連れてきたゴツいオカマと、バカデカい全裸のオッサンにはただ呆れかえっていた。
「なるほど、つまりゴトウダの家で襲われた後、そのミドリ君ってのに助けられたんすね。それは分かりました。それでなんで全裸なんすか?」
「いや、身体が大っきくなったら服が着れなくなって……」
「元に戻ればいいんじゃないっすか?」
「すんません。自然に戻るの待つしかないんです」
ミドリ君は申し訳なさそうにうつむく。それでもハセガワを見下ろしているのは変わらないが。
「とりあえずドンキー行って、一番デカいサイズ買ってくるしかないっすね。あと、ローラさんに電話っす」
ハセガワは自分のスマホをヨシダさんに渡した。早速ローラさんに無事を伝えるヨシダさん。だが、少しばかり遅かった。
『ああ、無事だったんだ。よかった。へえ、ミドリ君がね……。アイツも結構やるなあ。うん、まあ、こっちはすぐには戻れそうにないかな……』
「なにがあったんですか?」
『もう囲まれてる』
原宿駅前。明治神宮最寄りの駅に到着していたローラさんは、すでに戦隊ヒーローの集団に取り囲まれていた。
ローラさんはため息をつきながら電話を切った。そして辺りを見回す。ローラさんを取り囲む戦隊の群れ。総数二十人程度。それを更に囲むように群がっている野次馬。
「強引に逃げるには、ちょっと多すぎかな……」
ローラさんのつぶやきは誰も聞いていない。戦隊たちは動揺を隠せないまま、互いに言葉を交わし合う。
「なあ、マジでイエローさんじゃねえの?」
「確認したよ、イエローさんはこっちに向かってる最中だって」
「コイツが偽物か……。マジでそっくりだな……」
頭をボリボリとかきながらローラさんは思った。
『目立ちすぎたな……。これじゃ逃げても無駄か……』
戦隊ヒーローたちは言葉を交わし合ううちに気が付いた。目の前にいるゴリラがすべての元凶だと。ミツオを襲ったのも、そして『Re』でライダーを潰したのも、すべて目の前のゴリラだと気が付いた。
「汚い真似をしやがって! ただじゃ済まさねえぞ、ゴリラ野郎!」
数で勝る戦隊ヒーローたちは、格好つけて凄んで見せる。だが、ローラさんは無言のまま、彼から襲いかかった。
「え!? ちょっと……、オゴォッ!」
いきなりのゴリラビンタ。ヒーローに名乗りを上げる事すら許さない。一気に湧く野次馬。そして絶句するヒーローたち。
単純作業のようにビンタを繰り返すローラさん。無言のまま、淡々と豪腕を振るう。
「いきなり汚えぞ! 少し待てよ! いや、待ってくだ……ヒギィッ!」
泣きを入れるヒーローにビンタの制裁。別にヒーローはなにも悪い事をしていないが。そんな中、野次馬をかき分けて怪人が一人姿を表した。
「クジョウ、ゴリラを見つけた。原宿駅だ」
怪人が手に持っている無線機からクジョウの声が響く。
『そこじゃマズい。まず野次馬から遠ざけろ』
ヒーローを片付けていたローラさんが怪人に目を向ける。そしてごく当たり前のように声をかけた。
「おう。お前、クジョウの知り合い? アイツ、元気でやってんの? ゴメン、ちょっとそれ貸して」
怯えきった戦隊を無視してドスドスと怪人に歩み寄る。そして怪人の持つ無線機を取り上げた。
「久しぶり。なにこの騒ぎ?」
『お前らのせいだろっ!』
のんきなローラさんにクジョウの罵声が飛ぶ。延々とローラさんを罵るが、ローラさんは涼しい顔。
「いや、俺らのせいって言われてもな……。戦隊とライダーが揉めてたのは元からだろ? とりあえずヨシダさんも無事だったから、もう帰るわ」
ローラさんの言葉に、クジョウは考えを巡らせる。そして周辺にいる全怪人に連絡した。
『原宿駅にいるゴリラに総攻撃を仕掛けろ。繰り返す、原宿駅のゴリラに総攻撃だ』
手にした無線機から聞こえてくる、自分自身への攻撃命令にローラさんは少し笑顔になった。
「お前、やるなあ。どうした? 前よりちょっとマシになったぞ」
ローラさんの言葉に硬直するクジョウ。ローラさんの言葉が理解できない。マダムの言葉を思い出す。
『アンタ、怪人になりなよ』
その言葉を拒絶したはずなのに、マダムの手を取らなかったはずなのに、わずかな時間で自分の迷いが大きくなっている事に気が付いた。
「俺も怪人。お前も怪人。それでいいんだよ。だからお前もかかってこい」
ローラさんの言葉に震え上がる。理性が飛びそうになる。それを抑えて、クジョウは無線の電源を切った。それでも抑えきれないナニかが自分の胸に広がっていくのを感じた。
「知ってたのか……。俺が改造人間だって…………」
***
ビルダーレッドとビルダーイエローの二人は少し遅めのペースで走りながら明治神宮を目指していた。彼らがいた中野から明治神宮までは南東に四キロほど。
戦闘になる予感から、彼らは身体を温めながら明治神宮を目指す。はたから見ればヒーローがジョギングしているようにしか見えない。
通りすがりの一般人が二人に手を振っている。それに笑顔で応える二人。しかしその笑顔が凍りつく。遠くから聞こえる地響き。そして南東の方角に、あってはならないモノを見てしまったから。
「バカが……。あんなモンまで出してくるなんて…………」
「あー、これは厳しいゴリ……。収拾がつかなくなるゴリねえ」
二人が見たモノは、巨大ロボの姿。およそ全長十五メートル。巨大ロボとしてはむしろ少し小さめのサイズ。
しかし五階建てのビルとほぼ同じ高さの巨体は、見る者を圧倒した。地響きをともなって、ゆっくりと明治神宮へと歩いて行く巨大ロボを見て、二人は舌打ちをした。
二人が見つめる巨大ロボには、名も無いヒーローが乗っていた。ただのモブキャラ。だが、事態を更に悪化させる愚か者。
「うひゃひゃひゃひゃひゃ、これマジで凄いね。ライダーも全部踏みつぶせそうだよ」
ヒーローは有頂天だった。買ったばかりの巨大ロボを得意になって操縦している。足下にはパトカーのサイレン。そして拡声器から警告の言葉が発せられる。
『そこの巨大ロボ。今すぐ停止しなさい。市街地での巨大ロボの運用は禁止されています。今すぐ停止しなさい』
「うるせーよ、バカ。ヒーローに逆らうんじゃねえ!」
巨大ロボの歩みがアスファルトの道路を陥没させていく。悲鳴と怒号、そしてパトカーのサイレンが響く。
「巨大ロボってどこで売ってるゴリ?」
「たまに宣伝のメールが来るぞ。上野のバイク屋で巨大ロボも扱ってる店があるらしい」
「なんだ、その店……。この騒ぎが終わったら、ソイツら締め上げる必要があるゴリねえ」
「そうだな。だが、今は明治神宮だ。あの巨大ロボも片付けるとなると面倒な仕事だがな」
二人は明治神宮を目指して走った。明治神宮で待つ、どうしようもない混乱に深いため息をつきながら、二人は走り続けた。
***
明治神宮へと向かう高級車の後部座席に、不機嫌な顔のビリオンが座っている。タブレットを手に情報を集める。そして巨大ロボの出現を知り、困惑に顔を歪めた。
『なにが起きてる?』
無数のバカが大騒ぎ。ただそれだけだったが、彼はそれを知らない。戦隊との衝突を不可避と判断したビリオンは、力による事態の沈静化を選択した。つまり戦隊の殲滅。
しかし巨大ロボの出現を知り、事態を正しく理解できなくなっていた。
『イエローの女を誘拐したバカを相手に、巨大ロボまで持ち出した? そんなバカな事があるか。なら、なにが起きてる?』
混雑した道路をゆっくりと走る高級車。その脇を一台のバイクが追い抜いていった。タブレットに目を向けていたビリオンは気付かない。それが伝説のライダーだという事に。
数時間前、表舞台から姿を消していた伝説の男が羽田空港へと降り立っていた。海外の秘密結社を追いかける旅から一時的な帰国。
空港で明治神宮の混乱を知り、伝説の男は一直線に現場へと向かった。
***
「どうするんすか? このまま留守番っすか?」
ハセガワはテレビを見ながら、ヨシダさんに尋ねた。テレビでは緊急速報として渋谷区に出現した巨大ロボについて報じられている。
「巨大ロボなんて珍しいですね。東京じゃ使っちゃいけないはずですけど」
氷で顔面を冷やしながらヨシダさんが言った。
「ローラさんでも巨大ロボはキツいっすよね……」
「うーん。何度か倒した事ありますけどね。問題は巨大ロボが線路とか道路を潰しちゃった時ですよ。拠点に戻るのに、交通手段が無くなりますから」
「ねえ、巨大ロボを倒せるゴリラってナニよ……。それもうゴリラですらないじゃない……」
ゴトウダが呆れかえる。ハセガワはガン無視だった。
「じゃあ、迎えに行くっすか?」
「ねえ、聞いてる? まあ、迎えに行くってのは賛成。あの人、丸腰で戦隊に囲まれてるんでしょ? その上、巨大ロボまで出てきてるんじゃ大変じゃない。せめて武器くらい届けてあげないと」
「あのハリセン、メッチャ痛かったですよ。あれローラさんが使ったら凄い事になりますよ」
ミドリ君の言葉にゴトウダがどこか自慢げに言った。
「でしょ? シンプルだけど、私の作品だからね」
「いや、お前ら、もう帰ってくれっす」
ゴリゴリ団の拠点は、いつも通りとも言える、どこかグダグダな空気に包まれていた。ローラさんを真剣に心配している者は一人もいない。
だが、そんな彼らも無関係ではいられなかった。彼らの拠点に『ホワイト』の実働部隊が強襲する。
突然の轟音。そしてぶち破られた拠点の入り口。なだれ込んでくる怪人の群れ。マダム・クリマーによって率いられた怪人が、遂に拠点へとやって来た。しかし、その場にマダム・クリマーはいなかった。
「なんすか、コイツら!?」
「怪人!? どうしてこんな時に……」
「あら、やだ。アンタたちどんだけ敵がいるのよ」
「僕、もう帰らせてください……」
拠点へとなだれ込んできた怪人の先頭に立つのは、珍妙な姿の怪人。巨大なナマコにそのまま人間の手足を付け足したような姿だった。
「ふっふっふっ、俺たちは『ホワイト』、お前らゴリゴリ団に制裁を加えるためにやってきた。さあ、泣き叫べ、そして命乞いをしろ!」
ナマコ男は自分の手元をガン見していた。
「カンペ見てるっすね」
「カンペ見てますね」
「カンペ無いとしゃべれないの?」
「しかもメッチャ棒読みですよ……」
しかしセリフのマヌケさとは裏腹に殺意をむき出しにした怪人の群れは、のんきにツッコみを入れる四人に襲いかかった。




