第二十六話 『ホワイト』の襲撃
「下がってなさい! ここは私に任せて!」
襲い来る怪人の群れを前に、そう言い放ったのはゴトウダ。しかし彼は隣にいたミドリ君を突き飛ばして自分も後ろに下がった。
「え!? ちょっと、なにそれ!?」
「頑張ってねっ! ほら、みんなレディだし……」
「あー、そうっすね。みんな、『れでー』っすね」
「ふざけてる場合じゃありません。とにかく地下へ!」
三人はミドリ君を犠牲に地下へと逃げ延びた。エレベータが地下まで降りきった後、エレベータの非常停止ボタンを押して使用不能にしておいた。それからようやく三人は一息つく。
「一体何事なの? 貴方たちどれだけ敵がいるのよ、ホントに」
「あれ、怪人っすね。となると、黒幕はクジョウさんっすね。『ホワイト』を動かせるのは『東ヒー』の関係者だけっすから」
「『東ヒー』まで敵に回してるの!? どんだけ暴れ回ってるのよ……」
「いえ、敵に回したと言うか、そもそも『東ヒー』の支援で結社を再建したので……」
ヨシダさんはこれまでの経緯を説明した。ゴトウダは唸ったり、驚いたり、顔をしかめたりしながら話を聞いた。そして一言。
「要するに『東ヒー』にとっても貴方たちが邪魔になったって事ね」
「いつかはこうなると思ってましたけど、予想以上に早かったですね」
「それで、これからどうするの?」
思案顔のヨシダさん。少しばかり悪巧みをしていそうな顔に、ハセガワとゴトウダは若干怯えていた。
「そうですね。とりあえずローラさんと合流しないと話になりません。上はミドリ君に足止めしておいてもらって、私たちはこのまま地下から出て渋谷に向かいましょう」
「あのでっかいオッサンは大丈夫なんすか? 普通に死にますよ、あれ」
「あの人、ローラさんのゴリラビンタを五発も耐えた人なんです」
「化け物っすね、それ。じゃあ、逃げる事もなかったような……」
「でもヘタレなんです」
「ヘタレだったわね。思わず勢いで突き飛ばしちゃったけど、今頃どんな目にあってるか……」
「オマエもろくなモンじゃねえっす」
三人の話し合いは続く。そしてこの場から二手に分かれる事が決まった。ヨシダさんは計画の確認をする。
「まず私とハセガワ君がこのまま地下出口から脱出します。ゴトウダさんはもう一度エレベータで上に戻ってください」
「ええ、それでゴリセンを回収してからミドリ君と脱出ね。でも彼、やられてないといいけど」
「打たれ強さだけはローラさんも認めるレベルですから、問題は怪人の群れから逃げ出せるかどうかです。なにか使える物があればいいんですけど……」
そう言いながらヨシダさんはバッグの中身を床に並べ始めた。壊れたスマホ、手帳、化粧品、財布、スタンガン。
「あれ!? ヨシダさんってこんなもんも持ち歩いてんすか?」
ハセガワが手に取ったのはスタンガン。元はミドリ君の所持品だったが、彼をライトバンに乗せる時に彼女が回収していた物だった。
「ああ、これはミドリ君のですね。怪人相手じゃ通用しないはずです」
「ごめんなさい。ちょっと見せて……。ああ、これキッツいヤツだわ。これなら多少怯ませるくらいはできるわよ」
「改造済みとかそういうヤツっすか?」
「ううん。市販品だけど、トップクラスで危険なヤツ。これなら使い方を間違えなければ役に立つかも」
「じゃあ、ゴトウダさん持って行きますか?」
「貴方が持ってなさい。私も一応、心はレディだけどね。それでもヨシダさんやハセガワちゃんよりは強いつもりよ」
そう言ってゴトウダは腕を曲げて力こぶを作ってみせる。精一杯の強がり、ヨシダさんには分かっていた。ゴトウダはゴツい体躯をしているが、その身体能力は常人レベルを大きく上回る訳ではない。
「じゃあ、行きますか。明治神宮で合流しましょう、どうかご無事で」
ヨシダさんの言葉にゴトウダは無言でうなずいた。その横でハセガワが眉をひそめる。
『あれ? このオッサンいつから仲間になったんだろう……』
気が付けばゴリゴリ団には新たな仲間ができていた。武器職人ゴトウダ・ツネヨシ。そしてミドリ君こと、サトウ・マサル。
誰もが『ミドリ君』と呼んでいたが、本名とはまったく関係無かった。そして付き合いの長いローラさんとヨシダさんすら、二人揃ってミドリ君の本名を覚えていなかった。
そして五分後。ゴトウダはエレベータで再び上へ。ゴトウダの目的はミドリ君の救出、そしてゴリセンの回収。それから怪人の包囲を振り切って脱出。
エレベータの中でゴトウダは一人つぶやいた。
「やれやれ、結構しんどい事になりそうね……」
そしてエレベータは一階へ。『チンッ!』という軽快な音と共にエレベータの扉が開く。そのまま通路を進んで、冷蔵庫に偽装された入り口を抜ける。
ゴトウダには音で分かった。まだミドリ君が暴行を受けている事を。一階に響く怪人の怒声と、ミドリ君の悲鳴。
「凄いわね……。本当にまだ生きてた……」
ほとんど使われていないキッチンを見回して武器になりそうな物を探す。流し台の下から包丁を取りだして、刃先をじっくりと見つめる。
「セラミック製ねえ。悪くはないけど、少し短いかしらね……。まあ、仕方が無いか」
キッチンの物音を聞きつけた怪人が一人で様子を見に来た。そして哀れな怪人は見てしまう。ゴツいオカマが包丁を握りしめて微笑んでいる姿を。
「ヒィイイイイイイイイッ! ばっ、化け物ぉ!」
叫んだ怪人は全身から触手を生やしていた。そんな化け物の絶叫を聞き、ゴトウダは辺りを見回す。
「どこ!? 化け物どこ!?」
ゴトウダは顔面蒼白だった。もちろん自分が化け物呼ばわりされた事に、まだ気が付いていない。
騒動を聞きつけて別の怪人がキッチンに乗り込んでくる。
「おい、どうした? って、なんだ? おい、なに言ってんだ、コイツはあの女の仲間じゃないか」
「え!? 化け物って私の事?」
「あ……、そうか、さっき逃げた女の仲間か……。チキショウ、気味の悪い格好しやがって」
そう言った怪人はイソギンチャク男。そのイソギンチャク男の言葉に、イボイノシシ男が答える。
「ああ、不細工なヤツだ……」
イソギンチャク男とイボイノシシ男の侮辱に対して、静かにゴトウダはキッチンのサラダ油のペットボトルを手に取る。
そしてペットボトルのふたを開け、注ぎ口を二人の怪人に向けて、一気にペットボトルを握りつぶす。
盛大に噴出されたサラダ油を頭から被る二人の怪人。その怪人に対して、ゴトウダはニヤリと笑ってから、残ったサラダ油を口に含む。
手には拾ったライター。二人の怪人は弱々しくつぶやいた。
「それはダメだよ…………」
***
店舗スペースではミドリ君がフルボッコの真っ最中だった。しかし当のミドリ君はほぼノーダメージ。ただ嵐が過ぎるのを待っているだけのような状態。
そこにキッチンの物音を確認に行った怪人の悲鳴が響く。その場の全員がキッチンの入り口に目を向けると、そこから火だるまと化した怪人二人が転がり出てきた。
「おいっ! どうした!? なにがあった?」
「たっ、助けてくれえっ!」
「ひぃいいいいいいいっ! 死ぬ、死んじまう!」
その二人の後から出てきたのは、ゴツいオッサンのオカマ。片手にサラダ油のペットボトル。そしてもう一方の手には包丁とライター。指の間に挟んでブラブラともてあそんでいる。
動転している怪人を尻目に、座った目つきでペットボトルのサラダ油を口に含むゴトウダ。全員が理解した。コイツがやらかしたと。
空になったペットボトルを投げ捨てて、空いた手で包丁を持つ。そしてライターを口元へ。
ライターの火をつけた瞬間に、口に含んだサラダ油を一気に噴き出した。人間火炎放射器。よい子は真似しちゃいけない荒技。ゴトウダの指先も軽く燃えていた。
「立ちなさい、ミドリ君。こっから逃げるわよ」
ヘタレのミドリ君は『逃げる』という言葉に対する反応が妙に速かった。弾かれるように立ち上がり、そして出口を目指す。
「ちょっ、まだ早いって。これ持って……、ああ、チクショウ! おい、ヘタレ! 待ちやがれ、テメエ!」
ゴリセンを拾い、ミドリ君を追うゴトウダ。怪人は火だるまになった仲間の救助を優先し、二人が逃げ出すのを黙って見ているしかなかった。
「いいのか? あの二人、逃がしちまって……」
「でも、標的は女二人だろ? オッサン二人は聞いてないぜ」
「じゃあ、女はどうする?」
「俺らの仕事は地下の出口に追い込むまでだ。その後はマダムの仕事だろ」
***
拠点地下のヨシダさんとハセガワは、西側出口から延びる長い通路を歩いていた。
「あの二人、大丈夫ですかね」
「ゴトウダってなんでオカマやってんすかね?」
「……それって今する質問ですか?」
「いや、あのオッサン、ぶっちゃけキモいんすけど、意外と紳士的って言うか……」
「本人は微妙な気持ちになるでしょうけどね」
結果的には囮役を買ってでたゴトウダに対して、ハセガワの評価は大きく変わっていた。そしてゴトウダのお陰で、こうして無事に拠点から逃げ出せる事に感謝もしていた。
だが不安もある。怪人の集団がやって来た。以前のゴリゴリ団でもヒーローの襲撃を受けていたとは聞いている。だがその時、ローラさんがいた。それならローラさん不在の時はどうしたらいいのか。
「一応、『ホワイト』もヒーロー側の連中っすけど、なにしでかすか分からない怖さがあるっすね」
怪人の襲撃はこれで終わりじゃない。これからもあるだろう。それは二人とも理解していた。だが、少しだけその理解が足りなかった。今回の襲撃すら、まだ終わっていない。
ドンキーの地下駐車場へと続く金属製の扉を開ける。そこは歩いてきた地下通路よりも明るい。いくつも並ぶ蛍光灯の光と、非常口を示す緑色の光。そして地上へと上がるスロープからは外の日差しも差し込んでくる。
その中に、一人の女性の影が見えた。ヨシダさんとハセガワの二人から見ても『美人』と即答するような美貌。タイトスカートからのぞく生足が妙に艶めかしい。
その女性は二人を待っていた。部下から追い立てられた二人が、そこから逃げ出してくるのを待ち構えていた。
「なんすか、あの人……。こっち見てるっすよ」
「ハセガワ君……。引き返しましょう……」
「え!? なに言ってんすか? あのおねーさん知り合いっすか」
そんなやりとりの中で、女性は怪しく微笑んで彼女たちに話しかける。
「ふーん。知ってるんだ、アタシの事。まあ、そうだよね。ゴリゴリ団の参謀ってとこかな。アンタらのせいで、街がメチャクチャだって分かってる?」
「敵っすか……。でも相手は一人っす。なんとか……」
「相手は改造人間です。ぶっちゃけ強いって訳じゃないはずですけど、私たち二人でどうにかできる相手じゃなさそうです」
「オーケーっす!」
二人は即座に身をひるがえし、たった今出てきた通路へと戻る。金属製の扉を閉め、そして鍵をかけて大きく息を吐き出した。
「ヤバいっすね。こっちにも見張りがいたんすか……」
ヨシダさんは顔をしかめて答える。
「見張りどころか、上の怪人の親玉です」
「マジっすか!?」
その頃、金属製の扉を見つめる女性がいまだに微笑んでいる。逃げ出した二人が扉を閉めて、そのまま鍵をかけた音も聞いた。それでも女性はまだ微笑んでいる。
履いていたブーツを脱ぎ捨てて、素足でコンクリートの地面に立つ。ゆっくりと指でクジョウから受け取った指輪を撫でる。そして小さな声で呪文を唱え、彼女は変身した。
美貌はそのままに、口から突き出された舌が細く長く伸びていく、そして最後は舌の先が二股に分かれた。その舌をチロチロと揺すりながら微笑む。
すらりとのびた足は、関節の存在を無視するように絡み合い、そして一本の胴体へと変化していく。
上半身は女性のまま、下半身を真っ白なヘビの姿へと変えて、彼女は進む。コンクリートの床の上を、自身の下半身を引きずりながら。
上半身は軽く左右に揺すり、下半身は激しくコンクリートの床を這う。身体を引きずる重苦しい音を地下駐車場に響かせながら、彼女は金属製の扉の前に立つ。
その攻撃は後ろ回し蹴りのように見えた。上半身を大きくひるがえし、扉に背を向けた。そしてヘビの下半身は大きく弧を描き、その太い胴体を金属製の扉に叩きつけた。
激しい衝撃音。軋む金属製の扉。わずかに歪んだ扉からドアノブが外れかかる。既にドアノブの内部では、鍵がその役目を果たしていなかった。
歪んだ扉がゆっくりと開く。愕然とするヨシダさんとハセガワ。変わり果てた下半身と、変わらない微笑みをたたえ、彼女は二人の眼前に立つ。
変わらぬ美貌、だがその口元からは人のモノではない舌をチロチロと見せつける。
怪人の女王。『マダム・クリマー』
地を這う音を響かせながら、マダムは二人へとささやいた。
「『ぶっちゃけ強いって訳じゃない』? 面白い事言うのね、人間のくせに」




