第二十一話 それぞれの思惑
『Re』決起集会から十二時間後。
「さて成果をまとめましょうか。ネットやニュースで確認できただけで、ヒーローを約三〇〇人ほど潰す事ができました。内訳としては戦隊が二〇〇でライダーが五〇くらいですね」
「ヨシダさん。五〇足りないっす。全部で三〇〇人潰して、戦隊が二〇〇の……」
「戦隊にもライダーにも属さないヒーローもいるんです。今回は無関係なはずなのに、襲われちゃったみたいですね」
「まあ、いい感じの成果かな。それでこれからどうすんの?」
「騒動が大きくなりすぎたので、少し静観していましょう。黙って見ているだけで、まだ結構な数のヒーローが勝手に潰れそうです」
「さらっと鬼畜っすね」
『Re』決起集会の後、ライブハウスから飛び出していったヒーローたちは、渋谷の街を徘徊していたライダーたちを片っ端から襲った。
もちろん襲われた者も抵抗する。そして仲間が襲われたと聞いて、渋谷に駆けつけた者もいる。更にその戦いを止めようとした者もいた。
ライブハウスから広がった騒乱は、夜明けには渋谷中を覆い尽くした。
「明日にはゴリセンも完成するはずですから、今日のところは大人しくしてましょう。やる事と言えば、ネット工作とニュースのチェックくらいですかね」
「ゴリセンができたらちょっと使ってみたいな。また蒲田辺りで暴れる?」
「いいっすね。ついでにあのゴツいオネエも潰しませんか?」
「なんでだよ! 武器屋潰してなんの得があんだ?」
「いや、あの人、生理的に無理っす」
***
中野区中野ブロードウェイ近くのトレーニングジム。ジムのスタッフルームには二人の男。今日は事務員の女性もいない。
精悍な顔だちと、鍛え抜いた肉体を持つヒーロー。ビルダーレッドは静かに口を開く。
「なあ、イエロー。答えてくれないか、昨日の夜、お前どこにいた?」
もう一人の男。ビルダーイエローはゴツい身体を小さくしてうつむいている。
「イエロー。俺はリーダーなんて呼ばれてるが、お前たちとは対等にやって来たつもりだ。だから説明してくれ。お前がライダーと戦うなら、その理由が知りたいんだ。止めようって言うんじゃない。納得できる理由なら、俺だって協力する」
イエローは小声でつぶやく。
「うほ、うほ……」
呆れたようにレッドが遮る。
「いや、それはいいから。今はお前のキャラとかどうでもいいんだよ。とにかく話してくれ」
しかめっ面のイエローはどこか所在なさげに目が泳いでいる。わずかな沈黙の後、根負けしたイエローがボソボソと話し始めた。
「いや、まずレッドの言ってる事が分かんねえんだよ。ライダーとかなんとか。俺、ライダーと揉めた事ねえし……」
「じゃあ、昨日の夜はどこにいたんだ?」
「…………合コン……」
「……………………そ、そうか……。合コンか……。どうだった?」
「…………ダメだった」
ビルダーイエロー。現在二十六歳、そして彼女いない歴も二十六年。レッドとイエローは小学生の頃からの付き合いだった。それだけにレッドはイエローの言葉を信じている。ライダーとの戦いに参加していなかった事も、そして合コンが上手くいかなかった事も。
「しかし、そうなると何者なんだろうな。お前にそっくりなヤツが暴れてるって話だ」
「いや、最初は結構ウケがいいんだよ。正義のヒーローなんて言われてさ。ゴリラみたいな顔も、みんなネタにしてくれるし……」
「その話はまたにしよう……。とにかく今はライダーとの抗争について……」
「お前……、ゆかりちゃんと結婚するのか?」
「…………まあ、そろそろかな、とは思ってる」
「……いいなあ、お前は……。でもおめでとう。幸せになってくれよ……」
「すまん、話戻していいか?」
『Re』決起集会ではビルダーイエローの姿が目撃されていた。しかし、その詳細を聞けば『体格が似ていた』とか『うほうほ言ってた』という程度の話でしかない。
しかし、その噂は深刻な影響を与えている。西側一帯を仕切っているビルダーファイブが、ライダーに戦争を仕掛けたという誤解が生まれている。
「あの蒲田のビリオンってヤツがな、金で解決しようとか言い出してる。意味が分からないな、話し合いには応じないとも言ってる」
「うほ、うほ」
「そこまで戻さなくていい。普通にしゃべれ」
***
大田区蒲田。駅からわずかに離れた場所にある雑居ビル、その最上階。ビリオン・ライダーは苛立っていた。
「それで、何人倒された?」
怯えきった側近が、かすれた声で答える。
「ご……、五十六人です……」
「その中で改造人間は何人いた?」
「…………十五人です」
ライダーは戦隊ヒーローとは違い少数精鋭で通っている。被害状況を見ただけならば、ライダー側の被害は圧倒的に少ない。だが、戦隊ヒーローに改造人間は少ない。戦隊ヒーローに属する多くの者は鍛え抜いた肉体と装備で勝負している。
言いかえれば戦隊ヒーロー側には『人間を超越した者』は少ない。しかしその戦隊ヒーローによって、十五人もの改造人間が倒されてしまった。
「一度倒されたヤツは使い物にならない。それは『こっち側』も同じ事だ……」
ビリオンは歯を食いしばり怒りを堪える。この場で怒りを発散したところで意味がない。彼の好む言い方をすれば『そんな事をしても金にならない』
「それで、ビルダーファイブの連中から返答はあったのか?」
「いえ、まだ……」
ビルダーファイブの一員、ビルダーイエローが『Re』に参加していたという報告は既に受けている。今日の早朝にはビルダーファイブの拠点へと電話をかけていた。
ビリオンの要求は、即時和解。そして慰謝料。簡単に言えば『二度とバカな真似はするな、それならこちら側も事を荒立てたりしない。あと金よこせ』、ビリオンの要求はこれだけだった。
ありがちな悪党のように、『首謀者を差し出せ』だの『ビルダーファイブを解散しろ』なんて要求はしていない。そんな要求をしたところで、相手が応じる訳がない。
問題を沈静化して、なおかつ利益を得る。それだけで良かった。だが、その返答もない。
「バカなのか、アイツら。俺たちと争ってなんになる? なんの得がある?」
ビリオンが求めるモノは常に変わらない。金。それだけがビリオンのすべて。戦う力はある。だが当のビリオンがそれを自分の力だと思っていない。
ニホンオオカミの改造人間。ビリオン・ライダー。かつてはそんな名前ではなかった。だが、自分を改造した秘密結社を潰した後、彼は自身の名をビリオンと改めた。
『金がすべてだ』
ビリオンは常にそう言っている。戦いは無意味。だが金のための戦いなら、ビリオンは決して容赦しない。
そして『Re』が巻き起こした騒乱は、ビリオンの『ビジネス』に甚大な被害を与えようとしていた。
***
大田区大森。ほんの数日前の事。ここで彼はローラさんと再会した。駅の近くにある牛丼屋で、彼はローラさんを見つけ出した。
そして今、彼はまた同じ牛丼屋に来ていた。またローラさんに会えるかも知れないと、はかない期待をして。
そして次は、そこから歩いて五分ほどの神社に行ってみるつもりだった。ローラさんの姿を探して。
見つかるはずもない。そう分かっていても、彼はローラさんを探さずにいられない。
以前とは違う。ローラさんの力を当てにしていた数日前とは、少しだけローラさんを探す理由が違っている。
彼は葛飾区小菅の東京拘置所でアルバイトをしていた。ヒーローでは食べていけなかった彼は、理性を失った怪人に餌を配る仕事をしていた。
そこで彼は耳にする。『東ヒー』のクジョウと怪人の女王が、ローラさんを襲撃するかも知れないと。
彼はクジョウとローラさんの関係を知らない。だが、怪人の女王についてはよく知っている。彼のバイト先に時折面会にやって来ていたから。
一言で言えば、美女。補足するなら『冷酷な』美女。彼女は人間に興味が無い。発狂した怪人を慈しむように撫でている姿は神々しいとすら思っていた。だがその反面、彼に対しては完全に無関心だった。
彼は知っていた。事は自分の手に余ると。自分が首を突っ込んだところで、なんの役にも立ちはしないと。
それでも彼はローラさんを探す。せめて伝えなければいけない。きっとローラさんは負けたりしない。きっとローラさんなら、あのヘビ女すらビンタ一発で倒してみせる。そう思っている。
それでも彼は、胸に湧き上がる不安を抑えられない。東京の東側を牛耳る『ホワイト』と『東ヒー』がローラさんを狙っている。彼の脳裏には、恩人でもあるゴリラが無残に引き裂かれた姿が、まるで現実の光景のように浮かんでいる。
「ローラさん……。どこにいるんですか……」
かつて薬物戦隊アヘンジャーの一員だった男。ミドリ君はフラフラと大森の街を歩いている。誰も彼の事など知らない。無名の戦隊ヒーロー。通りすがりのライダーも彼には目もくれない。
ポケットの中にはスタンガン。それが彼の『変身アイテム』。通販で買った、ごく普通のスタンガン。
アヘングリーンは、空を覆うどんよりとした雲を見上げる。彼はヒーローであり続けたかった。だが、彼はもうヒーローとは言えなかった。
かつての恩人のため、彼は戦おうとしている。正義のヒーローを支援する『東ヒー』と、そして正義に寝返った怪人集団『ホワイト』と。
***
渋谷区神南、代々木公園、野外ステージ前。本来なら車の乗り入れが禁止されている区画に、周囲を威嚇するような大型の自動車が駐められている。
大型のバスに大幅な改良を加えたような外観。窓ガラスは金網で護られ、物々しい雰囲気をかもし出す。車体の色は灰色。それは機動隊の人員輸送車。それが決して広くはない野外ステージ前に四台も駐められている。
「よく機動隊が車両を貸してくれたねえ。『東ヒー』ってのはどんくらいの権力を持ってんだい?」
マダム・クリマーが尋ねる。どこか楽しげに、顔をほころばせている。
「権力と言える力は無いですね……。設立者の威光ってヤツです」
クジョウが答える。マダムとは対照的に、どこか苛立っている。だが、それはいつもの事。クジョウは常になにかに苛立っている。
「設立者ねえ。あの伝説のライダーか……。まあ、私は会った事ないけど」
「貸してもらえたと言っても、だいぶ古いヤツだそうです。実際、重量のある連中を運んでた車両は、車体から妙な音がしてましたから」
クジョウは呆れたように話す。そして辺りを見回す。大型の人員輸送車の物々しい雰囲気を軽く凌駕する異質な集団。そこにはマダムが厳選した『ホワイト』の実働部隊が集結していた。その集団に視線を向けながらマダムに尋ねる。
「彼らは当てにしていいんですか?」
「実力? それなら当てにしていいよ。ただアンタは分かってると思うけど、頭は良くないよ。難しい事言ってもダメ」
人間と見分けがつかない者が五人。そして明らかに異形の生物が十五人。それを人として数えていいかは分からないが。
「マダムを含めて二十一人か……。まあ、こんな連中が居座っている以上、この辺りで暴れるバカはいないと思いますが。このまま、しばらく膠着状態を続けさせて、その間に戦隊とライダーの抗争を終わらせる。そういうプランです」
「その説明は前にも聞いたよ。それで、そのプランをぶち壊しかねない連中が、ゴリゴリ団ってヤツらなんだね。でも、ソイツらの事は聞いた事があるよ。つい最近じゃなかったかな」
「戦闘員に訴えられたバカが首領やってた組織、という話ですね? その話は一度忘れておいた方がいいです。バカみたいなゴリラですが、バカみたいに強い。甘く見ると痛い目にあいます」
「…………要するにバカなの?」
「……まあ、そうですね。バカなゴリラですが、バカ強い」
「ふふっ、アンタもそんな軽口を叩くんだね。まあ、いいよ。そのゴリラが動いたら、『ホワイト』が総力をあげて潰す。それでいいんだよね?」
「そうですが……」
クジョウが繰り返し『あのゴリラは強い』と言いかけた時、マダムがそれを遮った。
「私の仲間を信頼して欲しいね。それに集めてきた連中に再生怪人はいないよ。まだ倒された事のないヤツだけを選んできた」
どうして一度倒された怪人は弱体化するのか、その理由は誰も知らない。
『ホワイト』の怪人たちは人員輸送車の外に出て、ブラブラと歩き回っている。特に周囲の人間に危害を加えようともしない。
それを見ている通行人もどこか物珍しそうにスマホで写真まで撮っている。その光景にクジョウは違和感を覚える。にこやかに怪人を写真に収める通行人。そしてどこかうれしそうにポーズをとる怪人たち。
「マダム。アイツら、人間が嫌いなんじゃないんですか?」
「嫌いだよ。でも、なんでだろうね。私たちは結局、元が人間だからね。どこかで還りたいって気持ちがあるのかな……」
怪人の写真を撮っていた女性が、今度は怪人と一緒に記念撮影をしようとしている。別の怪人が女性からスマホを受け取り、そして触手を器用に操って『もっとそばに寄って』とジェスチャーで示す。
女性は笑顔でナマコの怪人と記念撮影をした。その光景を見ながらクジョウは舌打ちを一つ。そしてつぶやいた。
「俺たちは一体なんなんだ?」




