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ローラさんは今日もゴリラです  作者: 吠神やじり
第三章 ライダー・イーター
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第二十話 ライブハウスの熱狂

 渋谷区道玄坂のライブハウス。貸し切り状態のライブハウスには戦隊ヒーローが詰めかけていた。

 舞台の上のミツオに歓声を送る戦隊たち。しかし、当のミツオは呆然としている。うながされるままにマイクを手にして、たどたどしく言葉を発し始める。


「え……、えっと……。きょ、今日は皆さん、お集まりいただいて……」


 それを見守るローラさんは渋い顔。


「なあ、本当にアイツ大丈夫か? もうちょっとマシなヤツいなかったの?」


 ヨシダさんも苦笑い。小さく笑い声を上げるだけで返事はしなかった。舞台の上のミツオがポケットからスマホをとりだした。唐突な動きに戸惑う戦隊たち。

 ミツオは指先でスマホを操作しながら、なんの抑揚もない口調で話し始めた。


「えー、僕らはこれまでライダーとの抗争に多くの労力を割いてきました。ヒーロー同士の僕らがどうして争わないといけないのか……」


「え!? アイツ、カンペ棒読みっすか?」


 ハセガワやローラさんの位置からは確認できないが、明らかにスマホに表示されている文章を読んでいる。

 ヨシダさんは苦笑いすら消え失せて、額に手を当てた。


「あそこまで酷いとは……」


 舞台のミツオは淡々と言葉を連ねる。そこに感情というものはほぼ見えない。最初の戸惑いから、スマホをとりだした時に見せた一瞬の安堵。それ以降、ミツオの感情は消えていた。


「ヨシダさん、メッチャ追い込んだんすね……。あの人、完全に目が死んでるっす」


「いえ、私はそれほど追い込んだ訳じゃ……」


 責任のなすり合いをしているが、きっかけを作ったのはゴリゴリ団の三人だった。あとは過熱する周囲の戦隊たちが彼を持ち上げた。


「そりゃ神輿は軽い方がいいって言うけどさ、あそこまで空っぽだと担ぐ意味もないだろ……」


「まあ、最悪、神輿がそこにあるってだけで、周囲は盛り上がりますから……」


 片手にスマホ、片手にマイク。そして目線はスマホの画面を凝視。そんなミツオを見て、ライブハウスの中は急速に盛り下がっていく。

 焦ったヨシダさんはスマホをとりだして、なにかを確認し始めた。そしてホッとした表情を浮かべたヨシダさんを見て、ローラさんはスマホを覗き込む。

 そこに表示されていたのは、有名なSNSの画面。急速に増えていく文字列を読み進めていく。


     ***


『中は何人くらい?』


『分からん、キャパは六十人程度。まだ満員にはなってない』


『俺も到着。いつでもオケ』


『さっきビルダーイエローっぽいの入っていった』


『マジか!? アレはヤバい(汗』


『イエロー一人? じゃあ、俺が殺る(ドヤァ』


『そろそろ行く?』


『もうちょい待って。俺迷子。ライブハウスの場所分からん』


『死ね。五分で遺書かいてさっさと死ね』


     ***


 ライブハウスの周囲にはライダーが集結しつつある。しかしそのライダーたちの連絡手段すら監視していたヨシダさんに、ローラさんは軽く驚愕した。

 ヨシダさんは満面の笑みでスマホを操作する。画面の表示される新しい文字列。


『こちらスネーク。ライブハウス内に改造人間はいない。素人ばっか。ビルダーイエローも見かけない。そろそろ突入よろしく』


 ヨシダさんはその文章を送信してからローラさんに向き直り、笑顔のままゴリラに伝える。


「じゃあ、作戦の説明をしますね」


「うん、できればもっと早めが良かったけどね」


「ライダーが全員SNSを使ってる訳じゃないので、総数は分かりません。ですが分かっている限りで、ライブハウスの外には二十人程度。その内、五人が改造人間です」


「分かってる限りって事は、もうちょい多い事もある訳ね。まあ、そんなもんだろ」


「全員、ローラさんが片付けるんすか?」


「それじゃダメなんです。強そうなヤツだけ片付けてください。集まった戦隊にも戦わせないと」


「ねえ、なんでSNSに『改造人間はいない』ってコメント入れたの? 俺が見た限りでも何人かいるよ。アイツなんか最初っから人間じゃなくね?」


「多少は油断させないと。多分、人数的にはこっちが不利になりますから」


 舞台の上のミツオは相変わらず意味の無い言葉の棒読みを続けている。そんな中で、ライブハウスに入り口から騒動が起こる。


「おいっ! なんだ、オマエら!」


「オラッ! どけよ、クソ戦隊ども!」


 入り口にその場の全員の視線が集中する。ただしミツオは除く。彼はまだスマホを凝視していた。

 入り口ではライブハウスに押し入ろうとするライダーの集団を、数人の戦隊ヒーローが押しとどめていた。だが、それも長くは続かない。

 一気にライブハウス内になだれ込んでくるライダー。そしてそれを待っていたかのように会場の数カ所で『変身っ!』というかけ声が響く。


「あら? 先に潜り込んでいる人もいたんですね。じゃあ、ローラさん。アッチから殺りましょう」


「はいよ。一応変身できるって事は改造人間だよな」


 ライブハウスの騒乱に乗じて移動するゴリゴリ団。狙いは潜り込んでいたライダー。

 唐突に変身してみせたライダーに対して、周囲の戦隊は混乱していた。そこにのっそりと割って入り、問答無用のゴリラビンタ。


「はい、次のライダー」


「多分、弱くはないんすよね。でもなんか可哀想っす」


 倒された周囲の戦隊ヒーローたちが歓声を上がる。しかし、その歓声にヨシダさんは眉をひそめた。ローラさんもそれに気が付いた。

 周囲の戦隊ヒーローに戦う意思を感じない。ほとんどのヒーローたちはローラさんをビルダーイエローと間違えているが、そのイエローが全部片付けてくれると思い込んでいる。


 入り口からライダーたちが殺到する。その先頭に立つライダーが道を切り開く。両手にそれぞれ戦隊ヒーローの頭を鷲掴みにして、そのまま歩き続ける。

 戦隊ヒーローたちが怯む姿に気をよくしたのか、頭に牛の角のようなものを飾っているライダーは声高らかに宣言する。


「ビルダーイエロー! 出てこい! 勝負だっ!」


 ヨシダさんはローラさんに向かって『落ち着け』と言わんばかりにジェスチャーを送る。手のひらを下に向けて、軽く上下する動き。二人の間では『手加減してください』のサイン。

 ローラさんは小さくうなずいて牛の角を頭に飾ったライダーへと向かっていく。


「さすが調教師っすね。よく仕込んであるっす」


 牛ライダーが殴る。それをまともに受けるローラさん。どこかぎこちないが、小さく後ろにのけぞる。

 牛ライダーが蹴る。わざとらしく『うほ、うほ』と言いながら後ろに下がるローラさん。


「あのゴリラ、手加減下手っすね」


「やり慣れない事ですからね」


「まあ、仕方が無いっすね。普段なら一発で終わっちゃうっすからね」


 気が付けばローラさんと牛ライダーの一騎打ちの様相になっている。周囲のヒーローたちは声援を送るだけ。

 牛ライダーの攻撃はヒットする度に歓声が上がる。だが、その攻撃にローラさんが怯んだのは最初だけ。

 攻撃を受けながらジリジリと間合いを詰めるローラさん。そして最後は取っ組み合う姿勢になり、そのまま身体を揺するだけ。

 その光景に相変わらずヒーローたちは声援を送っているが、牛ライダーは愕然としていた。


『なんだよ、コイツ……。まったく効いてねえ……。くそっ、これでどうだっ!』


 牛ライダーはローラさんを投げ飛ばそうとしたが、ローラさんは根を張った大木のように動かない。戦隊ヒーロー風のヘルメットの中では、ローラさんがニヤリと笑っている。だが、それも牛ライダーには分からない。


 突き飛ばそうにも動かない。殴りかかろうにも、ローラさんに掴まれたまま離れる事もできない。そんな膠着状態の中で、他のヒーローたちも動き始める。

 思いだしたように暴れ出すライダーたち。それを迎え撃つ戦隊ヒーロー。ローラさんと牛ライダーによって落ち着いてしまった乱戦が、ようやく再開された。

 ローラさんが小声でつぶやく。


「もうちょいコイツと遊んでた方がいいのかな……」


 その声を聞いて牛ライダーは戦慄した。


『遊んでる? ビルダーファイブってここまで強かったのか……。群れを作らなきゃ戦えない連中だと思ってたのに……』


 ローラさんと牛ライダーは動かない。ローラさんはあえて動かない、そして牛ライダーは動けない。

 膠着状態に見える二人をよそにライブハウスの騒乱は一層激しさを増していく。それを確認したヨシダさんがローラさんに向かって拳を突き出す。その拳から親指一本だけ上に立てられて、笑顔でサムアップ。そのまま笑顔で手首を返し、親指を下につき下ろす。ごくありふれた『やっちまいなっ!』のサイン。


 ローラさんは片手で牛ライダーを掴んだまま、もう片手を大きく振りかぶる。そして打ち下ろすようにゴリラビンタ。

 牛ライダーの頭部に亀裂が入る。牛の角が外れて飛んでいった。


「うわぁ、ちょっとダサいっす」


「そもそもあのライダー、牛じゃなくてカナブンの改造人間ですね」


「なんで牛の角つけてたんすか?」


「さあ……」


 乱戦の中、ローラさんの戦いには決着がついた。それを見ていたヒーローたちには、手加減した上での一撃KOとは分からない。あたかも苦戦の末に勝利したように見えた。

 その光景は戦隊ヒーロー全員の士気をあげる。ライブハウスに様々な叫び声が響く。ライダーたちも、このまま負ける訳にはいかない。乱戦は更に激しくなっていった。

 ローラさんは別の改造人間に襲いかかる。今度は手加減無し。激しくなった乱戦の中で、ローラさんに注目している者はそれほど多くはなかった。そこにヨシダさんの声が響く。


「見てっ! ライダーが逃げていく!」


 誰も逃げてはいなかった。それでもヨシダさんは入り口を指差す。それは撤収の合図。ローラさんは即座に応じた。


「うほ、うほぉ!」


 珍妙な叫び声を上げながら、ローラさんが入り口に向かって走っていく。まるでライダーを追いかけているように。その道をふさぐライダーたちを容赦なく張り倒しながら。

 ローラさんに掴みかかったライダーを、ローラさんは豪快に投げ飛ばす。高い天井に吊された照明器具にぶつかって、そのままライダーは乱戦の中に落ちていく。

 死にかけたライダーにも構わずローラさんは走る。その後を数人の戦隊ヒーローが追った。最後にヨシダさんとハセガワが続く。

 ライブハウスの乱戦は、わずかに人数を減らしただけでいまだ続いていた。


 ライブハウスの外は平穏だった。少なくともローラさんが出てくる前は。多少、ライブハウス内の騒音が漏れていたが、渋谷の雑踏の中では目立つものでもなかった。

 ライブハウスからローラさんが飛び出す。それに続いて戦隊ヒーローも。そのままローラさんは路地裏へ。あらかじめ用意しておいたレンタカーに乗り込む。


「………………え?」


 追いついたヒーローたちは、イエローだと思っていた男が当たり前のように車に乗り込んでいくのを目にして呆然としていた。そこをヨシダさんとハセガワが通り過ぎていき、そのまま二人も車に乗り込んだ。そして車は走り出す。


「………………ええ!?」


 放置されたヒーローは呆然と道玄坂の路地にたたずんでいた。


 ライブハウスの中の騒乱は徐々に収まっていった。次々と素人のヒーローが倒れていく。そして強化スーツなどを身につけたヒーローも力尽きる。最後にもっとも体力に勝る改造人間たちが残ったが、それも終わりを迎えようとしていた。

 怒声や罵声から、呻き声や泣き声へと変わっていく。騒乱のライブハウスは、無数のヒーローを終わらせた。

 そしてかろうじて立っていたヒーローたちは勝利に酔いしれる。勝ったのは戦隊ヒーローだった。


 戦隊ヒーローたちはお互いを称え合った。そして倒れたライダーたちに更なる攻撃を加えようとしていた。

 舞台の上で棒立ちだったミツオのスマホにメールが届く。ミツオは放心状態のまま、そのメールを読み上げた。


「さあ、これが始まりです。貴方がライダー・イーターです」


 その場の全員が歓声を上げる。なにもしていないミツオを誰もが称える。そしてそのミツオから『ライダー・イーター』の称号を授かった自分たちに酔った。

 ミツオはヨシダさんからのメールをそのまま読み続けた。


「このままライダーを駆逐しましょう……」


 その後、ライブハウスから興奮状態のヒーローたちが飛び出していった。そのヒーローたちはそのまま渋谷の街へと消えていった。

 勝利が熱狂を生み、そして理性は消えていった。ライブハウスの熱狂が、渋谷に広がっていく。あらゆるところで騒乱が始まり、そして一日で渋谷にいたヒーローの半数が病院送りになった。


 ライブハウスの中で、ミツオは一人立ち尽くしていた。考える事もできないまま、一歩足を踏み出す。その一歩が生きている事を実感させる。

 目の前で起きていた騒乱を、自分は無傷で乗り切った。その喜びが心を軽くした。混乱の中に翻弄された時間が終わり、そして平穏が訪れた。

 フラフラと歩き出し、そのままライブハウスを出ようとした時。ミツオはライブハウスのスタッフに呼び止められた。

 スタッフは人差し指でライブハウスの中を示す。


「全部、弁償してくださいね」


 壁が壊れ、機材が崩れ、天井から吊り下げられた照明器具が落ちた。数名のスタッフも倒れている。


「あと、スタッフの治療費も」


 ミツオはまた放心状態になった。

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