第十九話 武器職人ゴトウダ
葛飾区小菅、東京拘置所。クジョウとマダム・クリマーは秘匿された地下三階にやって来た。
「ああ、これが『失敗策』のなれの果てか……」
「正確には改造人間のなれの果てね。少なくともアタシやアンタみたいな可変型はここまで酷くならないはずだけど」
そこは異臭漂う雑居房。一つの牢屋に数人の怪人が閉じ込められている。その多くはまともに話す事もできない。意味不明な言葉を喚き散らすだけの怪物たち。
異臭の正体は血と糞尿の臭い。同じ牢屋の中に入れられた怪物たちは暇さえあれば殺し合っている。
「看守はなにをしてる?」
「殺し合いを止めないのかって意味? 誰が止められるの?」
そこでは異形の怪物たちが閉じ込められていた。既に改造人間とすら言えない。ただの化け物。知性も感情もなく、ただ暴れるだけの異形。
補強された牢屋の中で、化け物たちが暴れている。悲鳴とも怒号ともつかない絶叫を響かせて。
「ねえ、クジョウ。改造人間ってなんなんだろうね……。アタシらは力を手にしたかも知れない。だけど、その代価が知性も尊厳も全部投げ捨てる事だって分かってたら、誰もそんな力を望まなかったよね」
「なにが言いたい?」
「別に。ただアンタはアタシたちの同類。だから知っておいて欲しかった、怪人の末路を」
クジョウは怪人としての活動はしていない。アルルカンという秘密結社に誘拐され、改造手術を受けた結果、失敗する。そしてその結社から命を狙われる羽目となる。
すぐにクジョウは救われる。とあるヒーローによって。そして紆余曲折を経て『東ヒー』の職員として働くようになった。
彼は知らなかった。怪人の末路を。知識として固定型が知性を失っていく事は知っていた。しかし完全に知性を失った怪人の末路は知らなかった。
この場所は怪人の墓場。死ぬ事もなく、ただ醜態をさらしながら生き長らえる哀れな怪人の堕ちる場所。
「アタシは護りたいんだ、怪人たちを。倒されるだけの存在。倒されれば誰もが喜ぶ敵。倒されなければ知性を失う弱者。アタシはコイツらも見捨てられないんだ。そしてアンタの事もね、クジョウ」
美貌の怪人がクジョウを見つめる。彼女はすべての怪人を愛していた。すべての改造人間を哀れんでいた。
クジョウは彼女が白怪人の頂点に立てた理由を理解できた。その彼女に指輪を差し出す。
「まるでプロポーズね、子供のクセに……」
彼女は変身アイテムである指輪を受け取った。そしてその場で変身してみせる。小さな声でなにかの呪文を唱え、その直後、彼女の身体は光り輝く。
すべての異形が息を呑む。知性のない彼らでも理解できた。自分たちを愛してくれる存在が、すぐ側にいる事を。
美しい美貌はそのままに、彼女は口から舌を突き出した。その舌は徐々に細く長く延びていき、そして最後は先端が二つに分かれた。
クジョウが彼女の美貌と舌の変化に目を奪われている間に、彼女の下半身は変わり果てていた。タイトスカートの下からのびていた足は絡み合い、一本の胴体へと変わっていく。
牢屋の中の怪人たちが彼女を見つめている。ある者は泣いて喜び、ある者は喝采を上げる。
すべての怪人を愛するマダムは、すべての怪人から愛されていた。
「行きましょう、マダム。まずは使えるヤツを集めて欲しい」
「戦隊? ライダー? どっちから行く?」
「こっちから襲うような真似はしません。渋谷に『ホワイト』の拠点を立ち上げて、彼らをけん制します。ただゴリゴリ団ってバカどもは軽く痛めつける必要があるかも知れません」
「急に敬語? まあ、いいけどね」
マダムは微笑んでクジョウを見つめる。そして二人は怪人の墓場を後にした。
怪人の墓場で『看守役』を務めていた男。正しくは餌を配るだけの役割の男。その男は二人と目を合わせないように軽く会釈をする。
目深に帽子をかぶり震えながら頭を下げる男に、二人はまったく興味を示さなかった。二人が通り過ぎた後、男は小さくつぶやいた。
「ローラさん…………」
看守役を務めていた男はかつて戦隊ヒーローだった男。薬物戦隊アヘンジャーのアヘングリーンだった。
***
その日の夜。ゴリゴリ団の三人は再び蒲田へとやって来ていた。今回は襲撃が目的ではない。
蒲田の駅から少し離れたところにある専門学校。その脇にある工学院通り商店会へとやって来た。
「商店街じゃなくて、商店会なんだ。どう違うの?」
「さあ、それを疑問に思った事すらありませんでした」
「ゴリラってどうでもいい事ばっか気にすんすね。将来、ハゲそうっす」
相変わらずローラさんはレンタカーの後部座席でぬいぐるみのフリ。彼らが通る道は工学院通り商店会と呼ばれているが、それほど多くの店が並んでいる訳でもない。
彼らの目的は、その中の一件の店。昼間から閉店していてシャッターが閉まりっぱなしの店に用があった。
「あっ、ここです。ネットで場所は調べておいたので」
「噂程度には聞いた事あるけど、俺は武器とか興味なかったからな……」
「看板すら出してないっすね。本気で怪しい店っす」
看板も出していないごく普通の寂れた商店、あるいは商店跡。そこが目的地。怪人専門の武器屋、ゴトウダ工房だった。
三人は人目につかないように車から降りて、そのままお店の脇へと入っていく。そして裏口からノック。
「すいません。お電話したヨシダですけど」
返事がない。
「あんま外にいるとゴリラが目立つっす。とりあえずローラさんだけでも車に戻ってもらいますか?」
「おかしいですね……、ちゃんと約束した時間に来たんですけど」
言ってるそばから裏口の扉が勢いよく開く。ローラさんの顔面に扉がヒット。
「いてえな!」
顔色一つ変えずにローラさんが凄む。
「もうちょっと痛そうに言えっす。ノーダメージにしか見えねっす」
開いた扉の奥から、やたらとゴツいオッサンが出てきた。そのオッサンがローラさんを目にしていきなり怯む。
「やだー、なにこのゴリラー。ちょー怖いんですけどー」
「よしっ! 帰ろう!」
オッサンはオネエ口調でビビりまくっていた。そのオッサンを見てドン引きの一同。とっさに帰ろうと言い出したローラさんについ同意してしまいそうになっていた。
気を取り直してヨシダさんが挨拶をする。
「あの……、すいません。ゴトウダさんですよね? お電話したヨシダです」
「あら、やだー。ヨシダさん? すいません、ゴトウダです。じゃあ、こちらのゴリラがローラさん? よく見ると結構イカすわねー」
「ゴメン、マジで帰ろう!」
「またオッサン、ゴツいっすね。ローラさんと互角にやり合えそうっす」
「あら、可愛い子! よかったらバスタードソードあげようか?」
「そんなモン、要らねえっす」
「とりあえず中に入れてもらえませんか。その……連れが目立つもので……」
ヨシダさんの言葉にゴトウダはうなずいた。そしてゴトウダ工房の中へ。裏口から入った工房はまさしく武器屋だった。
所狭しと並べられた武器。刃物に銃器、そして変身ベルトのレプリカ。用途不明な道具も多い。
「ゴトウダさんは武器職人としては業界でナンバーワンの実力があると言われているんです。普通の刃物や銃器はもちろん、宇宙人の技術や魔法にまで精通しているそうです」
「また、とんでもねえチート野郎が出てきたっすね」
「チ○コならもう無いわよ。ずいぶん前にとっちゃったの」
「一文字しかあってないっす。クソみたいな情報アリガトっす。さっさと忘れるから、二度と口にするなっす」
「さて、そろそろ帰るか……」
話は一切進まない。まともに話を進めようとしているのはヨシダさん一人だった。そのヨシダさんもチ○コの話に関してはガン無視だった。
「ほら、ローラさん。今日はハリセンを注文しに来たんですから」
「いや、ドンキーのヤツでいいよ……。破けたらまた買えばいいし」
「そう言えば、本気でハリセンの注文に来たの? 電話で聞いた時は私が聞き間違えたのかと思ったわよー」
「はい、本人の強い希望で」
完全にふてくされているローラさんをよそに、ヨシダさんは話を進める。
「それで本人を連れてきたんです。体格とかあわせて製作するって聞いたもので」
「ふーん。じゃあ、ちょっといいかしら」
ゴトウダはローラさんに近付いた。そして嫌がるローラさんの身体をベタベタと触りまくる。
顔をしかめながらもガマンするローラさん。嫌がりながらも、いきなり張り倒したりはしなかった。
「あら? なに、この人……。貴方、改造人間よね? それも固定型……、改造手術を受けたのはいつ? ずいぶん前の事みたいだけど……」
ゴトウダの発言に全員が息を呑む。最初に口を開いたのはハセガワ。
「触っただけで分かるんすか……。オッサン、ただ者じゃないっすね」
「あら、うれしー。ハルバートあげよっか?」
「近所の子供にアメちゃん配る感覚で刃物渡すなっす」
「それでどんなハリセンが欲しいの? 振動で骨まで砕くようなヤツ? 衝撃波で周囲を殲滅できるようなヤツ?」
「もうハリセンじゃねえっす」
「いえ、実は予算が少ないので……」
「そう、じゃあ普通に頑丈なヤツでいいのね」
まだふてくされているローラさんにゴトウダは木でできた棒を渡す。訝しがるローラさんにゴトウダが説明する。
「それでローラさん。どのくらいの長さが欲しいの? この棒、ちょっと振ってみて。もう少し長め? それとも短めにする?」
その後、ローラさんとゴトウダはハリセンについて打ち合わせを始めた。ハリセンというマヌケな武器にもかかわらず、ゴトウダは真剣だった。
「ホントに職人って感じっすね」
「評判のいいお店なんです」
そんなヨシダさんとハセガワのやりとりを耳にして、ゴトウダはため息をついた。
「お店はもうやってないのよ……。ほら、今は怪人もいないでしょ」
普通に客がいない。話を聞けば三ヶ月前に閉店してしまったらしい。
「でもねー、私も職人だからね。依頼があれば作るわよ、任せてちょうだい」
こうしてゴトウダ工房は、ローラさん専用ハリセン『ゴリセン』の製作に入った。料金を聞いてヨシダさんは喜んだ。彼女の予想よりもずっと安かったらしい。
「まあ、頑丈なだけだしね。そんな金額にはならないわよ。それよりちょっと聞いていいかしら?」
「なんですか?」
「最近、この辺りでライダーを襲ったのって、貴方たち?」
一斉に目をそらす一同。そんなゴリゴリ団を見て、ゴトウダは笑う。
「とぼけなくてもいいじゃない。別にいいのよ、生きのいい怪人って私好きよ。ただ気をつけてね、ビリオンが貴方たちを探してるみたいよ」
ただ頑丈なだけのゴリセンだが、製作には二日間ほど必要だった。三人はゴトウダ工房を後にして帰宅する事になった。
「気持ち悪いヤツだけど、腕は確かみたいだな」
「まあ、気持ち悪いヤツっすけどね」
「完成した時は一人で受け取りに来ますから……」
***
そして翌日。ヨシダさんの指示に従い、ミツオは渋谷道玄坂のライブハウスに来ていた。
『貴方に追従するヒーローを集めてください。素性は問いません。必要なのはヒーローとしての熱意です。そして実力です。貴方がそれを率いてライダーに戦いを挑むのです』
ミツオはしばらく前から考えるのをやめていた。もう止められない、そして逃げられない。そんな諦めがミツオを支配していた。
ミツオは自分のブログで、堂々と自分が『Re』である事を宣言した。既に恐怖から来る震えもない。どこか達観したような目でライブハウスの入り口を見つめていた。
『俺は……、一体なにをしてるんだろう……』
流されるままのミツオ。不意に背後から声をかけられた。名前も思い出せないどこかのヒーローが、ミツオに熱い視線を送りながらまくしたてる。
「ミツオさん! 俺、マジでミツオさんについていきます。一緒にやりましょう!」
男にうながされてミツオはライブハウスの中へ。そこは貸し切りの状態だった。ミツオを支援する者たちが金を出し合い、『Re』軍団の決起集会のために用意された舞台。
ライブハウスの中はほとんどが現役のヒーローたちだった。その中で、ある意味でミツオ以上に注目を集めている存在がいた。
「なあ、ヨシダさん。俺、なんか目立ってない?」
戦隊ヒーローっぽいヘルメットをかぶったローラさんが不安げな様子でヨシダさんに尋ねる。その傍らにはハセガワもいた。
「体型っすかね。ローラさん、普通にゴツいっすから」
「いえ、多分ビルダーイエローと間違われているんです。否定もしないで、適当にあしらってください。とりあえず『うほ、うほ』って言ってれば大丈夫です」
「え!? そのイエローってバカなの?」
「ああ、自分もテレビで観た事あるっすね。バカと言うか、空気を読まずにボケたがるタイプっす」
「ふーん。ソイツのフリをしてりゃいい訳ね」
舞台にミツオが上がり、そしてライブハウス内は歓声に包まれる。その様子を見守るローラさんはやはり不安げだった。
「アイツ、大丈夫なの? なんか目の焦点あってないけど……」
「目が死んでるっすね……」
思考停止しているミツオと、それを心配そうに見守るローラさん。既に熱狂しているヒーローたち。
『Re』の決起集会が始まった。
「ローラさん。戦う準備しておいてください。多分、集会の途中でライダーの襲撃があるはずです」
「そういうの早めに言って、マジで」
「え!? こんな騒ぎをライダーが黙って見てると思ってたんですか?」
ライブハウスの中は熱狂に包まれ、そして外を殺意が取り囲む。ヨシダさんは笑顔で宣言した。
「さあ、始まりますよ」




