第十二話 戦隊狩り
東京都渋谷区、『東京都ヒーロー支援機構』本部。クジョウは自分のブースから離れ、そして不機嫌そうな顔で歩き出す。そのまま同僚に挨拶すらする事なく本部から出た。
『東ヒー』の本部は狭い。井の頭通りに面した商業施設の地下。上の階は有名な古書店、その上はお笑い専門の劇場。
建物に出入りする利用者は様々だった。その中でスーツ姿のクジョウは妙に浮いている。古書店や劇場への来場者にスーツ姿は少ない。ただそれだけでなく、クジョウ自身が放つ異様な気配も彼が周囲に溶け込めない理由の一つだった。
『まさかいきなりヒーロー同士で争わせるなんてな……』
クジョウは少しばかりローラさんを舐めていた。暴力的なゴリラの怪人で、多少の理性があったとしても利口という程ではない。そして彼の仲間も大した力は持たない。そう思い込んでいた。
しかし、ローラさんの腹心とも言える女性は、ある意味で最も悪の秘密結社に必要な素質を持っていた。『無邪気』、ただその一言に尽きる素質。
まともな思考のできる人間は悪の秘密結社など率いたりしない。もちろんそれに加入したりもしない。
平たく言えば悪の秘密結社にはバカしかいない。バカだから悪の秘密結社なんてモノに参加する。そしてバカの企みは決して上手くはいかない。だから失敗する。だからヒーローに倒される。
『映画か漫画にでも影響されたんだろうが……。まあ、お陰で大きく話が進んでくれる』
ヒーローもバカばかりだった。そしてそれを支援するクジョウたちの組織にもバカしかいない。少なくともクジョウはそう思っている。
クジョウの理想、ヒーローも怪人も存在しない世界。それをクジョウは追い求めている。だが、その理想もバカげている事はクジョウも承知している。
既に存在しているヒーローたちを全員抹殺するのは不可能だ。国家がヒーローの管理に乗りだそうとした事もある。軍隊がヒーロー集団を壊滅させた事もある。
だが、依然として数多のヒーローが現れてくる。まるでゴキブリのように。そして倒すべき敵であり、自らの存在意義でもある悪役すら喰い尽くす。
クジョウは『東ヒー』の本部が入っている建物から離れた。そして辺りを見回す。一般人の中に恐ろしいほどの割合で含まれているヒーローたち。彼らを支援する組織がすぐ近くにあるのだから、この辺りを歩いているヒーローもバカみたいに多い。
なによりバカっぽいのは、ほとんどのヒーローが自分の名前を売る目的なのか、意味もなくヒーローのコスチュームを着て歩いている事だろう。
ありがちな全身タイツから、やたらと邪魔そうな付属物の多いコスチューム、果てはただの着ぐるみまで。最近流行りの機械的なスーツはあまり見かけない。
クジョウは街中でヒーローごっこしている連中を横目にそのまま歩き出した。ヒーローや怪人のいない世界。それを創り上げるための計画なんてない。完全にノープラン。
それでもクジョウは行動を開始した。
ただメジャーマンの暴走から始まった悪役不足は、むしろヒーローの数を増加させている。敵がいない事で、安心してヒーロー活動を始めたバカが恐ろしく増えた。
なにかを倒すためではなく、安全だからヒーローになる。平和を守るためではなく、平和だからヒーローを始める。
昔ながらのヒーローは敵を失い、敵がいない事で新しい半端者が増える。それはヒーローという名の混沌に、少しずつ世界が侵されているようだった。
クジョウに計画なんてない。それでもクジョウは動き出した。ヒーローと、それを支援する者たち。そして悪の秘密結社、それに協力する者たち。
『すべて消えてしまえ……』
渋谷の雑踏の中に、極彩色のコスチュームを着込んだヒーローが紛れている。それがこの世界では当たり前の事だった。当たり前のようにヒーローが闊歩する世界。クジョウはそれを不機嫌そうに見つめた。
***
同じ渋谷の街中、『東ヒー』の本部から少し離れた場所にレンタカーの軽トラックが駐まっている。地味な女性がハンドルを握り、助手席には銀髪の幼女。荷台はほろが被せられ、なにが積まれているのか外側からは分からない。
「ちょっと人通りが多すぎですね。できればローラさんが車から出る時は、目撃者がいない方がいいんですよね」
「渋谷でそれは無理じゃないっすか。て言うか、ここが目的地っすか?」
軽トラックが駐まっているのは道玄坂のラブホテル街。そこら中にホテルの看板を見る事ができる。平日の昼間という時間帯のせいか、人影はまばら。ただそれが途切れる事はなかった。
「自分なんかだと、この辺りを歩いているだけで恥ずかしくなってきそうっすけど、結構人も歩いてんすね。あっ、あれ男同士っすよ。あれでホテル行くんすかね」
荷台からゴリラの声が聞こえた。
「そんな事どうでもいいよ。この中、暑い。ヨシダさんなんとかならない?」
ローラさんの泣き言は無視された。ヨシダさんがターゲットを見つけたから。ヨシダさんは手元のタブレットに表示された資料と、目の前の通りを偉そうに歩いているヒーローを見比べる。
「来ました。あれがミツオ君です」
五人の若者が我が物顔で歩いている。そのコスチュームは全員バラバラだった。赤が二人、私服が一人、なぜか水着の女性と遊園地から逃げ出してきたような着ぐるみまでいる。
「うわぁ。アイツら説教したいなあ」
ほろから顔をのぞかせてローラさんが呆れる。
「まあ、ヒーローでいられるのも今だけですけどね。それじゃローラさん、始めましょう」
軽トラックが動き出す。できるだけ人目を避けるために車を動かし、通行人の死角を探す。
ハセガワが軽トラックから降りて、周囲を見回す。そして軽トラックの荷台を見ている人間がいない事を確かめてからローラさんに合図を送る。
「ほんじゃ行ってくるよ。なるべく早めに救急車も呼んどいてあげて」
ローラさんは荷台から一〇〇キロ以上の重量を持つ特注スクーターを下ろす。そしてそれにまたがって、少しヨタヨタしながら走り出した。
甲高い音を響かせるスクーター。音の割にはあまりスピードが出ていない。どのみち、スクーターに乗るまでもなく標的はすぐ近くにいるのだが。
ほんの数メートルの距離をスクーターで走り、そして五人組の前に躍り出る。ライダー風のコスチュームを着込んだローラさんを眼前に、五人は驚くと言うより呆気にとられた。
か細い声でミツオがローラさんに声をかける。
「えっと……。ヒーローの方ですか? 僕ら、結成したばかりの戦隊で、今『東ヒー』の人に言われてこの辺りのパトロールを…………」
「まずお前な」
ローラさんはボソッとつぶやいた。そのつぶやきもライダー風のヘルメットのため、彼らには聞こえない。恐らく聞こえたところで意味も分からない。
それ以上はなにも言わず、ローラさんは動いた。着ぐるみのヒーローに向かって跳び蹴りを放つ。
「うごぉっ!」
着ぐるみの中から悲鳴が聞こえた。ローラさんにしては珍しい技を使っていた。普段、ローラさんは跳び蹴りなんて使わない。一応、手加減のつもりで不慣れな技を使ってみたが、その威力は尋常ではなかった。
跳び蹴りを食らって数メートル吹っ飛んだ着ぐるみはそのまま動かない。まだ呆然としているヒーローたち。自分たちが襲われている事にすら気が付いていない。彼らはそれほど『戦い』というものを知らない。
「え!? ちょっとまっ、いや、なんですか、あなた……」
水着姿の女性がローラさんに近付く。明らかに不用意過ぎる。ローラさんはヘルメットの中で顔をしかめていた。目の前のヒーロー気取りの女性に呆れつつ、そんな素人同然の連中を襲わなければいけない今の状況を苦々しく思っていた。
だが結局は襲う。ゴリゴリ団のため、そして自分についてきてくれる二人のため。
ローラさんは水着姿の女性の頭を撫でた。本当に撫でただけだった。それでも女性は死の恐怖を感じた。頭蓋骨が砕けるかと思うほどの重量感が頭を襲い、その頭蓋骨を支えている首の骨が悲鳴を上げていた。
「ひぃいいいいいいいいっ! たっ、助けっ…………」
女性はそのまま崩れ落ちた。ただ失神しているだけだったが同時に失禁もしていた。その状況を見て、ようやく彼らは襲われている事に気が付いた。
しかし気が付いた時はもう遅かった。私服の男が身構えた瞬間、その頭部にローラさんの手の甲が迫る。
裏拳というよりはツッコみ。ただしやたら高速で無慈悲なくらいに重いツッコみ。バットで殴られた方がマシかも知れないほどの打撃を受けて、私服の男も地面を舐める羽目になった。
そして残りは赤二人。どちらがミツオなのかは分かっている。ローラさんも事前に写真くらいは見ておいたから。
そしてミツオではない方の赤いコスチュームに無言で前蹴り。ラブホテルの壁まで吹っ飛んだ男は、そのまま起き上がる事なく意識を失った。
ローラさんの眼前には震えているミツオ。『助けて』『なんで』『誰』、そんな言葉が立て続けに口から漏れる。
ローラさんは呆れながらも、棒読み気味に決めゼリフをつぶやく。
「……、あー、あれだ。悪はぜったいゆるさない、……ゴリライダーです、どうぞよろしく」
ミツオの目が点になる。なにかを口走ろうとしていたが、それより速くローラさんのビンタが炸裂。かなり手加減はしていたが、それでもミツオの身体は弾けるように吹き飛び、そのまま倒れ込んだ。
その様子をスマホで撮影しているハセガワ。身振りで『決めポーズ』を求める。その要求は無視してローラさんはスクーターにまたがった。そしてそのままラブホテル街から逃げ出した。甲高い排気音を響かせて。
***
その後、人気のない路地で再び合流。見つからないようにローラさんとスクーターを荷台に載せて、三人は渋谷から離れた。拠点に戻ってから反省会。
「あそこで決めポーズが欲しかったっす。この動画、ネットにあげてるんすよ。ゴリライダーをもうちょっとアピールして欲しかったっす」
「いや、あそこまで弱いとなんかやる気も起きないぞ。あれ大丈夫かな……。俺、一応手加減したんだけど……」
「むしろそこが問題です。手加減し過ぎてませんか。一人くらい病院送りにしてもよかったと思いますけど」
「まともに抵抗もできないようなヤツを病院送りにしたってなあ……」
拠点に戻った後、ネットに動画をあげつつその反応を確かめてみた。そして彼らのその後も知った。ローラさんの襲撃を受けた後、彼らは自分の足で歩いてその場を離れていた。当然病院には行っただろうが、ヨシダさんは不満だった。
「自分でも酷い事を言ってるって自覚はあります。ですがやっぱりもう少し重傷を負わせて欲しかったです」
「いや、マジで酷い事言ってるっすね」
「ハセガワ君、お仕事の方、進んでる?」
「はっ、はいっ! 今やってるっす!」
ハセガワの仕事はネット工作。今の会話の間は手が止まっていたが、ハセガワはSNSや匿名掲示板を使い、自分が公開した動画の話題で盛り上げようとしている。
拠点にはまだネット回線が開通していないので、ヨシダさんがいかがわしい手段で手に入れたスマホを数台使っている。そのいかがわしい手段の詳細は、恐ろしくてハセガワも確認できなかった。
こうして渋谷の街に小さな火をともした。その火は弱く、今にも消え入りそうだった。日常は激しい、それを意識していれば。今日起こした小さな火と同じくらいに人目を引く話題なんてどこにでもある。
だからゴリゴリ団は止まらない。小さな火を、更に増やすために。飽きさせず、理解もさせず、ただ熱狂させる。
「さあ、始めましょう。『ゴリゴリ祭り』のスタートです!」
そんなヨシダさんの言葉に対して、ローラさんは彼女に聞こえない程度の声でつぶやいた。
「いや……、『シビルウォー・プラン』って言ってたじゃん…………」
「名前、変わってるっすね。もう止められないっす、このねーちゃんは……」
ローラさんとハセガワはため息をついた。そんな二人をよそに、ヨシダさんは更なる火をともす準備を始める。
「じゃあ、次はライダーを襲いに行きます。片っ端から殺りましょう」
ヨシダさんの興奮が止まらない。ローラさんのため息も止まらない。ハセガワは一人、自室に逃げた。




