第十一話 終わってるヒーロー
ヒーローたちと『東ヒー』の関係はあまり良好ではない。元より『東ヒー』というのはあくまでヒーロー支援機構であり、管理や監督をする権限などない。
『東ヒー』自体が国から援助を受けている事もあり資金は潤沢にある。それをもってヒーローの支援に励んでいるのだが、もちろん支援の代価としてヒーローたちにある程度の『指図』をする事もある。簡単に言えば、それが嫌がられている。
もちろん『東ヒー』を頼る事なく活動できるヒーローもいる。資金が潤沢なら、『東ヒー』の指図など受けないで済む。
ヒーローたちはこんな事を口にする。
『東ヒーから支援を受けるヤツは三流』
とは言え、もちろん誰でも支援を受けられる訳ではない。ヒーローは認可制でも登録制でもない。唐突に『僕、ヒーローになります』と言い出しても別に構わない。
ただし『東ヒー』からの支援を受けるためにはある程度の実力を示す必要がある。正確に言えば、実力を『示し続ける』必要がある。
ここに実力を示し続ける事ができなかった男がいる。名前は『ミツオ』。元は戦隊ヒーローだったが、誰も彼をヒーローとしての名前では呼ばない。既に彼がなんという名前で活動していたのか、覚えている者もいない。そんな落伍者。
ミツオが所属していた戦隊も既に存在しない。仲の良い友人と結成した戦隊だったが、一人減り、二人減り、最後はミツオ一人が残った。
「なあ、ミツオ。新しいメンバーは見つかったのか?」
先輩ヒーローのビルダーレッドが心配している。マッチョ戦隊ビルダーファイブのリーダー、ビルダーレッド。東京の西側一帯を仕切っているマッチョなナイスガイ。
「ここで諦めるなよ。まだお前は闘志を捨てちゃいないんだろ」
脳筋と見せかけて実はスピリチュアル系なビルダーレッドは熱く語る。やれ霊体がどうとか、魂のレベルがどうとか。
「闘志がお前を強くするんだ。立ち上がって、魂を燃やしてみろ。グレートソウルはきっと応えてくれる」
暑苦しい上に、面倒くさいビルダーレッドがミツオに奮闘しろと訴える。そして珍妙な形のアクセサリーを手渡す。
「それはな、マヤ文明に伝わる……」
これまでに何度も聞かされてきた話。そして何度も受け取ってきたアクササリー。どこで買ってくるのか、既にミツオは同じアクセサリーを二〇個近く受け取っている。もちろんなんの効果も無い。
ヒーローとして大した実績もないミツオは、ビルダーファイブのおこぼれを拾う事で小さな実績を稼いでいた。つまりヒーローとしては終わっている存在だった。
そして仲間も離れていったミツオにとって、頼れる者は昔から面倒見てくれるビルダーレッドだけ。今は『東ヒー』とビルダーレッドの支えで細々とヒーローごっこを続けているようなものだった。
その『東ヒー』から連絡が入った。普段ミツオの担当をしてくれている人物ではなく、その相手はクジョウと名乗った。
「ミツオさん。現在の貴方のヒーローとしての評価は著しく低いと言わざるを得ません。従って、この状態が続くのであれば我々としても支援をお断りさせていただく事にもなりかねません」
ミツオに対する支援は、そのものずばり『資金』だった。ハッキリと言ってしまえば『東ヒー』から生活費を受け取っている。それだけで暮らしていけるほどの大金ではないが、少なくとも支援が絶たれれば生活はできなくなる。
「ごく普通のお仕事を探しておくべきでしょう。大怪我をする前に」
クジョウの引退勧告。もちろん本当に引退させようと思っている訳ではない。ただ追い詰めているだけ。ヒーローとして『完全にアウト』としか言いようのない悪手へと導くため。
「ヒーロー見習いを仮メンバーとして戦隊に加えてみますか? 今はお一人でしたよね、よろしかったら有望な若手を紹介しますよ」
引退勧告の直後に、戦隊の立て直しを提案するクジョウ。それを聞かされたミツオは軽いパニックに陥った。
そしてパニックのまま、自分の気持ちに整理もついていないのに、ミツオは弱々しく応えた。
「…………ぜひ、お願いします…………」
ヒーローであり続けたい。ミツオの胸にあるのはその思いだけだった。
***
カレーショップ、ゴリゴリカレー。相変わらず営業はしていない。そんなゴリゴリカレーの店内には三人の人影。はたから見れば悪巧みをする三人組だが、実際には一人の悪鬼に二人がドン引きしていた。
「と言う訳で、クジョウさんから連絡が入ったので、これから作戦を実行しようと思います」
ヨシダさんはうっすらと微笑んでいる。これから始まる『シビルウォー・プラン』を心から楽しみにしているようだった。
「そんで、俺はなにしたらいいの?」
ゴリラが怪訝そうに尋ねる。ゴリラの脳内には既に嫌な予感しかない。
「はい、これからクジョウさんが用意してくれた『獲物』を襲います」
「ゴメン。今なんて言った?」
「ミツオ君という方を中心に一時的に結成された戦隊があります。それを襲います。そして殺っちゃいます」
「ゴメン。今なんて言った?」
「きる・ぜむ・おーる!」
「いや、日本語でいいから。なんで殺るの? その子ら、なんか悪い事したの?」
「いいえ、なにも。強いて言えば弱い事が罪です」
「ローラさん。この人、マジで悪っす。腐れ外道っす」
「ヨシダさんって根は真面目なんだけどね……、なんか悪い事する時、妙にノリノリになっちゃうんだよね……」
「それ絶対真面目じゃねえっす」
「なんか酷い言われようですね。一応ゴリゴリ団のためなんですよ」
ゴリゴリ団のためと言われると、ローラさんも立場がない。姿勢を正して、少し真面目にヨシダさんの話に耳を傾けた。
「一応、リーダー格になるミツオ君という方だけは手加減しておいてください。後で利用しますから。残りは死なない程度に殺っちゃってください」
「日本語って難しいっすね……」
「って言うかな、その子を……、まあ、殺すとかなんとかは置いといてな、なんで襲うの? その理由を教えて」
「ミツオ君は西側を仕切っているビルダーファイブの取り巻きの一人だそうです。そのミツオ君を襲います、それをライダー・ファウンデーションの仕業に仕立て上げます」
「ああ、それで縄張り争いを激化させようって魂胆ね。そんで抗争が激化した原因を作ったヤツを後で更に利用するって訳か…………。ヨシダさんって悪魔?」
「いや、自分の見た限り……。少なくとも人じゃないっすね。もしもヨシダさんが人間だなんて言おうものなら、マザー・テレサも世をはかなんで自殺するっす」
「マザー・テレサってもう死んでますけどね」
「俺、悪の怪人に向いてないのかな……」
「なんですか、唐突に」
「いや、誰でも自信喪失するっすよ。ガチの魔王を前にしたら」
「そこまで酷い計画じゃないと思うんですけど……」
悪の秘密結社としてはそこまであくどい企みでもない。だが悪の怪人に向いていないローラさんと、そもそも悪の秘密結社とはなんの関係もなかったハセガワには、ヨシダさんの計画は悪魔の所行に思えた。
そして三人は更にプランの検討を繰り返す。ミツオ率いる新人戦隊への襲撃。それを敵対勢力の仕業と見せかける工作。しかし、その時点で既に問題がある。
「なにこれ……」
ローラさんが着せられたのは、ライダー風のコスチューム。ドンキーで買ってきたプロテクターに、おもちゃの変身ベルト。それでもその体型は明らかに人間とは違う。ハッキリと言えばゴリラそのもの。
「いや、無理あるだろ……。これでライダーだと思い込ませるのは難しいぞ……」
「大丈夫です。ちゃんとクジョウさんが厳選したバカを獲物に選んでくれましたから」
「もうヤケっす。これでいいっすよ。後は適当に『ゴリライダー』とか名乗りゃいいっすよ。ついでに『ゴリチョップ』とか『ゴリキック』とか叫んどきゃ、『ああ、そういうライダーなんだな……』って思ってくれるっすよ。自分も自信ないっすけど」
ハセガワがさじを投げた。力一杯ぶん投げた。
「バイクとかどうすんの? 徒歩でライダーとか名乗れないよ」
***
ローラさんは呆然とした。そして改めて戦慄する、ヨシダさんの有能っぷりに。確かに彼女は以前のゴリゴリ団の頃から働き者だった。それもあって、あっという間に幹部の地位を手に入れた。見た目は地味な女性。だが、その実態は妙に有能なヒーローオタク。
「以前は資金とかも乏しかったんですけど、今は『東ヒー』の支援もありますから」
ヨシダさんは胸を張る。三人がいるのはドンキーの隣にある地下駐車場。拠点の地下出口から歩いてやって来た。
出口を出てすぐの場所にある『従業員用駐車スペース』。そこには軽トラックが駐められ、更にその荷台には妙に頑丈そうなスクーターが載せられている。
「軽トラックはレンタカーです。ですがスクーターはクジョウさんから提供された物です。えっと、確かニュースギアってスクーターだそうです。元々頑丈な物らしいんですけど、一応改造済みで更にハードな使い方ができるそうです」
「ハードな使い方って?」
「ヒーローをひき殺すとか」
「もう何でもいいっす。ローラさんもさっさと諦めろっす」
計画は至極単純だった。ほろ付きの軽トラックの荷台にローラさんとスクーターを載せる。そしてそのまま渋谷区まで直行。
クジョウが指定した場所までミツオをおびき寄せて、そこにスクーターに乗ったゴリラが襲いかかる。
仕事が終わったら、また軽トラックの荷台にスクーターを載せて、そのまま逃走。
「それからネットを使って『渋谷で戦隊ヒーローがライダーに倒された』って噂を流します。その辺はハセガワ君にも手伝ってもらいますから」
「うぃっす。なんでもやるっす、姐さん」
「変な呼び方しないでください。それからローラさん、くれぐれもミツオ君だけは生かしておいてください」
「いや、誰も殺さないから。なるべくケガもさせないようにするから」
「さすがにそこまで消極的なのもどうかと思うっす。ヒーローやってる以上、ケガくらいは覚悟の上でやってると思うっすよ」
ローラさんはキレると面倒だが、基本的に温厚な性格をしている。もちろん、弱い者イジメが好きなわけではない。逆に向かってくる相手なら、どれだけ弱くても容赦はないが。
「ただ、こっちから襲うってのはな……」
ローラさんにとって、ヒーローを襲撃するのは初めての経験だった。どこまでも悪の怪人には向いていないローラさん。
「え? 今までヒーローを襲った事ってなかったんすか?」
「うん、襲われた事はあったけど、こっちから行くってのはちょっとなかったな」
「……まあ、一応自分ら悪の秘密結社っすから……。仕方ないと諦めてもらうしか……」
ローラさんはため息をつきながら軽トラックの荷台に乗り込んだ。ヨシダさんが運転席、ハセガワが助手席。
意気揚々と軽トラックを発進させるヨシダさんの鼻歌が荷台まで聞こえる。それを聞きながらローラさんは不安を感じていた。
失敗するかも知れないという不安ではなく、上手くいってしまった場合の不安。ヒーローの二大勢力を衝突させるというプランは、おびただしい数の被害者を出す事になるだろう。
どうして『東ヒー』のクジョウはそんなプランに手を貸している? ローラさんにとっては違和感のある呼び方ではあるが、クジョウは『ヒーロー業界』の人間だ。その業界を丸ごとひっくり返しかねないプランに手を貸すメリットがどこにあるのか。
そんな事を考えながら、ローラさんは荷台で揺られていた。もう少しだけ時間があれば、ローラさんも答えに辿り着いたかも知れない。ローラさん自身も、それを望んだ事があったのだから。
『ヒーローも怪人もいない世界』
自己否定でしかないその理想を、ローラさんが追い求める事はなかった。ただ、それを真剣に追い求めている者が存在する事にまだ気付いてなかった。




