第十話 東京都ヒーローマップ
三人は拠点の一階店舗スペースにあるボックス席で思い思いに食事をとっていた。とは言っても、インスタントものばかり、あるいはお菓子やおつまみで腹を満たしている。
「すいません。ガスが使えるようになるのは明日以降になりそうなので」
ヨシダさんは一日で電気と水道の開通手続きをしておいてくれたが、他のものはさすがに一日でとはいかなかった。
例えばネット回線は使えるようになる日程すら分からない。
「調べてもらったらこの拠点に最初から回線は通ってるらしいんですよ。ただ手続きに少し待たされるらしくて」
徳用サラミを食べながらハセガワが口を挟む。
「ローラさんってパソコンとか使えるんすか? なんかそういうのに疎い感じがするんすけど」
ポテチをつまみながらローラさんが応える。
「パソコンは使い方忘れてんな。最近はタブレットでなんとでもなるし」
「あ、タブレット使ってるんすか。結構意外っすね」
「ゴリラ舐めんなよ。まあ、タブレットも二年前のモデルだし、クジョウから金もらえたら新しいの買いたいかな」
「ああ、いいっすね。自分もパソコン欲しいっす。できればお高いゲーミングPCってヤツを」
カップラーメンをすすりながらヨシダさんは二人から目をそらした。既にクジョウから軍資金としてお金は受け取っている。実際、この拠点近くにあるドンキーで買い物に使ったお金は、すべてクジョウから受け取った軍資金だった。
二人はお金にだらしない。ヨシダさんはそう直感していた。いや、少なくともローラさんに関しては分かっていた事だった。なにしろ付き合いが長い。
ただし話を聞いている限りでは、ハセガワもローラさんに匹敵するほどお金にだらしなさそうだ。悪の秘密結社にもパソコンくらいは必要だろう。たとえ構成員がゴリラと幼女と一般人だったとしても。だがゲーミングPCが必要な理由は分からない。
『この二人にはお金に余裕がある事は伝えない方が良さそうだ……』
ヨシダさんはそんな事を考えながら、目をそらした先にあるレシートの束を眺めた。たった一日の間に何度もドンキーへと出かけては必要な物に加えて不要な物まで買ってくる。
ため息をつくヨシダさん。もっとも、彼女も二人の期待にはできるだけ応えたいと思っているのだが。
『ゲーミングPCっていくらくらいするんだろう……。後で調べてみよう』
結局はみんなお金にだらしない。再びゴリゴリ団が経営破綻するのも時間の問題と思えた。
***
「さて、それでは『シビルウォー・プラン』についてなんですが、その前に現在のヒーロー業界について説明させてください」
食事も終わり一息ついた後、ヨシダさんは少しばかりかしこまって説明を始めた。しかし、ローラさんが速攻で話の腰を折る。
「業界って言い方なんとかならない? いや、別にいいんだけどさ。ヒーロー業界って言われるとなんか調子狂うよな」
「ああ、昔の人はそういう事ばっか言ってるっすよね。今時はヒーローもビジネスの時代っすよ。スポンサーがどうとか、グッズの売り上げがなんちゃらとかって」
「昔の人ってお前な。俺、まだ五十代だぞ」
「初老じゃないっすか。普通のゴリラなら死んでる歳っすよ」
「話を聞いてください。とにかく業界についてローラさんもあまりよく知らないですよね。まずはそこから説明します」
ヒーローと一口に言っても多種多様に存在する。厳密に言えばそこに序列などないが、漠然としたパワーバランスは存在する。
頂点に君臨するのはメジャーヒーロー。日曜日の朝には看板番組も持つ人気者。それが『メディア戦隊メジャーマン』。五人組の戦隊ヒーロー。ほとんどは芸能活動と並行してヒーロー活動をしている。
実力という点では、決して強いとは言えない。ただしメディアを後ろ盾にしたグッズやイベント商法で手堅く稼いでいる。その利益を投じている事もあり、とにかく勢力は大きい。高価な装備類を揃え、また戦隊ヒーローにもかかわらず見習いヒーローを戦闘員代わりに使っている。
「以前、お話したと思いますけど、彼らはつい先日宿敵を追い払ってしまったんです。銀河の果てに。もう大変です。敵がいなくなってしまったんですから」
しばらくはメジャーマンの番組も再放送や総集編でしのいでいた。その後も仲間内の恋愛沙汰を売りにしたりと迷走も重ねた。
しかし最後は戦隊ヒーローとしての本業へと立ち返る。それも他のヒーローにははた迷惑な形で。
「自分たちとはなんの関係もない秘密結社を潰して回るようになってしまったんです。そして悪役不足が始まった訳です」
「うーん。そこまでは前に聞いたかな……。よく覚えてないけど。興味もないし」
メジャーマンの暴走以降、業界は一変した。敵のいないヒーローたちは活躍の場を失い、それがきっかけで多くのトラブルが起きた。そしてヒーロー同士の戦いも。
「つい先日までは業界の勢力バランスも大きく変動していました。ただここ数日で一気に安定してきたんですよ。メジャーマンが地方巡業に忙しくて、東京ではその他のヒーローが台頭してきた訳です」
そこまで説明してから、ヨシダさんはテーブルに東京都の地図を広げた。その地図にはヨシダさん自身がマジックで色を塗り、勢力図が分かり易くまとめてあった。
東京の都心部が四つに色分けされた地図。正確には三色と色の塗られていない場所。
「まず私たちがいる東京の南側を見てください。ここは赤で塗ってありますが、この辺一帯は『ライダー・ファウンデーション』の縄張りになっています。基本的に一匹狼だったライダー系のヒーローが徒党を組んで大きな勢力となりました」
「ライダーね……。とりあえずソイツら皆殺しにしたらいいの?」
「超物騒っすね。なんかライダーに恨みでもあるんすか?」
「そう言えばローラさんって昔から、ライダー系の人には厳しいですよね。戦隊系の人たちには結構優しいのに」
「いや、優しいのも問題っすよ。そう言えばミドリさんって人も戦隊系でしたっけ。昔面倒見てたとか……」
「まあ、その辺の事はいいよ。それで、この辺りってのはライダー系の縄張りな訳ね。よし、ちょっと暴れてこよう」
当たり前のように拠点を離れようとするゴリラを一般人と幼女がなんとか止めようと努力する。もちろんローラさんも本気ではない。ブツブツと言いながらボックス席に戻った。
ヨシダさんは分かっていた。不用意に『優しい』なんて言ってしまったせいで、無茶な照れ隠しをしているだけだと。
「それでは話を続けますね。南がライダー系。そして西が戦隊系の縄張りになってます。そこのトップが『マッチョ戦隊ビルダーファイブ』です。戦闘力はメジャーマンより上って言われていますけど、見た目がゴツいせいで子供には人気がありません」
「知ってるっす。テレビで観た事ありましたけど、二〇キロのダンベル振り回す必殺技『ビルダーアタック』は普通に放送事故だったっす。ビルダーファイブの足下に倒れてた戦闘員の頭蓋骨の形がいびつになってたっす」
「『必ず殺す』って意味では間違ってないな」
「ヒーロー的には大間違いですけどね」
現在、そのビルダーファイブとライダー・ファウンデーションの間に争いが起きている。その原因は単純な縄張り争い。ヒーローたちが恥も外聞も無く奪い取ろうとしている場所は明治神宮だった。
「また、なんちゅう場所で揉めてんだよ、ソイツら。全員、バチ当たったらいいのに」
「バチはともかく、その縄張り争いに介入しようって事っすね。でもどうやって?」
「それにはクジョウさんの協力が必要なんです。それで今動いてもらっている最中で……」
「え!? なにそれ? もう始まってんの?」
「まだ詳細を調べてもらっているところなんです。実際に上手くいくかは情報次第って感じなので」
「ああ、勝手に動くんじゃなくて、どっちか片方に肩入れするって事っすね。そうなると、両方の情報を詳しく調べないとダメっすね。下手すると両方を敵に回しかねないっす」
「はい。悪の秘密結社の手助けを借りないといけないような『追い詰められた人』を探しています。その人を隠れ蓑に介入していこうと思ってるんです」
「なんかえげつないな……。介入して最後はどうすんの?」
「東京の半分を支配してもらいます。その勢力に恩を売っておけば、いきなり拠点を襲撃される事もないでしょうし、ゆっくりと他の表向きのお仕事にも集中できますし」
「ヒーロー同士が揉めてて、そこに悪の秘密結社が首を突っ込むと。ホントに上手くいくかね……」
ローラさんは渋い顔。だが、そんなローラさんにも代案は無い。ただローラさんにとっても一般市民に手を出すよりは、ヒーローを相手にしている方がやりやすい。それだけは確かだった。
「それで、最初はなにから始めたらいいの?」
「連絡待ちです。クジョウさんと相談して、『窓口』になってくれる人を選びます」
正義のヒーロー同士のいさかい。そこに介入するための人材。つまりヒーローでありながら悪の秘密結社の手助けすら欲しがっているような人物。
そんなヤツがいるとは思えない。ローラさんは率直にそう思っていた。だが一時的にせよ、『東ヒー』にも籍を置いていたハセガワは知っていた。一口にヒーローと言っても、どうしようもないクズだって存在すると。
「でも連絡待ちって事は今はなにもする事が無いっすね。どうすんすか?」
「まあ、拠点の掃除とか……」
「またっすか……」
***
そして夜。ヨシダさんは帰宅して、また拠点はゴリラと幼女だけになった。ゴリラは買ったばかりのテレビを観ながらゴロゴロしていた。
幼女はヨシダさんが置いていった資料を睨みつける。そこに自分の求めるモノの影を探すように。
資料には西のビルダーファイブと南のライダー・ファンデーション以外の勢力についてもまとめられていた。
地図上の東京は西側が青く塗られ、そして南側が赤く塗られている。東側が白く塗られ、北側には色がついていない。
「東側は『白怪人ゾーン』っすか……」
東京の東側は墨田区を中心に白怪人の自警団が勢力を拡大させていた。ただし彼らは完全に『東ヒー』の傘下。そういう意味では東側は『東ヒー』の勢力圏と言える。
「ねえ、ローラさん。改造人間って定期的なメンテナンスとか要るんすか?」
「え!? なんの話?」
「いや、だから……。身体を無理矢理いじってる訳でしょ? なら定期的に健康診断受けたり、なんか薬とか投与したりってないんですか? どっかおかしくなったりするでしょ」
「いや、俺はここ三十年くらい医者いらずだけど……」
「すんません。聞いた自分がバカだったっす」
東京の北側には色が塗られていない。無色の『空白地帯』。ここを根城にしているヒーローは完全にヒーロー失格の烙印を押された犯罪者たち。
一般人の暮らしにはなんの不自由もない。自分たちのいる街が事実上のスラム街だと知りもしない。少なくとも空白地帯のヒーローたちは一般人に危害を加えないから。
しかしこの街を制圧しようとしたよそ者のヒーローたちは無残な姿を晒す羽目になる。そして迷い込んだ野良怪人も。
ヨシダさんの資料によれば、東京の北側は犯罪者となったヒーローの巣窟。誰かが支配している、だがその正体は分からない。
テレビを観ているゴリラがお尻をかきながらボソリとつぶやいた。
「東側は『東ヒー』が管理してんだろ。だったらそこにはいないな。怪人のメンテだったら、『東ヒー』のヤツがやってんだろ」
ドクターが逃げた先は東京の北側。ローラさんはそう言いたかった。だがハセガワは冷静にツッコむ。
「いや、東京から離れたかも知れないっす」
ツッコみながらもローラさんにお茶をいれる。自分の事も考えてくれている事が嬉しくてたまらなかった。
自分自身が指摘したように、既に東京にはいないのかも知れない。だが、それでもハセガワは東京の地図から目を離せない。色の塗られていない地区に、自分の人生を壊したヤツがいる。そして、今は自分にも仲間がいる。
「いずれ……、借りは返すっすよ」




