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ヒロインな妹、悪役令嬢な私  作者: 佐藤真登
十一歳編

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 考えていれば、サファニアとレオンは二年前に一回顔を合わせたきりだ。

 しかも一緒にいた時も、ほぼ会話をしていない。その親交度合は一回ボードゲームで勝負しただけと言い換えてもいい。人の顔をあっさり忘れるのは貴族としてどうかと思うが、サファニアの記憶に残っていなくても仕方ないだろう。


「だからあれだ。別におまえの存在感が特別薄いとか目立たないとか忘れられやすい立場にいるとか、そういうことじゃないんだ」

「下手くそな慰めどーも」


 ぽんと肩に手を置いてねぎらってやったというのに、明らかに感謝していない礼だ。

 ちなみにサファニアは私の背中から部屋の隅っ子に逃げた。角になっているところに引きこもって、じいっとレオンから視線を離さず警戒を丸出しにしている。

 いまのサファニアを見た私の感想を言おう。

 あれは面白い。


「ほらレオン。いけ。話しかけろ」

「いや、なんか警戒されてるんだけど。完全に知らない人見る目だぞ、あれ」

「いいからいいから。慣らせばなんとでもなる」


 サファニアが面白いことになっているのでレオンをけしかける。どっちにしたって、サファニアはもうちょっと人に慣らさないといけないのだからいい機会だろう。

 一方的に警戒されているレオンは、しぶしぶと言った様子でサファニアに近づいて行った。


「それで、クリスお嬢様。どうしてここのことを知っているんですか?」

「ん? メイドの一人の実家がこの近くでな。休日に帰省したそいつが、マリーワを見たっていうんだよ」


 それで調べさせてみたら、この教会にレオンもいると気が付いた。

 会える場所にいるならと、来てみただけだ。事前に訪問の旨もマリーワに伝えてある。とくに問題のある行動でもない。

 ミシュリーも後日連れて来ようと考えている。サファニアも連れてきたのは、ミシュリーを連れてくる前の予行練習だ。

 なんか思った以上に面白いことになっているけど。

 視線でレオンを威嚇し始めたサファニアを、にやにやしながら眺める。


「なるほど。そういうことですか。まあ隠そうともしていませんでしたし、そういうこともありますね」

「うん。それで、マリーワはなんで教会にいるんだ?」


 メイドも単純にマリーワを見かけただけなので、何故ここにいるかまでは分かっていない。

 マリーワも身分ある婦女子の一員だ。何の理由もなくこんな町はずれの教会にいるわけでもないだろう。


「優秀で勤勉な子がいたので、教えていただけです。偶然の縁もありましたし、見込みのありそうな子に投資するのは趣味のようなものですよ」

「ふうん」


 確かにレオンは『迷宮ディスティニー』でも優秀な人間として描かれた人物だ。それを見抜いたのはマリーワの慧眼だろう。

 理由自体は腑に落ちたけれども何か少し面白くないような気持ちだ。

 眉をひそめたまま、ひょいとマリーワの顔を覗き込む。


「ちなみに私と比べてどっちが優秀だ?」

「私は生徒を比べるようなことはしません。あなたはあなたで、レオン君はレオン君です」


 私生活でもぴんと背筋を伸ばしたマリーワは正論を述べて私の言葉をさらりとかわす。比較対象を置いてさりげなく褒められようという企みはあっさりと回避されてしまった私は、こっそり唇を尖らせる。

 だいたい私の教育にはノワール家から給金が払われているというのに、レオンへの教育は教会で無償で教えているというのがおかしい。後でどの程度まで進んでいるのかレオンに聞いて比べてみるか。そう考えていると、マリーワが見抜いたかのように一言。


「第一、週に一回教えているだけの子と比べて、自分の優位性を確認したいですか? 教えている年数自体、あまりに差があります」

「……」


 そのまんまのことを考えていたので、沈黙する。流されるようにして論破されてしまった。


「それにしてもサファニア嬢とレオン君ですが……」


 ついっと動いたマリーワの視線の先は、レオンとサファニアだ。

 サファニアの警戒はまだ解けていない。相変わらず部屋の隅でレオンをけん制している。けしかけてはみたものの、レオンはレオンで小動物じみたサファニアへの対応に困っているのか距離を詰められないでいた。

 

「なかなか面白い光景ですね」

「うん」


 同意見だ。

 サファニアの臆病さが丸出しになっているところがいい。あれは初対面の人間と顔を合わせた時の猫の反応と完全に一致している。


「あいつ、あれで本当に将来社交デビューできるのか?」

「さあ? まあ意外とどうとでもなるものですよ。周りの評判さえ気にしなければ生きかたはその人の自由です」

「いや気にしろよ」

「サファニア嬢に言ってください」


 私とマリーワはサファニアをネタにして無責任に盛り上がる。


「しかしレオン君と一言も会話ができないというのはいただけませんね。どちらのモチベーションにも悪影響を与えます」

「サファニアはともかく、レオンのモチベーションに関係あるのか?」

「ええ。大いに」


 ふむ、とアゴに手を当てる。事情は知らないがマリーワが断言するならそうなのだろう。


「とはいっても、サファニアの人見知りは強情だからな……一日でどうにかするのも難しいぞ」

「ああいうのには餌付けが有効ですが、クリスお嬢様はサファニア嬢の好物をご存知ですか?」

「んー……しいて言えば、娯楽本かボードゲームの類だな。あればの話だけど」

「ああ、ありますよ」


 あるのか。

 教会に娯楽のたぐいが置いてあるとは思いもしなかった。意外に思って見上げる私に、マリーワがひとつうなづく。


「ええ。ここの司祭の趣味だとかで、確かこの辺りに……ありました」


 借りているだけの場所の把握も完璧らしく、迷った様子もなく戸棚からボードゲームを取り出す。


「ふむ。なら餌付けができるな。……レオン! ちょっとこっち来い!」


 マリーワからボードゲームを受け取った私は、サファニアと見つめ合いをしていたレオンを呼び寄せる。


「なあ、クリス。俺、もしかしてあの子に嫌われてる?」

「あいつは初対面の人間に対してはだいたいあんな感じだ」


 素直に招集されたレオンは意外と落ち込んでいるようだ。顔見知りにあからさまに警戒されたのだから当然だろう。

 私の言葉に、レオンがほっと安堵の息を漏らした。


「そっか。人見知りするんだな」

「うん。慣れればそれはもう生意気になるんだが……とりあえず準備を手伝え」

「え? 何の準備だよ」

「お前とサファニアを仲良くさせる準備。ほら、まずは机を動かすだろ」

「お、おう」


 戸惑うレオンに支持を飛ばす。椅子を動かして、机を挟んで座った者同士が対面するような位置に置く。


「それでこれを、こうしてみる。で、レオン。お前はこっちに座れ」


 レオンを片方の席に座らせ、机にボードゲームの盤を置く。簡易だが、対戦席の出来上がりだ。


「……!」


 出来上がったテーブルを見て、部屋の隅に避難していたサファニアが、ぴくっと反応した。

 しばらく観察していたが、そのうち引き寄せられるようにおそるおそる近づいて行く。

 何だあれ。面白い。


「くっ、ふふっ……ぶ!?」

「お嬢様。静かに楽しみましょう」


 笑いを噛み殺しきれない私の口を抑えてくる。確かに面白がっていることに気がつかれたら、せっかくおびき寄せているサファニアが気を悪くしてすねる可能性が高い。こくこくと無言で頷くと、そっと手を離した。

 こんな風に完全に面白がっているマリーワも珍しい。今までは知りもしなかったが悪戯好きの一面もあるのかもしれない。

 そうやってマリーワと二人して見守っているうちに、ようやくサファニアがちょこりんとレオンの対面に腰かけた。


「えっと、やる?」

「……」


 まだ戸惑いが残っているレオンの提案に、サファニアは無言でこくんと頷いた。

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