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書籍化に伴いタイトルとPNを変更することになりました。
書籍版のタイトルも含めて、今後は変更後のものになります。
よろしくお願いいたします。
外に出ると途端に元気をなくす人がいる。
自分のテリトリーではやたらと強気でいるくせに、一歩でもその範囲から出るとやたらと弱気になって何も言わなくる人種だ。前世の知識では内弁慶という単語で言い表していた。身内には強く、それ以外には弱いという性質を持っているのだ。
なにが言いたいのかと言えば、サファニアはこれに該当する。
「疲れたわ……」
「何でだよ」
カリブラコア家から出発してまだ数分。馬車に乗っているだけで何もしていないというのに憂鬱な面持ちでそんなことを言いだした。
「だって、馬車揺れてるもの。座ってるだけで虚弱体質の私の体力を奪っていくのよ……」
「あっそう」
座っているだけで体力が尽きるとか、なかなかかわいそうな体質だがまるで同情できない。ちなみにサファニアが虚弱体質という事実はない。私の知る限り、こいつは不健康な生活とは裏腹にロクに熱を出したこともない。馬車の居心地が悪いとかほざいているけど、乗り物酔いにもならない。二年前のお祭りの時を思い出してみると、長時間歩き回れる体力もある。
運動神経はないが、丈夫に生まれてきているのだ。サファニアはもっと両親に感謝をささげるべきだと思う。
「……ねえ、クリス」
「なんだ?」
「これ、どこに行くのかしら」
「教会だよ」
愚痴がやかましいので目的は告げずに行先だけ教えてやる。街はずれにあるという小さな教会が今回の目的地だ。訪ねに行く人物の片割れがカリブラコアへに対して圧倒的な信頼感があるらしく、私とサファニアだけで出かけてくることをあっさりと許可してくれた。
「そう。教会……教会、なのね」
力なく頷いたサファニアが、ついっと視線を宙に走らせる。
今から引き返す理由を探しているのがありありと伝わってくる仕草だ。そんなものはないと教えてやりたい。ただ、教えてやってもたぶん聞く耳を持たないだろうから教えてやらない。
「私、教会に用はないのだけれども。寄付金ならきちんと家の方で貢いでいるはずよ」
「いや、別に教会に媚び売りに行くわけじゃないからな? というか、教会そのものに対して用があるわけじゃないから」
「なら行かなくても……いいえ、違うわね。クリス。そもそも私は神様とかあまり信じていないから、教会に行っても失礼だと思うの。敷地内に入ったら不信心で天罰が下ると思うの。だから帰りましょうよ」
「お前は往生際が悪すぎだ」
自分の台詞内で矛盾が発生しているただの我がままなんて論破するのも面倒なので、適当に圧殺してやる。
私だって、教会に良い印象はない。前世の知識も理由ではある。ただ、それ以上に私は教会が語る運命論が嫌いだ。
運命なんて知らない。
私とミシュリーの人生に、運命なんてものは必要ない。
私は私の生きたいように生きる。私の生きたいように生きて、あの物語のヒロインな妹よりもミシュリーを幸せにしてみせる。
「……クリス? なに口をとがらせてるのよ」
いぶかしげな声に、無意識のうちに唇が剣呑になっていたことに気が付いた。
「ん。なんでもない」
サファニアに言ってもしかたのないことだ。何でもなかったかのように口元を元に戻す。サファニアはしばらく探るようにこちらを見ていたが、このひきこもりにミシュリーのような洞察力があるわけではない。気が付かないふりをして、視線をそらしたまま沈黙を守った。
「……そう」
あっさりと、諦めたように目をそらして小さく呟いた。
「別に、いいわよ」
その言葉が拗ねたように聞こえたのは、きっと気のせいではないのだろう。ちらりと横目で伺うと、そっぽを向いたサファニアは自分から話しかけるつもりはもうなさそうだった。
そのまま、会話もなくごとごと馬車は進んでいく。変な雰囲気にしてしまったことはほんの少しだけ後悔してしばらくすると、目的地に着いたようだ。
王都中央にある聖堂とは比べ物にならないほどちっぽけな教会。馬車の外からでも粗末さが見て取れるその建物が、今日の目的地だ。
「本当に来たのですね」
馬車から降りると、面倒そうにため息を吐いて私たちを迎えたのはマリーワだった。
「ミス・トワネット?」
意外そうな声を上げたのはサファニアだ。
「ええ、そうです。ごきげんよう、サファニア嬢」
「ご、ごきげんよう」
驚きにうろたえるサファニアとは違い、あらかじめマリーワがここにいると知っている私は堂々と胸を張る。
「うん。来たぞ、マリーワ!」
「はいはい。まったく、どこで嗅ぎつけのか……まあ、いいでしょう。ついてきなさい。こっちです」
それだけ言って、さっさと教会の中に入ってしまう。
やっぱりオフのマリーワはノワール家に家庭教師として召されている時とは少し違う。特にしかりつけてくる様子もなく、端的に用件だけすませようとする。
「ねえ、クリス。どういうことなの?」
「ふっふっふ。実は、この教会に知り合いがいるっていう話を聞いてな。それで来たんだ」
「え」
驚きが意地を凌駕したのだろう。私も、ここでさっきの不機嫌を引きずるつもりはない。サファニアに今回の目的を教えてやると、人見知りが発動したようだ。人に会いに来たと言いたとたん、表情がかちんと固まった。
ここで立ち止まられたらとても迷惑なので、身を固くしたサファニアの手を引いて歩く。
「大丈夫大丈夫。サファニアも知っているやつだ」
「私も……?」
止めてある馬車をちらちら振り返っているサファニアを逃がさないように、手をつないでマリーワについて行く。知り合いの名前は出さないのは、ちょっとしたサプライズだ。
サファニアの手を引いて、マリーワの後をついて行く。長椅子の並ぶ礼拝堂の側室の一つに入っていった。
「失礼、入りますよ。今日は豪華なおまけつきです」
マリーワに続いて礼拝堂の側室に入ると、今回わざわざサファニアを連れてまで会いに来た人物がいた。
「あ、マリーワさん。授業におまけって……って、クリス!?」
「クリス様と呼べ平民」
旧知の相手に冗談っぽく微笑んでやる。
知り合った時と変わらない私の態度を受けて、相手の表情に懐かしさが混ざった。
「うわー……変わんないなお前。なんていうか相変わらずお貴族様だなぁ、クリス様は」
「当然だろう。そしてお前はまだまだ成り上がれる様子もないな、平民め」
「うっわ、うぜ。マリーワさんの豪華なおまけのくせに」
「やかましい!」
二年ぶりだけど、お互いちゃんと許される範囲を分かって言葉を交わして笑い合う。
そうしてお互い変わらない部分を確認した後、旧知の相手はふと私の背後にいるサファニアに目を止めた。
「あ、そっちはサファニア・カリブコアだよな。様、付けたほうがいい?」
再会の挨拶に、ちょっとした冗談を混ぜる。
二年ぶりという年月の溝を埋める気さくな態度。気を使いつつもフランクに接するなかなか気の利いた相手に対して、サファニアは不安げな表情で私の顔を窺った。
「ね、ねえ、クリス。この人、誰……?」
「俺、忘れられてる!?」
あんまりと言えばあんまりなサファニアに、二年前に知り合った平民、レオン・ナルドは大げさな反応で大声を上げた。




