俺たちの持ち場
番小屋の中は炉の火で暖かかった。
ハーゲンさんは何も聞かずにまずリナの腕の布をほどかせた。傷を見て、指で周りを軽く押した。リナが少し顔をしかめた。
「膿んではいないな」
それから俺の方を見た。
「膝」
俺がズボンの裾をまくるとハーゲンさんは膝の青くなった所を見て、曲げてみろと言った。曲げた。伸ばした。ハーゲンさんはうなずいて、炉の前に戻った。
「ユルゲンから聞いてる。話せ」
俺は短く話した。先導している一頭の右の前脚にリナの剣が入ったこと。帯の手前で三頭が止まり、あの一頭とすぐ後ろの二頭が越えてきたこと。逃げた方向が二度とも尾根の方だったこと。尾根の下の岩の狭い道と、昨日の昼過ぎに谷から上がった風のこと。
アイリが帳面を開いて、卓の上に置いた。
「見えたのは少なくとも六頭です。足跡も見ました。七か八というのは、その足跡から数えたものです。あの一頭が尾根へ戻る時にこの狭い道を使うかもしれない、というのも推定です」
ハーゲンさんは帳面の数字をしばらく見ていた。それから俺たち四人を順に見た。
何も言わなかった。ただ、炉の上の鍋から湯をすくって、四つの器に注いだ。
*
午後、俺は記録票の図を卓に広げた。
東の岩壁、西の切れ落ちた斜面、その間の狭い道。道の上の端から見下ろせる街道。現地隊の何人かが卓の周りに集まってきた。
狭い道は下の口から入ると、中ほどで人二人分の幅になる。東の岩壁には人が一人入れるほどの窪みがある。その上で道がいちばん狭くなって、急に登る。くびれだ。
「群れを餌で街道まで下ろせないかと思うんです」と俺は言った。「煙の帯なら、後ろの何頭かの足は鈍らせられます。でも、あの一頭は煙を越えてきました。あいつが群れへ戻るのを止める手が、俺にはありません。切り離せたら、あの一頭は尾根へ走って戻るはずです。その時、この道を使うかもしれない。俺たちは、ここで待ちます」
ハーゲンさんは図を見たまま言った。
「そこは、俺たちの仕事だ」
ハーゲンさんは図の上の街道を指で叩いた。
「あの一頭が餌へ出たら、鍋の後ろから出て、あいつと群れの間に立つ。槍と火でな。二人で街道の西を押さえて、尾根の方だけ開けておく」
ハーゲンさんのやり方だった。人の数と、火。俺の図の空いていた所が、それで埋まった。
「もう一つ」ハーゲンさんが言った。「風が思うとおりにならなかったら、どうする」
「谷からの風が来ていなければ、その日は始めません」とセレスさんが言った。「始めたあとで逆になったら、私が自分たちの匂いをそらせる間だけ続けます。狭い範囲なら、できます」
「それもできなくなったら」
「右手を上げます」とセレスさんが言った。「上の端から見えるように」
「見えたら私が角笛を長く三つ吹きます」とアイリが言った。「中止の合図です」
「聞こえたら、俺たちは群れを散らすだけにする」ハーゲンさんが言った。「あの一頭は、逃がしてもいい」
「俺たちは道を下りません」と俺は言った。「俺は窪みの奥へ下がります。誰も手を出しません。あの一頭は、そのまま上へ通します」
日暮れまでに群れが来なければ、餌を引き上げて終わる。それも決まった。
「道の中は俺たちで決めます」と俺は言った。
くびれの上の岩陰にリナとセレスさん。アイリは道の上の端で街道を見下ろして、開始と中止の角笛を吹く。中ほどに俺。
「中ほどで、皆で迎えないのか」とユルゲンさんが聞いた。
「中ほどは道幅があります」と俺は言った。「あそこで迎えたら、あの一頭に向きを変える余地が残る。くびれは登りが急だから、あの一頭も体を伸ばして上がるしかない。そこならリナとセレスさんが横と上から届きます」
「なら、中ほどには誰も置かなきゃいい」
「誰もいなければ、あの一頭は匂いを嗅ぎながらゆっくり上がってくるかもしれません。中ほどで止まって、引き返すこともできる。人が立っていれば、横を走って抜けようとするはずです。走ったままくびれに入れば、止まれない」
俺は窪みの所を指で押さえた。
「リナはくびれで斬る。セレスさんは風を続ける。アイリは角笛を吹く。来たら剣でそらして、窪みへ下がるだけなら俺の役です。勝たなくていいから、この膝でもできます」
ユルゲンさんは図と俺の顔を見比べて、それ以上は聞かなかった。アイリが帳面の端に、合図を三つ並べて書いた。開始、中止、集合。吹き方と、吹く人。中止の欄には、セレスさんの右手、と書き足した。
ハーゲンさんは図を見下ろしていた。それから、狭い道の上に指を置いた。
「ここは、あんたらの持ち場だ」
俺は一度だけ、うなずいた。
*
その夜、炉の前で揉めた。
「大きな仕事の前には、塩漬けの豚と豆の煮込みだ」とハーゲンさんが言った。「昔からそう決めてる」
「腸詰めのほうが力が出る」とリナが言った。
昼に町から荷を運んできた隊員が門の脇の店の腸詰めを一包み持ってきていた。リナが頼んでおいたらしい。
「豆だ。豆は腹に残る」
「腸詰めは、すぐ力になる」
二人とも譲らなかった。現地隊の誰かが「豆に銅貨二枚」と言った。別の誰かが「腸詰めに三枚」と返した。あっという間に炉の周りが賭けの場になった。
「悠真、お前はどっちだ」とユルゲンさんが言った。
「……両方、食べたいです」
「それは賭けにならん」
セレスさんは困った顔で両方の鍋を見ていた。アイリが手を挙げた。
「どちらにも、効果の記録は」
そこで言葉を止めた。炉の周りの全員がアイリを見ていた。
アイリは黙って器を二つ取って、豆の煮込みと腸詰めを一つずつよそった。
「両方、食べます」
ハーゲンさんが鼻を鳴らした。リナが笑った。賭けは誰の勝ちにもならなかった。結局、全員が両方食べた。
*
夜更けに外へ出ると、リナが小屋の壁にもたれていた。
星が多かった。リナは布を巻いた腕をもう片方の手でさすっていた。
「あの一頭」とリナが言った。「あたし一人じゃ、押し返せなかった」
「うん」
「盾の向こうが、動かなかった」
俺はリナの隣で同じ壁にもたれた。
「一人で押し返さなくていいよ」と俺は言った。「次は、四人でやる」
リナはしばらく黙っていた。それから、まっすぐ前を見たまま言った。
「兄さんがくびれまで流したら、あたしが行く」
「流す」
リナは盾を持つ左腕をゆっくり持ち上げてみせた。肩の高さで止めて、下ろした。
「腕はもう平気」
リナは小さく笑った。
*
次の日も晴れていた。
街道では現地隊が雪に棒を立てて印を付けていった。鉄鍋を並べる所と、ハーゲンさんたちが伏せる所。鍋も油も、餌も、まだ置かない。置くのは明日の朝だ。
猟師の小屋のかんじきは、昨日戻る前に小屋の壁へ返してきた。今日は現地隊から四人分を借りて、靴に結んだ。俺たち四人は開けた所を抜けて狭い道を上った。
道の中ほどから振り返ると、街道の印までは二百歩ほどあった。ここからだと印の棒は細い線にしか見えない。明日、あそこに来る灰色の背も、形と動きくらいしか分からないだろう。
道の中ほどで俺は立ち止まった。東の岩壁の窪みは、入口から奥まで三歩ほどだった。奥まで下がれば、体は道から完全に外れる。
俺は道の真ん中の雪をかんじきを外した靴で踏み固めた。何度も、何度も。それから窪みの入口から奥まで、同じように踏んだ。下がる先を先に作っておく。
足の裏で雪が固まっていくのが分かった。柵の角で踏み固めた雪が靴の裏を押し返してきた時と同じ感触だった。
くびれの上でリナとセレスさんがそれぞれ岩の陰に入った。アイリが道の下の口に立って、見上げた。
「リナさんも、セレスさんも、見えません」
二人が岩陰から顔を出した。
「くびれの所は、見えますか」とアイリが聞いた。
「見える」とリナが言った。「入ってきたら、横から届く」
アイリは道の上の端へ上がって、街道を見下ろした。下ではハーゲンさんが手を振っている。アイリは借りた角笛を口に当てて、長く一つ、続けて短く一つ吹いた。開始の合図。次にくびれの上でセレスさんが右手を上げた。アイリはそれを見て、長く三つ吹いた。中止の合図。下でハーゲンさんが槍を高く上げた。どちらも聞こえた、という印だ。
集合の短い三つとはどちらも混ざらない。
昼過ぎ、谷の方から冷たい風が上がってきた。
「一昨日と同じ向きです」とセレスさんが言った。
「二度目だな」と俺は言った。記録票に書いた。昼過ぎ、谷から。一昨日と、今日。
二度だけだ。毎日そうだとは言えない。それでも、明日もそうなら始められる。
道を下りながら、もう一度振り返った。踏み固めた雪の上に俺の靴の跡が重なって残っていた。
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