逆転する因果と、崩落する世界㈡
千年の地獄を耐え抜いた魂が、神々に抗い『陽だまり』の日常を守る!
「貴様のその力、『言霊による現実創造』。……確かに厄介だ。だが、貴様は一つ、致命的な勘違いをしている」
スサノオは、拘束されたはずの腕を、いとも容易く動かした。そして、手にした天逆鉾を逆さに構え、虚空に突き立てた。
「その力は、貴様の『精神力』と『希望』を燃料にしている。ならば……その根源を絶てば、どうなるかな?」
ズズズッ……!
空間が、歪んだ。玉座ではなく、カイの背後。安全圏にいたはずの、ひかりの足元に。音もなく、真っ黒な穴が開いた。
「えっ……?」
ひかりが声を上げる間もなく、穴から伸びた無数の黒い手が、彼女の足首を掴んだ。それは、地獄の亡者の手であり、スサノオの悪意の具現化だった。
「きゃあああああっ!」
強烈な力で、ひかりが引きずり込まれる。
「ひかり!!」
カイが振り返り、手を伸ばす。ソラも、クロも、攻撃を中断して振り返る。だが、間に合わない。ひかりの体は、腰まで、胸まで、闇に飲み込まれていく。
「カイくん! 助けて……!」
彼女が伸ばした指先が、カイの指先をかすめる。届かない。あと数センチ。その距離が、永遠のように遠い。
「ひかりぃぃぃっ!!」
カイの絶叫が響く。次の瞬間、ひかりの姿は、完全に闇の中へと飲み込まれ、穴は音もなく閉じた。そこには、誰もいなかった。まるで最初から、相沢ひかりなどという少女は存在しなかったかのように。
「……あ……」
カイの手が、虚空を掴んだまま止まる。思考が、停止した。心臓が、早鐘を打つのをやめ、冷たく凍りついていく。守れなかった。また。一番大切な人を。僕の、陽だまりを。
「そうだ、絶望しろ。その絶望こそが、天逆鉾の糧となる!」
スサノオが高らかに叫び、天逆鉾を振るう。その穂先が、どす黒い光を放った。カイから放たれていた「世界を修復する光」が、瞬時に反転した。因果の逆転。光は闇へ。創造は破壊へ。希望は絶望へ。カイの力が、逆流し始めたのだ。
「あ……が……あ、あ、ああああああっ!!」
カイが、頭を抱えてのたうち回る。自分の内側から溢れ出す「虚無」が、制御を失い、暴走を始める。それはもはや、何かを守るための力ではない。全てを喰らい尽くす、飢えた獣。カイの体から、漆黒の衝撃波が全方位に放たれた。
「カイ! しっかりして!」
ソラが駆け寄ろうとするが、暴走したカイの波動に弾き飛ばされる。
「グオッ……!」
クロもまた、衝撃波に吹き飛ばされ、変身が解けて豆柴の姿に戻り、動かなくなった。
「う……あ……」
ソラが、床を這う。弟に触れようとするが、近づくことさえできない。カイの周囲の空間そのものが、「無」へと変換され、消滅しているからだ。
「見ろ、カイ。これが貴様の力の末路だ」
スサノオが、冷ややかに告げる。
「貴様の暴走した『虚無』は、この学内だけでなく、外の世界へも溢れ出し、全てを飲み込むブラックホールとなるだろう。世界を滅ぼすのは、私ではない。……救世主気取りの、貴様だ」
バリバリバリッ!
学長室の壁が、天井が、音を立てて崩れ去る。眼下に見えるキャンパスは、カイを中心とした黒い渦に飲み込まれようとしていた。逃げ惑う学生たち。その悲鳴さえもが、途中で途切れ、静寂へと変わる。存在が消えているのだ。街が、山が、空が、次々と「無」に帰していく。止まらない。止められない。僕が、世界を殺す。ひかりを失ったこの世界に、何の意味がある? いっそ、全部消えてしまえばいい。そんな、カイの心の奥底の囁きが、暴走を加速させる。
「……あ……ああ……」
カイの瞳から、光が完全に消えた。白目が黒く染まり、金色の瞳孔だけが、虚ろに輝く。完全に、心が死んだ。それと同時に、世界を維持していた最後の理が崩壊し、宇宙は、音もなく暗転した。
冥府、閻魔庁。巨大な浄玻璃の鏡が、バジッという音と共にひび割れ、砕け散った。その破片の一つ一つに映し出されていた地上の映像が、砂嵐に変わり、そしてブラックアウトする。
「……終わったか」
閻魔大王は、玉座の肘掛けを、爪が食い込むほど強く握りしめた。彼の目には、深い悲しみと、そして避けられなかった運命への諦観が宿っていた。
「カイよ……。そなたの優しさが、仇となったか。スサノオの悪意は、そなたの想像を遥かに超えていた」
ゴゴゴゴゴ……!
冥府全体が、激しく振動し始める。地上の崩壊は、因果で繋がった冥府へも波及し始めていた。天井が崩れ、三途の川が逆流し、罪人たちの魂がパニックに陥って逃げ惑う。
「大王様! このままでは冥府が崩壊します!」
側近の鬼たちが叫ぶ。だが、逃げ場などない。宇宙そのものが、システムダウンを起こしているのだから。
「……だが、これで終わりではない」
閻魔は、玉座から立ち上がり、天を仰いだ。その視線は、遥か高み、次元を超えた先にある高天原、そしてそこにいる「彼女」に向けられていた。
「天照よ。……約束の時だ」
閻魔は、静かに目を閉じた。彼にできることは、もうない。冥府の王としての権能も、この崩壊の前では無力だ。あとは、宇宙の創造主たる彼女の、最後の、そして最大の決断に委ねるのみ。
「頼む……。あの子たちに、もう一度、未来を」
冥府の闇が、上から降りてきた絶対的な「虚無」に飲み込まれていく。全てが消えゆく中、王の祈りだけが、微かな光となって残った。
これが、一つの物語の終焉。そして、禁断の奇跡への、引き金となる瞬間だった。
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魅力的なキャラクターたちが躍動する物語をお楽しみください。




