天逆鉾(あまのさかほこ)の神意と、言霊による創世㈠
千年の地獄を耐え抜いた魂が、神々に抗い『陽だまり』の日常を守る!
世界が、悲鳴を上げていた。
住宅街を貫くアスファルトの道路が、まるで生き物のようにうねり、裂け、その傷口から赤黒い蒸気を吐き出している。街路樹は枯れ落ちるどころか、瞬時に炭化して崩れ去り、鉄筋コンクリートの家屋が、見えない巨人の手で握りつぶされたかのようにひしゃげていく。上空を覆う紫色の雷雲から、絶え間なく降り注ぐ「黒い雨」。それが触れた場所から、物質の強度が失われ、溶け出していくのだ。物理法則が崩壊している。これが、荒ぶる神・スサノオが送り込んだ「荒魂」の力。自然現象そのものを災厄へと書き換える、理不尽な神の暴力だった。
「ッ……! キリがないわね!」
ソラが叫び、両手を頭上に掲げた。崩落しかけたマンションの瓦礫を、不可視の念動力で空中に固定する。その下では、逃げ遅れた親子が恐怖に震えて抱き合っていた。
「早く! あっちのシェルターへ!」
ソラが叫ぶと、親子は弾かれたように走り出した。だが、その背後に、アスファルトの裂け目から這い出した異形が迫る。泥とヘドロが混じり合ったような不定形の怪物。荒魂の尖兵だ。
「させぬ!」
雷鳴と共に、金色の閃光が走った。黒い豆柴から変身した「雷狼」――クロだ。トラックほどの大きさになった巨体で、雷を纏った牙を怪物の核に突き立てる。
バチバチバチッ!
高電圧が怪物を内側から焼き尽くし、瞬時に蒸発させた。
『ソラ、無理をするな! 守る範囲が広すぎる!』
クロの念話が響く。
「分かってる! でも、見捨てられないじゃない!」
ソラの額から、玉のような汗が滴り落ちる。彼女の念動力は強力だが、街全体を覆う災害の前では、あまりにも手が足りない。
その戦場の中心を、カイは疾走していた。彼の感覚は、極限まで研ぎ澄まされていた。悲鳴、爆発音、雷鳴。それら全ての轟音が、彼の耳には遠く、スローモーションのように感じられる。彼の意識は、ただ一点。この混沌の中心核にいる、元凶の気配に向けられていた。
(……見つけた)
交差点の中央。空間が歪み、そこだけ重力が異常に強くなっている場所。そこに、彼らはいた。
「ハハハハハ! 見ろ、この絶景を! 人間どもの築き上げた文明など、神の息吹の前では砂上の楼閣に過ぎん!」
宙に浮き、狂喜の笑い声を上げているのは、死神ヤミだった。だが、その姿は以前とは異なっていた。漆黒の死神の衣の上に、神々しくも禍々しい、黄金の鎧を纏っている。スサノオから与えられた、神の加護だ。そして、彼の手には、一本の異様な槍が握られていた。三叉に分かれた黒い穂先から、赤紫色の稲妻を撒き散らす、禁断の神具。「天逆鉾」の写し。あらゆる理を逆転させ、秩序を混沌へと変える、反逆の象徴。
ヤミの周囲には、無数の荒魂が渦を巻いている。それらは互いに喰らい合い、融合し、一つの巨大な影を形成しつつあった。
「ヤミ!」
カイが叫ぶ。ヤミは、ゆっくりとカイを見下ろした。その瞳は、与えられた強大すぎる力に酔いしれ、もはや正気を失いかけていた。
「来たか、カイ。遅かったな。宴はもう、クライマックスだ」
ヤミが天逆鉾を振るう。それだけで、衝撃波が発生し、周囲のビルがガラスを飛散させて吹き飛んだ。
「貴様らの魂を狩るだけでは、スサノオ様への手土産に足りん。この街ごと、生贄に捧げさせてもらう!」
「ふざけるな!」
追いついたソラが、瓦礫の塊をヤミに向けて射出する。だが、ヤミは一瞥もしない。彼を守るように、融合した荒魂が立ちはだかったのだ。全長三十メートルを超える、嵐の巨人。風と水、そして瓦礫で構成されたその体は、物理攻撃を一切受け付けない。ソラの放った瓦礫は、巨人の体内に飲み込まれ、そのまま彼の一部となってしまった。
「無駄だ。これは『災厄』そのもの。人間の小娘ごときが、どうこうできる相手ではない」
巨人が腕を振り上げる。それは、質量を持った暴風だった。
ゴオオオオッ!
叩きつけられた一撃が、ソラとクロを吹き飛ばす。
「きゃあああっ!」
「グオッ……!」
二人は数百メートル後方の公園まで弾き飛ばされ、地面にクレーターを作って倒れ込んだ。
「ソラ! クロ!」
カイが悲痛な声を上げる。
「次は貴様だ、カイ」
ヤミが、天逆鉾の切っ先をカイに向けた。
「その魂に宿る『虚無』。スサノオ様が危惧するその力、ここで完膚なきまでに叩き潰し、我が糧としてくれるわ!」
ヤミの号令と共に、嵐の巨人がカイに向かって踏み出した。その一歩だけで、地面が割れ、衝撃で近くの車が宙に舞う。逃げ場はない。カイは、歯を食いしばり、両手を前に突き出した。
(……僕の力は、虚無。全てを無に帰す力。なら、この嵐だって……!)
彼は、体内の奥底にある、冷たい泉のような力の源泉に意識を潜らせた。消えろ。無くなれ。全てのエネルギーを否定する、絶対零度の波動を放つ。
だが。巨人の体に触れたカイの「虚無」は、弾かれた。
「無駄だと言ったはずだ!」
ヤミが嘲笑う。
「天逆鉾の力は『理の逆転』! 貴様の『無にする力』は、逆転され、『存在を確定させる力』へと変換される! 貴様が否定すればするほど、この災厄はより強固に、より現実に根を張るのだ!」
なんと悪辣な相性か。カイの力が、敵を利する結果になってしまう。巨人の拳が、カイの頭上から迫る。避けられない。カイは腕をクロスさせ、防御姿勢を取った。
ドォォォォン!!
凄まじい衝撃。全身の骨がきしむ音が聞こえた。カイの体は、枯れ葉のように吹き飛び、瓦礫の山に叩きつけられた。
「ガハッ……!」
口から鮮血が噴き出す。視界が赤い。痛い。熱い。だが、それ以上に、絶望感が心を蝕む。勝てない。神の力を得たヤミには、僕の力は通じない。
(……ここまで、なのか……)
薄れゆく意識の中で、カイは、泣き叫ぶ人々の声を聞いた。燃える街。傷ついた姉。倒れたクロ。そして、遠く離れた場所で、必死にサポートを続けているひかりの声。
『カイくん! 立って! まだ終わってない!』
X(Twitter)でも連載しています。
https://x.com/TakumiFuji2025
魅力的なキャラクターたちが躍動する物語をお楽しみください。




