18話 ささやかな挑戦
「アキ……ほんとに大丈夫? 辛かったら無理しなくても」
「はぁ……だ、大丈夫。ちょっと、慣れてきたから」
そう言いつつも、暁那は荒い呼吸を繰り返す。
「じゃ、じゃあ……行くよ?」
「……うん」
外は暗く、指先が凍えるような寒さ。
2人は固くお互いの手を握りしめ、神妙な面持ちでコンビニの入り口に立っていた。
事の発端は数時間前。
――――
「え、コンビニ?」
「う、うん。駄目かな?」
暁那は毎日欠かすこと無く、外に出る練習を続けている。
海星がいる時はもちろん。今ではアパート周辺なら1人で歩ける程度になった。
心細くても、繰り返すうちに徐々に慣れていき。人の目は気になるが、最近では外を歩くこと自体に抵抗感は少ない。
無理だと思っていたことが少しずつ出来るようになって、暁那はいつになく前向きな気持ちだった。
そしてこの日は、その短期目標のひとつを実行しようと朝から心に決めていたのだ。
「もちろんいいよ。でも、無理しないでね」
「大丈夫だよ。最近少し慣れてきたから。あ、ちゃんと動画見てイメージトレーニングもしてるから!」
不安げな海星を安心させるように、暁那は声を強めて意気込む。
「ど、動画?……まぁ、俺がいれば大丈夫か。じゃあ、行く?」
「うん!」
暁那は子供のように元気よく返事をし、この前早速ネット通販で買ったジャケットに腕を通していく。
はしゃぐ彼の姿は微笑ましく、海星の不安は楽しみに変わっていった。
――――
〜♪
店内に一歩足を踏み入れると、独特のメロディが出迎える。
遅い時間のせいか幸い他に客はおらず、雑談をしている店員がいるだけだった。
「……誰もいなくて良かったね」
「う、うん」
(頭がクラクラする……昔と変わらないのに、初めて来たみたいだ)
暁那は落ち着き無くキョロキョロと店内を見渡す。
緊張からか、唾を飲むだけで吐き気を催しそうになった。
しばらく立ち尽くしていると、店員が自分の方を見ているのに気付いた。
店員はチラリとこちらを見ると、フッと笑いまた何かを話しだす。
途端に恥ずかしさが込み上げてくる。が、よく考えると未だ海星と手を繋いだままだった。
暁那は頬を赤らめて、気まずそうにそれを伝える。
「あ、カイ……手を」
「ん? あ、そっか、ゴメン」
海星も気付いていなかったようで、照れたように笑ってその手をほどいた。
「とりあえず、適当に見よっか」
「……うん、そうする」
汗ばむくらい暖かかった手が離れると、無性に心細さが膨らんでいく。
暁那はひんやりとする手を握りしめ、鼓舞するように昨日の動画を思い出す。
(袋ください、袋ください……これだけ、ちゃんと伝えなきゃ)
意味があるのかわからないイメージトレーニングを繰り返しながら、暁那はカゴを手に店内を見て回った。
「アキ、何か買いたいものあるの?」
「と、特に考えてないけど……何か、飲み物とか買おっかな」
そう言いながら、暁那は適当に棚に並ぶペットボトルの珈琲を手に取る。
「あ、俺このプリン好きー。結構美味いんだ」
「そ、そうなんだ。じゃあ、買ってみようかな」
「うん! トロッと系で、開けると飛び出るから気をつけてね。俺は何回やってもミスるけど」
「ふふ、そうなんだ」
海星との他愛ない話で、暁那の気持ちは少し軽くなった。
密かに海星の分のプリンもカゴに入れ、ついにレジへと向かうことに。
「じゃあ……買ってくる」
「う、うん。頑張って!」
ただレジを済ませるだけなのだが、暁那の表情はいつになく真剣だった。
まるで戦場にでも向かうように重い足取り。
海星はその頼もしい背中を、感動で目を潤ませながら見守っていた。
(ついに……アレを言わなければっ)
淡々と商品を通す店員を、暁那はそわそわと見つめる。
そして意を決して、ある一言を口にした。
「ふ……袋くだひゃい!」
(か、噛んだ……)
「か……かしこまりましたぁ」
店員は俯き、その肩は小刻みに震えている。
(アキ……ちゃんと言えたね。でも、ドンマイ!)
少し離れた場所から見守っていた海星は、彼の勇姿に何度も頷きながら静かに親指を立てた。
◇
「凄いじゃん! ちゃんと買い物できてたよ? ふっ、ふふ……駄目だ、やっぱり思い出しちゃって」
店を出た後、海星はさっきの光景を思い出して堪らず吹き出す。
「うう……そんなに笑わないでよ。自分でも恥ずかしいんだから」
腹を抱えて笑う海星を恨めしそうに見つめ、暁那は唇を尖らせた。
「だって、ペ○ペイもペペイって言っちゃうし、もう可愛すぎてさー。記念に動画撮っとけばよかったよ」
「ちゃんと練習したのにぃ」
「大丈夫だって、また一緒に来よ? ほら、寒いし帰ろ」
肩を落とす暁那の手を取り、海星は暗い夜道を明るい笑顔で歩き出す。
しかし歩き出してすぐ、聞き覚えのある声が海星を呼び止める。
「あれ? 海星じゃん!」
振り返ると、制服姿の祐介とタケシがこちらに向かって手を振っていた。
「お前ら、何で……」
予想外の人物との遭遇に、海星はひきつった笑顔で返事をする。
「何でって、ただのカラオケ帰り。海星こそ……あ、こんちわ」
祐介は話の途中で暁那の存在に気付き、軽く会釈をする。
急なことに戸惑いつつ、暁那は目を伏せ慌てて頭を下げた。
「海星の友達ですか? でけぇし、同い年じゃなさそうだけど」
「え?……えっと、僕はその」
おろおろと狼狽える暁那に、祐介とタケシは不審そうに顔を見合わせる。
海星は彼の動揺を察して、背中に隠して握っていた手を強く握りしめた。
「あの! アキは……その、俺の……恋、」
海星が何を言おうとしているのか気付き、暁那は必死に口を挟む。
「し、知り合いです! 近所の、その……幼馴染みみたいなものでっ」
「え?」
暁那の返事を聞いた海星は、とても寂しそうな声と共に振り返った。
「なんだー、そうなんすか。あ、俺ら同じクラスのダチっす。いつも海星のお世話してます!」
「ばーか、世話になってるの間違いだろうが。この前だって、テスト前にレポート見せてもらっただろ?」
調子よく話す祐介に、タケシはすかさず訂正を入れる。
「え……レポートって、僕の?」
2人の話を聞き、暁那はつい口走る。
「え? もしかしてあれ、アキさんが作ったやつですか!?」
「マジ!? 俺あれのお陰で今回成績良かったんすよ! アキさん、あざっす!」
黙っていた海星だが、興奮する2人の姿に苛ついたように話に入り込む。
「お前らはアキって呼んじゃ駄目! ちゃんと暁那って呼びなよ」
「え? 知らねーよ、お前がアキって呼ぶからさぁ……あ! てゆーか、今度俺らにも勉強教えて下さいよー。海星だけ賢くなったら、友情にヒビが入りそうだし」
しかし、祐介は海星の様子を気にすることなく、マイペースに暁那にすり寄っていく。
「いやどんな友情だよ。暁那さんスンマセン、こいつ図々しくて」
「い、いや……大丈夫、です」
祐介の頭を無理矢理押さえつけて頭を下げるタケシに、暁那はぎこちない笑顔で返す。
「もういいだろ、俺ら先帰るから。アキ、行こ?」
「え、ちょっと、カイ?」
海星は無理矢理に話を終わらせ、戸惑う暁那の手を引いてその場を後にした。
「なんか……機嫌悪ぃな、あいつ」
「祐介が悪いんだろ?」
「俺ぇ!?」
残された2人は不思議そうに首を捻るが、すぐにいつもの調子に戻っていった。
◇
「ちょっと、カイ? 手、痛い」
手を繋いだまま無言で歩みを進める海星は、その声にピタリと足を止めて手を離す。
急に止まったことで勢い余り、暁那は海星の背中に突き当たった。
「ご、ごめん……もしかして、怒ってるの?」
シュンと冷たい胸の内をこらえ、暁那はか細い声で伝える。
「……どうして、本当のこと言わないの?」
「ほ、本当のことって」
ようやく口を開いた海星の声は、怒りよりも寂しさに震えていた。
戸惑う暁那の返事に、彼の抑えきれない思いは破裂する。
「恋人だって、どうして言わないの!? 俺が彼氏だって……恥ずかしいから?」
振り返った海星は必死な表情で声を荒げ、まるで自分の言葉に傷ついたような顔をしていた。
「ちが……違うよ。だって、同性の恋人なんて知られて、海星が変な目で見られたら嫌だから」
暁那は海星の手を取り、必死に弁解する。
「そんなの……俺は気にしないのに」
「僕は! 僕は知ってるからっ……あんな思いは、海星にしてほしくない!」
海星が不貞腐れるように言った瞬間、暁那は初めて声を荒げた。
叫びに似たその声は悲しく、彼の受けた深い心の傷を物語る。
海星は誘われるように、今にも泣き出しそうな暁那の頬に手を伸ばす。
撫でるように赤い目元をなぞると、うっすらと暖かい涙が指に触れた。
「ごめん……もう泣かないで。アキの気持ち、わかったから」
「ぼ、僕も、ごめん……カイの気持ちも考えないで」
スンスンと鼻を啜りながら、暁那はまっすぐに海星の目をみつめる。
すると海星は静かに首を横に振り、いつもの優しい笑顔を彼に向けた。
「ううん。俺のことを想ってのこと、だよね……それなら、ちょっと嬉しい。まぁほんとは、ちゃんと友達に伝えたいって気持ちはあるけど」
「カイ……」
実際、海星の友人と話して、暁那は2人が偏見を持つようなタイプには見えなかった。
だがそれを、すぐに信じることも出来ない。
(だけど、カイの友達なら……僕もいつか、ちゃんと関係を伝えたい)
「あのっ……」
「ん? 何?」
何か言いたげな様子に海星は首を傾げる。
「もし、よかったら、僕もカイの友達と仲良くしたい……勉強、教えるとか。め、迷惑じゃなかったらだけど、やってみたいかも」
「……それ、ほんとに? 気付いてると思うけど、あいつらうるさいよ?」
海星は目を丸くしつつ、冷静に2人の性格を伝える。
「確かに、賑やかだったけど……カイの友達だし、きっといい子だと思うから」
暁那はそれに躊躇することなく話を続ける。
その気持ちは伝わったようで、海星は柔らかな笑顔を彼に向けた。
「ふふ……アキ、ありがと。今度、俺から2人に聞いてみるよ」
「う、うん!」
いつの間にか涙は枯れ、2人は街灯の下で笑い合った。
海星と再会してから、暁那の世界は少しずつ広がっていく。
恐怖に怖じ気づきそうになっても、隣にはいつも海星がいてくれる。
それは暁那にとって、何よりの心の支えと共に、いつも前に進む勇気をくれていた。
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