92 私たち、働きます!!!
「いらっしゃいませ〜カジノビッグドリーム777へようこそ〜……」
「…………どうも」
「よく来たです。金をたんまり落としていけです」
「おいゴラァ! そこの2人ちょっと来いや!」
新たに私の同僚となったスラッシュくんとジーカちゃんは、早速黒服のお兄さんに裏口へ呼び出されていた。
そりゃそうだ。
裏の方から「お客様に対する態度がなっとらんやろ!」というような声が聞こえたがスルーでいこう。
すみません皆さん。私のためとはいえ……。
ジーカちゃんもスラッシュくんも私と同じようにあの品のない悪趣味なコスチュームを着せられていた。
一応女の子なジーカちゃんはともかく、男であるスラッシュくんにもあれを着せるのは目に毒……あ、いや自他ともにキツいものがあるんじゃないかと抗議してみたものだ。
しかし黒服さんは「こういうんは統一感出さなあかんねん」と言い放ち、仕方なく彼もあの網タイツを穿かされることになった。
16歳の華も盛りな男子にこのような仕打ちをさせるのはとても心苦しい。
生前どんな罪を受けてこんな罰を与えられているのか検討もつかないほどの所業だ。
それでも彼はいつも通り仏頂面で文句の一つも言わずに仕事を淡々とこなしている。
こなしてはいるのだが……。
「あんなぁスラッシュ言うたっけ自分。あんたは愛想がまるっきりないねん。わざわざお越しいただいたお客様にはな、スマイルで出迎えるんが常識やねん。そこはわかるな?」
「…………こうか?」
「誰が変顔せえ言うた。フツーに笑えばええねんフツーに!」
「………………ど、努力しよう」
彼はとてもぎこちなく強張った笑顔を浮かべていた。
動きまでなんだからぎこちない。
カクカクの両手両足を同時に出すロボットムーブをぶちかまし、来客のVIPに飲み物を置いた。
「きゃあ!」
「いいいいい、いらっしゃいませ……」
気負い過ぎて強張り過ぎた結果、彼は仏頂面のまま笑顔を浮かべるというとんでもない手法を編み出した。
鬼が悪魔でも裸足で逃げ出すようなおぞましい笑みからは、圧倒的な威圧感が放たれていた。
「どアホ! もうお前盆の片付けでもしよけ! ほんならあの龍っ子呼んでき!」
「…………俺の何がいけないというんだ」
ごめんなさいスラッシュくん……ごめんなさい……!
とぼとぼ彼は不気味な格好で不気味な笑顔を貼り付けたまま厨房の方に去っていった。
交代に少々大きめな服でぶかぶかの龍人ガール、ジーカちゃんが接客についた。
「まぁ可愛い。この子亜人かしら」
「そうでやがります。龍人ですよジーカは。跪きやがれです」
店員としてアウトすぎる客を見下したその発言を聞き逃さなかった黒服さんは音速の速さで現場に駆けつけると、手にした銀のトレイで彼女の頭をバチコンと叩きつけた。
「ははほいやぁすんませんほんと。この子今日が初めてなもんで……」
「あらあら。何か借金でも抱えてるのかしら」
「そーです。だから仕事辞めるためにもとっととカネ落としやがれです豚ども」
「すんません! ちょっとお待ちくださいね!」
度重なる失言を受け、黒服さんはまたジーカちゃんを裏に連れて行き叱りつけていた。
彼女がいなくなった穴を埋めるように私はマダムのVIPを相手にした。
「お前ええ加減にせぇよ! あんさん愛想はあいつよりマシかもしれんが、それを差し引いて余りある無礼やで!」
「本当の事言ってなにがわりーですか」
「全部だ全部! ホンマ頼むから。な? 思っとる事ぐっと我慢するんも大事やで。お客様は神様や」
「ジーカ、神に頭を下げるほど落ちぶれちゃいねーです」
「じゃかあしい! おのれの主義とか理想とかここではいらんねん! 大事なんはお客様に『ご来店くださりありがとうございます』の気持ちや気持ち! もっと誠意を持って接さんかい! ええな? 次やったらほんまにつまみ出すで」
「しょーがねーです」
やがて一悶着終えたジーカちゃんがニコニコ笑顔で近づいてきた。
「いらっしゃいませお客様」
うわスゴイこの子。
あの短時間で何があったのか知らないが、完璧に理想店員トレースできてる。
新たな老夫婦のVIPを客席に案内し、お酒を注いだりお淑やかに過ごしていた。
陰から黒服さんも「ええぞええぞ……」と呟いていた。
一方でスラッシュくんも裏口に回るようになってから、持ち前の器用さで皿洗いに精を出し、勇者の光でお椀が輝いていた。世界一無駄な能力の使い方だと思う。
しかし今のところ全てが順風満帆だ。
これなら早く借金も返せるかもしれない。
3時間ほど働き、客足が一旦途絶えてきたところで黒服さんから休憩の合図が入った。
「ふぅ〜……働くって疲れますね〜」
VIP専用チェアに腰掛け、ようやくゆったりすることができた。
「お疲れやミランダ」
背後から黒服さんがジュースを差し入れてくれた。
「ありがとうございます」
「最初はどうなることか思うたけど、なんやかんやええ仕事してくれとるやん。あの2人もそうやし、あんたもええ動きしてくれとるわ」
「そんなとんでもないです……あ、あのそれで聞きたいことがあるんですが……」
「おうなんや」
「借金って……その、あとどれくらい残ってるんでしょうか?」
「なんやそんな事かいな。あんさんの借金は今5000万Gや」
「ごっ……⁉︎」
飲んでいたジュースを吹き出してこぼしそうになるほど驚いていて私に対して、彼は「そらそうやろ」とばっさり言い切った。
「スロットマシーン一台おじゃんにしたんやで? まぁ外の国に売られんかっただけマシやと思うんやな。奴隷として売られとったら二度と日の目を見ることはないで。ははは」
「は、ははは……」
笑えねえ。
ところで今どのくらい稼いだんだろうか。
5000万はどのくらい減ってこれなのか。
「あぁ。あんさんは時給1000Gくらいやな。3人がせっせと働いてくれとる分を合わせて引いて……あと4991万やな」
「へーそうなんですね」
って! それもう一生かかっても返せないじゃん!
「何言うとんねん。8時間で3人が働くとして、1日24000やろ? そしたらたった2080日や。6年もありゃ出られるさかい」
「そそそそ、そんなに長期スパンはダメですよ‼︎」
第一それは貰ったお給料全額を借金返済にあててる計算だ。
食費、生活費など諸々入れていたら確実にもっとかかる。
「そら住み込みで働くことになるやろな。まぁでも安心しいや。ここにおる間は家賃とか飯代も全部カジノが払ってくれるけ」
「えっ、そうなんですか」
「まぁそんためのVIPルームやしなぁ。ワシらみたいな小物に払う金なんて吹けば飛ぶようなモンなんやろ」
そりゃあ随分と良心的な職場環境だ。
バイトにしては貰いすぎているし高待遇だ。
なんなら私の住んでた世界にも来て欲しいくらいだ。
……じゃなくて!
そもそも6年ぶっ通しで働き続けないと返済できないからそれ!
それまで冒険ストップさせるわけにいかないし!
マックスさんなんか31歳になっちゃうから!
どんだけ待たせるつもりなんだ!
やはりここは金のなる木で借金を早急に返済せねば。
私のせいで他のみんなの人生をふいにさせるわけにはいかぬ。
休憩もそこそこの時間になり、再び客がやってきた。
「俺が行く」
皿洗いに掃除も洗濯も終わり、手持ち無沙汰になったスラッシュくんが対応にいった。
ま、また無愛想だって怒られるぞ。
案の定またピクピクと引きつった笑顔を浮かべて彼は接客に向かっていった。
「い、いらっしゃいませ……」
「…………す、スラッシュだよなお前……」
「………………マックス」
今絶対出会ってはいけない2人が出会ってしまった。
いなくなった私たちを探し、やがてVIPルームへ向かったと報を受けたマックスさんとレイブンさんはカジノで勝った分のコインで会員証を入手し、たった今ここにやってきたという次第だそうだ。
別れていた仲間とまさかこんな形で再会となるとは釈迦でも神でも夢にも思うまい。
しかも片や店員(尻デカキンキラバニー網タイツスーツ)、片や来客という状態で。
それを見た時のマックスさんの凍りついた表情ったら。
それはかつて私がスラッシュさんに向けられたそれと全く同じだった。
そしてそれを見られたスラッシュくんも、この恥辱に対して湧き上がる羞恥心から一歩も動けなくなってしまった。
やがてそれをより一層煽るように褐色の小悪魔が姿を現した。
彼は勇者の奇妙な格好を一瞥すると、腹を抱えて大笑いしだした。
それがまた勇者くんをプルプル震わせることになり、耐えられなくなった彼が勢いよく逃げるよう裏口に消えていった。
も、もうやめてあげて……!
全部私のせいなんだけど、これ以上は謝罪しても仕切れない。
詫びに腹を掻っ捌かなけば彼の負った深い心の傷は癒そうにない。
一生分笑い尽くしたみたいな暗黒の笑みで、レイブンさんは涙を拭いてVIP席に座っていた。
「あー……あーっお腹痛い……! なんでスラッシュくんがこんな……くっくくく」
「お、おい。もうその辺にしといてやれよ……。にしてもミランダにジーカも何やってんだよこんなところで」
「すみません……全部私のせいなんです」
「いらっしゃいませ。ご注文はお決まりですか?」
「なんかジーカ別人みたいになってるけどマジで何があったんだ」
仲間を見てもピクリとも眉を動かさないジーカちゃんの女優力には感服するばかりだ。
そろそろ限界がきてもおかしくないと思っていたのに、200年生きて積み重ねてきた忍耐力は伊達ではないということか。
私は終結した仲間たちに事情を説明した。
「なるほどな……そりゃまぁえらい目に遭ってるな」
「じゃあもういっそみんなで働いてみる? なーんて」
冗談半分そうにレイブンさんが呟いた。
「で、でも皆さんにこれ以上ご迷惑をおかけするわけには……」
「気にすんな。別に借金のためってだけじゃないさ。なぁ?」
マックスさんはレイブンさんの方に振り向いて言った。
「どういうことですか?」
「あれから色々調べてみたのさ。このカジノの事や、マギアージュの事。どーにもこの国、ウラがありそうなのさ」
「そこでここで働いてみて内部から何か分かることはねーかなってさ。ちょうどレイブンと考えてたんだよ」
「ここって料理もするだろうからこの天っ才料理人も必要でしょ?」
「み、みなさん……」
力持ちのマックスさんに神業料理人のレイブンさんが一緒に働いてくれるなら心強い。
それに人数が増えた分手が開けば、私がどうにかお金を工面する時間もあるかもしれない。
そうと決まれば話は早い。早速私は黒服さんに掛け合ってみた。
「なんやまたぎょうさん連れてきおったな。……一応聞くけど経験はないんやろ?」
「あぁ。ただカジノについてはよく知ってるよ」
「僕は初めてだけど、料理なら誰にも負けないよ」
「ほぉ……なかなかやりそうやな。ほんならあんさんらに任せるわ」
人数が増えたからか、VIPルームはそれまでにない活気と盛り上がりを見せていた。
マックスさんは入って早々人一倍よく働いてくれたし、レイブンさんのお出しするおつまみや料理はVIPな方々からも絶賛の嵐だった。
ジーカちゃんやスラッシュくんもここに来てますます仕事に磨きがかかってるみたいだ。
なんだかんだみんな本当に良いチームだ。
冒険をやめてしまっても、この4人ならどこ行っても通用しそうだ。
一通り仕事が終わり、夜になったところで私が金のなる木を開く。
ゴールド・ウッズ
【状態:収穫可能】 3/3
一本:3兆G
確か前回埋めたのが1000億だったはず。
なぁに5000万くらいもう朝飯前だ。痛くも痒くもない。
というか、この金でさっさとコイン買ってプリズム装備買えばよかった。
後悔いつも先にも役にも立たない。
金を回収し、1兆Gを埋めて私は黒服さんのところに行った。
「じゃ、じゃああの。これ賠償金の5000万です。あ、あと気持ち1億G追加しておきますね。短い間でしたがあの、お世話になりました!」
そう言って私たちは晴れて自由の身となった。
もちろんその後目玉の飛び出るような大金を受け取った黒服さんが飲んでいた飲み物を全て空中にぶちまけて絶叫したのは言うまでもななかった。




