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07 私、レベルを上げます!? トレーニング編

「よし……みんな寝たな……」


 こそこそと姑息にも夜の宿を這っているのは私ことミランダさんだった。

 抜き足差し足で全員が寝静まったのを確認し、裏口からこっそりと抜け出す事に成功する。


 残された時間は限りあるものだ。

 明朝までにはここにレベルを上げて戻ってくる。

 そして旅立ちに差し当たって色々と準備が必要だ。


 盗っ人のように風呂敷を顔に包み込み、各民家に乗り込んでツボや樽を叩き割ってアイテムを乱獲していく。


 まずは基本的な回復アイテム『ポーション』だ。

 『薬草』でも良いが、こちらは回復量がしょっぱいので、ポーションケチった時にうっかり死んでしまう恐れがある。

 薬草は基本非戦闘時のMP節約に、ポーションは戦闘時にと使い分ける事にした。

 これRPGの鉄則。


 まぁ戦闘中にポーション使ったことなんてほとんど無いんだけどね……。


 街中を駆け巡って強盗――もとい勇者行動してかき集めた結果、ポーションは15個も集まった。

 地獄の『絶壁の登山道』へ行く途中の村まではこれで十分だろう。

 かの鬼畜エリア『ガルガンドラ』までは、いくつも村や施設を経由していく必要があり、直ぐには到着しないのも救いだ。


 しかし段階的にモンスターのレベルも跳ね上がっていくので、油断も安心もまだできない。


 次にこの街の高台に埋めてある『ハイポーション』だ。

 何でこんなもんが埋めてあるのか全く分からないが、とにかく拾えるものは拾っておこう。


 ゲームだと地面がわかりやすく点滅しているのだが、現実では……


「うーん。流石に光ってないなぁ……どこだっけなあ」


 そういや確か高台に飾られた銀の女神像から右に二歩、左に三歩ってなんかでやらなかったっけ。


「あっ、見つけた!」


 私は無事地面から『ハイポーション』ちゃんを掘り当てた。

 やはり何周もした経験と記憶は伊達ではないな。


 ハイポーションはポーションよりも強力な効果を持ち、味方全体を回復させ、さらに状態異常まで解除してくれる優れものだ。


 それゆえ量産・入手はやや難しく、そうホイホイと景気良く使える代物ではない。

 飽くまでも『本当にヤバイ』時の一回きりだ。


 錬金術の心得なんて書があればポーション10個から錬成したりもできるんだろうが――それは大分先の話。


 とりあえずこれであらかた回復アイテムは集め漁ったぞ。

 薬草もここまで拾ってきただけで軽く20枚はある。

 ついでに毒消し草や麻痺治し、混乱治し、目覚め草とかも欲しいのだが……


「それをやるにはちょっとなぁ……」


 入手手段は一応ないこともないのだが、私にはここより南西にある『薬草の洞窟』までエンカウントを避け続けて、無事にここに帰還し朝日を拝める自信が無いので断念する。


 続いて集めるのはドーピングアイテムだ。

 この街には6個ほど各ステータスを上昇させるドーピングアイテムが存在する。


 入ってすぐの民家にある2階のタンスに『パワードリンク』。

 教会の神父さんの机の引き出しに『ワイズシード』。

 初心冒険者の部屋の裏庭隅に『ガードメディスン』。

 高台の女神像に供えられた『スタミナ草』。

 お金持ちの紳士が住むお屋敷の花畑に『マジックフラワー』。

 そして老夫婦の民家の鍋の中にある『スピードキノコ』。


 本当、よく覚えてたもんだな。

 この手のドーピングアイテムはキャラクターの成長とは別に、プレイヤーが能動的にパラメータを底上げする事が出来る数少ないキャラクター強化手段である。


 これを誰にドーピングさせるか、またあるいはいつドーピングするのか。

 プレイヤーは非常に頭を悩ませることとなる。


 一番強くなり名前も付けて愛着のある主人公、パーティー1のHPを誇り、主人公に次いで力もあって頼り甲斐のあるタフガイ――マックスや、能力こそ平凡の域を出ないが、豊富なサポート魔法を習得しており、比較的早い段階で優秀な後衛となれるレイブン。

 そんな3人と比較するとどうしても今一ひとつステータスの劣るミランダさんに、せめてもの情けでドーピングアイテムを投与したプレイヤーは、受けた恩を仇で返すように唐突な『離脱』(それも死別)という手のひら返しを喰らい憤慨する。――というのはこのゲームで誰もが通る道として有名な語り種となっている。


 というわけで、基本的にドーピングするならミランダさん以外の人物という事になる。

 しかし、今はこれが貴重なレベルアップを介さないステータス増加手段なので、遠慮せず全て自分に投与していくぞ!


「おげええ……苦いし……」


 一通りのドーピングアイテムを完食すると、確かになんか強くなった気がするが、それ以上に吐き気や胃のごろごろしたもたれ感が強くなった。


 さて、これで前準備の方は万全かな。

 本当は裏技使ってこの街の壁抜けをして、夜のまま隣町に行ける方法とかあるんだけど、流石にゲームと現実では勝手が違うだろう。


 そうそう。この街の民家に向かってめり込むように動きつつ……


「ステータス」


 とステータス画面を開いて閉じる。

 これを繰り返すと『ステータス画面を開いた状態のまま動ける』という前代未聞の事態が発生するのだ。


 一種のバグのようなもので、そこまで何でも出来るわけではないが、これでタイム制限のあるマップから解放され、好き放題探索とかできちゃうわけだ。


 ちなみに飽きたらステータスを再度閉じれば良い。

 閉じなくても特に問題ないため、ステータスウインドウがそれほど邪魔にならなければプレイヤー時間の許す限り好きなだけ時の止まった世界を楽しめ――



「あれ……なんかすり抜けて……ない?」


 嘘。出来ちゃった?

 い、いやいや流石にこれはバグでしょ。

 と思って見てみるが私の身体は完全に民家を貫通し、本来入れない鍵のかかっている空間にこんにちわしている。


 すやすやと夫婦が穏やかに寝息をたててますが!

 いやいや!

 そんなのアリなの⁉︎


「と、いうことは……!」


 私は早速、この状態で初心冒険者の部屋に乗り込む事にした。


 当然本来は鍵がかかっており、夜間は入れない。

 だがこの裏技はそんなもの意にも介さず、侵入に成功するのだった。



「やぁ! こんにちは! ボクの名前はマッチョ・メンさ! 初心冒険者の部屋は初めてかい?」


 いきなり全身筋肉のパンイチ男性が、深夜騒然のハイテンションで語りかけてきたので、心臓の弱い私は腰を抜かして魂が口から飛び出るところだった。


 こ、こいつ……!


 忘れてた。おおよそ10回に1回くらいの確率で、このボディービルダー然としたレアキャラ、特別支援コーチ・マッチョさんが出現するのだ。


 彼は筋肉こそ全ての至高としており、朝に筋トレ昼に筋トレ夜に筋トレと筋肉を鍛える事しか能がないという強烈な個性を持ったNPCだ。

 話しかけないで無視しても、側を近寄っただけでひたすら『筋トレ、するかい?』と強制会話に持ち込んでくる厄介な相手だ。

 彼の存在を確認したら即部屋を出るというレアキャラなのにあんまりな扱いを受けるキャラクターだ。


 だが、今は他に何を犠牲にしてもレベルを上げる必要がある。

 この汗臭い暑苦しいトレーナーに、地獄の果てまで付き合ってやろうじゃないか。


「おや? もしかして筋トレ、するかい?」


「お、お願いします!」




   ◇ ◇ ◇



「良いよ良いよ! 良い筋肉してるよ! さぁ次の敵を倒して見て!」


「ハァ……ハァ……! やってるつうの! こ、これキツい!」


 私は彼の筋肉が踊るまま、ほいほいとトレーニングルームの奥深くの深淵まで連れ込まれてしまった。


 そこでは理論上ほぼ無限に湧いてくる『動く』土人形を見つけては殴り、見つけては殴るという行為をひたすら繰り返すという地獄の作業が続いていた。


 敵を倒し続けられるので、育成にはもってこいのはずなのだが、経験値が低い割にもたもたしていると徐々に土人形の数は増えていき、しかもきちんと行動・『筋トレ』を挟まないと倒した判定にならないのだ(その場合も経験値はちゃんと手に入る)。


「ハイ! じゃあもう一度!」


「たっ……助けてください!」


 こうして私は前人未到の撃破数、10万体の動く土人形を撃破し、レベルが11に上がった。

 正直もう二度とこいつら見たくない。

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