69 酒の過ち、奴の過ち
「よーしこれで綺麗さっぱりなくな……」
ってなどいなかった。
私はまだ裸のままだし、ジーカちゃんと隣で寝ていた。
最悪だ。
もうどこからが現実でどこまでが夢かわからない。
大体なんでだ。なんで飲み比べ対決をしていた相手を連れ込んでお互い裸で寝る羽目になってんだ。
一体全体どこを間違えたらこんなイベントが発生してしまうんだ。
とにもかくにも今の状況は誰がどう見たってヒジョーにまずい。
このまま眠ったふりをまた続けて何もかも見なかった事にするか。
最悪ジーカちゃんが起きてくれれば勝手に話がまとまるだろう。
しかし私は何かあってはいかんので服をとりあえず着なくては。
このままだと出るに出られん。
憲兵に突き出されて出るとこ出なければならなくなる。
さっと掛け布団を全身に包みながらそっと出ていこうとすると、何かに布団を掴まれるような感覚がした。
「う、う〜ん……」
振り返るとジーカちゃんが上体を起こして目を擦っていた。
お目覚めのようだ。
しまった。やばい。
落ち着け。ここは冷静に。
何もなかったように、飽くまで自然に、変わらず朝の一環として、平静な態度を装おう。
「あ、じ、じジーカちゃんおおおおはよう」
全然ダメだった。
完全に不審者で昨晩何かあった人間の態度だこれ。
なんか緊張で歯の奥がずっと震えてるんだもん。
ま、まぁワイルド・ガールジーカちゃんのことだ。
「何すっぱだかでいやがるですか。とっとと起きてメシ食うですよ」と寝ぼけながらにズバッと一閃言ってくれるはずだ。
「あ、ミランダさん……おはようございます……」
予想とは全く、天地がひっくり返るレベルで違う態度を取られた。
誰だこのいたいけな亜人娘は!
そんなキャラじゃなかったでしょジーカちゃん!
なんでそんな目を俯いて上半身を隠すように布団を口元に持ってきてるの!
なんでさっきから赤面して目を合わせようとしないの!
ていうか『ミランダさん』て。
これまで『お前』呼ばわりだった私はが名前呼ばれたのも相当衝撃的だったけど、よりによって『ミランダさん』て。
よそよそし過ぎる。
記憶喪失イベントか激しい会話入れ替わりバグが起きたレベルで別人になってるじゃねーか。
とりあえず私はその別人と化したジーカちゃんに、昨晩私たちの間に何が起こったのか訊ねてみた。
「ね、ねぇジーカちゃん。ど、どうしたのかなー。いつもみたいじゃないけど……もしかして、昨日の夜何かあったっけ……?」
私が半分冗談みたいな態度でそう言うと、ジーカちゃんは目に大粒の涙を溜めてポロポロ布団にこぼした。
「ひどいっ! 私にあんな事までしておいてっ!」
「あんな事って何⁉︎ 私本当何やらかしたんですか!」
それもう一線超えちゃった人に対するセリフだから!
夜に無理強いされた被害者の発言!
そんでもって私無責任なクズになってるし!
あらぬ誤解だ。
記憶が曖昧とはいえ、どこを思い返してみても酒飲んでぶっ倒れた以外には何もない。
やましいことが起こったのだとしたら、それは意識を失った私による蛮行であったということ。
い、いやいや。そ、そんな。
無意識のうちにこんないたいけな少女(200歳超)をひん剥いてめちゃくちゃにしたというのか。
ありえぬ。そんなゲームキャラクターにあるまじき所業、あってたまるか。
と、とにかくジーカちゃん。そこんとこ詳しく!
kwsk! 詳細キボンヌで頼みます!
このままだと私が【悲報 ミランダさん、遂にやらかす】ってゴシップ記事のネタになっちゃう!
しかし私が問い詰めようとすればするほど、ジーカちゃんは涙目で「近寄らないで!」と裸のまま逃げ出そうとする。
まじで何したんだ。ここまで怯えるとか相当だぞ。
殺人犯か強姦魔を目の当たりにした時のそれじゃないかこれ。
布団を巻きつけたままでは思うように動けないこともあり、部屋中の逃走劇は身軽なジーカちゃんが一枚上手だった。
何度もベッドや机をぴょんぴょん飛び回られ、それを必死で追いかけているところに、ガチャリと寝室のドアが開かれた。
「うるさいなぁ……もうちょっと寝かせて――」
パジャマ姿の合法ショタが口をつぐんだのはこのヤバめな光景を目にしたからだろう。
眠気も完全に吹っ飛ぶほどの衝撃映像を見て、手にしていた枕をドスンと地面に落とした。
「あ、お、おは。おはようございますレイブンさん」
私とジーカちゃんの方をチラチラと見て一瞬彼は「ふ〜ん」というような邪悪なスマイルを浮かべると勢いよくドアを閉めた。
「ま、ま、ま待ってください! それは誤解です! 誤解!」
しかし何度ドアを叩いても向こうにレイブンさんはもういない。
あんな「面白いもの見つけた」みたいなツラされて、この後何が起こるかなんて火を見るより明らかだ。
誤解の火種が暴走して疑惑と失望の家事になる前に早く手を打たねば。
部屋から脱出しようとする私に向け、固く手を握って離さない人物がいる。
「ジーカちゃんちょ、ちょっと待ってて。このままじゃ私終わっちゃうから」
「せ、責任も取らずに逃げるつもりなんですか?」
だらだらと冷や汗が顔中からこぼれ落ちる。
被害者たるジーカちゃんの言い放った『責任』という言葉が重く冷たく心臓にのしかかる。
に逃げるなんてそんな人聞きの悪い。
私はただ口の早い害虫の駆除に向かうだけですよ。
というか、酔ってからの詳細が切に欲しい。
まずは服を入手すべく寝室にあるクローゼットを漁り、手頃な寝巻きを2着奪取すると、1枚はジーカちゃんに、そしてもう1枚目は私が着てどうにかジーカちゃんを連れて外に乗り出した。
◇ ◇ ◇
「……でどうなんですか実際」
今朝の朝食は異様な空気だった。
みんな無言。みんな能面。
あ、ただ1人ニヤニヤしてる合法君がいたっけな。
奴は後でバンジー処刑するとしても、他のメンバーまで気まずそうなのはなんでだ。
やらかしたって……どういうことなんだ。
やがてずっと黙っていたジーカちゃんが口を割った。
「飲み比べ対決を行った後、結果はミランダさんの勝利でした。そこまではよかったんです。すると……と、突然ミランダさんがは、裸になって……」
全身の血の気が一気に凍りついていく。
「わ、わ、私の唇に…………」
は、吐き気がする。
胸の奥がどんよりしたまま息苦しい。
「そ、そして最後は私を――」
「す、すみませんでしたっ! 本当に! 何もかも!」
謝罪が勢い余って額を机にぶつけてしまったが、そんな痛みがどうでもよくなるくらい神経が今麻痺してる。
奇行がすぎる。
今更許してもらえるなど思っていないが、こんな安い頭で下げられるなら何度でも下げてやる。
その様子がおかしかったのか、やがてみんなが一斉に笑い出した。
「えっ?」
「いやーやっぱミランダさんからかい甲斐があるよー」
「す、すまん……ミランダ……俺は止めたんだが……」
「悪りぃ……その……ぷっ、はははははっ!」
「じ、ジーカはもう無理でやがりますよ……ぷふふ……」
「ど、ど、どういうことなんですか?」
観念して白状した連中の証言によれば、本当の私はあの後ぶっ倒れてそのまま動かなくなり、ジーカちゃんが寝室に運んだという。
そしてその時隣の邪悪なショタによってこのような計画が練られ、それに乗ったジーカちゃんが私を裸にして寝かせつけたという事らしい。
なるほど。こんなにも悪辣な心臓に悪いドッキリがあるものなのか。
散々笑い尽くした連中は「もうダメだ」と言わんばかりに、今生の笑いを出し尽くす勢いで大笑いしていた。
「まぁお酒に呑まれるなって事ですよミランダさ……ひっ!」
レイブンさんを処刑する気満々だった私の放った闇のオーラ(イメージ)が、私の中に眠る憤怒の化身を呼び覚ましていたのだろう。
なんと悪趣味な。
下劣、卑劣、野蛮。
確かに目先の対決に眩んで、自分の限界を越え酒に溺れた私がどうこう言える権利などないのだが、それにつけてもこいつは許してはならない。
というわけで――
「はいバンジー、スタート」
「いやぁあああ許して! 許して! 許してくださいミランダさま本当! 出来心だったんです!」
私によってなす術もなくロープでぐるぐる巻きにされたレイブンさんを、仲間は新たなショーのつまみとして囃し立てて楽しんでいた。
誰も止めようとしなかったのは因果応報だろう。
「助けてぇえええええ!」
人の心を弄んだ哀れな褐色の道化師は、再び崖の下に一直線のダイビングを楽しむことになった……。




