56 龍人の王
「ほぅ……東の長老が……」
豪華なステンドグラスの光が七色に差し込む地点に、かの者は立ち尽くしていた。
その前では3人の髪色が違う龍人が跪いていた。
「あのくたばり損ないはどうやら人間と手を組んだらしいです」
「勿論下等な人間どもなど我々の敵ではございません。ですが、並の兵士に相手取らせるのは少々危険かと……」
「そこで何卒お力を貸していただきたく参上した次第でございます。我らが偉大なる王――ログレス陛下」
ログレスは藍色の髪に黒い角が特徴的な人物だった。
服装は3名と比べると非常に鮮やかな彩色が施されたいかにも高級な品であることが窺えた。
更に肩部分には唯一無二の王である証として、金色の星が一等星のように輝いていた。
「そうですね……。人間は小さく弱いように見えて、とても狡猾な生き物ですから。彼らは蛇です。強かに我々を狙って噛みつこうとしています」
彼は3人の龍人の元に振り返って見つめた。
鋭い銀の眼光を向けられたことで、ますます彼らは深々と頭を地に垂れた。
「しかし貴方がたの役割は終わりです――」
突然ログレスの袖からどす黒い闇の手が伸び出して勢いよく3人を貫いた。
「ロ、……ログレス様……な、なにを」
肉体を貫通された3名はポタポタと真っ赤な血を床に流していた。
口からは血を吐き出し、苦痛に喘いでいた。
「人間に敗れるような弱い龍人は私の国には必要ありません。……ですがご安心を。貴方がたの力はこの私の一部となって永遠に国家を繁栄させていくことでしょう!」
「ふざ……けるな……!」
赤髪の龍人は闇の力から逃れようと爪や牙を立てたが、何一つ役に立たなかった。
そしてログレスの言うように闇の腕から次第に肉体を取り込まれていき、破片ひとつ残らずに吸収されていった。
周囲に残った血痕も、闇の腕が振り払ったことで完全に消滅した。
「ご報告致します」
同族の捕食を済ませた国王は、忙しなく駆けつけた憲兵の元に近寄った。
「何事ですか」
「『東』の長老一派が例の人間たちを連れてこの宮殿に侵入したようです。門番を務めていた兵士たちは全滅したとのことです」
「……全く。どいつもこいつも不甲斐ないですね……」
国王は苛立ちを隠せないようにドスンと玉座に腰を落とした。
「兵を集めて迎撃致しましょうか?」
「……いえその必要はありません。彼らには『あれ』をぶつけて差し上げましょう。もしそれで生き残ることができたなら、私が直々に彼らを出迎えましょう。他の兵は後で仕事がありますので侵入者を見つけても手を出さずこちらに向かうように指示してください」
「はっ。全ては偉大なるログレス様の為に」
龍人の敬礼と思われる特定の所作を取って、彼は早急に下がっていった。
やがて誰もいなくなり、静かになった玉座の間にゆらりと現れる影があった。
「……素晴らしいですよ。貴方から授けられたこの力は」
ログレスは闇の腕を眺め、恍惚とした表情で口元を邪悪に歪ませていた。
彼のすぐそばには黒髪の男が背を向けて立っていた。
どこからともなく現れた男は、ログレスをただじっと眺めていた。
「無能なる兄上も、国王も龍人も、あの長老も要らない。ただ1人私という絶対的な王が居ればいい。この力があれば――こんなちっぽけな国のみならず、世界全土を我が意のままにするのも不可能ではないはずです」
「……好きにするがいい。お前がどう使おうとそれはお前の自由だ」
「ひとつお尋ねしたいのですが……貴方の目的はなんですか? 何故私にこの力をお与えに?」
「……さぁな。ある者を探している……とでも言っておこうか」
「ある者……ですか」
「世界の破滅を見たことがあるか。私はそこに究極の力が存在していると確信している」
青年は瞳に闇をたたえて微笑んでいた。
その様子にさしものログレスも額から汗を流していた。
「……究極の力……いずれ私がご覧に入れて差し上げますよ。まずはこの力を糧にどこまでやれるかを試しましょう。その為に彼らをここに招き入れたのですから」
ログレスが笑うと、男は跡形もなく消え去っていた。
国王も漆黒の腕を袖の中にしまい、ただ一言呟いていた。
「……期待していてくださいね、グレイズ・ヘスフォードさん」
彼の独白が、その闇に届くことはなかった。




