37 私、戦闘から逃げます!でも強くなります!?
「こ、ここはどこなんだろう……ミランダさん知ってる?」
「うーん。よくわかんないですねー。なんとなくでたどり着いちゃいましたけどー」
それらは全て嘘だ。
ここは隠しマップ扱いで第一層の階段裏に位置する、魑魅魍魎が跳梁跋扈する危険地帯『魔の毒沼』だ。
一歩ごとにエンカウントするんじゃないかと言うほど極めて高い遭遇率を誇り、一度入れば脱出困難の魔窟と化す。
もちろん興味本位で進むことなく、一歩でやばい匂いを嗅ぎつけ踵を返したプレイヤーの諸君には味わうことのない地獄だろう。
彼らの判断は懸命である。
進めば進むほど高エンカウント率によって後戻りが困難になっていく。
まずはここで戦闘を繰り返す。
とりあえず軽く5000回勝利を積めば次に進める。
その点でいえばこの圧倒的なエンカウント率は魅力的である。
ここに現れる魔物は『毒沼』にもあるように、またまた出勤過多のポイズンスネークさんのみだ。
何をどうやってもポイズンスネークさんしか出てこない。
毒蛇好きにはたまらない、オンリー地帯となっている。
さっき獲得した毒無効耐性により、私はこいつらによる攻撃をもう一切受け付けない。
こいつらの攻撃力はそれなりで、軽く私の守備力を貫通するのだが、ポイズンスネークは全ての攻撃に【毒属性】が付与されており、それを無効にしてしまえればダメージもそのまま無効になるという仕様がある。
さっき私が夥しい数の毒蛇に噛みつかれていたのに傷を負わなかったのがそれだ。
このようになんらかの【属性】が付与されている攻撃は、その属性に耐性があればその攻撃ごと軽減ないしは無効にすることができる。
では私以外の同行者――つまりレイブンさんはどうなるのかという問い。
このままレイブンさんだけ毒の巣で見殺しにするのか。
いやいや流石に毒蛇を飯に混入されたくらいで、そこまでの仕返しは考えていない。
そもそも彼は狙われない。絶対に。
何故ならポイズンスネークさんは最初のターンの攻撃が必ず先頭にいるキャラクターを狙うからだ。
デフォルトで先頭に立っている勇者スラッシュくんが居ない今この状況で、先頭に立っているのは私だ。
誘導ターゲット戦法とか言ったり言わなかったりするこの神々の遊びによって安全かつ効率的に敵の駆除が完了する。
一歩ごとにまず蛇の群れが出現し、私が先んじて『ブリザード』を発動する。
毒蛇の弱点は氷魔法だ。
ブリザードも普段ならそうそう連発できるような代物でもないが、スキル『氷の女王』によってむしろ使えば使うだけMPが回復する。
仮にこのスキルが無くともマジックバングルによる自動回復と集団MP徴収が同時に行えるため、どちらにせよ枯渇の心配はない。
まさにうってつけ。まぁそれでもまだ序の口にすぎない。
襲ってくる毒蛇どもを千切っては投げ、千切っては投げを繰り返しているうちにとうとう目標の5000体撃破に成功した。
こんなものスノーガイストさん60000体討伐に比べれば吹けば飛ぶ紙切れのようなものだ。
また、自慢のブリザードもめちゃくちゃ使い込んだ事で、新たな氷魔法特技『絶対零度』に進化を果たした。
【特技】
絶対零度
効果:敵全体に氷属性魔法攻撃でダメージを与える(特大)。稀に相手を即死させる(要即死耐性参照)
見ただけでなんか強そうだが、これで十八番ブリザードが最上級技に進化した。
ちなみに進化してもブリザードは一応使える。
別技扱いになってるようだ。
しかし目的は『絶対零度』習得などではない。
次はこの奥、毒蛇どもの親玉が相手だ。
立ちはだかる無限エンカウントともいえる地獄を乗り越えた後、沼地の方に近づくと巨大な毒竜が出現する。
グラン・ヒドラだ。
こいつは調べればいつでも姿を現すタイプの中ボスで、長い戦闘を乗り越えたきたプレイヤーを返り討ちにするべく系統の王のように鎮座している。
こいつも暴君ほどではないが、現時点ではまだまだ敵いっこない強ボスである。
毒攻撃だけならともかく麻痺や混乱の技も使い、攻撃力もべらぼうに高く場合によっては状態異常になる前に一撃死も免れないほどだ。
適正レベルは『50』付近だろうか。
それでもあの負けイベを相手にするよりは断然マシだが。
しかし今回私がこいつとエンカウントした目的は退治ではない。
「よし……行きますよ!」
ミランダたちは逃げ出した!
「……えっ?」
明らかに戦闘する気満々だったレイブンさんは、突然の撤退に拍子抜けの色を浮かべていた。
実はこのヒドラ、世にも珍しい逃げられるタイプのボスモンスターである。
ちなみに逃げてもすぐそこにいる。
もう一度近寄れば再戦闘に突入できる。
ミランダたちは逃げ出した!
しかし私は懲りずに逃走を決行する。
何が何だかわからないという表情でレイブンさんが見つめてくる。
「ど、どうしたのミランダさん。こいつ倒すんじゃないの?」
「まぁ倒しますよ――この後でね」
ボス戦の仕様上絶対先手を取られることなく、かつ100%逃げられるという極めて限定的なこの状況。
活用しない手はないだろう。
なお、このヒドラもストーリー進行につれて姿を消す。
強くなってリベンジしようにもストーリー後半に入れば、勝手に忽然とどこかへ消えてしまう。
そんなのあんまりだ、とわざわざこいつと相対するためだけに中盤でレベルを大量に上げて挑むプレイヤーもいる。
倒しても実益はない。
なんかそういう『毒蛇ハンター』とかもらえそうだけどそんなものは無い。
そう――私がやりたいのは5000体撃破の続き、今度はこいつから合計7777回ぴったし連続で逃げ切ること。
これをやれる相手は割と限られてくるし、効率もここほど良いものはない。
まず同一フロアでの戦闘勝利を5000回。
そして再びそれを行ったフロアで逃走7777回連続で成功させる。
この二つの鬼畜なノルマをこなすことで現れる人物がいるのだ。
そんなこんなで私たちはひたすらグラン・ヒドラさんに喧嘩を売るよう突っ込んでは退避を重ねていった。
ヒドラさんからしたら溜まったもんじゃないだろうなあ。
いきなり自分の前に現れたと思ったら、すぐさま消えるのだから。
そんなものを7000回近く繰り返されたら流石にキレそうなものだが、目の前の邪悪な毒蛇の王様はそのつぶらな(?)黒い瞳でじっとこちらを見つめてくるだけで特に何もしてこなかった。
1戦闘にかかる時間が圧倒的に短いとはいえ、5000回の戦闘と7777回の逃走は流石に堪えたみたいで、レイブンさんも私もどっと疲れ果てていた。
ちなみに何故レイブンさんをここまで巻き込んだかというと、2人でなければヒドラさんと戦闘ができないのだ。
ただなにもせず待ってもらうより、一緒にいてもらって経験値を獲得できる方がメリットになるという思案もあった。
なんとか7777回ジャストで逃げ切った瞬間、ぽんっとどこからともなく白い魔法陣が現れ、そこから白い猫か狐のようなケモノが降ってきた。
『逃げてばかりでな。いけませんです。これを……』
そう言って彼は私にある特技を授けてくれた。
【特技】
ラッキーダイスアタック
効果:この攻撃の前にダイスを振り、出た目の数×逃げた回数分のダメージを敵単体に与える
習得条件:同一フロア内で戦闘勝利を5000回達成し、更にその後逃走を7777回連続で成功させる
備考:一度でもフロアから出ればその時点でカウントがリセットされる。また5000回勝利後、一回でも戦闘勝利を挟めばリセット。
とまあ条件の鬼畜さに見合った強さを誇る必殺技が手に入るというわけなのだ。
ちなみに何気に条件に記されていないことだが、逃走回数は四桁以上の数字でかつゾロ目でなければ発動することができなくなる。
よって7778回目となってしまったら、次の発動チャンスは8888回目となる。
うっかり逃走もできない。だがその制約でも充分だ。
レイブンさんには私が何をやって何を手に入れたか分かっていないことだろう。
なら諸君らにも見せてあげよう。ダイスの雷を。
早速習得した特技を見せつけるべく、今度は倒しにいくために強ボス、グラン・ヒドラさんに挑んでいった。
ヒドラさんのHPは6250。
攻撃力・守備力もかなり高く、全滅必死な強さを誇るボスモンスターだが、唯一素早さに関しては戦士さんレベルの『75』と低め。
先手に関しては私が間違いなく取れる。
ようやく本気の戦闘になるかと、レイブンさんは魔法の準備をしていたが、それを遮るように私が手を出した。
「まぁ見ててくださいって――ダイス・スタート!」
念じると手に一つのサイコロが出現し、それを天に向けて放った。
ダイスは天井に張り付くように転がっていき、やがて『1』の目を弾き出した。
1――ということは7777もの壮絶な大ダメージが毒蛇の王に降り注ぐことになる。
天井で静止したダイスは、先ほどと同じ白い魔法陣によってみるみるうちに巨大化していき、グラン・ヒドラさんの頭上から一気に叩き落ちた。
圧倒的なオーバーキル(スキル効果によって更にダメージ倍)で、王たる蛇は呆気なく圧死した。
なおこれはオーバーキル以外では固定ダメージになるので、ジャイアントキリングとかの強化スキルは一切反映されないのだが、代わりに呪文でも物理でも無い特技なので、防ぐ手立てはほとんど無いに等しい。
まさしくチート。1番低い『1』の目でこのダメージ量。
カンストがたしか9999なので、今の段階では2以上の目を出すメリットも特にはないのだが。
「おっ、なんか手に入れましたよ」
圧死したヒドラさんの肉片の中には紫色の宝珠が転がっていた。
スキル商人の鑑定で効果を調べてみる。
毒竜の紫珠
効果:所持しているだけで、毒・麻痺・混乱属性無効。
備考:毒蛇の王が隠し持つとされる秘宝。状態異常攻撃に対する加護が込められている。
「おおおっ。これはスゴイアイテムですよ」
毒無効になるのが少々被っててもったいない気もするが、これで厄介な状態異常のうち『麻痺』と『混乱』にも耐性ができた。
そしてこれもまた私の推察が正しければ、マジックバングルにはめ込むことができるはずだ。
二つ目の大穴スロットに、ヒドラさんの宝珠を装填してみた。
予想通り穴の中にすっぽりと玉が収まっていった。
いやあ思わぬ棚ぼたとはこのことだ。
ありがとうヒドラさん。また一つ強くなれました。
「さっ、これで修行完了です。そろそろ先へ急ぎましょうか」
主人を失った魔の毒沼帯をくぐり抜けていくうちに、私はなんだか背後からレイブンさんの視線を感じる気がした。
振り返ってみると、魂が抜けたような表情で私とヒドラさんの残骸を見ていた。
「いや説明して⁉︎」




