番外:ルクソール公爵の結婚
本編から約10年後のお話です。
ルクソール公爵は近年斬新な手腕で領地を改革して名をあげている貴族だ。さらに、妹を王太子妃として嫁がせている。
そんな、有力貴族で将来も安泰そうな公爵は、しかし、26歳となっても、未だ結婚の相手が見つかっていなかった。
これには理由がある。
カレンは夜会に出るのが好きだった。王立魔法学園の学生である彼女は、王家が主催するパーティーにしか出席することを許されていなかったので、それは、1ヶ月に1度あるかないかの楽しみだった。
「ラヴェンナ様!」
会場でルクソール公爵の姿を見つけて、カレンは彼のもとに飛んで行った。夜会は、彼女が公爵と会える数少ない場の一つだった。
「こんばんは。カレン王女、お元気でしたか?」
カレンはこの国の第一王女だ。上に兄が2人いるが、現王の娘は彼女だけである。
「ラヴェンナ様、今日も踊ってくださる?」
「はい、喜んで。」
カレンは10年も前からずっと、ルクソール公爵のことが好きだった。婚約者を決める時も、彼女はルクソール公爵を望んだ。しかし、それは叶えられなかった。
カレンがルクソール公爵との結婚を望んだ時、既に王太子である兄と公爵の妹との結婚は決まっていた。この上、カレンまで公爵に嫁いでしまっては、王家とルクソール公爵家との結びつきが強くなりすぎて、貴族間のパワーバランスに軋みが生じてしまう。貴族たちからの猛反対で、2人の婚約は流れてしまった。
カレンとルクソール公爵のダンスは、誰かが止めなければパーティーの終わりまでずっと続く。
見目麗しい2人のダンスは夜会の華だった。カレンにとっては夢のようなひと時で、公爵も、自分に好意を向ける彼女を憎からず思っていた。
周りの貴族たちも美しい2人をうっとりと眺めていたが、それによって、彼らは王女の気持ちをはっきりと感じ取って、未婚のルクソール公爵に縁談を持ち込まなくなっていた。
しかし、王女といえど、16歳の娘である。大貴族の結婚を阻止できたのは、彼女だけでなく、彼女の父や兄も、本音ではカレンとルクソール公爵の婚約を認めたがっていたからだ。そういう王族の気持ちは、ひしひしと貴族社会に伝わっていたのである。
さて、カレンがいるときは、彼女のせいで他の女性と話す機会のないルクソール公爵だが、王女の居ない場では、多くの女性に囲まれていることが多い。
その日は、王太子妃主催のお茶会で、有力貴族の妻や娘が集まっていた。その場に、妃の兄である公爵も招かれていた。
「ラヴェンナ様、来月の夜会に着ていくドレスが決まらないのです。アドバイスをいただけませんか?」
「この夏のバカンスに合う粋なドレスを探していますの。」
「娘の社交界デビューの衣装を、見立てていただけませんか?」
若い娘からおば様までが集まってきて、お茶会で公爵は大人気だった。彼はファッションアドバイザーのするようなことを、よく期待されるのだ。
「この間の夜会でエリカ様が着ていらしたドレス、素敵でしたわぁ。私もいつか、あんなドレスを着て、注目を集めてみたいものです。」
公爵が社交界で注目を浴びるようになったのは、妹である王太子妃のドレスを彼が用意していると知られてからである。妃はよく他の者が着ていない変ったデザインのドレスを着ていたが、それはすぐに流行となって、その後多くの女達に真似されていた。
「全く。お兄様ったら。あれだけ女性に囲まれているんだから、嫁の一人くらい、ご自分で見つけてきたらいいのに。」
女性たちにアドバイスをする公爵を眺めながら、妹である王太子妃は小声でぼやいた。
「カレン様のことがあるから。2人ともお可哀そう。思い合ってらっしゃるのに。」
彼女と仲の良い宰相家嫡子の妻マリアの言葉に、妃はため息を吐いた。
「この間、プライベートで話していた時、お兄様ったら、うちの次男を公爵家の跡取りとして養子に欲しいなんて言い出したのよ。一生結婚しない気かしら。」
王太子夫妻には、既に2人の息子と1人の娘がいた。草食男子な公爵は、自分が結婚しなくとも、王家の血が入った妹の子が跡を継げば何の問題もないと考えていた。
賑やかなお茶会の場に、焼きたての大きなケーキが運ばれてくる。そのケーキを持った侍女の横を、大慌てで1人の従者が走り抜けた。
「た…、大変です。王太子妃様!」
「何事ですか。お行儀が悪いでしょう。」
眉を寄せた妃に従者は1枚のメモを見せた。途端に妃は険しい顔になって、
「お兄様!」
彼の兄を呼んだ。
カレンは憂鬱だった。今日の昼に王宮でお茶会があり、ルクソール公爵が来るというのに、出席を許してもらえなかったのだ。学園の終業式と重なったからだ。
今日が終われば夏休みとなり、ルクソール公爵と会える機会も増えるのだが、それと、今日会えない辛さは別問題である。
カレンが何度目かのため息を吐いたところで、周囲が突然騒がしくなった。見れば、終業式の途中の壇上に、有力貴族の子弟が何人か上がりこんでいた。
「カレン王女、貴方との婚約を破棄する!」
拡声の魔道具を使って、いきなりカレンの名前が呼ばれた。カレンは吃驚して、それから、婚約なんてしてたかなと思った。
以前に、歳の近い侯爵の息子との縁談があったが、カレンが認めないので成立しないままになっていたはずだ。
見れば、壇上で拡声器を持っているのは、その婚約者候補だった。
カレンは急いで彼に近付いた。
「エミール様、婚約破棄というのは、私と結婚したくないということでよいのですか?」
「そうだ! 誰がお前のような悪女と結婚するか!! お前が陰でリリーを苛めて……」
「結婚はしない。絶対ですね?」
ぶつぶつ言う侯爵の息子の言葉を遮って、カレンは念押しした。
「そうだ。いくら身分が高くとも、お前のような奴とは結婚しない!」
彼の言葉に、周囲にいた有力貴族の子弟たちもその通りだと頷いている。しかし、そんなこと、カレンはお構いなしだった。
「結婚しない。そうですか。では、父上に伝えて参りますわ!」
カレンは満面の笑顔になっていた。
そして、すぐに王宮へ向かって走り出した。
一時間後、
「父上。婚約破棄されました。相手がいなくなりましたので、ラヴェンナ様と結婚させて下さい!」
王の執務室に喜び勇んで飛び込んできた娘に、王は目を丸くすることになる。
事情を調べてみると、学園の終業式で有力貴族の子弟たちが騒ぎを起こしていることが分かった。
騒ぎの内容は、有力貴族の子弟達が次々と男爵家の私生児に誑かされ、ついには唆されて王家の姫に暴言を吐いたというものである。
騒ぎを起こした師弟の親からは、すぐに謝罪があり、問題を起こした息子は廃嫡されるなどした。しかし、それだけで、可愛い姫をコケにされた王家の怒りが収まることはなかった。
王家の怒りを静めるには、もう、あることを認めるしかなかった。
そして……、
「ラヴェンナ様、これからは婚約者として、よろしくお願いしますわ。」
微笑むカレンに、ルクソール公爵は戸惑っていた。
「カレン様、私は貴方より10も年上です。カレン様のご身分なら、もっと若くて格好いい男でも、選べるのですよ?」
公爵の言葉に、カレンは首を振った。
「嫌です。私は、ラヴェンナ様以外の妻になどなりたくありません!」
カレンはぷくりと頬を膨らませてラヴェンナに抱きついた。
10年越しの恋が実った瞬間だった。
お わ り 。