66・力が欲しい?
このポンコツ脳みそはどこで正常なものと取り換えることができるのだろうか。
いや、まぁこれでも成績は悪くなかったけどさぁ。英語以外平均よりは上だったけどさぁ。
ねぇ……まぁ、あの後調べなかった自分が悪い。はい。
「どうした? 早く名乗れ」
アニスさんに催促されちゃった。というこって絶賛ピンチです。さぁどう乗り切ろう。
……そうねぇ、こう、一応自分は渡来人。とすると、うん。こう、それっぽーく乗り切ろう。これが自分の出身国の名乗りの作法ですよ、的な。
テキトーになんか、こう、テレビでやるような名乗り口上的なのをだね。
「はい、えー、地獄からの、いや、ちがくて、遠からん者は、いや、もうみんな見てるし、えっと、なんだかんだ、一人じゃどうにもならん、ピカピカピカリン……性別が違う。しび、なんだ。こ、こちらの国に御厄介になってる、その、はい、長谷川鳴海、です。はい」
ぐっだぐだやね。まぁこういう場で使える口上なんてそうすぐに思いつかんわ。結局何言いたいのかわからんものになったし。
……はっずかしい。
「……なんだそれ」
やめて! アニスさんその憐れんだ目、やめて!
「ご、ごめん。その、慣れてなくて……ほ、ほら、こういうのって、その、どうでもいいじゃん。にゃははは……ごめんなさい」
思わず目を逸らす。さっきまでの真面目な空気は霧散した。
「……ふーん」
と、思ったのは自分だけのようで、彼女はふつふつと、先程よりも濃い憎悪を向けてくる。
「なるほどなぁ……どうでもいい、か」
「ん?」
あれー? なんか、すっごい怒ってる。
え、マジごめんなさい。その、これでもまじめだから。
と、自分が名乗り口上をとちったからアニスさんが怒っている、と勘違いして慌てふためいているのと同時、彼女は感情のない、酷く淀んだ瞳で自分を見つめるのだ。
「つまり貴様は騎士ですらないというのか。なるほど、合点がいった」
そしてそれだけ小さくつぶやくと、次の瞬間に彼女は――
「だからか。だから貴様は父上を、名乗りの最中に殺したというのか!!」
咆哮にも似た大きな叫び。どんな声帯してるのか疑いたくなるその言葉に、思わず動きが止まってしまう。
……いや、気圧されたとか、そう言うんじゃなくてだね。
その、なんというか、うん。それ、なにをどう勘違いしてるのかよくわかったわ。そうかあっち側からすればそういうことになってるのね。なるほろなるほろ。
乱戦の中で立ち止まって決闘を挑むのがそっちの国の騎士の作法なら、よく今まで生きてこれたな。戦国武将か。
「ちょ、まって話を聞いて……」
思わず手が伸びる。しかし彼女は聞いちゃいない。
「わたしは貴様を認めない! わたしは貴様を我が刃でもって、断罪する!!」
美しかったであろう顔は怒りと憎しみにより恐ろしく歪み、自分の言葉に耳を貸す気配がない。バッドステータス激昂だ。きっと回避命中が下がって攻撃力が上がるんだ。わぁい。
……どうしよう。
「行くぞハセガワナルミィ!」
彼女はそう叫びながら、姿勢を低くして駆けだした。
さて、全くの余談だが、昔のゲームなりなんなりではこういう大きい武器持ちはイコール足が遅くて一撃がデカい、と相場が決まっていた。
でも、現実で考えるとそれって違和感あるよね。だって正味な話人って脆いじゃん。極論ナイフの一突きでお陀仏だよ。わざわざ当たりにくいものを持ち出す意味が分からない。
ならば対人でそれを持ち出す理由を考えると、答えは二つだと思うんだ。
一つは単純にそれを持ってしても重さを感じさせないくらい素早い場合。
もう一つは常人じゃあ避けられない所詮範囲技を持つ場合。
自分はそんなとこだと思うのだよ。
さて、そしたら彼女はどうなのだろう。
アニスさんは低い姿勢からまっすぐ駆けだしたかと思うと、攪乱するように右に飛びのき、そしてそのまま跳躍する。高くたかーく、自分を飛び越すくらいに高く。
そして自分の後ろに着地すると同時にその勢いのままに身体を回転させ――
「消し飛べ」
斧を大きく振り払う。轟音と共に振られたそれはもはや雑兵の剣が止まって見えるほどに速く、洗練されたものである。
対して自分は視界の端に斧が入ったことでとりあえずとそれをしゃがんで避けると、こう、頭の上を斧が通ると同時に目の前の大地がね、こう、吹き飛ばされるというか、抉れるというかひっくり返るというか。
……そっかー。スピードもあって範囲攻撃持ちかぁ。
第三の回答を持ってくるったぁお兄さんびっくり。斧の真下にも判定あったら死んでたな。
なんか背中に薄ら寒い冷気が通った気がする。逃げよ。
「死ね」
そう決意して前方へ刎ねるようにダッシュした直後、後ろから重いものが風を斬る音と共に声がした。
距離を取り、後ろを向いて確認する。そこには斧で地面を抉っているアニスさんのお姿が。
うっわぁ。これ本気で殺す気だ。やばい怖い冷汗がやばい。
「は、話し合いで解決する気はないですかね?」
無駄だと思いながらも聞いてみる。
「クズと話す必要があるか?」
取りつく島もない。なぜこの世界の女子はこんなに顔面が恐ろしいのか。
しかしともすれば、こうなりゃやることは一つしかない。
幸い彼女を倒したらその身を自分が好きにしていいと言われたんだ。自害される前に昏倒でもさせて、気ぃ無くしてる間に縛り上げて親父さんと同じところに放り込んだる。さすがに生きてるの目の前にしたら疑う余地もないだろう。
やらなきゃやられる。だからやる。
そう思いながら自分は徐々に臨戦態勢を取っていく。狙うはなるだけ傷つけず、後々自分が自責の念に駆られないように打ち倒す。
……というかあれやね、こう、関係ないがあの紅色と戦ったことである程度は度胸がついたのかね。今更だが割と冷静。
そう言う意味でも、今度会ったら感謝の気持ちを込めて溶鉱炉に放り込むのが礼儀かもしれない。
ま、それは置いといて。現行の問題は目の前の娘さんである。
彼女は自分の行動、または考えを押し知ろうとしてか、いまだその場を動いていない。
しかしその姿勢は先程と同じく、自分を刈り取ろうという意思が感じられる構えをしていた。
……膠着状態じゃないが、なんかアレだな。こう、一歩不用意に近づいてみよう。
一歩歩く。動きはない。
もう一歩前進する。変化はない。
そしてされに一歩踏み出したところで、彼女は不意に問いかけるのだ。
「……お前、素人か? その足運び、身体の動き。到底戦闘を弁えてるもののそれではない」
あ、ばれちゃった。
でも隠すつもりはない。
「そのとーり」
極めておどけて、挑発するように言う。
戦闘は素人。まったくもってその通りである。
今はな。
という事でここで――
「なるほどそうか。ならば貴様は魔術師か」
……あ、その勘違いは予想外です。
「しかし詠唱する様子もない。ならば陣形使いか人形遣い、そのあたりだろう」
そしてもっと予想外な単語が出てきた。人形はわかる。陣形使いってなんぞ。
「図星だろう」
邪悪に笑うアニスさん。対して自分はよくわからないまま答えるのだ。
「ち、違います」
あ、これ図星突かれてうろたえてるようにしか見えないわ。
そして彼女も同じくそう思ったのだろう。一瞬だが口元が勝利に笑い、そして高らかに叫ぶのだ。
「何にせよ、貴様が魔術師なら勝ち目はないわ! 破魔の大斧『マニティア』の力! 受けてみろ!!」
次の瞬間彼女が斧を横に大きく振ると、先程も見た地面を抉る衝撃波的なモノが彼女を中心に扇状に広がり、まさに今自分を巻き込もうとして迫りくる。
なるほど、スピードに頼って近づくよりも遠距離から範囲技を使った方が当たるのではないか、ということか。確かに思ったほどスピードはないがこの範囲だ。なかなかいい案なんじゃない? あと土埃舞っていい目隠しにもなるし。
……多分、これ自体は自分にゃ効かないと思うんだ。シルバちゃんの大技直撃してもピンピンしてたくらいだし。
でも見た目怖いから逃げるの。本能が逃げろ言うの。あと、下手な子としたら恐らくこれに隠れて不意打ちされるから全力で逃げるの。
という事で背中を向けて――
「さよならだ」
あらもう居たの。
後ろを向くとそこには今にも振り下ろそうと斧を振りかぶっているアニスさんの姿があった。若干遠い位置にいるのは先の攻撃の範囲外にいるためだろう。あとは自分が逃げることを想定して距離を取っているからかな。たぶん。
なるほろ、範囲技を追い越して後ろに回るなんてこともできるのか。凄いじゃん。
でもその距離は、うん。そのままこっちの助走距離にもなりますのよお姉さん。
あとね、大きなものを振り回すためとはいえ、そんなに重心後ろにしたら危ないよ?
重心が安定していなかったら、人は簡単に転んでしまうんだ。
てなわけで自分は彼女に全力で駆け出し、斧が振り下ろされるよりも前に地を蹴り跳んで彼女の首に腕を巻き付ける。
「ちょいと失礼」
そしてその勢いのまま、彼女の首を支点として逆サイドまで旋回し、最初の腕と入れ替えるようにしてもう片方の腕を使い相手の背中と後頭部を地面に叩きつけるように――
「がふっ!?」
後ろに落とす! これぞ必殺、旋回式ジャンピングネックブリーカードロップ。
この技大好き。理由はないがなんか好き。なお自分紳士なので乳には一切触ってないぞ。
あ、ちなみにさっきの段階で自分が『プロレスの達人』に属性が変更されております。最悪の最悪を考慮して『不殺』の特性付きで。
「アニスちゃん!」
「副長!」
後ろで心配そうな声が聞こえる。上司想いの良い部下じゃないか。
「動かないで! 今私たちが行っても何もできないのよ!」
しっかりしているね。とりあえず襲ってこないようなので安心――
「私たちの力はほとんど、副長に委ねたの。今の私たちは魔法も使えない、足手まといにしかならない存在。そのことを、忘れないで」
「……そう、ね。でもきっとアニスちゃんなら、やってくれるわ」
「ええ。それにもう、私たちには彼女に賭けるしかない」
「信じましょう」
……小声で話してるのだろうが、ばっちり聞こえるあたりやはり聴覚もいい感じに強化されてるのかね。
というかそれならなぜついてきた。来る意味ないだろうに。
まぁ、いい。もどろう。きにしてはいけない。
しっかしキレイに決まったな。なんというか、斧振り回そうとしてたからか、そう、所詮格ゲーで言うカウンター状態だったからだろうね。で、いいのもらったアニスさんは受け身を取れてた気配がないんだが、大丈夫……じゃないよね。だいぶ苦しんでる。
「かひっ、はっ、ひっ……」
だめそうだね。
昔やられたことあるからわかるんだけど、これ受け身トチッて背中打ったら呼吸できなくなるんだよね。頭も打って痛いし超苦しい。
ま、死ぬことはないしいいか……あ。
この時自分の目に飛び込んできたのは彼女の手を離れ地面に転がる大きな斧。そうか、そういや彼女こんなの持ってたね。忘れてたわけじゃないけど……うん。
これ下手したら斧が背中に刺さってお亡くなり、なんてことになってたんじゃないかと考えると今更ながら冷汗が。
あーよかった、そんなことにならなくて。とりあえずこんな危険なものはポイです。
そして近づき思うのだ。武器を蹴り飛ばしてどっかにやるシーンとかあるじゃん。よく悪役がやる。この斧でそんなことできると思う? できて数センチ動くだけだと思うの。
……おとなしく持ち上げて放り投げよ。蹴り飛ばそうとして失敗するよか確実だ。
「ふひ、はー、ひー、な、に」
自分が斧を手にして『なんだ意外と軽い。これならあれだけ振り回せたのも理解できるね』と思っていると、アニスさんが倒れたまま絶望的な顔をしてこちらを見ていた。
「マニ、ティア……なぜ」
立ち上がろうとしながらも、どこか変なとこ打ったのかすぐにコテンと転がってしまう。
……今のうちにとどめ刺しとこ。そんで後で親父さんとこ放り込んどこ。
「く、くるな……やめろ」
まぁ怯えちゃって。なんでそんなに怯えて……そら動かれない時にこんな斧持って近づいたら怯えるわな。しかもなまじ彼女が自分の首をチョンパするって言ったんだ。きっと逆に刎ねられると思ったのだろう。
そんな訳で斧をポイっと放り投げ、そうだな、気絶と言えば頭を強打だろ? となれば、一度やってみたかったんだよね。
自分は仰向けのままもがいている彼女を頭が下になるように担ぎ上げ――
「は、なせ……なに、を……」
あ、こらジタバタすんな。スカートの中身見えるでしょうが。白のガーターベルトかこの野郎。
「動くなって、中身曝け出したいの?」
……ん? でもようけ考えたら女の子をこうやって辱めるくらいなら、最初っから頭叩いて気絶だけさせた方が……今更だ。うん。
あとすっごい今更だが、ホントでかいなこいつ。こういうのは露出がない方が逆にえろい。
「なかみ……まさか!」
その言葉と共に彼女の動きはピタリと止まる。ようやく理解したか、それじゃあ行くぞ。
「はい、これでおしまい。とっぴんぱらりのぷぅですよ」
自分は片手で彼女の頭を、もう片方で胴を掴むみ、そのまま垂直に、姿勢を保ったまま撃ち落とす。
これがフィニッシュホールド、垂直落下式ブレーンバス――
「や、だ、やだ……死にたくない」
つおっ!?
悲痛な声が耳に届き、思わず途中で止まってしまった。
無理に止めたので足、というか股関節が痛い。膝も打った。彼女を上に上げるために肩も酷使した。痛い。
……と、とりあえずだ。まぁ命乞いしたんなら自害もしないだろう。ということで自分は立ち上がるとそのままアニスさんを背中から着地できて受け身が取れるように優しく放り投げて――
「ぐぇ!?」
あ、ごめん。
「……大丈夫?」
自分がそう言って手を伸ばすと彼女は転がったまま、まさしく怯えた表情をした……と思ったら自分をキッと睨んできた。
「なぜ、とどめを刺さなかった? あのまま私の頭を割って脳みそを曝け出してしまえばお前の勝ちだっただろう?」
いや、だって君命乞いしたし。あと脳みそって、中身で反応したのは。それが理由か。
というか今なら寝転がってるあなたの頭をサッカーボールキックして終わらせられますよ? むしろアレでもう自分の勝ちにはならん?
「え? まだ続けんの?」
しゃがんでほっぺたを叩く。ぺちぺち。
「……いや、私の負けだ。脚に力が入らない」
そう彼女は脱力しながら、諦めたような口調で言った。
「ははは、父の仇を取り、姫を救うために来たのに、いざ死が明確に見えると命が惜しくなってしまう。父の仇に、命惜しさに命乞いをしてしまう。わたしはもう騎士ではない。騎士の誇りも、父の無念も、姫の願いも仲間の想いも、すべてを自ら捨てた私はもう、ただの無様な一匹の雌だ」
そしてぼそぼそとそう続けると、涙を流して目を腕で覆い……いや、うん。
「勝者たるお前には私を自由にする権利がある。わたしの純潔を弄ぶなり、欲望のままいたぶるなり好きにすればいい。は、はは……わたし、何のために生きてきたんだろう」
「いや、だから親父さん生きと――」
そこまで言った所で自分の言葉は遮られた。ほかならぬアニスさんによって。
「グス、ひっぐ……うぁぁぁん! ユナ、エンディーヌ、ミスラ、グレイラ……すまない。わたしは、姫も、お前らも、なにも、まもれなかった……すまない……えぐっ、うぇ……もっと、わたしが強ければ、わたしに、力があれば……ふえぇぇぇぇぇ……」
ガチ泣きである。女の子のこういう姿を見るのは慣れてないから対応が困――
『力が欲しい? ならぁ、手伝ってあげる』




