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64・生きとるよ

 なんやねんこれ。地獄か。


 出発から数日。行く先行く先で立ち寄る集落で見るものは見るも無残な光景だった。

 見つけた集落そのほとんどが原型を辛うじてとどめてる程度。破壊の限りを尽くされてるのだ。穴ぼこだらけの地面に焼け落ち破壊されつくした建物。ひどいのになると何かで溶かしたとしか思えない崩れ方をしてるものだってある。

 その付近では植物さえも素人目でわかるくらいに元気がなく、空気が淀みどことなく腐臭に似た、しかしどこか甘いような、なんいうかえげつない臭いが感じられる。

 無論人々だって元気がない。やせ細り、生気なく、社会の教科書で見た貧困にあえぐ人々のそれに近いものがある。

 幸いにして死人等はまだ見ていないが、それも自分らが来る前に処理されたが故であり、当然の如く犠牲者の数は計り知れないほど出ているそうだ。

 そんな彼らは皆、口をそろえて言うのである。

『魔獣が見ている。根を張り手を伸ばし反逆者たちを処刑する。この国はもはや奴らのエサ場なのだ』と

 あと戦闘行動が発生しないからそう言う意味での消耗がないのは幸いかもしれないけどさぁ、精神的なダメージがひっどいよ。何人ダウンしたと思ってんのさ。

 かくいう自分も割とひどかった。だいぶ吐いた。もう吐きすぎて慣れた。逆流性食道炎になって胸がむかむかする。

 同時に恐ろしくなったね。だって明日の自分の姿かもわからないんだもんこれ。

 でも逃げるわけにもいかないし、なによりこれをシルバちゃんやお姫様たちの、仲間たちの明日の姿にしたくないっていうのもある。

 あとあれだ、逃げたらきっと後悔する。そう言うのは世間体にも精神衛生的にもよくない。

 でも逃げたい。

 というかあれだ、一人だったら発狂してる自信があるね。

 ぶっちゃけこういうのもなんだが、毎日シルバちゃんに齧られることで生きてるという実感と彼女らを護らなきゃという気持ちが芽生えてくるの。

 そんな訳で今日も自分は訳わかんないごちゃごちゃした気持ちを抱えてボケっとしているのであった。

「……大丈夫か?」

 馬車でボーっとしているとお姫様に声をかけられた。その声色にはどこか疲労の色が見て取れる。

「じぇーんじぇんへーき。でももう腐ったお肉の臭いは嫌」

 極めておどけて対応する。自分は平気さ、だから気ぃ遣わず休め。

 それに気を使うならそこで鼻やられてダウンしてるミミリィ隊長とか、植物の発狂する声が聞こえるとかいうテトラ君に気を使ってやれ。

 あ、いやミミリィ隊長はいいや。旦那さんが付き添ってる。

「……ならいいが」

 そう言って彼女は外を見る。空は青く清々しいのにどうしてこうもどんよりとした気持ちになるんでしょうね。

「……次は、もっと助けたいな」

 お姫様の呟きは、なんとも悲痛なものだった。

 でもね、お姫様。そうシリアスな空気出しながら夜間警護明けで睡眠中のシルバちゃんの髪をいじるのはやめようか。

 うつ伏せの膝枕ってなかなか苦しそうだよ?

「……みつあみ」

 お、そうか。かわいいな。

「あまりおもちゃにしたらだめですよ」

 自分は窓の向うの空を見ながらそう言った。あぁ、しばらく肉は食いたくないな。甘いフルーツが食べたい。

 そんな事をやっていると不意に馬車が止まり、しばらくして外で御者をやっているムー君が顔をのぞかせた。

「あの、姫様」

 その声は何処か困惑したようなものである。

 なんかイヤーな予感。最近の自分のこれはよく当たるんだよね。

「どうした」

 怪訝な顔のお姫様。そらそうだ、こんなところでトラブルなんて、ろくなもんじゃない。

「それが、人がいたらしく……」

「ほんとうか!?」

 お姫様のテンションが上がる。同時にミミリィ隊長はじめお休みモードだった面子も起き上がる。シルバちゃんは膝から落ちて頭を打った。かわいそう。

「はい。しかしなんというか……」

 ムー君の歯切れが悪い。どうした、発狂した人でもいたのか?

「奴らはどうも帝国の第一王女付き近衛部隊らしく、その、先生を、ハセガワナルミを出せと言っているらしいのです」

 ……おう。こっちゃ見るな皆の衆。自分は何も知らんぞ。むしろ自分もわけわかめだわ。

 どういうこっちゃねん。




 ということで出てきてやりましたよっと。

 人々をかき分け最前列まで、お姫様と、スゥ君とテトラ君を除く近衛隊の皆さんと一緒に。なお二人は馬車の見張りとしてお留守番。

 あ、一応正体がばれたとはいえいつものスタイルは崩してないよ? さすがにフルオープンにするよかこっちのが反応が地味なんだ。

 ……なんで帽子に雨合羽にゴーグルの方が素顔出すより地味なんだろう。ほんと、違和感しか感じない。

 しかし草も半分しおれかけた草原のど真ん中、午前中独特の清々しい太陽がまぶしいね。

 で、人々をかき分け最までいくと、そこにいたのはゼノアと王子様、そして5人のメイドさん。

 こちらの国とは仔細の違いはあれどはっきりわかるほどのメイドさん。髪の長いの短いの、身長高いのちっちゃいのと様々なメイドさんがそこにいた。

 彼女らは皆、全員が例外なく剣とか、槍とか、でっかい斧とかそういう武器を装備している。

「……来たか」

 その中の一人、真ん中でいかにもリーダーっぽい雰囲気だしてる巨乳なメイドさんが口を開く。

 彼女は俗に言うエルフ耳ってやつ? なんかとんがった耳をして、髪は長めのストレートで青に近い紫色をしており、同色の瞳は気の強い印象を感じる。そんななかなかの美人顔をした、やたらめったら乳のでかい彼女は背中にこれまたでっかい諸刃の斧を背負っている。

 ……その斧どんなに小さく見積もってもあなたの肩幅の1.5倍はありますよ? どんな筋力しとるん?

 という疑問を口にできる空気でもないので自分がそれをグッと飲み込んでいると、斧持ったメイドさんが自分を明らかな敵意の籠った目で……うん? あ、よく見たら全員自分を睨み付けてるでやんす。

 え、なにこれ。自分なんかやった?

「で、お前たちは何だ? 何用だ?」

 お姫様怖いもの知らずね。よくこんなのに話しかけられるもんだ。

 しっかし本当になんなんだろうね、これ。こんなメイド服の集団に恨みを持たれる程の事はないっての。というかこんなデカい乳、一度覚えたら……乳がデカいメイド服? あ、ちょっと、ちょっと待って。そう言えばもしかしてこの人たちって……。

「私たちは第一王女付き近衛部隊。上の命によりここに来た」

 だよね。こっちで言えばつまりシルバちゃんやミミリィ隊長みたいな、お姫様のもとで働いているという事だよね。そんでもって乳がデカい……さすがに記憶力が10年物のVHS並みにポンコツな自分でももうおぼえているぞ、あのおっさんの言葉くらいはな。

 つまりは、この娘は、もしかしなくても――

「わたしは第一姫付近衛騎士隊副長、アニス・コーデァ。ここにハセガワナルミとの決闘を申し込む」

 ほらぁ、出てくるの早いよ、もっと引っ張れよ。というかやっぱりあのおっさんの娘さんじゃな……んんっ?

 なんか、今、不穏な、単語が、聞こえた、気がするんだけど、気のせいかな?

「決闘? なぜそうなる」

 ……や、やっぱりお姫様もそう聞こえた?

「上の命だ。わたしたちに逆らう余地などない」

 嘘だ。その目は絶対私怨の目だ。進んでやってるそれの目だ。

「それはそっちの都合だろう。私たちが従う理由がない」

 そうだそうだ、いったれお姫様。

 と、自分はなにも微動だにせず心の中でお姫様を応援するのであった。だって下手にアクションとるとどうなるかわからんしね。

「そうか、ならば仕方がない」

 が、何も自分がアクションを起こさずとも彼女たちはアニスさんの言葉と同時に武器を構える暴挙へ出た。しかもその後ろからは何か植物の蔦的なものが数本……おいおいおい。どういうこっちゃね。

「ならば私たちはここで貴様らの命を一つでも多く刈り取るまで。これでもわたしたちは王女付きの近衛、帝国の精鋭。そして忘れないで頂こう、ここはすでに帝国領だ。貴様らはすでに我が帝国の魔獣の手の上。怪我だけで済むとは思わないで頂きたい」

 アニスさんが斧を構えながら宣言する。

 あー、うー、つまり、あれか。

「そりゃあ決闘を受けるならこちら側の被害は自分一人だけだが、そうじゃ無いなら暴れるよってことですかい?」

「理解が早くて助かる」

 そう言って彼女が斧を降ろすと周りの皆さんも武器を納め、また同時に蔦のようなものもひっこんだ。

 ……まぁ、うん。どうしましょ。とりあえず一番大事な質問しましょう。

「その決闘、自分が勝ったらどうなるん?」

「そのまま何事もなかったかのように進軍すればいい。なんなら私の死骸を好きにしても構わん。後ろの娘たちも好きにするがいい。皆、覚悟はできている」

 挑発するように胸をたゆんたゆんするアニスさん。笑えないです。

 あと、死ぬ前提で話し進めないでください。本当笑えないから。

「敗けた場合は?」

「少なくとも、お前は死ぬな。きれいに断頭してやろう」

 侮蔑するように自分を見る。いやそらそうだろうけども。

「そうでなくて、こっち。うちの部隊ん人たちですよ」

「知らん。決闘してる間に進軍してても全く問題はない。わたしたちのターゲットはお前ひとりだ。まぁなにかあったらさっきの蔦が襲い掛かるかもしれないがな。たとえばお前が逃げ出すとか」

 くっくっくと、不敵に笑うアニスさん。すごく怖い。後その後ろの残りのメドさんの顔も怖い。

 ……ねぇこれどうしよう。

「どうします?」

 お姫様に問う。正直こういうのは自分が判断できるものじゃないと思うの。

 まぁ答えはわかってるようなものなんですけどねぇ

「……ナルミ、頼めるか?」

 ほーらー。そらそうなるわ。単純な損得勘定で考えたら明らかにこっちの方が『得』だものね。最悪でも駒が一つしか減らないのと、未知数だが確実にいくつも被害が出るのならこっちの方がいいですわ。

 しかもなんだかんだ戦闘においては不本意ながら、そう不本意ながら実績があっちゃったりするからそう言う意味でも安心なんでしょうよ。そら天秤もこっちに傾きますわ。

 あー、やだなー、かえりたいなー。

 でもここで逃げたら仲間全員見捨てて逃げたってことになるんでしょ? さすがにそれは、うん。世間体が。

「……仰せのままに」

 嫌々だなと、己でわかる声で言う。若干ぶー垂れたいところではあるが、それはさすがになので心の中で唇を尖らせる。

 ……あ、そうだ。もひとつ大事なこと忘れてた。

「そういや決闘って、あなたと?」

「あぁそうだ。一対一で、正々堂々、真正面からの決闘だ」

 言葉の中の『正々堂々』という単語にやたらめったら力がこもっているあたり、アニスさんは騎士道精神旺盛らしい。人質は取るが。

 ただ視線に乗ってる憎悪の念が増えるのはやめてほしい。

「……さ、さよか。そんだら後ろの方々はなんなん? 連戦とかさせられるん?」

 彼女の後ろにいる4人のメイドさんを一瞥しながら自分は言う。

 正直、そうなったら面倒くさい事この上ないのよね。

 しかし、アニスさんの回答はそんな自分の不安を払拭させるものであった。

「心配するな。こいつらはわたしを心配してついてきてくれているだけのかわいい部下だ。お前が約束を違えぬ限り、彼女たちはなにもしない」

 が、別の不安が湧きだしてきた。なんで自分こんな信用無いの? あと、どうこうできる云々はどういう意味ですかね?

「無論わたしが敗けたらわたしの身体はお前のものだ、好きに使うがいい。まぁ終わった時に仮に生きていたとしたら舌を噛み切って死んでやるがな。誇り高き我が一族の血を、貴様の穢れた血で汚す訳にはいかないからな」

 カカカと口元こそ笑ってはいるが、その実瞳はいまだに弱まることのない憎悪の炎が自分を射抜く。本当に心当たりがないから困る。

 君ん中で自分はどんな鬼畜設定やね。あとその誇り高い一族の親父さん、乳乳連呼するエロおやじだったのですがそこんとこどうなん? 見張りの兵隊さんに『なぁ、尻の形がいい女の兵はおらんのか? お前らの尻は見ていて飽きた』とか言ってたんだがそこんとこどうなん?

 そんな事を考えているとだ。彼女は今までで一番キツイ視線を自分に向けて、吐き捨てるように言うのである。

「覚悟しておけハセガワナルミ。無念の中散っていった父上の仇、刺し違えてでも取って見せる。そして必ずや、姫の命を救って見せる」

 そしてそのまま後ろを向いてすたすたと……待って。本当に待って。

 仇って本当何事? おとっつぁん生きてるよ? 見張りの兵隊さん相手に元気に猥談してたよ?

 あと姫って何。本当理解できない範囲でお話が進行するのやめてもらいません?

「来い。どうせやるなら広い方がいいだろう。なんならここでやってもいいが、わたしはお前の仲間など気にしない。巻き込みたくないのならついてこい」

 そう言って彼女は部下を引き連れ前方へと歩いて行ってしまいましたとさ。

 ……なんねこの展開。

 おいクソ女神。もしこの世界にシナリオライターが居たら言っとけや。

 なんねこの訳わからん展開。

 ……いや、とりあえずここは一回お話しだけでもした方がいいだろう。

「待って待って待って。話し聞いて」

 そう言って自分は一人駆け出して、とりあえず手ごろな位置の、彼女たちの中の一番後ろにいた槍を持った少女の肩を掴んで歩みを止めさせる。

 とりあえずこれでお話を聞いてくれるだけの――

「うちの部下に汚い手で触らないでくれないか」

 掴んだ手を無理やりひっぺかされ、怨嗟の籠った声が向けられる。

 ……そんなゴミムシを見るような目で見ないでくださいなアニスさん。というか皆さん。

「お前の相手は私だ。他の者には手を出さないでもらいたい」

 自分の手を掴む力が強くなる。わーい、ブチギレだー。だから話聞けや。

「あのねぇ……」

 そう自分が口を開いた直後である。

「……いざとなれば私たちが戦う事も厭いはしませんけど」

「そうそう。私たちはアニスちゃんの気を晴らすために身を引いてるだけ」

「あなた一人、私たちにかかればどうという事はない」

「何なら、試す? 副長に力を分け与えたとはいえ、それなり以上には動けるわよ」

 口々にこれである。

 ……なんでそんなに、いや、まぁ、親父さんの仇だからね。

 まったく、どこでどう吹き込まれてこんなんなったんだか。

 聞く耳持たなそうだなぁ……もういい。勝手に宣言する。否が応でも耳に入りゃあ理解できるべ。

「……あんたの親父さん生きとるよ」

 あーよかった。言えた言えた。

 さぁこれはさすがに無視できまい。自分の話を――

「そんな手に乗ると思ってるのか? 貴様の話など信用できない。それに今更なにがどうということはない。わたしは、勝たなければならないのだ。そのためには憎しみ以外の感情はいらない。すべては父上と、我らが姫のために」

 アニスさんはそう言うと、自分の手をぺいっと投げて背中を向けて進んでいった。

 だからほんとうにどういうこと?



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