四人目の四魔将
オーキの置いてきた金と書き置きを見つけた後、俺達は食事を終え一息ついていた。
「全くあの小童は…!!」
そうして未だ憤るディンを宥める様に、ソニアが声を掛ける。
「ま、まあまあディンさん。それにしても、結局オーキさんにお世話になっちゃいましたね」
「そうだな…何はともあれ、これで当面の生活費の心配は無くなったな。それじゃあ今後の動きについて話し合おう」
俺がそう言うと、ディンは頷いて幻召魔身を使用して、アルケーの幻影を呼び出した。
「アルケー、頼む」
ディンの命令に従いアルケーが動いた。食卓の上の食器達がアルケーの『操身の糸』により操られていき、台所に運ばれていく。
「わぁ…凄い!!」
糸に操られて宙を舞う食器達を見て、ソニアが感嘆の表情を見せた。
確かに、相変わらず便利な能力だ。一家に一台欲しいくらいである。
そして、ソニアがふとこんな事を聞いてきた。
「そういえば、四魔将の『四人目』ってどんな人なんですか?」
「何だと?」
「ディンさんのその『秘技』って、四魔将の幻影を喚び出せるんですよね? イエグロスさん、アルケーさん、フェレスさんの三人は見ましたけど、まだ『四人目』の人は見てないから…ちょっと気になっちゃって」
「ああ、そういえば…俺も知らないな」
「クウゴさんも?」
「前の戦いでこっちの世界に来た時、俺が話に聞いていたのはその三人だけで、四人目の話は全く上がって無かったな」
前の戦いの時に討伐したアルケーとフェレス、この間エルーシャで討伐したイエグロス、俺が知ってる四魔将はその三人だけであり、居るであろう『四人目』の四魔将については全く話を聞かず、てっきり俺がこちらの世界に来る前に、既に誰かに討伐されたのかと思っていた。
「…欠番だ」
「? ケツバンさんって言うんですか?」
ソニアが尋ねると、ディンが苦笑して首を横に振った。
「いや違う。そもそも居ないんだ、四人目の四魔将というのは」
「は…?」
まさかのカミングアウト。『四』魔将なのに『三人』しか居ないとの事だ。
「ほら…こういう組織の幹部的な集まりって、三人より四人の方が格好良い気がするだろ? 四天王的な? だから結成当時に他の面々とも話し合った結果、満場一致で決定した」
「ええ…」
ディンの話を聞いてソニアは唖然としている。恐らく俺も同じ様な顔をしているだろう。
「そんな阿呆な理由…他二人は兎も角あのイエグロスも同意したのか?」
「そうだ。そもそも発案者はイエグロスだぞ?」
「嘘だろ…?」
100年越しに明かされるあまりにも阿呆な真実に、俺は絶句した。
「ネクス…居るか?」
「はっ…グランディン様。私はこちらに」
魔王城の執務室。我が呼ぶと、重臣であるネクスが駆け付けた。
「うむ、あの子達をここに集めて欲しい」
「畏まりました。直ぐにお連れしましょう」
ネクスはそう言うと、その場を後にした。
あの子達というのは、以前から我の下で働いてくれている四人の子供達の事であり、それぞれが各分野において高い才能を見せていた。
特に、その中の一人は我の後継者たり得る存在であり、子の居ない我の後継として、大いに期待していた。
そして、暫くするとネクスに連れられてその四人が集まった。
「うむ、良く来た…イエグロス」
「はっ」
イエグロスは跪き、頭を下げている。
「アルケー」
「はぁい♡」
アルケーも跪き、イエグロスと同様に頭を下げている。
「フェレス」
「は、はい!!」
フェレスは少し辿々しい様子で跪き、頭を下げている。
「ギリア」
「はい」
ギリアは落ち着いた様子で、跪き頭を下げている。
「宜しい、顔を上げなさい。今日皆を呼んだのは理由があって、これから我に同行して欲しいからなのだ」
「同行…グランディン様。これから何処かに出られるのでしょうか?」
ギリアが尋ねると、我は頷きながら答えた。
「うむ…人間との和平交渉の会談だ」
「!!」
それを聞いた一同は、驚きで表情が固まった。無理も無い、今までの人間達との関係を鑑みては、そうなるのも頷ける。
何百年も前から争いを繰り返し、多くの痛みと哀しみを生んできた種族間による戦い。我はこの状況を憂い、ここいらで止めにしたいと思っていた。
我々は、お互い傷付き過ぎたのだ。
なので、前々から人間達との和平交渉について話を進めており、今回漸く話し合いの場を設ける事に成功したのだ。
「そこで、未来ある若者達の代表として、諸君等には我に同行して貰いたい。頼めるか?」
「はい、勿論です!! これでやっと、戦いが終わるんですね!!」
嬉しそうに言いながら了承するギリア。我は微笑みながらそれに頷いた。
「うむ、貴様の夢は皆で笑い合える争いの無い世界を作る事であったな…今回の件が、その一助となってくれると良いが」
「はい!! ありがとうございます、グランディン様!!」
「良かったね、リア姉!!」
「ギリア姉さんいつも言ってたもんね。戦いを終わらせたいって」
アルケーがギリアに抱き付きながら笑い、フェレスも隣で笑いながらはしゃいでいる。
その隣で、イエグロスは咳払いをして三人を咎める。
「こらお前達、魔王様の前だぞ!!」
「ははは、良い。気にするなイエグロス」
我は笑いながら、憤るイエグロスを諌める。
「そーだそーだ。堅苦しいぞイエグロスの兄ぃ」
そうしてるとアルケーが膨れ面でイエグロスに反論してきた。そんなアルケーの耳を、ギリアは軽くつねった。
「痛たたた!! 痛いよリア姉!!」
「貴女は調子に乗らないの。にしても…」
ギリアがまじまじとイエグロスの顔を眺めると、蠱惑的に笑ってみせた。
「あの泣き虫だったイエグロスが、いつの間にかこんな立派になって…お姉ちゃん嬉しいわ」
「なっ…!!? ギリア、揶揄うなよ!!」
「ほう、イエグロスが昔は泣き虫と? ギリア、話を聞かせてくれるか?」
「ぐ、グランディン様!!?」
そうして、和やかに雑談を繰り広げた後、我々は人間達との和平交渉の会談の場に赴いた。
しかし、会談は罠であった。
我々は一斉に人間達から攻撃を受け、我と同行した彼等は止むなく応戦した。
そして、人間達の不意打ちから我を庇おうとしたギリアが、重傷を負ってしまった。
「ギリア!! くそっ…!!」
人間達を退け、魔王城まで撤退する。そして、その医務室にギリアを運び込んだ。
「う…うぅ…」
医務室に運び込んだ時には既に、高かった生命力はほぼ尽きかけており、身体はあちこち罅割れて間もなく霧散する様子であった。これでは治療魔術でももう助からない。
そんなギリアの周りには、
「嫌…リア姉!! 死なないで…!!」
「ギリア姉さん…駄目だよ!!」
「ギリア…くっ!!」
アルケー、フェレス、イエグロスの三人が、涙を流しながらその様子を見ていた。
(我の所為だ…)
我が早まって、人間達の怒りを見誤り、こんな結果に陥ってしまった。このままでは、ギリアが死ぬ。
「…三人共、いいか?」
我は意を決して、こう告げた。
「ん…?」
私は目が覚めると、医務室の天井が目に飛び込んだ。
そして、私の事を心配そうに眺める三人の顔が見える。
「よ、良かった!! リア姉ぇ!!」
「ギリア姉さん!!」
私が上体を起こすと、アルケーが抱き付いてきた。フェレスも大泣きして私にしがみ付いてくる。
「あれ…私は確か…」
魔王を庇い、致命傷を負ってしまいもうすぐ死ぬかもしれない状態だった筈だ。それが今は、傷は完治してどこも何とも無くなっている。
「ギリア…」
「イエグロス…これは一体?」
「…グランディン様から言伝だ。君が目覚めたら、玉座の間に来るようにと」
「え…?」
そうして私達四人は玉座の間に向かう。すると、
「…来たか」
「グランディン様!!」
玉座にはグランディンが座っていた。そして、その身体は彼方此方罅が割れており、罅からは黒い霧が立ち上っていた。
私達はそんなグランディンの下に直ぐさま駆け寄った。
「ギリア…息を吹き返した様だな…良かった、我の所為で死んでは…立つ瀬がないのでな…」
「何でグランディン様が…まさか!!?」
私は直ぐにその理由を察した。グランディンはその命を私に与え、死にゆく私の命を助けたのだ。そしてその代償に、グランディン自身は…
「な…何で、こんな事を…?」
「気にするな…どの道我には時間が無かったのだ…病により余命幾ばくもなく、それで功を焦り、人間達の怒りを見誤り、皆を危険に晒してしまった…我は魔王失格だ…」
グランディンはそう言って、自嘲する様に笑みを浮かべる。
そして、私は歯噛みしながらこう言葉を零した。
「…許せない、グランディン様の想いを踏み躙った人間共を、私は…!!」
「ギリア」
私の言葉を遮る様に、グランディンが口を挟んだ。そして、こう続けた。
「貴様は優しい子だ…今は思うところはあるかもしれないが…いつかはその憎しみを乗り越えて…平和な世界を作れる筈だ…貴様なら、出来る…」
「そんな…私はもう…人間を、許せない!!」
「今は憎いかも知れな…くぅ!! 時間が無い…ギリア、これを…」
グランディンが一振りの剣を差し出してくる。魔王の証、魔剣『ジオ・グランディン』を。
「我は…もう死ぬ…今日からは貴様が、グランディンとなれ…」
「…はい!!」
私は強く頷き、魔剣を受け取った。
「イエグロス…アルケー…フェレス…貴様達は、この新たな魔王を傍で支えてやって欲しい…頼むぞ…魔族達の…未来…」
グランディンはそう言い残し、黒い霧となって消え失せた。
「…」
グランディンが消えた後、暫し空間は沈黙が支配していた。
やがて、私は立ち上がり、玉座に腰を下ろした。
「…ギリア?」
イエグロスが呼び掛けると、私は睨みつけ、こう言い放った。
「違う…『我』はもうギリアではない」
「え…?」
「我は…魔王グランディン。魔の頂点にして、愚かな人間共を根絶やしにする絶対の覇者である」
「!!」
「我が名の下に貴様等に命ずる…我に従い、忠誠を誓え!!」
「は…はい!!」
イエグロス、アルケー、フェレスの三人は跪いた。
こうして私は、我は、グランディンとなった。
「秘技、幻召魔身…」
夜中、他二人が寝静まった頃に、我は平屋の外に出て秘技を使った。
そうして喚び出したのは、『四人目』の四魔将、ギリア。グランディンとなる前の嘗ての我だ。
人間への憎しみに囚われる前の我の姿。こうして見ていると、我の魔王に就任後の四魔将結成時の時の事を思い出す。
「四魔将…? 三人なのにか?」
「はい!! やはりこういう組織の幹部的な集まりは四人の方が格好いいからと思い、三人で話し合いをしてました」
「そうそう!! リア…グランディン様、どうでしょうか?」
「我は別に構わないが…それなら、もう一人誰かを加入させ…」
「反対!!」
三人が同時に声を上げ、我は些か驚きビクリと身体を震わせた。
「四魔将は私達で四魔将なんです!! これだけはグランディン様であっても譲れません!!」
「わ、わかったわかった!! 好きにしろ!!」
そうして、三人だけの四魔将が結成されたのだった。
(…奴等、嘗ての我を思って、あの時あんな事を言ってたのだな)
そう思うと、我は思わず笑みが零れた。
「あれ? ディン、何してるんだ?」
突然、後ろから声が聞こえ、我は慌てて幻召魔身を解く。
「クウゴ!! いきなり後ろから声を掛けるでない…!!」
「悪い、何してんのかなと思って…さっきの幻召魔身か?」
「…ああ、戻ったばかりの力なのでな。ちょっと慣らしの為に使っていた」
「そうか。それにしても…幻召魔身って、自分自身も出せるんだな?」
「え…?」
「さっき消える前にチラッとだけ見えたけど、お前の姿に見えた。違ったか?」
「貴様…今のが我に見えたのか?」
「ああ…俺にはそう見えたけど…」
「…そうか」
あれから我は、随分と変わってしまったと思っていたが、以外とそうでも無いらしい。そう思うと、私は笑みが零れた。
(先王様…私はもう一度、嘗ての自分の理想を目指してみます。それから皆…今までゴメンね)
「…ディン?」
「…ふふ、何でも無いよ♡」
「あ?」
我はわざと、嘗ての口調と素振りで話してみると、クウゴはこの世の物とは思えない物を見るような表情で固まった。
それを見て、『私』は笑った。




